嫌われ女騎士は塩対応だった堅物騎士様と蜜愛中! 愚者の花道

Canaan

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番外編

Radical Romance 4

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 兵舎へ向かう馬車の中、ヘザーはちらりと顔を上げて向かいに座った男の様子を観察した。
 ヒューイは胸の前で腕を組み、むっつりと黙り込んでいる。
 こういうの、前にもあったぞ……。
 あれはベネディクトに誘われてパーティーに参加した時のことだった。あの時はどうしてヒューイが機嫌を悪くしていたのか、よく分からなかったけれど……今回はなんとなく分かる。
 オーウェンのような素行不良の輩と二人で酒場へ行ったこと、そのオーウェンをはめようとして危険を冒したこと。ヘザーとヒューイが出会った時の状況を考えると、彼はそこに怒りを覚えているのではないか。ヒューイが来なかったら──結局ヒューイの前で痴態を晒してしまったわけだが──とんでもなく惨めな目に遭わされていたのだから。
 それでも今回は上手くやったつもりだったのだが。
 用足しから戻ってきたオーウェンは、ヘザーとヒューイに見守られつつ、一筆したためた。絶対に口外しないと。あまり信用できる男ではないが、あれだけ漏らす漏らさないの恥ずかしいことで騒がれたのだから、少しは大人しくなるだろう。
 もう一度ヒューイを見る。怒りのオーラがすごい。

「君は、何を考えているんだ!」
 ヒューイは兵舎の自室にヘザーを引き入れて掛け金を下すと、いきなり怒鳴りつけた。
 思った通り、お説教コースだ。
「あの男は、君が思っているよりも悪い奴だ」
 そこでヒューイは語った。オーウェン・ブリットは学生時代に人妻に手を出し、そのことで彼女を脅迫したのだと。大きな騒ぎになってオーウェンは休学し、二年ほどこの国を出ていた。だから他の者より年上なのだと。
 オーウェンの狙いはお金だけだと思っていたが、ヘザーを手込めにしてそれをネタに脅迫する選択肢もあった……のかもしれない。
「オーウェン・ブリットに、何かされたのか?」
「う、ううん。貴方とのことをばらされたくなかったら、お金払えって言われただけ……」
「立派な脅迫ではないか! 何故……何故、僕に相談しなかった!」
「え。だ、だって……」
 ヒューイに相談したところで何の解決にもならないと思った。脅迫されて困っている人間が、一人増えるだけだ。だったら自分一人でカタをつけた方がいい。勝算はあった。そしてオーウェンがビールを選んだ時点で勝利を確信した。
「僕は……僕は君とのことが明るみに出たって構わない!」
「え?」
「君が職場を去った後に婚約を発表するのが理想的だが……それでも、君の在職中から僕らが関係していたと思う人間はいるだろう。僕が避けたいのは、ばれたから認めるという形になることだ。騒ぎになった責任を取って君を娶ると、そう思われるのは嫌なんだ」
 自分よりも身分の低い女性と遊んで、本気にさせた後で捨てる男は大勢いる。だが、騒ぎになった後で仕方なく引き取る男も、少ないがいる。
「僕は、自分から望んで君と結婚したいと思った。騒ぎを収めるために娶ったなどと思われたくない! オーウェン・ブリットには、暴露したければそうすれば良いと告げるつもりだった」
「だって、そうなったら貴方の次期教官長のポストが……」
「教官長? 何を言っているんだ、君は」
 醜聞、特に男女関係の醜聞を起こしたら、次期教官長のポストが遠のいてしまう。ヘザーはそう思っていた。
「二十代、三十代で教官長になったものはいない」
「あ……そうなんだ」
 噂話に過ぎなかったという事だろうか。
「それに、僕は現場の仕事が好きだ。仮に今そんな話を持ち掛けられても、現場に関わる機会が減るのならば、断るだろうな。それから……」
 ヒューイはいったん視線を落とした。だがすぐに顔を上げ、ヘザーの両肩を掴んだ。
「それから、男と二人で酒場へ行くなんて危険だと思わなかったのか? 君は以前、妙な薬を盛られているんだぞ!」
「ちゃんとお店の人が持ってきたお酒を飲んだもの。変なものを混ぜたりする隙はなかったわ。第一、私に薬を盛ろうとしたのって、これまでにはアルドだけだったし……」
 言い訳を並べ立てるが、ヒューイは険しい顔をしたままだ。
「君が自分で思っている以上に、男は君を見てる! その事を留め置きたまえ。君はもっと警戒すべきだ」
「う、うん……」
 そんなことないんじゃないかなあ……。そう思うものの、ヒューイは心配で仕方がないらしい。
 オーウェンが酒場で語っていた。彼が気づいたのは、まずはヒューイの態度からだと。
『知ってますか? キャシディ副教官が俺たち研修生と喋るたびに、あの人の顔が険しくなるんですよ』
 もともと機嫌の悪そうな顔をしているのに、ますます近寄り難くなると。
 ヘザーはオーウェンに言われるまで気づかなかった。
『バークレイ教官は副教官に惚れてるのかな、と思ってたら、二人で夜に出かけてるし。そこで確信しましたね』
 オーウェンに疑惑を持たれた時点で、ボロを出したのは絶対に自分の方だと思っていた。まさかヒューイの方がそんな風に分かり易いことをしていたなんて。
「ヘザー、聞いているのか!」
「えっ。あ、うん……んっ?」
 ぎゅっと抱きしめられたかと思ったら、乱暴な、噛みつくような口づけを受ける。息をつく間もなくそれを繰り返しながら、ヒューイの良い香りを嗅いでいると頭がくらくらとしてきた。
 前から、ちょっとだけ思ってはいたが……もしかしてヒューイって、すっごく独占欲が強いのでは……。
 普段は自制しているけれど時折こんな風に爆発して、ヘザーがびっくりするくらい熱い感情をぶつけてくる。やだ。なんか、カワイーかも……。
「あっ……?」
 ヒューイは性急だった。ヘザーを寝台に押し倒したかと思うと、すぐに穿いているものを脱がせたのだから。
 怒っているヒューイは色っぽいやら可愛いやらで、ヘザーも妙に昂っていた。
 彼は指でヘザーの入り口に触れ、濡れていると認めると、そのまま足の間に割り入ってきた。
「んっ……」
 濡れてはいたが、いきなり全部はさすがにちょっと痛い。
「君は……君は、僕のだ」
「えっ、あっ。ああっ」
 強く揺さぶられて、ヘザーは彼の腕につかまった。
「聞いているのか? 君は僕のものだと言っているんだ!」
「あ、う、うんっ……」
 ヒューイがそんなこと言ってくれるなんて信じられない。他の男に同じセリフを言われようものなら「お前は何様だ」と思うところだが、ヒューイに言われるとなんだか嬉しい。一気にヘザーの気持ちも盛り上がって、背中に腕を回してしがみつこうとする。と、ヒューイはヘザーの腕を絡め取り、シーツの上に押しつけた。
「もう二度と……二度と、他の男と出かけたりしないでくれ!」
「ん、あっ……」
 腰をくねらせようにも、身体の自由が利かない。ヒューイは腕と身体を使ってヘザーを動けないようにして、そのうえで力強く穿ってくるのだ。
 こ、これって……もしかして、お仕置きセックス……。ヤダなんか興奮する……!  私ってマゾッ気あったのかな……。けっこう乱暴なのにすごい。はっきり言って燃える。
「あっ……す、すごーい……!」
「ヘザー! 返事は!」
「あっ。うんっ、しないっ。二度と、しなぁい……!」


*


 怒りに任せてかなり乱暴に抱いてしまった。油断ならない男と二人で酒場へ行ったのもそうだが、自分に何も言ってくれなかった事にも腹を立てていた。ヒューイは他人を当てにしてばかりの甘えた人間には我慢がならないが、ヘザーは……別だ。もっと自分を頼ってほしかった。
 吐精した後になって、ものすごく後悔した。ヘザーを傷つけたのではないかと……嫌われたのではないかと今度は不安になって、恐る恐る彼女の顔を覗き込んだ。
 ……が、ヘザーはうっとりとしているように見えた。ヒューイと目が合うと、その腕を首に絡めて唇を寄せてくる。労わるようにキスを返した。
「んん~……」
 ヘザーは満足げに唸りながらキスを続けていたが、ふと唇を離し、とんでもないことを言った。
「今のやつ、もう一回して」
「……は?」
「『君は僕のものだ~』って言いながら、激しくするやつ。もう一回したい」
「ちょ、ちょっと待て……」
 さっきの自分が何を口走っていたか、改めて聞かされると羞恥のあまりヘザーの口を塞ぎたくなった。というか、ヘザーもうわごとのように「すごい、すごーい」と繰り返していたような気がするが、あれは純粋な絶賛だったのだろうか。
「だって、なんか……すごかった……」
 確かにいつもとちょっと違った。正直なところ、ヒューイも大いに盛り上がった。だからと言って何度も、しかも意図的にできることではない。
「じゃあフリでもいい。そういうプレイ」
「なっ……無茶を言うな!」
 ヒューイはヘザーを組み敷くと、太腿の内側に手を当てて足を広げさせた。もう一度交わるのではない。大事なことを忘れていたのだ。わざわざ購入した避妊薬の存在を。
 本来は行為の前に入れるものだが、忘れていたので仕方がない。終わった後に使っても、まったく効果が無い訳ではないだろう。壜の中身を海綿に垂らし、馴染ませるように何度か揉んだ。
「あ、柑橘系の良い香りがする」
「うむ……」
 薬の入っている箱には取扱説明書もついていた。そこに、蘊蓄のようなものも書いてある。
 『昔、娼館で働く女たちは、スライスしたレモンを事前に身体の中に忍ばせたり、行為が終わった後にお酢で洗ったりしていたものです。この薬品は先人たちの知恵と工夫をヒントにし、粘膜への刺激を極力抑えつつも、さらに避妊効果を高めるように作られました。また、女性にダメージを与えないよう、潤滑剤も配合されています。もちろん、口の中に入っても大丈夫。爽やかなレモンの香りの中で、愛する方とのひと時をお楽しみください……』
「……だそうだ」
 ヘザーに読み聞かせつつ、彼女の中を探りながら海綿を押し込んでいく。気づくと、ヘザーが顔を赤らめて腰をくねらせていた。
「うん、んんっ……」
「な……何を悶えているんだ!」
「あっ、だ、だって……貴方の触り方が、なんか、やらしいっ……」
「粘膜だぞ。丁寧に触れるのは当たり前だろう!」
 ヒューイをよそに、ヘザーは勝手に感じまくっている。とんでもない女である。
「んっ、あっ。そ、そこ……もっと……」
「……。」
 結局、もう一回した。ただし普通のやつを。

 ヘザーは今、ヒューイの胸に顔を埋めて──というか、匂いを嗅ぎながら──目を閉じている。ヒューイはヘザーの髪を指で梳き、肩を撫でた。
 彼女は、普段はあまり「女」を感じさせる振舞いをしない。男並みの長身ではあるが、腰や肩の細さは確かに女性のものだし、抱きしめるとちゃんと柔らかい。
 そして欲望丸出しでぐいぐい迫ってきたかと思えば、いざ事に及ぶと、すぐにふにゃふにゃになる。
 だが、ヘザーのそういうところも、可愛……そこでヒューイは首を傾げた。かわ……いや、萌え……ここで首を振る。彼女のそういうところも、好ましいと思っている。好ましい、そう、これだ。
 それから気づいた。ヘザーの中に入っている海綿を取り出さなくてはならないことに。本格的にうとうとし始めていた彼女の肩を揺すった。
「ヘザー。海綿を取り出さなくては」
「ん? んん……どうぞ」
「どうぞ、ではないだろう。君が自分でやりたまえ」
 ヘザーは横たわった状態で俯き、足の間を見た。
「え? 自分で取るの? なんか、怖いからヤダ……」
「指を入れて引き出すだけだ。僕がやったら、君はまた……」
 勝手によがり始めて、もう一度交わる羽目になるに決まっている。キリがないではないか!
「ええー……」
 ヘザーは渋々と言った形で身体を起こし、少し躊躇った後に足の間に指を忍ばせる。ヒューイはその様子を見守っていた。すると、
「……ちょっと。何で見てるのよ。いやらしい~」
「なっ……」
 怖いだの嫌だのとごねるから、助けが必要になった時にフォローしようと思っていただけだ。酷い言いがかりである。本当にとんでもない女だ!
 ヒューイが顔を背けると、ヘザーは再び作業に取り掛かったようだった。
「ん……。あれ? ない……」
「そんな筈はない。僕はきちんと入れた。奥の方まで探ってみたまえ」
「ええ? 奥の方って……やっぱり怖いんだけど。そんな深いところ、まさぐったことないもの」
 怖いとはどういう事なんだ。さっきまでヘザーの指よりも太くて長いものが収まっていた筈なのだが? それに、ヘザーのコメント……深いところじゃなければ、弄ったことはあるのだろうか……。彼女が自分の目の前で、いきなり自慰を始めた時のことを思い出してしまった。あの時のヘザーはどこをどんな風に刺激していたのだろうと。
「ない……。取れない~」
「……ええい」
 ヒューイは振り返り、結局手を貸すことになった。またヘザーが悶えだしても困るので手早くやろうとしたが、ヘザーは取れなくなったらどうしようと本気で戸惑っていたようだった。大人しくヒューイに身を任せていた。
 ようやく後始末を終えた時には、二人ともぐったりしていた。
 良かれと思って購入した薬であったが、この騒ぎを毎回繰り返すことになるのだろうか……回数を重ねるうちに手慣れてくるものだと信じたい。

「あのね。私、考えたんだけど」
「うん?」
「今期の研修が終わったら、退職届、書くわね」
「それは……」
 ヒューイはずっとそうして欲しいと思っていた。しかし、ヘザーの決意は自分が大人げない嫉妬をぶつけたせいなのではと思い当たった。だったら素直に喜ぶわけにはいかない。ヘザーは首を振った。
「もともと一期か二期っていう約束だったし。それに、貴方に無理させてまで自分の我儘通すつもりない」
 そしてヒューイの立てた計画──結婚準備として、ヘザーには花嫁教育を受けてもらわなくてはいけない──に従うと言った。
 ヘザーはヒューイのために生き方を変えると言っている。世の中の大半の女性は、結婚を機にそうなる。頭では分かっていたことだが、改めて告げられると自分もヘザーに大きな負担を強いているような気がした。
 だからと言って、ヘザーとの結婚を取りやめるつもりはもちろんない。ヘザーの努力に見合うような男でいられるよう、自分も尽力すべきだ。そう思った。




 研修期間の残りはあと半分ほど。退職の日が近づくにつれて、彼女が覇気を失ってくるのではないかとヒューイは懸念していたが、今の時点でその様子はうかがえない。
 今日のヘザーは大工仕事をしている。稽古道具を収納する木箱の補修を行っているのだ。鼻歌まじりで作業しているところからして、機嫌はかなり良さそうだ。

 オーウェン・ブリットに関してだが、ヘザーへの脅迫に限って言えば、彼の行動は不問となった。ヒューイは上に報告するつもりでいたが、ヘザーは「実害はなかったのだから大丈夫」と言って譲らなかったのだ。
 しかし、オーウェンが作った借金はどうにもならない。ヘザーも、もちろんヒューイも個人的に立て替えてやるつもりも義理もなかった。ガラの悪い取立人が王城まで乗り込んで来ても困るので、ヒューイは彼の実家と連絡を取った。すると父親が迎えに来て、オーウェンは実家に引き取られる形で王城を去ったのだった。
 研修生が十二人から十一人となった訳だが、忙しさは変わらない。人数が減った分、指導の質を上げるつもりでいるからだ。決められた時間の中で、どれだけ濃い内容の授業ができるか。これは自分自身の課題にもなる。

 ヘザーの鼻歌が激しくなってきたかと思うと、彼女はついに歌い出した。もちろんヘザーお気に入りの楽団、スカル・スカベンジャーズの歌である。
 ヒューイにも聞き覚えがある。これは確か……酩酊した男がゴミ溜めで目を覚ましたら身ぐるみ剥がされていて、盗人と酒を呪う怒りの歌だった。しかもそんな目に遭って心を入れ替えたかと思いきや、二番の歌詞ではまた似たようなことをやっていた。まずはそこまで飲んだ自分を呪うべきだろう……とヒューイは突っ込みたくなったが、あの演奏会に参加していた客は歌詞など気にせずに盛り上がっていたように見えた。
「ダムド! ダムド! ファッキンドリンクゥウウ!」
 ヘザーは首を振りながらガンガン釘を打ち付けている。
 そんな風に作業していては、金槌で自分の指を叩いてしまうぞ……と注意したいが、自分が話しかけたせいでヘザーの手元が狂ったら……話しかけるタイミングが掴めずにじりじりするヒューイであった。
 そこへ研修生が走ってやって来る。
「キャシディ副教官! 稽古場の整備終わりました。チェックしてもらっていいですか?」
「はいはい。今行くわ!」
 彼女は手元を狂わせることなくぱっと作業を中断し、研修生と一緒に稽古場の方へ消えていった。

 まったく……見ていて飽きない女だ。
 ヒューイはヘザーの作業の後を確認した。素人にしてはそこそこ上手に補修してあった。なんとなく彼女が握っていた金槌を手に取ると、まだ温もりが残っている。
 彼女が職場を去って結婚の準備が始まると、まったく違う世界に足を踏み入れることになる。残り少ない自由を嘆くよりも、謳歌することにしているのかもしれない。
 ヒューイは胸を押さえた。少しの痛みと、果てしない愛おしさを覚えたからだ。
 もう一度、木箱を見下ろした。
「そうだな……」
 ヒューイは木箱と、ヘザーのいる稽古場の方角を見比べる。
 夫婦となった後も、彼女が贔屓にしている楽団の演奏会には付き合うことにしよう。
 密やかに決意した。


(番外編:Radical Romance 了)


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