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第9章 魔王討伐戦、全員無事に帰還せよ

最初のボス撃破、……お留守番させて来たよな??

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『お主の家系は代々、火属性が統べているだろう?……なんと、哀れなことよ……』


心の底から憐れんでいるというように、しかし周囲にの者たちに聞こえるようにはっきりと、守り人である巨体の老人はクレイセルに言い放った。


魔王城のボス戦は、英傑たちの心の奥に隠されていた闇を抉る。この『禁断の果実の守り人』ステージでは、騎士団総括の息子であるクレイセルと、緑風騎士団団長のヴィンセントが餌食になる。俺は前世でこのゲームの攻略本を読んだから知っている。

この2人の闇は、哀しみと孤独。


守り人はクレイセルから視線を外すと、その隣に立つヴィンセントへ視線を移した。


『今代の『守護者』はお主か……。強者の孤独と、人の命を摘み取ってきた痛みが、精神を苛んでいるなぁ。なんと可哀そうに……』

ワザとらしく、おいおいと泣いているような声に、俺は激しい苛立ちを覚えた。この魔王城にしか存在しないお前に、2人の苦しみの何が分かる。早々にあの忌々しい口を閉じさせたい。

黙ったクレイセルに気を良くしたのか、守り人が右手を大きく後ろに引いた。2人まとめて、手拳で攻撃する気だろう。


まじまじと、守り人の攻撃態勢を見ていたクレイセルが短く嘲笑した。いつも快活な青年は、不敵にエメラルドの瞳を細める。彼の纏う土属性の魔力が、瞬時に膨れ上がった。


『っ?!!』

「……はっ。そんな言葉、挑発にもなんねぇよ」


嬉々としてクレイセルを殴ろうとしていた右手が、突如現れた透明な鉱石の群生によって阻まれる。鋭利な金剛石が一瞬にして地面から生え、守り人の硬いはずの木の右手を、正面から受け止め粉々に砕いていた。

手であった木の破片が宙を舞い、守り人の痛みの絶叫が空を裂く。


「確かに、俺は家系特有属性である、火属性を受け継がなかった。だけどな……」

代々その家系で受け継がれる、生まれながらにして持つ魔法属性のことを、家系特有属性と言う。貴族の間では、血筋と同じ位大切されるものだそうだ。クレイセルの家系は代々、火の英傑『守護者』を輩出してきた家系だ。家系特有属性は、火。


それなのに、長男であるクレイセルに現れた紋章は『先導者』である土の英傑。何よりも本人が家系特有属性である火属性を持たずして生まれてきた。

火の英傑となったのは、クレイセルの家系と遠い血縁関係にあった、ヴィンセントだった。


クレイセルは、守りに長けた土属性を一番の得意としたため、周囲の人間に家督を継ぐのにふさわしくないと言われ続けた。血が繋がって無いのではと囁かれ、幼い心は哀しんだ。


「……もう、変えられない事象で嘆くことは止めた。そんな時間があるなら、ひたすら己を鍛えた方が良いって、気が付いた」

今、クレイセルが火属性魔法も使えるのは、本人の努力の賜物だ。

彼は英傑内でも一番の剣の使い手であり、攻守を兼ね備えた精悍な騎士だ。彼が先導する戦いは、味方の俺達を熱く鼓舞する。それほどまでに、潔く芯の通った正々堂々とした剣術と、努力に裏打ちされた確かな実力。

彼の快活な姿の中には、文字通り血の滲む努力が隠れている。


「守り属性だとしても、術者の手腕で攻撃に転じられると仲間が示してくれた。……俺は俺のやり方で、強くなる。悪意なんざ、叩き切ってやる!!」


灼熱の髪は、歴代の騎士を輩出してきたクレイセルの実家、ウィンドシア家の象徴。その色を濃く継承した彼は、今まさに最強の騎士として頭角を現している。


守り人がクレイセルの放った金剛石の針から距離を取ろうと身じろいだ隙を、アイスブルーの瞳が冷たく射貫いた。ヴィンセントが淡々と守り人に告げる。


「この地位に就いたときから、人殺しの業を背負うのは覚悟の上だ」

国を守るために、罪人や盗賊をその手にかけたヴィンセントだが、元は心優しく情に厚い少年だった。例え罪人だったとしても、命を奪える心の持主ではなかった。火の英傑『守護者』の紋章が身体に現れたことで、半ば強制的に強さを身に付けさせられた。

心優しかった青年は、騎士になったときに、その手を血に染める覚悟を決めた。


自分以外の誰かが、その手を血で染め上げなくて済むように。


「……それに、私はもう孤独ではない。この痛みを、この辛さを、共に背負ってくれる仲間がいる……」

周囲の空気が圧迫されるような、息をするのも苦しくなる熱を感じる。ヴィンセントの身体から、灼熱の炎が熱波を発して、厳かに揺らめいていた。

その炎を称えるかのように、近くから風が吹き込んで火力を増す。翡翠色の髪を強風に靡かせながら、ジェイドがはぁ、と溜息を零す。


「仕方ないなぁ。ちゃんと地獄まで、道連れにしてくださいよ、団長?……そんじゃあ、いきますか」

至って本気な口調で述べたジェイドに、ヴィンセントはニヤリと口角をあげながら頷いた。2人は炎の魔力と風の魔力を練り上げて、手に持った長剣の切っ先を守り人に向けた。


「『燎原之火(りょうげんのひ)』」

長剣の切っ先から、凄まじい威力の炎と風が放たれる。守り人の身体をあっという間に灼熱の炎が囲い、ジェイドが放った吹き荒れる風が、劫火に変えていく。

数十メートルはある巨体が、瞬く間に炎の渦の中に消えていった。


グォオオーーーっ!!という苦し叫ぶ守り人の悲鳴が轟いた。長い手足をばたつかせて、なんとか火を消そうとしているが、無駄なあがきだ。完全実力主義の緑風騎士団の中でも、最強と謳われる団長と副団長の混合魔法。その火力は、とどまることを知らない。


「核が見えてきたよ!」

聖魔法の防御結界を全員に施しながら、アヤハが守り人の胸辺りを指し示す。劫火によって鎧のように硬い守り人の表面が、灰になって脆く崩れ、黒色の球体が露わになる。

劫火を眺めていたクレイセルが、静かに呟いた。


「『金剛石の磔』」

次の瞬間、透明で巨大な金剛石の杭が守り人を取り囲んだ。全方位を取り囲んだ鋭利な杭が、一斉に守り人の身体を貫き、核を串刺しにする。パリンッ!とガラスの割れるような音と同時に、黒色の球体が割れる。

細かな黒色の破片が、陽の光を反射しながらパラパラと散った。


「こっちに倒れるぞっ!!」

回避を促すアウルムの声で、全員が巨体から距離を取る。

短い断末魔を上げ絶命した守り人の巨体が、前方に大きく傾くいた。ジェイドたちが魔法を収めると、炭と化した巨兵『禁断の果実の守り人』の亡骸が、地面に土煙を上げながら倒れ込んだ。


動かないことを確認したあとに、全員武器を収める。


「……この部屋のボスは倒したから、あとは鍵を探すだけだな……」

黒こげになった大樹の魔物を置き去りにして、俺たちは芝生が続く平原の奥へと歩みを進めた。最初に守り人が佇んでいた、リンゴの木へと近づく。見上げた青々とした葉が茂る木には、ガラスで出来たのかというほどに澄んだ、透明なリンゴが実っている。


この林檎の中のいずれかに、魔王がいる『玉座の間』を開けるための、鍵の一部が隠されているのだ。


「……できれば一発で当てたいね……」

「……そうだな」


アヤハの呟きに、俺も大きく頷いた。

背よりもほんの少しだけ高い木は、実の色以外はいたって普通の木に見える。実際は、収穫するごとに実の数が増えていくという、魔法の木なのだ。

風魔法で全部収穫するのはズルと見なされ、それをした場合は一気にリンゴの数が5倍に増える。ヒントは、確か鍵の隠された林檎だけ、枝についた葉が1枚だけ逆さまだとか……。なんという地味なヒントだ。


ここは、全員で木に登って一つ一つ確認していくしかないか。溜息をつきそうになった瞬間、俺のローブのフードがもぞもぞと動いた。

……なんだか、とても嫌な予感がする。


いや、ちょっと待て。
今回は念には念を入れて、確実にお留守番させたはず……。いや、まさか。そんなはずはない。


俺が軽く現実逃避をしていると、ローブのフードからヒュンっ!と音を立てて何かが飛び出した。白色の小さな身体が、リンゴの木の枝に飛び移る。


……デジャヴュ。


「キュイ!!」

この可愛い鳴き声を、俺は知っている。
ああ、知っているとも。


俺の最愛の癒し。そして、友人のガゼット宅に置いてきたはずの、魅惑の白いモフモフ。


「モルンっ?!」
    


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