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第3章 Long Way To The Hero
05.デボラの騎士様、ロイドのお姫様
しおりを挟む「おい、シラカの奴らが来たぞ!」
シラカとアッサズの領地境にいる兵士たちが、異変に気付いた。
だが騎士のロイドさえ抑えれば、あとは農夫たちしかいないと踏んでいた彼らは、思い切り油断していた。
マキシムの兵士たちは六人いたが、皆ロイドを狙って動いた。そしてやたらと訓練された兵士──モルディスの兵士たち──がいると気づいたらしい時には、ロイドは二人、モルディスの兵士が一人を倒した後だった。
「え、お、おい……」
どうして戦闘慣れしている兵士が混じっているんだと、残った三人が尻込みする。しかし、
「おい! こいつ弱いぞ!」
「えっ? うわ!」
そのうちの一人がランサムを指さした。
「うわ、うわ!」
「若様!」
「ランサム!」
三人ともランサムに向かい始めたので、ランサムは細身の剣でなんとか応戦しているが、かなりの及び腰である。慌ててロイドたちも加勢に入った。
ランサムを狙う兵士の剣を弾き飛ばし、今度はその腹に剣の柄頭を入れる。安っぽい革鎧はそれ程の防御力を発揮せず、あえなく彼は地面に膝をついた。
「ふう……ロイドはずいぶん強くなったんだね」
その場にいた兵士たちをすべて打ち倒し、武器を奪って縛り上げていると、ランサムが汗を拭いながら呟いた。
汗をかくほどランサムは動いていない筈だから、たぶん、冷や汗なのだろう。彼は自分が痛いのも嫌だし、他人を痛めつけるのも怖いのだ。
それでもロイドはランサムを情けないとは思わない。彼の強さは、戦いとはまるで別の場所にあるのだから。
「びっくりしたよ。モルディスの兵士と手合わせしているところは見ているけど、こんなに強かったとはね」
「王都では訓練ばっかりだったからなあ」
ロイドが所属していた騎士団の特色もあって、相手を殺さない程度に無力化する、そういった訓練は何度も行ってきた。出動する機会は全くなかったが、ここにきてようやく訓練が活きた。
「今、この辺にいるから……ここを真っ直ぐ行って……」
「待て待て。畑を通ると領主館から丸見えだぞ、多分。こっちの林から領主館の裏に回った方がいいんじゃないか」
地図を見ながら、今いる場所からどう移動するかを皆で相談する。
「こっちだ!」
「シラカ領主の旦那を捕らえろ!」
相談が終わらぬうちに、アッサズの兵士たちが叫びながらこちらへやって来る。彼らはとりあえずロイドだけを狙ってくるらしい。
だが、もう二度と同じ失敗を繰り返すつもりはない。
デボラを連れて、絶対にシラカへ帰る。
ロイドは顔を上げた。
「ここは俺が先頭になる。討ちもらした奴らを頼む」
モルディスの兵士たちに援護をお願いすると、ロイドは走り出した。
*
「お前はいったい何をやっているんだ!」
「そ、そそそんなこと、い、言われても……」
「どうやったら、お前が閉じ込められるような状況になるんだ!? 言ってみろ!!」
「……。」
「おい! 言ってみろ!」
デボラの閉じ込められている部屋に、マキシムの怒鳴り声が聞こえてきた。
一方的にカールを詰っているようだ。
囚われてからというもの、デボラは領主館の中の一室に監禁されていて、はじめのうちはカールが水や食事を運んできていた。
そしてしばらくカールがやって来なくなったかと思えば、今、マキシムに怒鳴られている。しかも何か失敗をしたらしい。
マキシムが言っていた「ロイドはもうすぐ死ぬ」という言葉と関係があるのだろうか……。
どうにかしてここを抜け出して、ロイドの無事を確かめたい。
デボラは部屋の窓を見た。
景色を見るに、ここは三階くらいの高さだろう。窓自体は大きく、デボラが出入りすることも出来そうだ。しかし、鉄格子が取り付けられていた。
猫ぐらいならば通り抜けられそうだが、デボラは通れそうにない。通れたとしても、下に降りる手段がなかった。
……となると、部屋の扉から逃げるしかないが、普段は外側から施錠されていて、食事が運ばれてくるときに、廊下に兵士が立っているのがちらっと見えた。
もう一度窓を見つめ、それから部屋を見渡し、食事の乗ったトレイのところで視線を留めた。
そこから匙を手に取って、窓際へと向かう。
そして鉄格子の嵌まった石の部分に、匙を突き立てた。
石はそれほど劣化しておらず、ちょっとした衝撃でひび割れるような事はなさそうだ。今度は石を削るように匙を動かす。
これを続けていればいつか石は削れて鉄格子が外れるだろう。……一年後くらいに。いや、その前に匙がダメになるし、窓の異変に気付かれてしまう。
やはり扉が開いた瞬間を狙うしかないが、武器になりそうなものはこの匙や食器くらいしかない。それでいて廊下に兵士がいるとなると、デボラ一人では無理だろう。
「……。」
では、病気のふりをしてみるのはどうだろう?
マキシムが油断してくれるような演技を考えていると、また廊下の方で声がした。
「チッ。もういい!」
マキシムの声と足音が近づいて来たので、急いで匙をトレイに戻す。
デボラのいる部屋のすぐ外で、
「お前はしばらくあっちに行っていろ!」
見張りの兵士にそう告げるのが聞こえた。
扉が開いてマキシムが入ってくる。
彼は後ろ手で扉を閉めると、デボラを睨みつけた。
「予定変更だ」
凄むような口調だったので、なんだか恐ろしくなったデボラは一歩下がった。
「予定……変更、ですって?」
ロイドに何かするつもりは無くなった、という事なのだろうか。
マキシムがデボラの頭からつま先までを眺めまわしたので、また嫌な気分になり、もう一歩下がる。すると、背中が壁にぶつかった。
マキシムの脇をすり抜けて逃げようとしたが、身体をどんと突き飛ばされる。その勢いで、デボラは床に転がった。
「きゃっ……」
マキシムはデボラのドレスを踏みつけ、動けないようにした。
彼はロイドではなく、先にデボラを殺すことにしたのだろうか? でも、殺した後どうするのだろう。
子をなさぬままデボラが死んだら、シラカの土地はマキシムのものになる可能性は、ない訳ではない。しかし、殺人を犯したとなるとそんな権利は無くなってしまう。では死体をどこかに隠してデボラの行方不明でも装うつもりなのだろうか?
それに外にいる兵士に「あの女を殺せ」と命じることもなく追い払い、自分の手でデボラを殺そうとするなんて、意外だと思った。
しかし、デボラが予想したようなことは起こらなかった。
マキシムはデボラの上に伸し掛かり、ドレスの中に手を入れてきたのだから。
「……! マ、マキシム! 何を!」
「これからお前を犯す」
「……な、何をするの! そんなことをして何になるの!?」
デボラは暴れた。マキシムは男にしては小柄ではあるが、それでもデボラよりはずっと力が強かった。容易く押さえ込まれてしまう。
「オレに犯された後で、あの騎士の元に何食わぬ顔で戻れるか? お前は、そういう女じゃないだろう?」
「……!」
「昔から真面目ぶったお前が嫌いだった……が、オレに都合よく作用することもあるんだな」
そんなことになったら、自分はロイドに顔向けできなくなるだろう。たとえロイドが許してくれたとしても、デボラはロイドの妻でい続けることは、出来なくなる気がする。
マキシムはデボラの性根を利用して、無理やり離縁させるつもりなのだ。
その悪趣味な考えには吐き気がしたが、しかし……予定を変更してデボラに狙いを定めてきたという事は、ロイドの身は無事だということだ。今のところは。
「どうした。恐怖で口もきけなくなったか?」
マキシムの手がデボラのドレスを捲りあげる。
デボラは自分の膝が現れる様を黙って見つめていた。
やることはやった。あとは……。
デボラの太腿までを暴いたマキシムがぎくりと顔を歪め、
「……げえっ!?」
ぱっとデボラから身体を離した。
「ふ、ふざけんなっ! お、お前、何考えてやがる!」
彼は勢いで尻餅をついたが、それでもまだデボラから遠ざかろうともがいていた。
デボラはロイドから貰った守り神……チェリー様をポケットから出し、マキシムに気付かれないよう、自分の足の間に置いただけだ。
マキシムには、よく似ている全く別のものに見えたようだが。
「ふっ、ふざけんなぁああ」
思わぬ反撃を受けて青ざめるマキシムをよそに、デボラはチェリー様をさっと拾い上げ、部屋を飛び出した。
「おい、女が逃げたぞ!」
兵士の誰かが気づいて叫んでいる。
デボラはすぐそばにあった通路に入り、狭い階段を下りた。このまま一階まで行きたかったが、下の方からも異変に気付いたらしい男の声がする。
二階で階段を使うのを止めて廊下へ出たが、やはり内部が記憶にあるものと違っていて、どこをどう進めば良いのかわからない。
「どっちに逃げた?」
「はやく捕まえろ!」
階段の方から自分を追いかけてくる兵士たちの声がしたので、デボラは目についた扉を開け、中へ入った。
広い部屋の突き当たりには、大きな窓があり、バルコニーへ繋がっている。
下が花壇だったりしたら、飛び降りることが出来るのではないだろうか。
デボラはバルコニーへ出て、手すりから身を乗り出した。
するとアッサズの兵士たちが騒いでいるのが見える。デボラが逃げたからではなく、向こう側からやって来る武装した集団と対峙しようとしているのだ。
そして、向こう側の先頭にいるのは……。
「ロイド様!」
ロイドは自分に飛びかかってきた兵士を殴り倒したところだった。腹に拳を入れられたアッサズの兵士は、お腹を押さえて地面に蹲る。
「あの男を狙え!」
「あいつがシラカの女領主の旦那だ!」
今度は三人の兵士たちが剣を抜いてロイドに向かっていく。
「ロイド様……!」
たぶん、ロイドは強いのだと思う。だが、三人がかりで斬りかかられたら……。デボラが行ったところでどうにもならないことは分かっているが、彼の元へ行きたくて、飛び降りようとした。
しかし、下は石畳が敷かれている。
死にはしないだろうが、怪我をするかもしれない。そうなったら、本格的にロイドの邪魔をしてしまう。
デボラがどうすることも出来ずにいると、ロイドは自分の足元に蹲っている男の両足を掴み、ぐるんと一回転してから手を離した。
投げられた男はアッサズの兵士たちに向かって飛んでいき、
「ぐわ!」
「げえっ!?」
いっぺんに三人が吹き飛ばされたり押しつぶされたりする形になる。
剣を合わせたり拳で殴り合ったりする戦いを知ってはいたが、こんな戦い方は初めて見た。武装した男を投げ飛ばして、それで別の敵を倒してしまうなんて。よほどの力持ちでなくては出来ない筈だ。デボラは思わず見入ってしまった。
その様子を見ていたアッサズの兵士がまだ二人ほどいたが、自分たちの手には負えないと悟ったのか、尻込みしている。
ロイドの後方に控えていた黒髪の騎士らしき男──誰だろう。キドニスの領主に援軍を頼んだのだろうか?──が、自分の連れている兵士たちに後を追わせた。
ロイドと黒髪の騎士は何か言葉を交わし……それから、デボラの姿に気付いたようだ。
「デボラ!」
彼はデボラの真下まで走って来ると、両腕を広げた。
「ロイド様!」
デボラは迷わず手すりを乗り越え、ロイドに向かって飛び降りる。彼はしっかりと抱きとめてくれた。
「ロイド様! 私……」
「デボラ、怪我は?」
「ロイド様こそ」
「俺は平気。それより、ごめん。君を危ない目に遭わせた……」
「いいえ。私こそ……」
デボラはロイドのせいで自分がつかまったなどと、微塵も思ってはいない。それよりも、自分が領地の問題に彼を巻き込んだのだ。
「君は、まだ俺をよそ者扱いする気かい」
ロイドが首を振る。
「そんなつもりはないのですが、でも、」
「俺は君の夫で、君の騎士だ。君に起こった問題は、俺の問題でもある。そう考えている」
本当の初夜を迎えて、デボラに跪いて忠誠を誓ったその時から、ロイドはそのつもりだったと言った。
「ロイド様……」
デボラはぎゅっと彼にしがみ付いた。
「君はずっとこの屋敷に囚われていたのか? 本当に怪我はない?」
「はい」
危険が全くなかったと言えば嘘になるが。
「チェリー様が私を救ってくださいました」
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