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【番外編】媚薬騒動
1.グレンの苦悩
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「ふぅっ、ん……」
半分閉じたシリルの唇から、わずかな声が漏れ出る。
「気持ちいいか、シリル?」
夫夫の寝室では大きな声を出さないように努めているグレンは、耳元で尋ねた。
「シッ。さっきルイスが子供部屋で寝たところだから、もっと小さな声でね」
「……ふぅ。難しいな」
ルイスの名を出されて溜息を吐いてしまう。真夜中に近い時間だというのに、子供に見つかると大変だから交わりの際は気を付けないといけない。
子供が出来て以来、シリルは夜の営みのときに声を殺すようになった。ルイスを隣室で寝かせてから静かに行われる交合は、食事を摂る一連の流れに似ている。服を脱いで肌を合わせ、お互いを高めていく。だが、絶頂を迎えたのかどうかわかりにくい。以前は甘ったるい声で快感をあらわにし、グレンの獣毛をむしるほどしがみついてきたものだが、今は息遣いや表情でそれを判断するしかない。
快感ゆえに寄せた眉なのだろう、耐え忍んだような吐息は嬌声を我慢しているのだろう……。そういった朧気な推測で最後まで進めた。
「よかった、か?」
「うん。ありがとう、グレン」
表情を読み違えていないかと遠慮がちに尋ねると、上気した顔のシリルが抱きついてきた。ホッとしているのもつかの間。
「明日の朝は職場の鍵を開けなくちゃいけないから、僕だけ先に行くね」
そう言い残して、あっという間に眠ってしまった。
「はぁ……。もう話しても聞いてないだろうな」
すうすうと気持ち良さそうな寝息をたてるシリルは意識してないだろうが、子供が出来る前と今では夜の営みがかなり変わってしまった。三歳半になったルイスが起きないよう隠密に、挿入時も音を立てないように、声を上げるなどもってのほか。自分に向けられる愛情に変わりはないが、思う存分愛し合えないのはかなりつらいものがある。
「子供のためとはいえ、きついな」
出産前のようなシリルのあられもない姿が見たい。我を忘れるほど自分を求め、グレン以外見えなくなってほしい。朝食を摂るようなおざなりな交わりでは、義務感から仕方なくつきあっているように思える。もっと男として、雄として必要とされたいのだ。――と、そこまで考えて閃いた。
「そうだ、体をさわると感じてしまうほど敏感になれば、お互い気持ちよくなれるんじゃないか? たとえば催淫剤とか媚薬……とか」
そこまで考えて、ガバッと上半身を起こすと、寝惚け眼で話しかけられた。
「グレン、どうしたのぉ……?」
「なんでもない。トイレに行くだけだ」
咄嗟に口に出た嘘を真にするため、寝台から抜け出し廊下へと向かう。その間も頭の中では計画が進行していた。
シリルの性格から考えて、黙って飲み物に混ぜたりしたら怒りを買うだろうから、あくまで「夜を大いに楽しめる薬で、無害」なものを用意しなければいけない。そんな都合のいいものは幼児のいる家には存在しない。
休日になるのを待ちかねたグレンは、夏至祭のときに立ち寄った「ジェシーの館」方面へと向かった。娼館の周辺にはきっと、大人向けの怪しいグッズを売っている店があるはずだ。
細い路地を進むと、布面積を狭くした下着や、本来ならば隠す場所を敢えて見せつけるようなデザインの服、それに男性器を模した張り型などが飾られたショーウィンドウが見つかった。ここだ、と確信し辺りに人が少ないのを確かめ、店内に滑り込む。
内装は落ち着いた赤の絨毯に同色の壁紙で意外に趣味が良い。足元が沈みそうなほどフカフカしていると思ったとき、ヒラヒラしたものが目に入った。それは隠すべきところを隠していない下着を身につけたマネキンで、網膜に焼き付いて目がチカチカしてしまった。恐ろしい場所だ。
店員は店の奥にいるのだろう、ショーケースやカウンターに並ぶ商品を勝手に見ていると、目当てのものを見つけた。
『意中の彼はあなたの虜! 気絶寸前・昇天媚薬』
これだ! と持ち上げると、驚くほど軽かった。中身が入っていないのは盗難防止だろうが、拍子抜けしてしまった。
「すまん、買いたいものがあるんだが……」
カウンターの奥にある扉に声を掛けると「すみません」と一人の狸型獣人が現れた。商品の空箱を持って、これだと言いかけたときに目が合った。
「え、シュレンジャー先輩!?」
「デニス! なんでここに……」
職場の後輩にこんなところで会うなんて、と頭を抱えていると、デニスが声を顰めた。
「お願いですから班長には内緒にして下さい。欲しいものがあるんで、お金を貯める為にアルバイトしてるんです。なんでもご用意しますから、どうか秘密に」
「それは構わんが……」
頭を下げられると調子が狂う。まさか後輩がこんなところで副業しているとは思いも寄らなかった。
「欲しいものってなんだ? 給料は充分あるだろうに」
「人形です。いえ、ラブドールです」
「らぶ……? なんだそれは?」
「等身大のオナホール付き人形と言えばいいでしょうか。以前、この通りに迷い込んだとき、ショーウィンドウに飾ってあった彼女に一目惚れしたんです。でもかなり高価な一点もので。店長に頼んで、ほかのだれにも売らないように頼み込み、ここで働いて代金を払うことにしたんです。一点もののラブドールを作っている人形師さんのこだわりが凄くて……」
話が長くなりそうだ、と察知したグレンは途中で遮ることにした。
「そ、そうか、苦労しているのがよくわかった。それはともかく、欲しいのはこの薬だ。中身はあるか?」
「昇天媚薬の六粒入りですね。……あっ、申し訳ない。昇天媚薬は人気商品のため、品切れしております、先輩!」
「先輩とか最後に付けないでくれないか……」
恥ずかしい商品名を連呼するのも勘弁してほしい、と言うと「すみません。よく同じ事を店長にも指摘されます」と項垂れた。
「今の薬ですが、次回入荷は今週の水曜になります。週末にでも当店で受け取れますが、もっと良い方法があります」
「なんだ?」
良い予感がしない。恐る恐る髭を向けると「入荷次第、職場に持って行きます!」と笑顔を向けられた。
「安心して下さい。平日の夕方と休日はここにいるので、入荷後すぐにお渡し出来ます。先輩だって、わざわざここまで取りに来るよりも都合がいいじゃないですか。さっきの接客のお詫びです」
「……分かった、じゃあ職場で渡してくれ。それとすまないが、こういう商品だと分からないように包んでくれないか」
「それは勿論! じゃあ予約ですね、領収書を先にお渡しします」
代金を支払い終わって店を出ると、溜息が出た。シリルと結婚していることは公にしているので、『昇天媚薬』をだれに使うのかわかりきったことだろう。同僚の中でも特に格好をつけておきたい後輩に、こんな買い物の斡旋を頼むことになるとは。
ぼうっとしたまま家路に就き、家の扉を開けると足元にルイスが絡みついてきた。
「パパ、おかえり! どこに行ってたの?」
まだ三歳のルイスを持ち上げてやると、キャッキャと声を上げて喜ぶ。
「ほら、高い高い!」と床から持ち上げを繰り返すたび、笑顔を見せてくれるから、グレンも自然と笑顔になってしまう。
「仕事で使う道具を見に行ってたんだ。ママはどこだ?」
言い終わらないうちに、エプロン姿のシリルがフライ返しを持ってやって来た。
「グレン、おかえり。ルイス、お昼ごはんを手伝うって言ってくれたでしょう、一緒に目玉焼き作るよ」
「うん、ママ!」
ふたりが台所へと去って行くのを見送り、あらためてホーッと息を吐いた。仕事の道具を買いに行ったというのは嘘だ。本当のことを純真無垢なルイスに言えるわけがない。
バレなくてよかった。あと三日だけ我慢すれば、Hで積極的なシリルが手に入る。媚薬のせいでもしかしたら二人目が出来るかも知れない。いや、それよりもシリルがグレンを求めてくれる。恥ずかしさよりも、一緒に気持ちよくなりたいと縋り付いてねだって……。堪らない。想像するだけで楽しみだ。台所にいるシリルを見てはニヤニヤして、髭がピンと跳ね上がってしまう。
「グレン、街でいいことでもあったの? なんだか嬉しそう」
「い、いや……。なんでもない」
目が合うと即座に視線を外してしまった。本人に内緒にしてることで浮かれているなんて言えない。それにしても。
早めにあの薬が手に入らないだろうか。願わくば「グレンがほしい」「もっと」「おかしくなっちゃう」と甘くねだられたい。
半分閉じたシリルの唇から、わずかな声が漏れ出る。
「気持ちいいか、シリル?」
夫夫の寝室では大きな声を出さないように努めているグレンは、耳元で尋ねた。
「シッ。さっきルイスが子供部屋で寝たところだから、もっと小さな声でね」
「……ふぅ。難しいな」
ルイスの名を出されて溜息を吐いてしまう。真夜中に近い時間だというのに、子供に見つかると大変だから交わりの際は気を付けないといけない。
子供が出来て以来、シリルは夜の営みのときに声を殺すようになった。ルイスを隣室で寝かせてから静かに行われる交合は、食事を摂る一連の流れに似ている。服を脱いで肌を合わせ、お互いを高めていく。だが、絶頂を迎えたのかどうかわかりにくい。以前は甘ったるい声で快感をあらわにし、グレンの獣毛をむしるほどしがみついてきたものだが、今は息遣いや表情でそれを判断するしかない。
快感ゆえに寄せた眉なのだろう、耐え忍んだような吐息は嬌声を我慢しているのだろう……。そういった朧気な推測で最後まで進めた。
「よかった、か?」
「うん。ありがとう、グレン」
表情を読み違えていないかと遠慮がちに尋ねると、上気した顔のシリルが抱きついてきた。ホッとしているのもつかの間。
「明日の朝は職場の鍵を開けなくちゃいけないから、僕だけ先に行くね」
そう言い残して、あっという間に眠ってしまった。
「はぁ……。もう話しても聞いてないだろうな」
すうすうと気持ち良さそうな寝息をたてるシリルは意識してないだろうが、子供が出来る前と今では夜の営みがかなり変わってしまった。三歳半になったルイスが起きないよう隠密に、挿入時も音を立てないように、声を上げるなどもってのほか。自分に向けられる愛情に変わりはないが、思う存分愛し合えないのはかなりつらいものがある。
「子供のためとはいえ、きついな」
出産前のようなシリルのあられもない姿が見たい。我を忘れるほど自分を求め、グレン以外見えなくなってほしい。朝食を摂るようなおざなりな交わりでは、義務感から仕方なくつきあっているように思える。もっと男として、雄として必要とされたいのだ。――と、そこまで考えて閃いた。
「そうだ、体をさわると感じてしまうほど敏感になれば、お互い気持ちよくなれるんじゃないか? たとえば催淫剤とか媚薬……とか」
そこまで考えて、ガバッと上半身を起こすと、寝惚け眼で話しかけられた。
「グレン、どうしたのぉ……?」
「なんでもない。トイレに行くだけだ」
咄嗟に口に出た嘘を真にするため、寝台から抜け出し廊下へと向かう。その間も頭の中では計画が進行していた。
シリルの性格から考えて、黙って飲み物に混ぜたりしたら怒りを買うだろうから、あくまで「夜を大いに楽しめる薬で、無害」なものを用意しなければいけない。そんな都合のいいものは幼児のいる家には存在しない。
休日になるのを待ちかねたグレンは、夏至祭のときに立ち寄った「ジェシーの館」方面へと向かった。娼館の周辺にはきっと、大人向けの怪しいグッズを売っている店があるはずだ。
細い路地を進むと、布面積を狭くした下着や、本来ならば隠す場所を敢えて見せつけるようなデザインの服、それに男性器を模した張り型などが飾られたショーウィンドウが見つかった。ここだ、と確信し辺りに人が少ないのを確かめ、店内に滑り込む。
内装は落ち着いた赤の絨毯に同色の壁紙で意外に趣味が良い。足元が沈みそうなほどフカフカしていると思ったとき、ヒラヒラしたものが目に入った。それは隠すべきところを隠していない下着を身につけたマネキンで、網膜に焼き付いて目がチカチカしてしまった。恐ろしい場所だ。
店員は店の奥にいるのだろう、ショーケースやカウンターに並ぶ商品を勝手に見ていると、目当てのものを見つけた。
『意中の彼はあなたの虜! 気絶寸前・昇天媚薬』
これだ! と持ち上げると、驚くほど軽かった。中身が入っていないのは盗難防止だろうが、拍子抜けしてしまった。
「すまん、買いたいものがあるんだが……」
カウンターの奥にある扉に声を掛けると「すみません」と一人の狸型獣人が現れた。商品の空箱を持って、これだと言いかけたときに目が合った。
「え、シュレンジャー先輩!?」
「デニス! なんでここに……」
職場の後輩にこんなところで会うなんて、と頭を抱えていると、デニスが声を顰めた。
「お願いですから班長には内緒にして下さい。欲しいものがあるんで、お金を貯める為にアルバイトしてるんです。なんでもご用意しますから、どうか秘密に」
「それは構わんが……」
頭を下げられると調子が狂う。まさか後輩がこんなところで副業しているとは思いも寄らなかった。
「欲しいものってなんだ? 給料は充分あるだろうに」
「人形です。いえ、ラブドールです」
「らぶ……? なんだそれは?」
「等身大のオナホール付き人形と言えばいいでしょうか。以前、この通りに迷い込んだとき、ショーウィンドウに飾ってあった彼女に一目惚れしたんです。でもかなり高価な一点もので。店長に頼んで、ほかのだれにも売らないように頼み込み、ここで働いて代金を払うことにしたんです。一点もののラブドールを作っている人形師さんのこだわりが凄くて……」
話が長くなりそうだ、と察知したグレンは途中で遮ることにした。
「そ、そうか、苦労しているのがよくわかった。それはともかく、欲しいのはこの薬だ。中身はあるか?」
「昇天媚薬の六粒入りですね。……あっ、申し訳ない。昇天媚薬は人気商品のため、品切れしております、先輩!」
「先輩とか最後に付けないでくれないか……」
恥ずかしい商品名を連呼するのも勘弁してほしい、と言うと「すみません。よく同じ事を店長にも指摘されます」と項垂れた。
「今の薬ですが、次回入荷は今週の水曜になります。週末にでも当店で受け取れますが、もっと良い方法があります」
「なんだ?」
良い予感がしない。恐る恐る髭を向けると「入荷次第、職場に持って行きます!」と笑顔を向けられた。
「安心して下さい。平日の夕方と休日はここにいるので、入荷後すぐにお渡し出来ます。先輩だって、わざわざここまで取りに来るよりも都合がいいじゃないですか。さっきの接客のお詫びです」
「……分かった、じゃあ職場で渡してくれ。それとすまないが、こういう商品だと分からないように包んでくれないか」
「それは勿論! じゃあ予約ですね、領収書を先にお渡しします」
代金を支払い終わって店を出ると、溜息が出た。シリルと結婚していることは公にしているので、『昇天媚薬』をだれに使うのかわかりきったことだろう。同僚の中でも特に格好をつけておきたい後輩に、こんな買い物の斡旋を頼むことになるとは。
ぼうっとしたまま家路に就き、家の扉を開けると足元にルイスが絡みついてきた。
「パパ、おかえり! どこに行ってたの?」
まだ三歳のルイスを持ち上げてやると、キャッキャと声を上げて喜ぶ。
「ほら、高い高い!」と床から持ち上げを繰り返すたび、笑顔を見せてくれるから、グレンも自然と笑顔になってしまう。
「仕事で使う道具を見に行ってたんだ。ママはどこだ?」
言い終わらないうちに、エプロン姿のシリルがフライ返しを持ってやって来た。
「グレン、おかえり。ルイス、お昼ごはんを手伝うって言ってくれたでしょう、一緒に目玉焼き作るよ」
「うん、ママ!」
ふたりが台所へと去って行くのを見送り、あらためてホーッと息を吐いた。仕事の道具を買いに行ったというのは嘘だ。本当のことを純真無垢なルイスに言えるわけがない。
バレなくてよかった。あと三日だけ我慢すれば、Hで積極的なシリルが手に入る。媚薬のせいでもしかしたら二人目が出来るかも知れない。いや、それよりもシリルがグレンを求めてくれる。恥ずかしさよりも、一緒に気持ちよくなりたいと縋り付いてねだって……。堪らない。想像するだけで楽しみだ。台所にいるシリルを見てはニヤニヤして、髭がピンと跳ね上がってしまう。
「グレン、街でいいことでもあったの? なんだか嬉しそう」
「い、いや……。なんでもない」
目が合うと即座に視線を外してしまった。本人に内緒にしてることで浮かれているなんて言えない。それにしても。
早めにあの薬が手に入らないだろうか。願わくば「グレンがほしい」「もっと」「おかしくなっちゃう」と甘くねだられたい。
応援ありがとうございます!
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