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しおりを挟むエルマンの言葉は予想の範囲内だった。それでも脳が否定したいあまり、ぴたりと動きを止める。
「お、れはまだ殿下の婚約者だ・・・」
「ああ。でもいずれそうじゃなくなる。クラレンスもお前に良い相手を当てがうと言ってただろう?」
絞り出した言葉を迷いなく否定され頭に血が上る。揶揄うようにエルマンの指先がおとがいを撫でた。その不愉快な指に抵抗するように、分厚い胸板をどんっと力一杯押す。
「ッ、それはっ、少なくともお前じゃない!」
正当な血統を持つ俺がエルマンと婚約すれば王家の力関係が揺らぐ。
第三者から見れば、婚約破棄されたのが俺ではなくクラレンスだと取る人間も現れるかもしれない。そうなれば、エルマンを次代の王へと担ぎ上げようとする人間が絶対に出てくる。俺が何より疎んだ、クラレンスの邪魔をする人間に、俺自身がなりかねない。
「お前はブラックウッド家の力を利用してなりあがりたいだけだろ!」
お互いの間にできた僅かな隙間を利用し、エルマンから距離を取る。扉からは遠かったが今は何よりこの男から離れたかった。
ずりずりと背中に壁を押し付けながら距離を取る。
「俺が気付かないと思ったか?殿下の事を妬ましそうに見ていたことを」
「・・・ははっ、確かに妬んでいたな。何もかも持ち合わせるあの男を」
エルマンは腕を組むと扉に背をもたれさせた。ゆったりとした動作は、まるでいつでもこちらに牙を向けられると言う強者の余裕のそれだった。
剣呑に光る目に気押されるが、その事実を気取られる事はプライドが許さない。先程の余韻で震えそうになる足を叱咤し背筋を伸ばす。
「でも婚約破棄をされたお前を俺が望めば、そちら側に断る術は無い」
「そんな事陛下が許すはずがない」
「それはどうかな、あの平和主義の王子様を焚き付けるためだとしたら?」
「焚き付ける?」
「お前も分かってるんだろう、いくら血統書付きと言えどクラレンスは王の座につくには甘すぎる。ああ、ジェラルド、お前はそんなあいつを"優しい"と評するんだったか」
優しいと口にする言葉の裏に嘲りが見え隠れするのは決して勘違いではないだろう。
「その点手段を選ばないお前のことを俺は評価してるんだ」
「嬉しくない評価だ」
「そうつれない事ばかり言うなよ、俺との婚約はお前にとっても旨みがあるはずだ」
その言葉に思わず閉口する。
王家のバランスが崩れる事と裏腹に、オルブライト家が優勢に傾いた二代貴族の力関係は、俺がエルマンと婚約する事で再び釣り合いが取れる。
その考えを見透かすようにエルマンの目が獰猛に細められる。
「それだけじゃないだろ?」
「っ、」
「お前が他家の貴族に嫁げば、当然クラレンスの側にはいられない。その点俺と婚約するなら、顔を合わせる機会くらいは用意してやる」
立場は弁えてもらうがな。そう言ってニヤリと笑う男の姿は、粗野な印象に反し実に狡猾だった。
ゆっくりと蛇に締め付けられているかのような圧迫感に、ごくりと唾を飲み込む。鉄臭さの残った口内が不快だった。
じわりと滲む汗が一滴目元を伝い僅かに目をすくめる。そこでふと、自分がこの男の空気に飲まれていたのだと気付く。
クラレンスの部屋から出て、帰路を急ぐ自分が何をしようとしていたのか唐突に思い出した。婚約破棄も、この男の提案も何もかも。あの邪魔な番を排除すれば問題は解決する話だ。この場でエルマンの話に乗る理由はない。
呼吸を整えてから、ぐっと身体に力を入れエルマンに向き合う。
「・・・言いたい事はそれだけか?」
じっと見つめ返せばその反応が意外だったのか、獰猛な目を僅かに瞬かせた。
「意外だな。乗ってくると思ったのに」
「見込み違いで残念だったな。早く扉から退け」
冷静になったとは言え、この男の禍々しい空気にいつ呑まれるとも限らない。早くこの場から立ち去りたかった。しょうがないとばかりに肩をすくめて見せると、エルマンは扉から背を浮かせた。俺の態度を見て解放する気になったのだろうか。
「残念だけど、用意してある答えは一つなんだ」
エルマンは首から下げたチェーンを服の下から取り出すと、こちらに見せるかのようにプラリと揺らした。そのチェーンの先に何があるのか、それを悟った瞬間走り出す。
扉はエルマンが抑えてる。この部屋は三階だが、窓から落ちても死にはしないだろう。
多少の怪我はやむを得ない。土足のまま進路の邪魔をするベッドを踏みつけ、窓の鍵に指をかける。
バンッと豪快な音を立て勢いよく窓を開き、飛び降りるために縁へ足をかける。しかし飛び降りるより早く腹に逞しい腕が回され、俺の身体は足跡のついたベッドへ落とされた。
「ぐっ!」
「覚悟決まりすぎだろ、死ぬ気か?流石に肝を冷やした」
「黙れ!さっさと退けっ」
ドン、と拳で胸板を叩こうと、腹立たしい事に相手には微塵も効果がない。分厚い鋼を殴ったかのような衝撃が、己の手に残っただけだった。
「これが何か分かったんだな」
チャリ、と指先でチェーンを引っ掛ける。小指の爪ほどの大きさの鍵が、プラリと小さく存在を主張した。
無意識に首の後ろを手のひらで覆いながら、シーツを蹴り上げずりずりと後退する。
「その鍵は俺の自室に・・・それも鍵のかかった引き出しにしまっておいたはずだ」
この男のチェーンの先にぶら下がる小さな鍵。それこそオメガにとって命の次に大切なもの。
同意の無い番契約を成立させないため、自らの首をアルファから守るための首輪ーーーその鍵だ。
「・・・お前、父上に何かしたな?」
「心外だな。快く差し出してくれたぞ」
「父上は確かに金に汚いし強欲だが、自分の息子を売るほど薄情じゃ無い」
「信頼関係のある親子で羨ましい。うちとは大違いだ」
「陛下とお前の関係がどうかなんて、興味がない」
「そうだろうな。それにしても意外な反応だった。一番に父親を詰ると思ったのに、存外冷静だ」
表面上は軽口の応酬をするだけの余裕はあるが、内心この上なく焦っていた。ただの不愉快な男から、自分を害する可能性のある危険な存在に繰り上がったからだ。
ベッドの上をいくら後退しようとすぐに限界が来る。どん、と背中をベッドヘッドにぶつければその限界をすぐに悟った。たいした距離をあける事も叶わず、数歩膝を進めるだけで詰められる。
エルマンの腕が両サイドに伸ばされ背後の壁につけば、まるで強靭な檻に囚われているかのような錯覚に襲われ、思わず息を呑んだ。
「ジェラルド、お前はブラックウッド家の力を利用したいから俺がこうして迫っていると思ってるな」
「・・・当然だ」
「それは大きな勘違いだな」
「勘違いだと?」
「純粋に、俺がお前を好いているからだと思わないか」
予想外の言葉に、シン、と部屋が静まり返った。
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