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新しい生活
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それから数日、ノエルはオルゴールをかけて眠りにつくと夜泣きせずに眠れるようになった。
ノエルに「赤ちゃんみたいで可愛いね」と揶揄ってやれば、顔を真っ赤にして怒られた。だが本当にオルゴールをかけると僕の腕の中でスヤスヤ眠る彼は、雛鳥みたいで可愛かった。
そのうち、オルゴールの代わりに僕の腕の中でないと眠れなくなればいいのに、とさえ思ってしまう。
だがそんな幸せな時間もあっという間で、僕の社交シーズンが始まった。
「それじゃあ夜遅くなるから先に休んでてね」
「ああ、わかった。カインも頑張れよ」
家を開ける僕にノエルが見送りをする。なんだが新婚生活を思わせるやりとりで悪くない。そんなことを考えながら、僕は養父様と2人、家を出た。
---その頃、公爵邸では
「おい、お前」
部屋に戻ろうとする俺にエリックが話しかけてきた。
「あっ、アンダーソン公爵子息様」
「……エリックでいい。カインと紛らわしいだろう」
不遜な態度ではあるものの名前呼びを許されたことに驚いた。
「…分かりました、エリック様」
俺も呼びにくさを感じていたのでこれ幸いと承諾すると、彼はフンッと鼻を鳴らした。
「カインのやつ、流石にお前をパーティーに連れて行くようなことはしなかったようだな」
「俺がパーティーなんて、とんでもないです」
貴族たちの集まりに連れて行かれるなんて、考えただけでゾッとする。むしろなぜエリックが居残っているのかが疑問だ。
「そのあたりは弁えているんだな」
そう言ってエリックはしばらく黙った後、再び口を開いた。
「……お前今暇だろう?少し付き合え」
何故か躊躇いがちに言われたその誘いに、断る理由も思いつかずに頷くと、エリックは着いてこいと言って中庭へと歩いて行った。
てっきり、平民と関わることも嫌っているのかと思っていた俺はその行動に驚いた。
そして、指示を受けた使用人がせっせとお茶の準備をしてくれる。
「あの…俺に何か…?」
多少緊張しながらそう尋ねるとエリックは目を逸らしながらボソボソと口を開いた。
「いや。大した用はないが…その、初日は酷いことを言って済まなかった」
驚いたことに彼が俺に謝罪をした。まあ、誠実な態度とは程遠いが、なんだか初日とは印象が違う。
「いえ…元はと言えば俺の行動が悪かったんです」
「…そんなことはない。俺は…ただカインにムカついていただけなんだ」
エリックは呟くようにそう言った。
「エリック様は…カインがお嫌いですか?」
「ああ、大嫌いだ」
間髪入れずに返ってきた答えに苦笑する。
「自分は何でも人よりできますという余裕な顔をして、出来ないやつのことなんか眼中にもない」
「あー…それはちょっと分かるかも…」
心当たりがないわけではないカインの態度に納得を示すと、エリックは勢いよくこちらに姿勢を向けた。
「そうだろう!?孤児とは思えない容姿に魔力、勉強もできてそれでいてそれを当然だと言わんばかりの態度。本当に腹が立つ!」
その勢いに相当ストレスが溜まっていたのだろうことが想像できた。
「カインは昔から何でもできる子供でした。人より出来がいいというか、その積み重ねがあの余裕な態度なのかもしれませんね」
「全く、幼い頃からそうだったのか。本当に可愛げのないやつだ」
そう言ってエリックは上品にお茶を啜った。
「だが、お前は思ったより話が分かるな」
「それは、ありがとうございます?」
何と答えれば良いか迷って疑問系になってしまった。
「…なぁ、カインの幼少期について教えてくれないか?」
おずおずと口を開いたエリックに、もしかしたら今からでもカインと仲直りしたいのだろうか、と思う。だが、そう思ったのも束の間、彼は「それを知れば奴の弱みを握れるかも」と息巻いていた。
その態度には苦笑したが、カインの過去にそんな弱みらしいものはない。なら話をしても問題はないだろうと口を開いた。
「えっとカインとは物心着く頃には同じ孤児院にいて一緒に育ちました。小さい頃から容姿が整っていて、周りからも貴族の庶子なんじゃないかってよく言われてましたね」
「ふんっ、確かにあの容姿なら庶子でもおかしくないだろうな」
エリックは面白くなさそうに相槌を打った。
それから俺は孤児院にいた頃のカインついて順を追って話した。
「カインは店番をすれば女性客を集めるので店主から喜ばれていました。いつも肩身が狭かったの何の…」
そう言ってため息をつくと、「わかるぞ」となぜか共感と哀れみの感情を向けられた。
「…ある日俺が木から落ちそうになったとき、俺を助けようとして魔力があることが判明したんです。その後すぐに公爵家への養子入りが決まりました」
そこまで話終えてエリックを見る。
「なるほどな。それで、ここに来たと…あいつならもっと前に養子の話が来ていてもおかしくなさそうだが、今になってここに来るとは…」
「俺も後から知ったのですが、カインは何度か養子の話を断っていたみたいです」
「ふむ、それで公爵家に来るなんて運のいい奴だ…私にとっては不運だが」
エリックは悔しそうな顔で悪態をついた。
「今日だって、お父様はカインしか連れて行かなかった。魔法師たちの集まりだから仕方ないとはいえ、これではあいつが後継者のようだ…」
そう言ってエリックは肩を落とす。俺には想像もつかないが、エリックとカインは後継者争いをしている関係ということになるのだろうか。
「エリック様は…公爵家を継ぐのが夢なんですか?」
「夢、か…そう言われるとよくわからないな。当然そうなるものと思っていたものだから」
今まで信じていた未来が急に閉じたのだ。彼の失望は分からなくはない。俺も孤児院を追い出された時は、目の前が真っ暗になったのだから。
「その、俺がこんなことを言うのも生意気かもしれませんが、きっと色んな未来がありますから、一度自分がどうなりたいのか考えてみては?エリック様ならきっと沢山の選択肢があると思います」
「…私には魔力がほとんどないし、勉強も…頑張ってはみたが成績が良いとはいえない。後継者としては落ちこぼれだ。こんな私に色んな選択肢があると?」
そう言ったエリックは苛立っているように見えた。
やはり出過ぎた真似だったか。そう思ったものの、なんだか追い詰められている様子の彼を放って置けなかった。
「はい。俺も信じていた未来がなくなって、辛い日々もありましたが、大変な時期というのは必ず過ぎるものです。それにエリック様は公爵家の方じゃないですか、事業を立ち上げたり旅をして回ったり、色んなことができるんじゃないですか?」
そう言うとエリックはしばらく黙り込んだ後、再び口を開いた。
「…そういえば、お前の話を聞いていなかったな。大変な時期というのは?」
エリックが初めて俺に興味を示した。俺は話すべきか躊躇った後、でかい口を叩いた手前、話をしないわけにもいかないかと口を開いた。そして俺はカインと別れ、孤児院を追い出された後の出来事をかい摘みながら話した。
「っ…お前、苦労してきたのだな」
すると話が進むにつれなぜかエリックは目頭を押さえて俯いてしまった。
「いえ、苦しい時は今思えばほんの一瞬でしたから」
「お前は…自分が不幸だと思わなかったのか?」
その問いに少し考え込む。
「確かに、恵まれてはいないと思います。それでも俺には俺の幸せがありますから」
幼少期は常にカインがいてくれて、働きに出てからは親代わりのようなハンクがいてくれた。
だから自分のことを不幸とは思わなかった。
するとエリックはまっすぐ俺を見た後、視線を落とした。
「私は…ぬくぬくとした環境で勝手に自分を追い詰めていただけだったのだな」
励まそうとしたのに、返って落ち込ませてしまったようだ。
「すいません、俺…余計なことを」
「いや、今日お前の…ノエルの話が聞けてよかった。私も考えてみるとしよう」
そう言った顔はどこか晴れ晴れとしていて、俺の話で少しでも悩みから吹っ切れたのであればよかったと思う。
「その…よかったらまたこうして話をしないか?カインのいない時に」
意外な提案に驚いたが、俺は頷いた。エリックは最初の印象ほど悪いやつではなさそうだし、歳も近い。
先ほどの話を聞いてから、恵まれているはずなのにあまり幸せに見えない彼のことが気になってしまった。
「もちろん、俺でよければ」
そうしてその日は解散となった。
ノエルに「赤ちゃんみたいで可愛いね」と揶揄ってやれば、顔を真っ赤にして怒られた。だが本当にオルゴールをかけると僕の腕の中でスヤスヤ眠る彼は、雛鳥みたいで可愛かった。
そのうち、オルゴールの代わりに僕の腕の中でないと眠れなくなればいいのに、とさえ思ってしまう。
だがそんな幸せな時間もあっという間で、僕の社交シーズンが始まった。
「それじゃあ夜遅くなるから先に休んでてね」
「ああ、わかった。カインも頑張れよ」
家を開ける僕にノエルが見送りをする。なんだが新婚生活を思わせるやりとりで悪くない。そんなことを考えながら、僕は養父様と2人、家を出た。
---その頃、公爵邸では
「おい、お前」
部屋に戻ろうとする俺にエリックが話しかけてきた。
「あっ、アンダーソン公爵子息様」
「……エリックでいい。カインと紛らわしいだろう」
不遜な態度ではあるものの名前呼びを許されたことに驚いた。
「…分かりました、エリック様」
俺も呼びにくさを感じていたのでこれ幸いと承諾すると、彼はフンッと鼻を鳴らした。
「カインのやつ、流石にお前をパーティーに連れて行くようなことはしなかったようだな」
「俺がパーティーなんて、とんでもないです」
貴族たちの集まりに連れて行かれるなんて、考えただけでゾッとする。むしろなぜエリックが居残っているのかが疑問だ。
「そのあたりは弁えているんだな」
そう言ってエリックはしばらく黙った後、再び口を開いた。
「……お前今暇だろう?少し付き合え」
何故か躊躇いがちに言われたその誘いに、断る理由も思いつかずに頷くと、エリックは着いてこいと言って中庭へと歩いて行った。
てっきり、平民と関わることも嫌っているのかと思っていた俺はその行動に驚いた。
そして、指示を受けた使用人がせっせとお茶の準備をしてくれる。
「あの…俺に何か…?」
多少緊張しながらそう尋ねるとエリックは目を逸らしながらボソボソと口を開いた。
「いや。大した用はないが…その、初日は酷いことを言って済まなかった」
驚いたことに彼が俺に謝罪をした。まあ、誠実な態度とは程遠いが、なんだか初日とは印象が違う。
「いえ…元はと言えば俺の行動が悪かったんです」
「…そんなことはない。俺は…ただカインにムカついていただけなんだ」
エリックは呟くようにそう言った。
「エリック様は…カインがお嫌いですか?」
「ああ、大嫌いだ」
間髪入れずに返ってきた答えに苦笑する。
「自分は何でも人よりできますという余裕な顔をして、出来ないやつのことなんか眼中にもない」
「あー…それはちょっと分かるかも…」
心当たりがないわけではないカインの態度に納得を示すと、エリックは勢いよくこちらに姿勢を向けた。
「そうだろう!?孤児とは思えない容姿に魔力、勉強もできてそれでいてそれを当然だと言わんばかりの態度。本当に腹が立つ!」
その勢いに相当ストレスが溜まっていたのだろうことが想像できた。
「カインは昔から何でもできる子供でした。人より出来がいいというか、その積み重ねがあの余裕な態度なのかもしれませんね」
「全く、幼い頃からそうだったのか。本当に可愛げのないやつだ」
そう言ってエリックは上品にお茶を啜った。
「だが、お前は思ったより話が分かるな」
「それは、ありがとうございます?」
何と答えれば良いか迷って疑問系になってしまった。
「…なぁ、カインの幼少期について教えてくれないか?」
おずおずと口を開いたエリックに、もしかしたら今からでもカインと仲直りしたいのだろうか、と思う。だが、そう思ったのも束の間、彼は「それを知れば奴の弱みを握れるかも」と息巻いていた。
その態度には苦笑したが、カインの過去にそんな弱みらしいものはない。なら話をしても問題はないだろうと口を開いた。
「えっとカインとは物心着く頃には同じ孤児院にいて一緒に育ちました。小さい頃から容姿が整っていて、周りからも貴族の庶子なんじゃないかってよく言われてましたね」
「ふんっ、確かにあの容姿なら庶子でもおかしくないだろうな」
エリックは面白くなさそうに相槌を打った。
それから俺は孤児院にいた頃のカインついて順を追って話した。
「カインは店番をすれば女性客を集めるので店主から喜ばれていました。いつも肩身が狭かったの何の…」
そう言ってため息をつくと、「わかるぞ」となぜか共感と哀れみの感情を向けられた。
「…ある日俺が木から落ちそうになったとき、俺を助けようとして魔力があることが判明したんです。その後すぐに公爵家への養子入りが決まりました」
そこまで話終えてエリックを見る。
「なるほどな。それで、ここに来たと…あいつならもっと前に養子の話が来ていてもおかしくなさそうだが、今になってここに来るとは…」
「俺も後から知ったのですが、カインは何度か養子の話を断っていたみたいです」
「ふむ、それで公爵家に来るなんて運のいい奴だ…私にとっては不運だが」
エリックは悔しそうな顔で悪態をついた。
「今日だって、お父様はカインしか連れて行かなかった。魔法師たちの集まりだから仕方ないとはいえ、これではあいつが後継者のようだ…」
そう言ってエリックは肩を落とす。俺には想像もつかないが、エリックとカインは後継者争いをしている関係ということになるのだろうか。
「エリック様は…公爵家を継ぐのが夢なんですか?」
「夢、か…そう言われるとよくわからないな。当然そうなるものと思っていたものだから」
今まで信じていた未来が急に閉じたのだ。彼の失望は分からなくはない。俺も孤児院を追い出された時は、目の前が真っ暗になったのだから。
「その、俺がこんなことを言うのも生意気かもしれませんが、きっと色んな未来がありますから、一度自分がどうなりたいのか考えてみては?エリック様ならきっと沢山の選択肢があると思います」
「…私には魔力がほとんどないし、勉強も…頑張ってはみたが成績が良いとはいえない。後継者としては落ちこぼれだ。こんな私に色んな選択肢があると?」
そう言ったエリックは苛立っているように見えた。
やはり出過ぎた真似だったか。そう思ったものの、なんだか追い詰められている様子の彼を放って置けなかった。
「はい。俺も信じていた未来がなくなって、辛い日々もありましたが、大変な時期というのは必ず過ぎるものです。それにエリック様は公爵家の方じゃないですか、事業を立ち上げたり旅をして回ったり、色んなことができるんじゃないですか?」
そう言うとエリックはしばらく黙り込んだ後、再び口を開いた。
「…そういえば、お前の話を聞いていなかったな。大変な時期というのは?」
エリックが初めて俺に興味を示した。俺は話すべきか躊躇った後、でかい口を叩いた手前、話をしないわけにもいかないかと口を開いた。そして俺はカインと別れ、孤児院を追い出された後の出来事をかい摘みながら話した。
「っ…お前、苦労してきたのだな」
すると話が進むにつれなぜかエリックは目頭を押さえて俯いてしまった。
「いえ、苦しい時は今思えばほんの一瞬でしたから」
「お前は…自分が不幸だと思わなかったのか?」
その問いに少し考え込む。
「確かに、恵まれてはいないと思います。それでも俺には俺の幸せがありますから」
幼少期は常にカインがいてくれて、働きに出てからは親代わりのようなハンクがいてくれた。
だから自分のことを不幸とは思わなかった。
するとエリックはまっすぐ俺を見た後、視線を落とした。
「私は…ぬくぬくとした環境で勝手に自分を追い詰めていただけだったのだな」
励まそうとしたのに、返って落ち込ませてしまったようだ。
「すいません、俺…余計なことを」
「いや、今日お前の…ノエルの話が聞けてよかった。私も考えてみるとしよう」
そう言った顔はどこか晴れ晴れとしていて、俺の話で少しでも悩みから吹っ切れたのであればよかったと思う。
「その…よかったらまたこうして話をしないか?カインのいない時に」
意外な提案に驚いたが、俺は頷いた。エリックは最初の印象ほど悪いやつではなさそうだし、歳も近い。
先ほどの話を聞いてから、恵まれているはずなのにあまり幸せに見えない彼のことが気になってしまった。
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