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【番外編】獣人一家のハロウィン

2.大人用の薬

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「母さん、手伝うよ」

 厨房へ向かうと、大きな鍋にはグツグツとスープが煮込まれており、黒豹の母が肉団子を作っていた。

「ありがとう、シリル君。お肉を丸めて、小麦粉を付けてもらえると助かるわ」

 手を洗い、挽肉の塊から少し掬って指先で丸める。だが、肉球がついている状態に馴染めず、段差のある手ではなかなか上手くいかない。

「この手で丸めるのは難しいな。母さんは、よく料理を作れているなぁ」
「そりゃあ、生まれたときからこの姿ですもの、慣れるわよ。そうね、指先でやるよりも、手のひらでしたほうがいいかもしれないわ」
「こう?」
「そうそう、上手いわ。あらシリル君、耳近くの毛がはねてるわよ」

 そう言うと、耳のそばを舌で毛繕いしてくれる。湿った感触が伝わり、くすぐったい。

「もうすぐ終わるわ」

 サリサリという音を聞きながら、シリルは幼い頃を思い出した。

「ふふ、懐かしいな。小さい頃、母さんとグレンが毛繕いし合っているとき、僕も仲間に入れてもらったけど、口の中が毛だらけになっちゃったことがあるんだ。部屋に戻って、一人で泣いていたら、グレンが慰めに来てくれたっけ」

 一緒に寝ると温かい、と言って無理やり寝台を占領したのだ。それに、笑ってしまうようないびきをかいたものだから、悲しい気持ちが吹き飛んでしまった記憶がある。思い出し笑いをしていると、母の眉が上がった。

「あら、そんなことが。……グレンも隅におけないわね」

 ニヤリと口の端を上げ、からかうような顔をしたので警戒すると、玄関の扉がノックされた。

「こんばんは。シリル・シュレンジャーさんのおうちってここよね?」

 よく透る女性の声は、白魔女のものだ。

「サンドラさん! 入って下さい。僕、もとの姿に戻りたいんです」

 急いで扉を開けると、サンドラが目を剥いていた。これが当然の反応だ。

「立派な山猫さんだけど、シリル君よね。ごめんなさいね、どうも薬を仕入れた時にラベルを貼り間違えたのがいくつかあったようなの。元に戻る方法を教えるわ。少し耳を貸してもらるかしら」
「はい。でも、小さな声でお願いします。山猫になってから耳がよすぎて、大きな音が響くから」
「分かったわ。あのね……」

 サンドラが周囲を見廻し、耳に手を添える。内緒にしなくちゃいけない変身解除法って、一体なんだろう?

「えっ。好きな人と一夜を共にする!?」

 大声を出したせいか、離れた暖炉にいるはずのグレンが体を揺らした。猫科の聴覚は鋭いから、きっと聞こえてしまっている。
 一夜を共にするとは、体を重ねるという意味だろうかと、首をひねっていると、サンドラが普通の音量で言い放った。

「もちろん、大人同士の夜の過ごし方をしないとダメよ」
「こういう変身を解く方法って、キスがセオリーじゃないんですか?」

 真顔で尋ねてしまった。幼い頃に聞いたお伽話の「白雪姫」や「美女と野獣」、「蛙の王子様」などはみなそうだった気がするのだが。

「それは子供用。あなたが飲んだ薬は大人用だもの」
「えぇ――!?」
「ごめんね、薬を作った友達に聞いたけど、呪いの解除方法はそれしかないって言うのよ。お詫びに、発情期に飲む抑制剤と避妊薬を一か月処方しておいたから。頑張ってね」

 チュッ、と毛むくじゃらの頬にキスすると、サンドラは足取り軽く去ってしまった。きっと、ほかにも間違った薬を渡した人が大勢いるのだろう。

「ええと、グレン。聞こえてた……よね」

 部屋の奥に声を掛けると、「ああ」と低い返答がなされた。

「ごめんね、シリル君。台所にも筒抜けだったわ」

 盆を手にした母が居間にやってくる。そういえば、夕食が出来る手前だった。

 唐辛子が入った辛めのスープに、肉団子と野菜のソテーが食卓に並ぶ。美味しいはずの料理なのに、サンドラからの情報で味が分からない。

「私たちのことは気にしないで、シリル君。明日はハロウィンでしょう? 今夜は屋台が並んで一晩中外が賑やかだから、父さんと一緒に遊んでくるわ」
「そんな、悪いよ!」
「最近のハロウィンは昔と違うみたいだから、社会勉強も兼ねてね。変な遠慮しちゃダメよ。元の姿に戻りたいでしょう?」
「う。それは……」

 言い淀んでいると、グレンがゴホン、と咳払いをした。

「シリル、恥ずかしいのも分かるが、方法がひとつしか無いんだから仕方ない。一緒に呪いを解こう」
「グレン……」

 両親もパートナーも協力してくれる。だけど、シリルはいたたまれなかった。

(あ、穴があったら入りたい……!)


 夕食が終わると「用意するから待ってほしい」と言い、シリルは自室へ入った。ため息をつき、寝台に潜り込む。

(呪いを解く方法が、親が知ってる半公開セックスだなんて。もう、消えてしまいたい)

 両親が席を外してくれるのが、まだ救いと言えば救いだ。今まで、家の中でグレンと抱き合っていたのだって、薄々勘付かれていたのだろうか。

(僕も山猫になって分かったけど、猫科の耳って些細な音でも拾っちゃうんだ。今までグレンに抱かれて、声を殺したつもりでも、きっと母さん達に気付かれてたよ……!)

 顔がカッとなり、全身が熱くなる。上掛けを抱きしめたまま身悶えていると、ノックがされた。

「シリル、入るぞ。……どうした、そんなに赤い顔をして。怒っているのか?」
「恥ずかしくてジタバタしてたんだ。だって、父さんも母さんも、僕たちがこの家でHするって知ってるんだもん」
「仕方ないだろう、それしか変身を解く方法がないって言うんだから」

 グレンが寝台に腰掛けた。頭に、大きな手が優しく添えられる。そのまま毛並みに沿うように撫でられた。

(気持ちいい……。獣人同士だからかな、ホッとする)

「今だから言うが、俺はシリルが獣の姿になったとき、喜んでいる自分に気付いた。気品のある山猫だと思ったら、お前だったんだからな。それに小さな音にも敏感に反応するし、ブンブンと振っている尻尾で機嫌が悪いと分かる。俺達と同じ生態で、なんだかホッとしたんだ」

「グレン。僕だって、昔からこの家で自分だけ人の姿で恥ずかしかった。だけどオメガに分化して、グレンと番つがいになれるんだったら姿なんてどうでもいいって思えた。人の姿に愛着もあるし。や、やっぱり僕、今までと同じ姿でいたいよ……」

 胸が引き絞られるように苦しい。そう思ったとき、自分の瞳から熱いものが溢れていた。

「シリル」
「……獣人でも、同じように泣けるんだね」

 猫のような手で涙を懸命に拭っていると、グレンの呆れた声がした。

「お前、俺達をなんだと思ってるんだ。痛いときや悲しい時、感じる心は姿が違っても同じだと言っただろう」
「そっか……」
「ほら、泣くな」

 白い毛皮に涙を掬われる。

「シリル。山猫の姿にクラッときたのは事実だが、俺だって今までのお前のほうがいい。表情でなにを考えているか分かるし、肌がすべすべして滑らかだし、髪は光るし、なにより綺麗だ」
「……ほんとう? 信じていいの?」

 ズッ、と鼻水をすすり尋ねると、両手を肩に置かれた。

「ああ、安心しろ。俺が必ず元の姿に戻してやる」
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