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番外編

邁進、乙女チック花嫁街道! 2

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 ──同じ時刻、多目的棟の一階──

「……では、先程配った資料の四枚目を確認してほしい」

 ヒューイは研修生相手に指導を行っていた。
 静寂の中、資料を捲る紙の音だけが部屋の中に響き渡った。

 今期受け持った研修生は六人。他の教官たちに比べてヒューイの受け持つ人数は少ないが、その分丁寧で細かい指導を行っているつもりだ。
 研修生たちは自分たちの担当教官が厳しいと評判のヒューイ・バークレイだったことに半ば絶望し、そして萎縮しているようだ。こちらが呼びかけなければ顔を上げることもない。
 彼らからはぴりぴりとした緊張感も伝わってくる。
「三つ目の項目の補足になるが……筆記用具の用意はいいかね」
 そう告げると彼らはペンを手に取り、俯いたままヒューイの次の言葉を待っている。皆肩に力が入ってガチガチの状態だ。

 締まりのない態度よりはマシだが、ここまで萎縮されるのも考えものだ。緊張のあまり内容が頭に入っていないのではないかと心配になる。
 同僚のベネディクトは研修生たちと酒場に行くことで彼らと親しくなっているが、それはヒューイの流儀ではない。だがここまで緊張されると……どうしたものか。

 ……などと考えていると、周囲の空気が震えた気がした。
 それを感じたのはヒューイだけではないようで、研修生たちも手元から顔を上げて天井や壁に視線をやる。
 間を置かず、先ほどよりも明確にズシンと揺れた。
「……地震、か?」
 ヒューイが警戒したと同時にまた揺れて、上からゴミのような埃のようなものがパラパラと降ってくる。天井越しに「キャハハハ!」と、女の笑い声が聞こえた。
「……。」
 地震ではない。階上で誰かが騒いでいるのだ。
 まあ、打ち合わせ中に盛り上がったりすることもあるのだろう。ときおり行われる教官会議でも、誰かが冗談を言ったりして和やかに進行することもある。
「昨日の授業で気づいたものもいるかもしれないが、これは……」
 ヒューイは説明を続けようとした。が、

 ズシン、ズシン。ドスン。
 キャハハハ!

「……。」
 騒ぎは収束するどころか激しさを増すばかりである。
 ヒューイはとうとう資料を机に置いた。
「注意してくる。君たちはここで待っていたまえ」

 犯人は非番の女騎士に違いない。
 多目的棟はその名のとおり様々な事柄に使用される建物だが、宴会の類は禁じられている。
 他の者たちが研修や会議を行っている中、遊びで騒ぐなど以ての外だ。これで飲酒などしていたら許しがたい。というか、この騒ぎ方は酔っ払いに決まっている。素面であんな騒ぎ方は出来ないだろう。絶対に上に報告してやる。
 ヒューイは肩をいからせて階段を上った。
 通路を進むと、問題の部屋の前には見張りらしい女騎士が立っていた。
 彼女の方に向かってヒューイはずんずん歩を進める。

「いったい、何の騒ぎだ!」
 そして見張りの女騎士に怒鳴りつけた。
「……はあ?」
「何の騒ぎだと訊いている!」
「ああ……えーとぉ」
 見張りの騎士のやる気のない口調にもヒューイは苛ついた。
 彼女は気怠そうに背後の扉を振り返る。


「イェア! イェア!」
「キャハハハハ! イェア! イェア!」
 ドスン、バタン。
「ワイルド・トゥ・ザ・ボォオオオーン! イェア!」

 ドタドタうるさい足音と手拍子、へたくそな歌……というか微妙にメロディのついた叫びのようなものが聞こえる。
 ……これはひどい。ひどすぎる。
 大人の、しかも王宮に仕える騎士のやることとはとても思えなくて、ヒューイは眩暈を覚えた。
 その時、大変な事にも気づいてしまった。
 見張りの騎士の制服……よく見てみれば、近衛騎士隊のものだったからである。
 ひょっとして、扉の向こうから聞こえる甲高い笑い声は……あれはコンスタンス王女のものではないのか。
 迂闊であった。
 普段のヒューイであれば、見知らぬ騎士に話しかける時は、真っ先に制服やバッジを見て相手の所属を確認している。ヒューイでなくとも普通はそうする。
 しかし研修を邪魔され、実際に部屋の前に女騎士がいるのを目にした瞬間、「これだから女どもは!」という怒りに駆られて冷静さを欠いてしまったのだ。

 が、いまさら引っ込みがつかなくなったヒューイは見張りの騎士の前に立ちはだかったまま、扉と彼女を見比べた。
「おい……中で騒いでいるのはコンスタンス王女なのか?」
「はあ。王女様がお休みになってます」
「……お休み?」
 眠ったりじっとしていることだけが休息ではないと知っているが、見張り騎士の言葉のチョイスには違和感を禁じ得ない。
「えーと……王女様が自由な時間を過ごしておいでです」
 見張り騎士もこれはおかしいと思ったのか、そう言いかえた。

「アハハハ! ねえねえ、もう一回やりましょう!」
「では! アンコールに応えましてえ!」
「キャハハハハ!」
 ドスン、ドスン!

 扉越しにはしゃぎ声が聞こえ、再び手拍子とへたくそな絶叫が始まった。
 自由過ぎるだろう……。
 ヒューイはまたまた眩暈を覚えたが、なんとか気を取り直し、制服の襟を整えた。
「階下では新人騎士の研修を行っている!」
「はあ。でもぉ、」
「デモもヘチマもあるか! 多目的棟は宴会の場所ではない! 場所を弁えるべきだと、王女にそう伝えたまえ!」
「はあ……」

 こんな場所で騒ぐ王女も王女だが、見張りのやる気のなさにも腹が立つ。それに、王女以上に騒いでいる女はいったい何者なんだ!
 主に強制されて場を盛り上げているのならば気の毒にも思うが、あれは楽しんでやっているに違いない。ノリノリではないか。ほんとうにけしからん。最悪だ。これだから女は嫌なんだ!
 ヒューイは腸をぐつぐつ煮えたぎらせながら階下へと戻った。

「……待たせて悪かった。研修の続きを始める」
 あまりにも険しい表情をしていたのか、戻ってきたヒューイを目にして研修生たちが縮こまった。
 ヒューイは深呼吸をして気持ちを入れ替え、資料を手に取る。
「四枚目の補足からだったな。メモの用意をしたまえ」
 意外にも、注意をした後の階上は静かになったのだった。


*


「あの~、隊長~」
「イェア! イェア!」
「キャシディ隊長~」
 王女の手拍子に合わせてエア・リュートを奏で、頭を振り振り絶叫していると、自分の肩を叩くものがあった。先ほど見張りを頼んだ騎士であった。
「えっ? あ、ごめん。何?」
「なんか今怖い人が来て、うるさいって言われたんですけどぉ」
「こ、怖い人って? この城の人?」
「はい、騎士の人でした。なんか、こんっっなしかめっ面してて……」
 見張り騎士は思いっきり顔を顰め、眉間に皺を寄せてみせる。
「下で研修してるから騒ぐなって、怒られたんですよ~」
「ええ? 何それ。こっちはコンスタンス様がいらっしゃるのに。どこのどいつよ、そんな失礼なこと言うのは!」
「多目的棟で宴会するなみたいなことも言ってました。場所を弁えろって」
 忙しい王女がやっとみつけた僅かな自由時間を楽しく過ごしているのに、水を差すなんて。しかも宴会だなんてとんでもない。今は王女のリラックスタイムであるのに! ヘザーは思わず口にした。
「何そいつ。うっざぁ……」
 見張りの騎士も同調して、勢い良く頷いた。
「ほんと、めちゃくちゃ感じの悪いやつでしたよ! 言い方ってモンがあるでしょうに! あんな風に怒鳴り散らさなくたってさあ~」
「ちょっと、怒鳴ったの? ヤダ、そいつ最低」
「こっちの状況を説明しようとしたら、デモもヘチマもないとか言って聞いてくれなかったんですよ」
「ていうかヘチマって……なんかそのフレーズ、久しぶりに聞いたんだけど!」
「そういえばそうですよね! 最近聞きませんよね!」

 いけ好かない謎の騎士について盛り上がっていると、コンスタンス王女が二人を窘めるようにした。
「まあ、まあ。二人とも、その辺にして。下で誰かがお勉強? しているのでしょう? 騒ぐのは良くなかったわ」
 コンスタンス王女はお茶目で人懐こくて優しくてみんなに好かれている。ヘザーも彼女を敬愛していた。身分の高いものにありがちな傲慢さがまったくないのだ。
「私たち、ここを離れた方がいいみたいね」
「コンスタンス様……せっかくの自由時間なのに……」
「ええ、ヘザー。充分楽しかったわ。またやりましょう!」
「は、はい! では、次に使えそうな場所を探しておきます!」

 部屋を出る際、見張り騎士がふと首を傾げた。
「あ。さっきの感じ悪い人……こないだの剣術大会でケンカした人かもしれない……」
「えっ」
 ヘザーは驚いて彼女を振り返る。
「遠目でしか見てないんで確実じゃないですけど……体格とか髪の色とか……似てたかも」
「ええーっ」

 剣術大会で武器を捨ててケンカした騎士……ぜひ会ってみたいと思っていた。大舞台でそんな行動に出るのだから、きっと豪胆でうちの父親みたいな人に違いないと。
 それが、王女の自由時間に水を差しに来るような、若い女騎士に向かって怒鳴り散らすようないけ好かない神経質野郎だったなんて、がっかりだ。
 ……がっかりだ!

 こうしてヘザーたちは多目的棟を後にしたのだった。



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