愚者の勲章

Canaan

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第1章 Virgin Hard

05.マッパで野○○疑惑

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「ちょ、ちょっとベティ。その人、大丈夫なの……?」
 ベティがフライパンを持っているのは、イノシシ対策である。

 前日仕掛けた罠に何かかかっていれば……あとは食べられそうな木の実が採れればいい、そう思って山へ向かった二人であったが、この辺にはイノシシが出没すると聞いたことがある。
 まだ遭遇したことはなかったがベティは手斧を持って行こうとして、デボラは反対した。
 ベティは身長のわりにがっしりとしていて体格が良い方だけれど、それでも女性の手に斧は重い。イノシシに遭遇してパニックに陥った上で、慣れない武器を振り回したら危ないと思ったのだ。
 もちろん大きなフライパンも重たくて危ない。しかし刃物ではないし身を守る防具にもなり得るからフライパンを選んだのだが……。

 ベティがフライパンを振りかぶるところは見えた。あの素っ裸の男性がマキシムの手先だったとしても、フライパンで殴られたら大怪我をしてしまうのでは。
 そう思って止めようとしたが、遅かった。ごん、と鈍い音がして、男性が頽れたのが分かった。
 ベティのいる方へ駆け寄ろうとしたが、
「デボラ様は来ちゃいけません! この男、素っ裸なんですよ!」
「……!」
 そういえばそうだった。

 自然なものではない、何かが意図的に立てているような水の音がして、デボラはそちらへ向かったのだ。するとシラカ周辺では見たことのない男の人がいた。
 彼は……裸であった。デボラはその胸板の厚さに目を奪われた。二の腕も筋肉でパンパンだった。シラカの領民たちにも逞しい男の人はいたし、暑い時には彼らは服を脱いでいたから──もちろん上半身のみだが──ちらりとならば男性の裸を見たことがある。

 だが見知らぬ男性は、シラカの領民たちと筋肉の付き方がまるで違った。野良仕事でついた筋肉ではない。きっと何かの目的を持って鍛えている人なのだ。デボラは一瞬でそこまで考えた。
 それから、彼はどうして山の中で服を着ていないのだろうと不思議に思い……つい、下の方へ視線を移してしまったのだ。
 そこには、デボラには無いものが重たげにぶら下がっており……悲鳴を上げて逃げ出したのだった。

 いったい彼は何者なのだろう。ベティの言う通り、マキシムが嫌がらせで寄越した人物なのだろうか。シラカの領地内で、裸の男性をうろつかせるという嫌がらせ。確かにちょっと……いや、かなりびっくりした。
 もしかしたら、どこかで今のデボラの様子をマキシムが見ていて、効果があったとニヤついているかもしれない。そしてさらに大勢の素っ裸の男性をうろつかせて、デボラを城から出られなくしてしまうのでは。……そんなの困る!
 自分はちっとも痛手を負っていないと、どこかで見ているかもしれないマキシムに思い知らせてやらなくては!

「ベティ。その人、気絶しているの? やっぱりマキシムの仕業なのかしら」
 平静を装って、もう一度ベティの方へ行こうとする。
「デボラ様、来ちゃいけませんって!」
「だ、大丈夫よ。怪我をしているなら手当てをしてあげないと」
「違うんです! こいつ、野グソしてやがりますよ! 見ちゃダメですっ!」
「……は?」

 思いもよらないベティの返答に、デボラの頭の中は真っ白になった。
「え……え?」
「だから、野グソですって! こいつ、素っ裸でウンコしてたんですよ! マキシムの指示ですかね、命令する方も実行する方も、まったくとんでもない野郎たちですよ!」
「ええー……」
 嫌がらせにも程がある。確かにそんな命令を思いつくだけでもとんでもないのに、実行するなんて頭おかしいとしか思えない。
 だが、生き物の排泄物ならば野生の動物のものがたくさん落ちているし、猟師や木こりは山へ入った時にもよおしたらその場で済ませてしまうと聞くし……彼も便意を覚えただけなのでは? いや、でもすべて脱いでしまう必要はないのだし……。

 色々な要素を考えながら、結局ちらりと倒れている男性の方を見てしまう。
 彼はうつぶせに倒れていた。まだ意識が戻らないようだが大丈夫なのだろうか。お尻の割れ目が見えかけたので顔を逸らすと、今度は件の茶色い物体が視界に入ってしまった。畳んだ衣類らしき布の上に鎮座している。

 そこからも目を逸らそうとして、ふと気づいた。
 いくらなんでも、衣類の上にすることはないんじゃない?
 だとしたら彼は本格的に頭のおかしい人になってしまう。

「あっ、デボラ様。いけませんって……!」
「……ねえ、ベティ。これ、ウン……排泄物ではないと思うわ」
「ええ?」
 衣類の上でテカテカと妙な光沢を放っている物体に近寄ってみる。確かにそっくりだが、アレにしてはちょっと無機質な感じだ。
「これ……石ではないかしら」
「はあ? どう見たってこれ……ん?」
 ベティは石に顔を近づけ、そこで首を捻った。
「ほんとだ。石……ですかね。でも、なんだってこんなところに」
「さあ……」
 まるで研磨したようにすべすべしている。デボラにはよく分からないが、宝石とか、貴重な鉱物の類なのかもしれない。
 だがこの石が何なのかを議論している場合ではない。彼はまだ目覚めないのだから。

「とにかく、この人の身体を隠してあげなくては」
 石と衣類の傍に、大きな袋が置いてある。これも彼の荷物なのかもしれない。袋の脇には立派な剣と革のブーツがあって……デボラはぎくりとして目を見開いた。それから、さーっと血の気が引いていくのが分かった。
「た、大変よベティ。この人、騎士だわ」
 剣の鞘にはフェルビア王家のシンボル、双頭の獅子の模様が刻んである。
 それに彼のものらしいブーツには、金の拍車がついていた。

 デボラはこれまでにも騎士を見たことがあるが、その騎士たちはいずれも自分が直々に仕える領主の紋章を身につけていた。そしてその領主が、フェルビア王家に忠誠を誓っているという形だ。
 つまり……この素っ裸で倒れている男性は、王家に直接仕えているのだ。おそらくは王城で働いている、王都の人間だ。国王の家臣に何ということをしてしまったのだろう。
「ベティ、シドを呼んできて。この方を城に運んで、手当てをしなくては」



 見知らぬ騎士の荷物に毛布があったので、それを使って彼の身体を覆った。近くにいた立派な馬は彼のものだろうか。馬をどうすべきか悩んだが、ベティとシドとの三人で、うんうん唸りながら騎士の身体を運ぶと、馬は勝手についてきた。

 城の中の一室に騎士を横たえ、デボラは彼の頭の傷を確認した。
 ベティは騎士に謝罪すると言って看病を申し出たが、ここの責任者はデボラである。彼が目覚めたとき、自分がいるべきだと思った。
 ベティのフライパンは彼の側頭部に直撃したように見えたが……傷もコブも見当たらない。目立った傷が無いことにホッとしかけたが、頭の怪我だ。打ち所が悪かったら、このまま目覚めない可能性だってある。
「ああ……」
 国王の騎士になんという事をしてしまったのだろう。

「デボラ様、おれ、なんか手伝う事ありますか」
「まあ、シド」
 振り返ると部屋の入り口にはシドが立っている。

 彼の母親は昔、この領地の外れで倒れていた。彼女は妊娠していて、かなりお腹が大きくなった状態であったが、しかし夫がいる様子もない。いかにも訳ありな様子で、彼女を受け入れることに反対した村人も多かった。
 だがデボラの父は彼女を受け入れることにした。出産を終えた彼女は城で働きながらシドを育てた。真面目な働きぶりであったので、やがて彼女もシラカ領民の一人として歓迎されるようになった。
 そして六年程前……女性は亡くなってしまい、シドは孤児となる。
 ちょうど同じころにシラカへ派遣されてやってきたブラッドベリ司祭が、シドの養父となった。

「今は夕食後のお勉強の時間ではないの?」
「うん。でも司祭様はデボラ様の手伝いをしてから来いって」
「そう……」
 これは司祭の方針であった。勉強をする前に、まずはデボラかベティの手伝いをするようにと。司祭のやり方に反対する気は毛頭ないが、シドにはもう充分働いて貰っている。朝はいなくなった鶏を探してもらったし、見知らぬ騎士を運ぶのも手伝ってもらった。
 簡単に、短時間でできる仕事を考える。
「では、この盥の水を替えてきてくれる?」
「はい」

 シドが出て行って一人になったデボラは、もう一度騎士を見た。
 彼が目覚めたら、とにかく謝罪をしなくては。
 騎士は激怒するかもしれない。デボラの不手際をフェルビア国王に報告すると。そうなったら、シラカの領地はどうなってしまうのだろう。
「ああ」
 再びため息を吐いた。

 今朝、セイクリッド神にお祈りしたことを思い出す。
 夫を授けてくれだなんて、勝手なお願いをしたから罰が下ったのかもしれない。
「セイクリッド様……」
 デボラは胸の前で指を組む。
 今はとにかく、この騎士様が無事に目を覚ましてくれますようにと。


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