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第一章『性なる力に目覚めた勇者!?』
第13話 お姫様を迎えに2
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三日目からは、ヒミカは騎士にそっぽを向いて不貞寝するフリをした。
(もういい。もちろん、このまま黙って従うつもりなんてないけど。隙を見て逃げ出してやるんだから)
とはいえ、ひとまず騎士達はヒミカに乱暴するつもりはなく、あくまで命令のため渋々といった様子であることが伝わってきた。
つまり、ヒミカが何か重罪を犯したから捕らえたのではないらしい。
大人しくしている限りはお姫様のような扱いである。縄で縛られている以外は。
他に気にかかるのは、騎士が言っていた『勇者』という言葉。
あわあわしている騎士曰く、この世界には勇者と魔王の伝承が古くから続いているとのこと。
おとぎ話かと思っていたが、学び舎を中退したヒミカでもおぼろげに耳にしている。
今から百年前、世界のどこかで魔王が誕生した。
圧倒的な力を有し、災害の如く世界を崩壊寸前まで追い込んだ。しかし、魔王は勇者と戦い、敗れ、消えていったという。
勇者とは、魔王誕生と同時に生まれるとされる、強大な力と運命を持った存在だ。
生まれるといっても赤子ではなく、素質を持った人間の力が突然覚醒し、勇者になるのだとか。
先代の勇者は男性の聖剣士で、手の甲には刺青のような紋章があったという。
そうして、世界は百年毎に崩壊の危機を迎えながらも、都度勇者によって平和が守られ、文明を発達させてきたのだ。
これらの現象は、天地創造時に神が仕組んだ、生命の発展を促すための試練と解釈されている。
(仮に本当の話しだったとして、踊り子の私に何ができるの? 剣なんて握ったこともないし、魔法だって使えない)
試しに、縄で縛られた手から火を出そうと頭で念じてみる。
当然、何も起きない。
「馬鹿らしい」
やはりヒミカは勇者などではない。
ただの田舎娘の踊り子で、娼館で働いている貧乏人。何の関係もない。
早く何かの間違いだったと認めさせて、トーラスの街へ返してもらうことを待ち望んだ。
人を三日間も拉致しているのだ。賠償金でももらわなければ気が済まない。
苛立った気分のまま、ふと窓の外へ視線を向けると、ちょうど景色が鬱蒼とした森を抜けたところだった。
「勇者様、セントエルディアに到着しました」
現れたのは、巨大な城壁。
首をめいっぱい左右に振っても両端を捉えきれない程の白き壁。圧倒的な防衛力と、それを実現する権力、財力を象徴する王の都。
トーラスの街から出たことがないヒミカは、その迫力に開いた口が塞がらない。
王都と外を繋ぐ門として設けられた鉄扉を潜ると、大勢の人々で賑わう広場が一面に広がっていた。
「すごい……」
城下町の景色に思わず感嘆の息を漏らしてしまう。
巨大な噴水を取り囲むように立ち並ぶ露店。洒落た喫茶店やレストランもある。
奥に目を凝らせば一軒一軒がホテルのような佇まいの家が連なり、大勢の人々がお祭りのようにひしめき合っていて、様々な話題に花を咲かせながら買い物を楽しんでいた。
「あれは学生?」
視線の先に、若い男女が並んで歩いている。ぴっちりとした制服に重そうな鞄を背負い、屋根が雫の形をした巨大な建物に吸い込まれていく。
「そうですね。彼らは世界中から集められた、王立学院で学ぶ若き才能達です。冒険者に必要な知識と技術、さらには経済学や帝王学といった分野も学習し、世の平和に貢献するエリートを育てているのです」
「つまり、通ってる学生は全員お金持ちってこと?」
「はい、大半は各分野で名が知れ渡っているような冒険者、魔導士、業界人、王族、貴族といった著名人のお子さんでしょうね。自分もまだ若い年齢ではありますが、身が引き締まります」
「そう」
「あ、あの。何か気に障るようなこと言ってしまいましたか」
「別に」
あわあわ騎士が得意気に説明するのを聞き流しながら、ヒミカは内心鬱屈とする。
世界に名を轟かすような高ランクの冒険者には確かに王立学院卒が多い。
一流の才能達が一流の知識と技術を学ぶのだ。トーラスのような田舎で育った冒険者とは、土台から根本的に異なる。
彼らのように何の苦も無く敷かれたエリート街道を歩く人がいれば、ヒミカのように学び舎すら中退を余儀なくされ、冒険者になることすらできず、明日を生き抜くことに必死な者もいる。
生まれた環境によって生じる格差が憎い。
もっとお金があったなら、王立学院に通う彼らのような人生を送れたかもしれない。
あるいは良い両親の間に生まれたのなら、貧しくても楽しく暮らせたかもしれない。
貧乏でろくでなしの両親の間に生まれたヒミカとユミカにそんな幸福は与えられない。
父親は死に、母親が出ていった今、親となったヒミカもまたろくでなした。
役に立たない踊り子のジョブでは冒険者になれず、他のジョブに転職する知識も技術もない。
そのツケが今度はユミカに降りかかっているのだ。
だからこそ、ユミカには苦労させず、姉の分まで健やかで楽しい人生を送らせてあげたいとヒミカは常日頃から思っていた。
(……でも、本当は)
自分だって。
楽しそうにおしゃべりする学生達を横目に見ながらぶんぶんと首を振ると、むくりと芽生えかけた気の迷いを心の奥底に封じ込めた。
(もういい。もちろん、このまま黙って従うつもりなんてないけど。隙を見て逃げ出してやるんだから)
とはいえ、ひとまず騎士達はヒミカに乱暴するつもりはなく、あくまで命令のため渋々といった様子であることが伝わってきた。
つまり、ヒミカが何か重罪を犯したから捕らえたのではないらしい。
大人しくしている限りはお姫様のような扱いである。縄で縛られている以外は。
他に気にかかるのは、騎士が言っていた『勇者』という言葉。
あわあわしている騎士曰く、この世界には勇者と魔王の伝承が古くから続いているとのこと。
おとぎ話かと思っていたが、学び舎を中退したヒミカでもおぼろげに耳にしている。
今から百年前、世界のどこかで魔王が誕生した。
圧倒的な力を有し、災害の如く世界を崩壊寸前まで追い込んだ。しかし、魔王は勇者と戦い、敗れ、消えていったという。
勇者とは、魔王誕生と同時に生まれるとされる、強大な力と運命を持った存在だ。
生まれるといっても赤子ではなく、素質を持った人間の力が突然覚醒し、勇者になるのだとか。
先代の勇者は男性の聖剣士で、手の甲には刺青のような紋章があったという。
そうして、世界は百年毎に崩壊の危機を迎えながらも、都度勇者によって平和が守られ、文明を発達させてきたのだ。
これらの現象は、天地創造時に神が仕組んだ、生命の発展を促すための試練と解釈されている。
(仮に本当の話しだったとして、踊り子の私に何ができるの? 剣なんて握ったこともないし、魔法だって使えない)
試しに、縄で縛られた手から火を出そうと頭で念じてみる。
当然、何も起きない。
「馬鹿らしい」
やはりヒミカは勇者などではない。
ただの田舎娘の踊り子で、娼館で働いている貧乏人。何の関係もない。
早く何かの間違いだったと認めさせて、トーラスの街へ返してもらうことを待ち望んだ。
人を三日間も拉致しているのだ。賠償金でももらわなければ気が済まない。
苛立った気分のまま、ふと窓の外へ視線を向けると、ちょうど景色が鬱蒼とした森を抜けたところだった。
「勇者様、セントエルディアに到着しました」
現れたのは、巨大な城壁。
首をめいっぱい左右に振っても両端を捉えきれない程の白き壁。圧倒的な防衛力と、それを実現する権力、財力を象徴する王の都。
トーラスの街から出たことがないヒミカは、その迫力に開いた口が塞がらない。
王都と外を繋ぐ門として設けられた鉄扉を潜ると、大勢の人々で賑わう広場が一面に広がっていた。
「すごい……」
城下町の景色に思わず感嘆の息を漏らしてしまう。
巨大な噴水を取り囲むように立ち並ぶ露店。洒落た喫茶店やレストランもある。
奥に目を凝らせば一軒一軒がホテルのような佇まいの家が連なり、大勢の人々がお祭りのようにひしめき合っていて、様々な話題に花を咲かせながら買い物を楽しんでいた。
「あれは学生?」
視線の先に、若い男女が並んで歩いている。ぴっちりとした制服に重そうな鞄を背負い、屋根が雫の形をした巨大な建物に吸い込まれていく。
「そうですね。彼らは世界中から集められた、王立学院で学ぶ若き才能達です。冒険者に必要な知識と技術、さらには経済学や帝王学といった分野も学習し、世の平和に貢献するエリートを育てているのです」
「つまり、通ってる学生は全員お金持ちってこと?」
「はい、大半は各分野で名が知れ渡っているような冒険者、魔導士、業界人、王族、貴族といった著名人のお子さんでしょうね。自分もまだ若い年齢ではありますが、身が引き締まります」
「そう」
「あ、あの。何か気に障るようなこと言ってしまいましたか」
「別に」
あわあわ騎士が得意気に説明するのを聞き流しながら、ヒミカは内心鬱屈とする。
世界に名を轟かすような高ランクの冒険者には確かに王立学院卒が多い。
一流の才能達が一流の知識と技術を学ぶのだ。トーラスのような田舎で育った冒険者とは、土台から根本的に異なる。
彼らのように何の苦も無く敷かれたエリート街道を歩く人がいれば、ヒミカのように学び舎すら中退を余儀なくされ、冒険者になることすらできず、明日を生き抜くことに必死な者もいる。
生まれた環境によって生じる格差が憎い。
もっとお金があったなら、王立学院に通う彼らのような人生を送れたかもしれない。
あるいは良い両親の間に生まれたのなら、貧しくても楽しく暮らせたかもしれない。
貧乏でろくでなしの両親の間に生まれたヒミカとユミカにそんな幸福は与えられない。
父親は死に、母親が出ていった今、親となったヒミカもまたろくでなした。
役に立たない踊り子のジョブでは冒険者になれず、他のジョブに転職する知識も技術もない。
そのツケが今度はユミカに降りかかっているのだ。
だからこそ、ユミカには苦労させず、姉の分まで健やかで楽しい人生を送らせてあげたいとヒミカは常日頃から思っていた。
(……でも、本当は)
自分だって。
楽しそうにおしゃべりする学生達を横目に見ながらぶんぶんと首を振ると、むくりと芽生えかけた気の迷いを心の奥底に封じ込めた。
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