愚者の聖域

Canaan

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第3章 Nameless Hero

08.これまでと、これからと

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 結婚の約束をした翌日、キャスは鼻歌を歌いながらキッチンに立っていた。
 まだ結婚していないから、一緒に住むのはもっと先になるが……今夜は、グレンが食事をしにやって来るのである。
 そういう訳で張り切って市場へ赴き、食材を買い込んできた。
 メインはハンバーグ。グレンの好きなひき肉を使った料理だ。ソースには濃い目の味をつけて、最後にポーチドエッグを乗せる予定でいる。味の濃さを中和させる目的もあるが、「卵が乗っているとなんだか豪華に見える」という見た目の問題でもある。
 こんなことは、自分が料理を始めるまで考えたことも無かったが、しかし。子爵家と縁続きで、騎士でもあるグレンには卵一つでどうこう考えているキャスのことが、貧乏くさく思えたりしないのだろうか。
 キャスはひき肉を捏ねる手を止め、キッチン周辺を見回した。

 子供のころのグレンがこの家で暮らしていたと知った時は、キャスも驚いた。どちらかと言えばそれは「あの暗くて皮肉ばかり言っていたいけ好かない騎士と、そんな形で繋がりがあったとは」と、そういう意味の驚きだった気がする。
 だがどう考えてもこの家は、騎士になるような家柄の人が暮らす建物ではないと思う。従兄が貴族であれば、なおさらだ。
 貴族とはいっても名ばかりで、莫大な借金を抱えていたりカツカツの生活を送っていたりする人もいるようだが……ヒューイ・バークレイはそういうタイプには見えなかった。
 キャスは首を捻る。
 裕福な親戚の援助を断っている場合、また、裕福な親戚側が援助をしてくれない場合もあるが、グレンは両親を亡くした後ルルザを出て、王都のバークレイ家から学校に通って騎士になったという話だった。ならば援助してもらえなかった訳でもない。
 グレンの過去に思いを馳せてしまったが、家の中が薄暗くなってきたことに気づく。
「あっ。こうしちゃいられないわ!」
 仕事を終えてやって来るグレンのお腹を満たすために、キャスは料理の続きにとりかかった。



「本当に美味しかった。ご馳走様」
 暗くなってすぐにグレンはやって来て、キャスの料理を残さず食べた。
 美味しいと言ってくれることも嬉しかったし、すすめたお代わりをすべて平らげてくれたことも嬉しかった。
「口に合ってたみたいで、良かった!」
 キャスが使った皿をキッチンに運ぶと、後ろから彼もついてきた。なんと、手にはキャスが一度では運びきれなかった食器を持っている。
「え? 座ってていいのに。今、お茶を淹れるから……」
「うん。でも、アンドリューも皿洗いをやってただろう? 他人がキッチンに入るのが好きじゃないなら、ここまでにしておくけど」
「いえ、そういう訳じゃないんだけど……でも、騎士様にそんなこと」
「君だって、金持ちのお嬢様だったのに家事を覚えたんだろう? ……あ、今は金持ちに戻ったんだっけ」
 自分にお金があるという実感がキャスには殆どない。そのうち自覚も芽生えてくるかもしれないが、今はグレンに言われて「そういえばそうだった」と気づいたくらいだ。

 グレンは水を張った盥に食器を入れた。
「それに、皿洗いなら姉の手伝いでやってたことがある。だいぶ昔のことだけど」
「え? お姉さんのお手伝い? ……この家に住んでた時?」
「この家に住んでた時と……次に住んだところで」
「え……?」
 この家を出た後は、王都に行ったのだと思っていたが、違うのだろうか。
「洗った食器って、このかごに入れればいいの?」
「え? あ、ええ。そうよ」
「じゃあ、こっちはぼくがやるから、君はお茶をお願い」
 やたらと綺麗な動作で皿を洗うグレンに見惚れていると、彼はキャスの視線に気が付いたようで、ふっと微笑んだ。
「お茶を飲みながら話すけど……ぼくは昔、びっくりするほど貧乏だったんだ」



 リビングの長椅子に並んでお茶を飲みながらグレンが語ってくれた過去の話に、キャスは本当にびっくりしてしまった。
「王都のバークレイ家は長く続く騎士の家系で、爵位を得たのは最近の話だよ。でもルルザに住んでいた頃のぼくは、自分が騎士の家系に生まれたことなんてまったく知らなかった」
 グレンの父親のマーティンは王都で騎士の職に就いていたが、恋仲になった女性──グレンの母親であるブレンダ──との結婚を反対され、彼らはルルザに駆け落ちした。
 これも「騎士が突然行方不明」となる案件ではあったが、置手紙があったこと、何よりグレンの祖父母が「家の恥だ」と言って、息子を見限ってしまったこと。だからマーティンの行方は、しつこく捜索されることはなかったようだ。
「母が亡くなるまでは、ごく普通の家族だった。と、思う」
 マーティンはルルザで新しい職に就き、ブレンダとの間にジェーン、ロイド、グレンを授かり、いたって普通の家庭を築いた。
 しかしブレンダが病に倒れた。すぐに医者に診せた筈なのに手遅れと宣言され、あっという間に亡くなってしまった。
「父は、母の死から立ち直れなかったんだ」
 マーティンは精神を病み、酒に溺れ、仕事を辞め、借金を重ねた。家の様子がおかしいことは嗅ぎ取っていたが、子供だったグレンにはどうすることも出来なかった。
 やがて、マーティンも酒が原因で亡くなってしまう。同時に、借金取りが家の中に踏み込んできた。
「ぼくたち姉弟はこの家に住んでいられなくなって……それで、姉がやっと見つけてくれた家が……キャスリーン。君は、街外れの川沿いに、掘っ立て小屋が並んでいたのを覚えてる?」
「え? ええ……」
 何年か前にすべて取り壊されてしまったが、ちょっとした嵐が来たら吹き飛んでしまいそうな小屋が並んでいたのを知っている。貧民街ほどごちゃごちゃした感じではなかったが、それでも貧民街一歩手前の界隈、といった雰囲気だった。
「半年くらい、そこに住んでた」
「ええー!」
「服や靴は穴だらけだったし、川で捕まえたマスを食べて暮らしていたよ」
 信じられない。隣のグレンを見つめる。彼もキャスを見つめ返した。
「驚いた?」
「ええ」
「……ぼくの育ちにがっかりした?」
「いいえ!」
 グレンが言い終える前に首を振った。びっくりはしたけどがっかりなんてしていない。むしろ、グレン・バークレイという人間の奥深さに興味を持ったキャスだ。
「でも……そんな状況だったのに、よく、王都のバークレイ家と連絡が取れたわね」
「うん。父の借金のお陰……といったら変かもしれないけど。この家だけじゃ足りなかったみたいで、借金取りが王都のバークレイ家にまで取り立てに行ったんだ」
 マーティンの兄で、グレンの伯父であるレジナルド・バークレイは弟の死と借金を同時に知り、さらに弟には三人の子供たちがいることを知った。彼は子供たちを保護するためにルルザまで足を運んでくれたが、グレンたちの行方を掴むことまでは出来なかった。
「この家はとっくに売りに出されていたし、ぼくたちが川沿いの掘っ立て小屋に住んでるなんて、想像もつかなかっただろうからね。でも、伯父は手紙を残してくれたんだ。この家の斜め向かいの、ピアーズさんに」
「ピアーズさん! 今も住んでいるわよ」
 運よくグレンたちはピアーズ氏から手紙を受け取ることが出来て、王都へ向かったという訳だった。

「じゃあ、ピアーズさんには挨拶にいかないとね。また、住むことになりそうだって」
 グレンがしみじみと呟き……キャスの手に触れた。
「それとも、君はもっと広い家に住みたい?」
「グレン様がいるなら……どこでも……」
 そう答えると、グレンの整った顔が近づいてくる。キャスは瞳を閉じて口づけを受ける。
「言っておきたいんだけど……」
 一度軽く唇を触れ合わせた後で、グレンが顔を離す。
「タイミング的にそうなっただけで、ぼくは、君が財産を手に入れたから求婚したわけじゃない。ぼくに君の財産は必要ないから、君が好きに使っていいよ。あ、投資とか賭け事とか、リスクのあることに使う時だけは、相談してほしいけど」
 そう言われて初めて、財産目当ての求婚という可能性に思い当る。本当にお金持ちになった実感がない。でも、彼がそうでないことはもちろん分かっていた。
「大きな買い物をする予定もないし、賭け事をするつもりもないわ」
「じゃあ、アンドリューに譲るの?」
 キャスは首を振った。財産は証拠品として一時的にルルザ聖騎士団預かりになっていたが、自分たちのところに戻ってきたら、とりあえず半分ずつ分けようと提案したキャスだ。だが、アンドリューは「ああー……、べつにいいや」と言い放ったのである。彼はオリヴィエの持ってきた修復師の話に心を奪われていたのだ。
 そして絶対に修復師として身を立てると息巻いて、急いで王都に行ってしまった。
「そういうわけだから、アンドリューも要らないって」
「そうか……勿体ないけど、でも彼のそういうところ。すごく芸術家っぽいね」
「ほんと! アンドリューが父の会社を受け継いでいたら、どちらにしろ傾いていたんじゃないかって、私は思うのよね」
「じゃあ、君が持っておくしかないわけだ」
「ええ……でも、あんなにたくさん……安全なところにあるって分かってても、なんだか落ち着かないわ」
 色々と危ない目に遭ったから、元の場所に埋め戻す気にはなれない。でも、金額が金額だから、ずっと持っておくのもちょっと心配だ。
「家族が増えたら……使い道が生まれるかもしれないよ」
「えっ」
「この家だって手狭になるだろうし……異国に留学したいって言い出す子がいるかもしれない」
 彼が自分たちの未来の話をしているのだと気づいて、キャスの胸がいっぱいになった。じっとグレンを見つめると、彼はちょっと決まり悪そうに俯いた。
「……嫌ならいいけど」
「えっ、えっ。嫌じゃない、嫌じゃない! 嬉しい! そういう使い道ほしい!」
 そう言ってグレンの手を握ると、彼はキャスの肩を抱き寄せ、もう一度口づけをくれた。

 舌で口の中を弄られ、ぞくぞくと心地よい震えが走る。
「ん、ふっ……」
 声を漏らすと、キャスの身体はゆっくりと長椅子の上に押し倒されていった。
 胸の上にグレンの手が置かれて、それは柔らかい動きでキャスの乳房を包み、揺する。親指で乳首を擦られた時、
「あっ」
 キャスは声をあげ、それから気づいた。
 これは、これは……「よいしょ」の流れなのでは!? と。
「えっ、あわ、あわわ……」
「……キャスリーン?」
 キャスの声がうわずったので、グレンが少し身体を起こし、怪訝そうな顔をした。
「えっと、あの……『よいしょ』なの? 『よいしょ』するの……!?」
「……『よいしょ』って何……」
 グレンの表情がさらに怪訝そうなものになる。
「ほ、ほら、ええと、こ、ここ子種を……」
「……なんでそれが『よいしょ』なの……? まあ、君の言動が意味不明なのは、今に始まったことじゃないんだけどさ」
 グレンは完全に身体を起こし、長椅子から離れた。それから自分の鞄から箱を取り出して、キャスに持たせる。
「え、これ……何?」
「避妊薬。さっき、ここに来る前に薬種屋で買ってきた」
「えっ? か、買ってきた? さっき?」
「無いよりあった方がいいと思ったんだよ」
 中には二つ瓶が入っていて、そのうちの一つにはどろりとした液体が。もう一つにはちぎった海綿が詰まっている。避妊薬なんてものがあるとキャスは初めて知ったわけだが、避妊というからには「よいしょ」しても子供ができない薬……ということなのだろう。
「本当は、結婚するまでしちゃいけないんだろうけど……君を、抱きたい」
 彼はまた決まり悪そうに俯いた。
 この後グレンの口から「嫌ならいいけど」という言葉が飛び出しそうだったので、面倒なことになる前にキャスは避妊薬の箱を抱きしめて頷いた。
「二階の、右の奥が私の寝室なの」



 キャスを寝台に運ぶと、グレンはキャスのドレスの紐を緩めて、頭から引き抜いた。下着だけになったキャスを組み敷いて、その肌を丁寧に唇で辿る。
 シュミーズ越しに胸に触れて乳首を立たせると、彼は薄い生地の上からたった今硬くなったところを咥えた。
「あっ、」
 軽く歯を立てられて、キャスはグレンにしがみ付く。そうしている間にも、彼の手がシュミーズの裾から入ってきて、キャスの肌を撫でながらもゆっくりとずり上げていく。
 やがて、グレンの手と唇が直に胸に触れた。
「ひゃあ……」
 心地よさと気恥ずかしさのあまり、キャスはグレンから距離をとろうとしたが、彼の手がさっと背中に回って逆に引き寄せられてしまう。
「ああーっ」
 もがこうとしたが身体をシーツに押し付けられた状態で胸を強く吸われて、それもままならなくなった。
 グレンはキャスに覆い被さって動けないようにすると、乳房を下から掴み、音を立てて吸い上げた。
「あっ、ああっ……」
 悶えても殆ど動くことはできず、二人の息遣いと、寝台の軋む音だけが周囲に響く。

「キャスリーン。もしかして、嫌?」
 ふと、グレンが顔を上げて訊ねる。
「君はなんだか逃げようとしてるみたいだ」
 キャスは首を振った。嫌ではないが、なんだか無言でガツガツ貪られている気がしてちょっと怖いのだ。
「だ、だって、グレン様、何も喋らないし……」
「……天気の話でもしながらの方がいいの?」
 それはそれで嫌である。キャスはまた首を振る。
 ひょっとしてこれは黙々とする行為なのだろうか。自分が我儘を言っているだけなのだろうか。そう考えて戸惑っていると、グレンがぼそりと言った。
「君をやっと自分のものに出来るって思ったら……喋ってる余裕なんかないよ……」
「ま、まあ……」
 そう言われた途端、ちょっと怖かった筈のグレンが可愛く思えてきた。
 続けてと口にする代わりに、腕を伸ばしてグレンの首に回す。彼もまた、行為の再開の合図のようにキャスに口づけを落とした。

 下穿きを取り払うと、グレンの指がキャスの足の間に触れる。湿った襞の中を何度か往復させた後、濡れた指をキャスの中心に擦り付けた。
「あっ、ああ……」
 以前、彼の硬いものを押し付けられて、キャスがどうにかなってしまった場所である。今回は指で撫でたり摘んだりを繰り返して、グレンはキャスに我を忘れさせていった。
「指、入れるけど……」
 彼がそう言ったと同時に、キャスの入り口をこじ開けて侵入してくるものがある。
「あっ?」
「痛かったら……言って……」
「んん、」
 グレンの指がキャスの中をぬるぬると行き来している。最初こそは痛かった気がしたが、くすぐったいような、気持ちが良いような。時折お腹を内側から押されて、キャスの口からため息のようなものが漏れた。
「……痛い?」
「いいえ……」
 グレンにつかまって、でも程よく力を抜いて身を任せることに慣れてきた頃になると、彼に触れられているところから恥ずかしい音が響き始める。
「あっ、や、やだ……ああっ」
 顔を背けたかったが、そこで胸を吸い上げられて、キャスは叫びながら身体を震わせた。

 キャスが息を整えていると、グレンは身体を起こし、ナイトテーブルの上にあった瓶を手にした。
 避妊薬の箱に説明書も入っていたが、あの液体には子種を息絶えさせる効果があるらしい。それを海綿に含ませて女性の胎の中に入れ、終わったら海綿を取り出す……そういう使い方をするようだ。
 グレンは真剣な顔をして海綿に液体を垂らしている。
 キャスはそのまま下方に視線を移し……。
「うぇえっ!?」
 彼の股間にそそり立っているものを見て、妙な声をあげた。
「な、何……?」
「だ、だって……それ、それは……あの時と……あの時と違うっ」
 あの時、彼の股間で頼りなくぶらぶらしていたやつと同じものだとはとても思えないのだが? アレが硬くなるらしいことは知ってはいたが、キャスは硬くなった状態をこの目で見たことがなかった。まさか、あそこまで巨大化するものだとは。
「そりゃ……いつもこんな風なわけないだろ」
 グレンはシーツを手繰り寄せて股間を隠し、ちょっと前屈みになった。さらに決まり悪そうな、不機嫌そうな表情をしている。

 キャスはそのポーズと表情に既視感を覚えた。
 彼は……彼は、お腹が痛いわけじゃなかったのだ……!
「あ、あわあっ!?」
 驚いているうちに、薬を含んだ海綿がキャスの中に押し込まれていく。
「本当に……君ほど賑やかな女性を、ぼくは知らない。でも、君のそんなところに、」
 惹かれたんだと思う。そう言いながら、グレンはキャスの中へ入ってきた。

「う……」
 キャスは自分の中が押し広げられる痛みに耐えた。耐えたが、グレンが唸った。
「指を入れた時から、そうなんじゃないかとは思ってたけど……」
 彼が、荒い息を吐きながら、繋がっているところを見下ろした。キャスも彼の視線に倣う。彼のものが半分ほど突き立てられている状態である。
「たぶん、全部入らない」
 それはそうだろうとキャスも思った。あんなに大きなものが全部入るわけがないと。でも、グレンは首を振る。
「君の身体が小さいんだよ」
「えっ、じゃあ……」
 他の女性──普通の体格の女性、少なくともキャスより大きな女性──ならばグレンをすべて受け入れられるのだろうか。自分とグレンでは「よいしょ」を完遂できないのだろうか。
「ちょっと、ごめん」
「ああっ?」
 彼はキャスの身体を返して四つん這いにさせると、改めて侵入を試みたようだった。
 枕に顔を押し付けていると、キャスの背中にグレンの胸がぴったりとくっついたように思えた。
 後ろからぎゅっと抱きしめられて、耳元で彼が囁いた。
「さっきよりは……深く入ったと思う」
 グレンの指がキャスの身体を這って、足の間の突起を刺激した。その状態で優しく揺さぶられると、だんだんと力が抜けていく。
「ああ、んっ……」
「……痛い?」
「あっ……い、いいえ……」
 再びキャスの中が潤って、彼の抽送を助けているのが分かる。もう恐ろしいとも痛いとも思わなかった。



 結合自体を解いても、グレンはキャスの身体をなかなか放そうとしなかった。
 互いの足を絡ませ、背中に腕を回しながら、グレンが呟く。
「報告を済ませたら、教会に行こう」
「……報告?」
「うん。君はアンドリューに、ぼくは伯父とヒューイに宛てて手紙を書く。彼らから承諾の返事を貰ったら……結婚しようよ」
 具体的な予定を告げられて、グレンは本気なのだとキャスは嬉しくなった。それに、手紙を読んだ弟の反応を想像してみる。
「アンドリュー、驚くでしょうね。でも、喜んでくれると思うわ」
「うん、ぼくも……伯父とヒューイは喜んでくれると思ってる」

 キャスもグレンも、手放しで祝福してもらえると信じて疑わなかった。
 王都からの返事が来るまでに何度か逢瀬を重ね、ああでもないこうでもないとしっくりくるやり方を探索し、キャスがグレンの全てではないが、その七、八割ぐらいを受け入れられるようになった頃、王都から返事が届いた。
 思った通り、アンドリューからの手紙には驚きと喜びが詰まっていた。
 しかし。

 しかし、ヒューイ・バークレイが、二人の結婚に「待った」をかけたのである。

 ”互いが好き合って結婚を決めたのは分かった。
 だがグレン。君は、少し急ぎ過ぎだ。
 キャスリーン嬢の身の上(両親がいないこと、弟と離れて暮らすようになったこと)も承知したが……だからこそ急ぐべきではないと僕は思う。
 彼女が大切ならば、その分準備に時間をかけ、それなりの規模の挙式を行うべきではないかね?

 そこで、結婚前の行儀見習いという名目で、キャスリーン嬢をこちらで預かりたいと考えている。
 父とヘザーの承諾はすでに得てあるから心配はいらない。
 後日迎えの馬車を手配するので、キャスリーン嬢に仕度をしておくよう伝えてくれたまえ。”


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