愚者の聖域

Canaan

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第2章 Eureka!!

01.受難の日

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 今回伯爵邸に向かった聖騎士団のメンバーは、グレンを入れて五人。ルルザにやって来てから、グレンにとっては初めての「事件」とも呼べる仕事となった。

「これはこれは。聖騎士団の皆さま」
 伯爵邸に到着すると、ブライス伯爵がすぐに迎えにやって来て、聖騎士団の手を煩わせて申し訳ないというような事を述べる。彼の言葉に副団長のロバート・マンセルが首を振ってみせた。
 聖騎士団にはもちろん団長が存在するが、彼は殆どの時間を大聖堂で、司教をはじめとする聖職者たちの護衛について過ごしている。大抵の場合、団員を取り纏める仕事は副団長が請け負っていた。
「いえ。我々の仕事ですから。それで、無くなったものは……本でしたね? 現場を拝見させて貰いたいのですが」
「ええ。もちろんですとも。聖騎士団の皆さん。こちらへどうぞ」
「ブライス伯爵。本が無くなったと気づいてから、周囲のものを動かしたりなどは」
「いえ! それは気をつけました。が、紛失に気づいたのが昨晩でしたので……」

 伯爵と副団長の会話に耳を傾けながら、グレンも彼らの後に続く。
 事件というのは大小にかかわらず現場の保存が重要となる。犯人の形跡が残っているかもしれないからだ。
 グレンはキャスリーンの形跡……彼女の置いていった手袋のことを考えた。あれは、自分が回収して彼女に返した。だが、他にも何か落としたものがあったとしたら。それに、あの書斎には彼女よりも自分の方が長く滞在していた。グレンもボタンなどは落としていないと思うが、自分の痕跡が発見されないことを祈るばかりである。
 騎士団のお披露目パーティが行われたのは一週間ほど前だ。使用人が清掃をきっちりと済ませていたら、誰かが侵入した形跡は無くなっている筈だと思った。
 グレンはキャスリーンに対して「今回限りは何も言わない」と約束した。しかし聖騎士団のメンバーとしては解決に向けて動かなくてはならないだろう。
 キャスリーンとの約束を反故にすることは今のところ考えていない。だが何食わぬ顔で調査に参加し続けることができるのだろうか。ヒューイだったら、こんな時どうするのだろう。
「……。」
 いや、ヒューイはもう自分の道標ではない。これからは自分の力で自分の道を模索していく。そう決めたではないか。

「この書斎になります。皆さんどうぞ」
 グレンが悶々と考えているうちに、書斎の扉が伯爵の手によって開けられる。本棚はいくつもあるが、伯爵は件の本が収まっていた場所へまっすぐに向かっていった。
「この本棚は……古書の類ですか?」
 ロバートが本棚をざっと見た後で言う。伯爵は頷いた。
「ええ。主に手書きの、一点ものの書物です」
「なるほど。紛失した書物というのは、どういった類の」
「歴史的な価値も、美術的な価値もそれほどないと思います。個人の日記ですから」
「しかし、書かれた年代や内容によっては価値が出るものでしょう」
「……だと思いますが、古書店から購入した時の値段は、それほどでもありませんでしたので」
 伯爵は「本そのものの価値よりも、無くなったこと、盗まれたかもしれないことが重要なのだ」と主張した。ロバートも「もちろんです」と頷いた。泥棒が何の罰も受けずにうろついているのは、街を守る騎士団にとっても許し難いことである。

 伯爵は本棚に触れないように気をつけながら説明を続けている。
「お恥ずかしい話ですが、掃除を怠っていたせいで紛失に気づくことになりまして」
 伯爵の話では、ここは時折窓を開けて空気の入れ替えをするくらいで、頻繁に清掃が入る部屋ではないらしい。彼の示す場所を見てみると、うっすらと埃が積もっていた。そして、そこに指の跡がついていたのだ。どう考えてもキャスリーンの指の跡である。
「指の跡に気づいて本の方を確かめてみると……ほら」
 そこには古くて痛んだ革表紙の本が連なっていたが、一冊分の隙間が出来ているように思える。キャスリーンが抜き取ったからだとグレンは思った。
「なるほど。確かにこの指の跡は、本を持ち出した人物のものかもしれませんね……では、ブライス伯爵。調査のために、いくつか書いていただきたい書類があるのですが」
「ああ、もちろんですとも。泥棒を捕まえるためなら、何枚でも書きましょう」
「有り難いお言葉です」

 書類作成のために部屋を移動していると、
「まあ! グレン様!」
 甲高い声が聞こえて、廊下の向こうから金髪の女性が小走りでやって来た。ブライス伯爵の娘、リフィアであった。
「お会いできるなんて、夢みたいですわ! 事前に連絡をくださったら、もっとちゃんとした準備をしておりましたのに」
 彼女はそう言って断りもせずにグレンの腕にしがみ付いた。
「ちょ、ちょっと……」
「でも、突然の訪問も、それはそれで素敵なサプライズだわ!」
「ちょっと、リフィア殿……」
 この娘はどうも苦手だ。しかも伯爵の手前、腕を振りほどくわけにもいかない。
「リフィア。騎士様は仕事でいらっしゃったのだよ。邪魔をしてはいけないよ」
「まあ、お仕事! グレン様は騎士の務めを立派に果たしていらっしゃるのね!」
 伯爵は娘にきつく注意するつもりはないようだ。やんわりとだけ告げると、娘がグレンにくっついていても何も言わなかった。
「グレン様、まだお帰りにはならないのでしょう? うちでお夕食を食べて行ってくださらない?」
「……仕事で来ているんだ。皆が帰る時間に合わせてぼくも帰るよ」
「まあ。では、次にお会いできるのはいつになるのかしら?」
「調査の進み方にもよると思うけど……何とも言えないな」
「でも、どこかの夜会でお会いすることもあるわよね? グレン様、次に参加するのはどの催し物ですの?」
「ごめん。ちょっと、分からない」
 本当はいくつかの招待状を貰っている。返事を書くのはこれからだが、リフィア・ブライスにはあまり会いたくないと思う。こんな風にぐいぐい来られるのは苦手だ。グレンがはっきり断ったりしたら……彼女は大騒ぎした挙句、周りを巻き込んでグレンを悪者にしたりする女性に思える。
 もっともグレンが「その手の女性」だと思い込んでいたキャスリーンはちょっと違うみたいなので、自分の勘もそれほどアテにはならないが。



 宿舎に戻ったグレンは、厨房の方へ足を向けた。一応、キャスリーンに知らせておこうと思ったのだ。だが、彼女は仕事中かもしれない。仕事中に「良くない報せ」を受け取ったら、彼女は動揺して包丁で指を切ったりやけどをしたりするのではないか。
 後で話があるとだけ伝えて、詳しいことは彼女の就業後に伝える……それがいいのではないか。そう考えながら廊下を進む。

 厨房で働く者たちが行き来するエリアに近づいていくと、男たちが騒ぐ声に続き、甲高い悲鳴が聞こえた。

「ギャ、ギャアアッ! ちょっと!」

 それはキャスリーンの声に思えた。
 グレンは声のした方へ急いだ。


*


「エラーコインだって? 一応、うちでも扱ってるけど……」
「まあ! そうなの!?」

 グレンと夕食を食べた翌日、キャスは古銭の買取り店にいた。自分は納得して交換したのだし、別にグレン・バークレイを疑う訳ではないが、あの銅貨にどれくらいの値段がつくのか調べてみたかったのだ。……グレン・バークレイを疑う訳ではないが。

 今日の仕事は昼前からなので、職場に向かう前にコインを扱っていそうな店に足を運んでみたという訳だ。ここは現在流通していない古いコインや、入手し難い異国のコインなどを扱っているらしい。訊いてみると、エラーコインも売り買いしているという。
「で、そのコインにはどういうエラーがあるの」
 店主はルーペを持ってキャスに手を差し出す。見せてみろということらしい。しかし現物はグレンに銀貨四枚で売ってしまった後だ。
「あ。いえ! 私が持っている訳じゃないの。友人が持ってて……高く売れるならそうしたいっていうから」
「ふうん。現物を見てみない事には、何とも言えないねえ」
「数年前に出た銅貨なんだけど」
「ああ。王太子様の結婚を機にデザインが変わったものだね」
「そう、そうなの! 彫ってある王太子様の横顔と、文字が普通のものより近いのよ」
「ああー……そういうタイプね」
 店主は近くに置いてあった冊子をぺらぺらと捲り始める。エラーコインにもいろんなタイプがあって、その間違いがどれくらいレアなものかで値段が決まるらしい。
 キャスが持っていた銅貨に関しては、王太子の顔と文字が重なるほど近かったり、逆にコインからはみ出すレベルで離れていたりすると、金貨一枚に匹敵する価値があるという。しかし、
「ちょっとずれてるだけなら……銀貨二、三枚と交換ってところかな……銅貨が未使用であれば、もうちょっと色を付けてもいいけど」
「……。」
「お嬢さん? どうするかお友達に伝えておいて」
「あっ。は、はい! どうもありがとう!」

 店主に礼を言って通りに出たキャスは思った。グレン様、ほんのちょっとだけ疑っていてごめんなさい、と。彼の見積もりはかなり正確で正直であったのだ。いや、一度は「銀貨五枚でも良い」と提示てくれたのだから、グレンは太っ腹と言っても良いだろう。
 さっきの店主は「コレクターの交換会に参加すれば、もうちょっとだけ良い値がつくかもしれない」と教えてくれたが、その交換会とやらがいつどこでどんな頻度で行われるのか、調べるだけでも骨が折れそうである。昨日の取引は、キャスにとってかなりお得なものだったわけだ。
 ほんの少しだけ心に引っかかっていたものが取り払われて、キャスはスッキリした気分で職場へと向かった。



 いつものように裏口から入り、スモックを纏い、くるくるとした焦げ茶色の髪の毛を結って、頭と口元にスカーフをつける。結構息苦しいのだが、若い女だと知られないためにも口元のスカーフは必需品である。従業員控室の姿見で自分の格好をチェックし、「これでよし」と頷いて廊下へ出る。
 角を曲がった時、誰かにぶつかりそうになってキャスは慌てて立ち止まった。相手をちらりと見あげると、若い騎士だった。
 ここは騎士がうろつくエリアではないのだが、立ち入りが禁止になっている訳でもない。
「まあ、ごめんなさい!」
 相手に謝ったり退いたりする様子が無くてキャスはちょっと腹を立てたが、騎士からしてみれば「厨房のおばちゃん」なんて、石ころと同じなのだろう。面倒ごとを避けるためにも、ここはキャスが謝っておくことにした。
 だが、やはり相手はキャスの前から退く様子がない。仕方がないのでキャスの方が彼を避けるように横に移動すると、もう一人騎士が出て来て、キャスの進路をふさぐように立った。
 彼らは「厨房のおばちゃん」をからかって遊んでいるのだろうか。腹の立つことだが騎士相手に食って掛かる訳にもいかず、キャスは咳払いをした。
「急いでいるのよ。通してもらえるかしら」
 そう言って後から来た騎士の横を通り抜けようとすると、さらにもう一人現れる。これでは本格的な通せんぼではないか。
 三人の騎士はじりじりと動いて、次第にキャスを囲むような形になる。キャスを囲む以外にも、もう二人の騎士の姿が見えた。
「な……ちょ、ちょっと!?」
「オバサンさあ、胸でかいよね」
「え?」
「ちょっと、さわらしてくんないかなあ?」
「あ、貴方たち、何言ってるの!?」
 キャスは自分の胸を庇うようにしながら勢いよく一歩下がったが、後ろに立っていた騎士にぶつかってしまう。

「おっしゃ、巨乳ゲット!」
 彼はそう言いながらキャスの両肩を掴んだ。他の騎士らが囃し立てる。
「よしよし、そのまま押さえとけよ!」
「キャッ、ちょ、ちょっと!」
 そこで、正面に立っていた男がキャスの顔を覗き込んでくる。
「あれえ? オバサン、いくつ? なんか声可愛いよなあ」
「え、えっと……さ、ささ三十五歳よ!」
 咄嗟にキャスは答える。口元を隠していても、じっくり肌や目元を見られたら四十代以上は無理があるかもしれない。それでも三十代半ばならば、若い騎士たちは興味を無くすだろう。そう思ってのことだ。しかし、
「三十五!? 俺、全然いけるわ!」
「俺も、このおっぱいがあれば三十五でもいいや! 我慢する!」
「えっ? ええ……?」
 キャスは焦って騎士たちを見回した。こっちの意志を他所に「いける」とか「我慢する」とか、物凄く失礼な奴らだ。聖騎士団のメンバーはエリートだと言われているけれど、こいつらはただの不良騎士ではないか。これ以上の失礼な振舞いは騎士団長に言いつけてやるから! と言ってやりたいところだが、「厨房のおばちゃん」が聖騎士団の団長にすんなり取り次いでもらえるとも思えない。

 キャスはさらに騎士たちが興味を無くすことを言おうとした。
「子持ちのおばさんをからかって何が楽しいの! 早く仕事に行かせてちょうだい!」
「えっ……子持ちなの?」
「そ、そうよ! 二人いるんだから!」
「うわ、エッロ……!」
「……え? ええぇ……?」
 子持ち云々はもちろん嘘だ。子供がいると言えば騎士たちは諦めると思ったのだが……完全に裏目に出たようだ。子持ちだと言った途端に騎士たちが「エロい」と騒ぎ出す。なぜ子持ちだとエロいことになるのか、キャスにはさっぱりだ。
「と、とにかく、放してちょうだい! 仕事があるの!」
「そんなこと言わずにさ、ちょっと胸さわらせてよ。すぐ済むからさあ」
「俺も、こんなでかい胸揉むの初めてだ……!」
「ギャ、ギャアアッ! ちょっと!」
「いいじゃん、減るもんじゃないだろ」
 全然良くないし、減る気がする。キャスは自分の肩を押さえる騎士から逃れようと身体を捩ったが、両腕で胸を守ったままなので碌に動けない。

「さて、と……」
 正面に立っている男がにやにやとしながら腕を伸ばしてきたので、触らせてなるものかとキャスは自分を抱きしめる腕に力を込めた。しかし、男の一番初めの目的はキャスの胸ではなかった。彼は、キャスの口元を覆うスカーフに指を引っかけたのだ。
「あっ、待って!」
「まずは、お顔を拝見……っと」
 男の手首を掴もうとしたが、間に合わなかった。引っ張られたスカーフはずるりと顎まで下がってしまう。ざわめいていた騎士たちが、キャスの顔を見て、ぎょっとしたのか口を噤んだ。

「えっ……?」
「嘘! 若いじゃん!」
「若いっつうか、ガキじゃねえか!?」
 一瞬の沈黙の後に、今度は若いだのガキだのと大騒ぎし始める。キャスを押さえていた男だけは死角になっていて見えなかったので、彼はキャスの前方に回ろうとした。その隙にキャスは逃げようとして走り出したが、何か──廊下に置いてあった荷物かもしれないし、騎士の誰かが足を引っかけたのかもしれない──に躓いて、まるで飛ぶようにして勢いよく転んだ。

「い、痛……」
 こんな風に派手に転んだのは久しぶりだ。膝がじんじんする。早く起き上がって逃げなくてはと思いはしたものの、顔を見られてしまった。グレン・バークレイはキャスの正体を知っても黙っていてくれたけれど、あの不良騎士たちにお願いしても無駄なことは分かっている。もう、オバサンのふりをするのは無理かもしれない。
 ザラザラする石の床に手のひらを思い切り擦っていたようで、少し時間をおいて痺れ始めた。
「痛ぁ……」
 痛むところを押さえながらなんとか身体を起こすと、キャスの目の前に立派なブーツを履いた足があった。不良騎士たちは何が何でもキャスの胸を触りたいのだろうか。泣きたいのを通り越して腹が立ってきた。
 しかし、キャスの目の前にいた立派なブーツの男は不良騎士ではなかった。
「大丈夫?」
 聞き覚えのある声に顔を上げてみると、グレン・バークレイが手を差し出していたのだ。彼はキャスが立ち上がるのを手伝うと、不良騎士たちに向き直った。
「こんなところで、何をしてるんだよ」

「何って……お前こそ何でこんな場所うろついてるんだよ」
 キャスを囲んでいた騎士の一人が言い返すと、皆が口々にグレンをからかい出した。
「おいおい、お前だって、この巨乳に会いに来たんじゃねえのか」
「もしかしてこの娘がオバサンじゃないって知ってたのか? お前、オバ専じゃなかったんだなあ」
「オバサンどころか、どう見てもガキだろ。こいつ、ロリコンじゃん」
「バカ言えよ。ガキの胸がこんなにでかくなるか? もっといってるだろ」
 キャスはグレンの後ろで俯きながら、散々好き放題言われるのを聞いていた。童顔で身長が低いくせに胸だけは立派なサイズだから、どうやら自分は年齢不詳の女というやつに見えるらしい。

 しかしグレンは他の騎士たちの質問に応じるつもりはないようだ。
「そこの君が、彼女に足を引っかけて転ばせたんだろう。寄ってたかって女性に失礼を働くのは騎士としてどうかと思う」
「はあ? お前こそ、この巨乳がババアじゃないって知ってて、独り占めしようとしてたんだろうが」
「女性をそんな風に呼ぶな。君たちは騎士教育の前に、人間らしい文明的な振舞いを学び直した方がいい」
「ァア? なんだと!」

 巨乳。ガキ。ババア。さっきからキャスの呼び名がひどい。
 偽名で働いているから本名を探られるとまずいのだが、それでもあんまりなんじゃないかと思う。グレンもそう思ったようで、彼は不良騎士たちのマナーについて言及してくれた。
 キャスはすぐ傍に立つグレンと、彼と対峙している騎士たちを見比べた。
 場の空気がびりびりしているのがキャスにも伝わってくる。殴り合いに発展してしまったらどうしよう。誰か呼んできた方がいいかもしれない。しかし、誰を呼びに行くというのだ。「厨房のおばちゃん、或いはガキに見える女」の言い分を聞いてくれて、且つ「騎士同士のいざこざを収められる者」とはいったい誰になるのだ……。ちょっと途方に暮れかけていると、

「おい。お前ら! 何やってるんだ!」
 廊下の向こうから野太い声が響き渡ってきた。
 騎士たちが「げ、マンセル副団長」と呟いたのが聞こえた。どうやら聖騎士団の副団長らしい。
 なるほど、聖騎士団の副団長ならばこの場を何とかしてくれるだろう。キャスはホッとしかけたが、その副団長のすぐ後ろに、宿舎の管理人の姿があることに気づいた。
 おそらくは、キャスと不良騎士が揉めている現場を誰かが目撃し、その人物は手っ取り早く管理人を呼びに行った。だが管理人とはいえ騎士相手ではどうにもならないことが多い。だから、さらに管理人が騎士団の責任者となり得る人物を連れて来たに違いなかった。

 管理人が自分に気づく前に、キャスは首元まで下がっていたスカーフを慌てて元の位置に戻したが……規則に背いて雇ってもらっている手前、揉め事を起こした──キャスは巻き込まれただけなのだが──となっては、それは、キャスが仕事を失うことを意味していた。

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