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番外編

爆走、乙女チック花嫁街道! 1

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※※※
前回エピソード(邁進、~)の続き。
愛し合う二人を無情にも引き裂く「ヒューイ禁止令」。
そんな折、ヒューイが王都を離れることに。
離れ離れの二人にさらなる試練は別に訪れない。
※※※




「ウィルクス夫人、えーと、このお花……なんていう名前ですか」
「これは、ガーベラです」

 夫人は「そんなことも分からないなんて!」と言いたげにため息を吐いたが、ヘザーはお構いなしに花言葉の辞典を引く。
 あれから──二人で会うのを禁止されてから──ヒューイは二日に一度は手紙をくれる。一輪の花を添えて。
「ええと、ガーベラ……白いガーベラ……」
 ──希望。律儀。
「……。」
 ヘザーは遠い目になって辞典をぱたんと閉じた。

 ここのところ、ヒューイから贈られてくる花の意味を調べると、やたらと抽象的だったり哲学的だったりするものばかりである。
 手紙の内容も、日々の出来事を淡々と報告するようなもので、熱っぽい言葉はまったく記されていない。
 ウィルクス夫人の検閲を恐れているのだろうか?
 いや、ヒューイが「会いたい」とか「いつも君を想ってる」とか毎回手紙に書いて来たらそれはそれで気持ち悪いのだが。ごくごく稀に情熱的なことをしてくれるから素敵なのであって。

 考えてみると、ヒューイはヘザーへの飴と鞭の使い方を心得ている気がする。しかめっ面でツンツンして鞭をふるっていたかと思えば、たまにくれる飴がものすごーーーく甘くって……。ああ、やっぱり大好きだなぁ……。

「ピッ! そこ! ヒューイ様禁止!」
 ヘザーのうっとりした妄想を、ウィルクス夫人の笛が打ち破った。
「え。ちょっと、まだ……」
「ピッ! 十分経過しました。以後、ヒューイ様禁止!」

 ヘザーに下った「ヒューイ禁止令」はまだまだ健在である。
 ヒューイからの手紙を読む十分間だけは禁止令を解いてくれるものの、その他の時間はちょっとした甘い想像すら許してくれないのだ。
 こんなに愛し合っている恋人たちを引き裂くなんて、大人ってヒドイ! ……と悲劇のヒロインに浸ってみたところで自分も充分すぎるほどに大人である。
 しかも初めての恋愛にどっぷりハマっているいい大人。傍から見るとかなり痛い女ではないのか。

「それで。課題の刺繍、進み具合はどうなんですか」
「あっ。はい。これ……」
 花嫁修業の一環として教わっている刺繍のことだ。
 以前ヒューイが「指先を動かすのは良い気分転換になる」と言っていたが、その通りだった。それにヘザーは刺繍が嫌いではないことにも気がついた。気分転換のつもりで取り掛かって、いつのまにか夢中になっている事すらある。

 夫人に言われてヘザーが作業中の布を取り出すと、
「んまあっ」
 彼女は目をむいて悲鳴のような声をあげた。それから、心配そうな表情で布とヘザーの顔を見比べた。
「お、お嬢様……! 怪我をしたんですか!?」
「え……?」
 訳が分からないヘザーは、彼女に倣って自分の施した刺繍と、ウィルクス夫人を見比べる。
 刺繍が嫌いではないからと言って、上手になった訳でもない。ガタガタに施された真っ赤な花の刺繍……。
「あ」
「……あら?」
 二人は同時に気がついた。
 ウィルクス夫人はヘザーの刺繍を血飛沫だと思ったらしいのだ。
 ずっと間近で見て作業していたから、ヘザーも気が付かなかった。ちょっと離れたところで見ると、これは血染めの布にしか見えないだろう。

「まったくもう、紛らわしい……!」
「す、すみません……」
 初めこそはウィルクス夫人のことを厳しくて怖い女性だと苦手に思っていたが、わざわざ笛を用意してくるところなんて、結構お茶目でかわいい人だと思う。そんな事を伝えたら怒られそうなのでもちろん言わないけれど。
 今も、まずはヘザーの怪我の心配をしてくれた。仕事だから敢えて厳しくしているのであって、本当は優しい人なのかもしれない。

 なんとなく夫人のことが知りたくなって、
「あの……ウィルクス夫人の亡くなった旦那さんって、どんな方だったんですか」
 そう訊ねた。すると、
「んまあ! 私の夫は生きておりますよ!」
「えっ」
 ウィルクス夫人は未婚の娘たちに淑女になるための教育を施していて、それを通いでやる場合もあるが、現在のように住み込みで行うことも多いようだ。或いは講演などで地方に出向いたりもしていると話に聞いた。
 だから、てっきり未亡人なのだと思い込んでいたのだ。屋敷を長い期間留守にしていても良い立場なのだと。
「夫も私と似たような事をしておりますから。『フェルビア紳士クラブ』の代表を務めておりますの」
「へ、へえ。そうなんですか」
 『フェルビア紳士クラブ』がどんな活動をしている組織なのかヘザーには見当もつかないが、とにかくウィルクス夫人の旦那さんは元気に生きているらしい。

「まったく、失礼な……!」
「す、すみませぇん……」
 立派なレディになるための道は長く険しい。
 一進一退を繰り返すヘザーであった。



***



 ──フェルビア王国騎士ヒューイ・バークレイの覚書き

・○月○日
 助手のエドウィン・ハーバートの仕事ぶりも板についてきた。
 おかげで今期の研修生たちを恙無く送り出せそうである。

・○月△日
 ヘザーとはしばらく会えない事になった。
 このヒューイ・バークレイとしたことが、迂闊な真似をしてしまったのである。
 ウィルクス夫人の怒りが解けるまでは……致し方が無い。

・○月×日
 まもなく研修生たちの総仕上げに入る。
 ……が、昨日から様子がおかしい。
 これまでの研修生の中には、最終試験前に媚びを売りに来る者もいた──そのような輩は逆に採点を厳しめにした──が、今回は違う。避けられているようなのだ。
 エドウィンは僕を避けているわけではないが、気遣うような訝しむような……とにかく、彼の雰囲気も変わったような気がする。
 ……考えすぎだろうか?

・○月□日
 やはり、おかしい。
 気のせいではない。



***



「ハーバート副教官。剣の型のチェックお願いします」
「うん、いいよ」

 稽古終了間際、研修生がエドウィンにお願いしている。
 ヒューイは少し離れたところから、彼らの様子を見守っていた。

 ……おかしい。
 心の中で首を傾げる。
 研修期間も終わりに近づき、初めは緊張とヒューイへの畏怖でガチガチだった新人騎士たちも、いい感じに肩の力が抜けてきていたところだった。
 その矢先、彼らはヒューイを避けるようになったのだ。
 エドウィンはヒューイの助手、研修生たちからは副教官と呼ばれてはいるが、剣の指導を行うには少しばかり修行が足りない。研修生たちもそれを知っているはずだ。が、剣や乗馬など、ある程度の身体の接触がある研修メニューになるとヒューイは避けられるようになった。
 まるで、ヒューイに触れられたくないとでも言うように。

 ……解せぬ。
 ヒューイは清潔感や身だしなみには人一倍気を配っている。
 研修生たちの様子がおかしいと気づいてからは、手鏡を覗く回数も増やした。だが鏡に映る自分の姿は以前と変わりないように見えた。

「バークレイ教官。今後の日程についてですけど」
 自分の机で手鏡を覗き込み首を捻りまくっていると、脇にエドウィンが立っていた。
「ん? あ、ああ。どうした」
「はい。ぼくの学校……先生の都合で授業時間の変更があるんです」
 彼は時間割表を指さしながら説明をはじめる。

 エドウィンの現在の身分は兵士である。騎士を目指していたが家の経済状態が悪くなったため、学校を辞めて兵士として働かなくてはいけなくなったのだ。
 ヒューイは彼の状況を何とかしたいと思い、もう一度学校へ通ってみないかと提案した。
 そしてエドウィンは週に二日ほど、授業を受けるために仕事を抜けている。
 家の事情でドロップアウトした者の救済計画だ。エドウィンが無事騎士の称号を受け取れたら、これを国の制度として確立させたいとヒューイは考えている。

 研修生たちの最終試験とエドウィンの都合をすり合わせて時間割を修正した後、ヒューイは思い切って訊ねてみることにした。
「エドウィン。ちょっと……いいかね」
「はい。 な、なんでしょう?」
 エドウィンはヒューイを避けているわけではないが、彼も少し……変わった気がする。
「最近、何か変わったことはないか」
 はじめは曖昧に訊ねた。しかし、エドウィンの表情が少しだけ強張ったようにみえた。
 彼は何かを知っているのだ。
「え、ええと、あの……変わったこと、と言いますと?」
 そしてその上で誤魔化した。

 自分について、自分の知らないところで何かが起こっている。
 そう確信したヒューイはもう少し踏み込んで質問をした。
「僕について、良くない噂が流れていたりするのではないか」
「え、あ……」
 エドウィンはそこでいよいよ挙動不審になる。分かりやすい青年だ。
「君は何を耳にした。言ってみたまえ」
「え、あの……」
 彼は姿勢を正したが、俯いて口ごもった。それから意を決したように顔を上げた。
「あの、教官。結婚が決まったそうで……おめでとうございます」
「……ああ、ありがとう……?」

 王宮騎士の冠婚葬祭に関する事柄は、城内の掲示板に貼り出される。
 結婚が決まったり家族が増えたり……不幸があってもそうだ。
 ヒューイの婚約発表はエドウィンが入ってくるのと殆ど同時だったから、彼もどこかでその情報を目にしていたはずだ。が、それはだいぶ前の話である。
「教官はあまりプライベートなことを話す方ではないので……お祝いを言うタイミングが分からなくて、遅くなってしまいました」
「……ああ」
 確かに同期のベネディクト以外とは、私的なことを話す機会はあまりない。

 だが何故、今、自分の婚約の話が出るのだ……?
 本当に訳が分からない。
 エドウィンは苦し紛れに話を逸らしたのだろうか。

「初めに言っておきたいんですけど、あの、ぼく……」
 エドウィンは言い辛そうにして、無意味に服の皺を伸ばす。
 ヒューイはなかなか話が進まないことに苛立ち始めていたが、どうやら自分が避けられているのと、婚約したことは無関係ではないようだ……と気づき始めてもいた。

「エドウィン。はっきり言いたまえ」
「はい。あの、ぼく……ぼくは、バークレイ教官を尊敬しています。それに色んな人がいると思っていますし、そういった差別はしないように努めたいです」
「差別……?」
「はい。むしろバークレイ教官の心意気を素晴らしいとも思っています。普通は、差別を気にして公にしませんから……」

「……。」
 平民あがりであるヘザーと婚約したことは、周りにそんな風に思われているのか?
 どちらかと言えば、結婚相手の出自や身分を一番気にしていたのは自分のような気がしていたが……それは飽く迄もヘザーと出会う前の話だ。いや、待て。ヘザーの母親のことがどこかから漏れたのだろうか。
 ヒューイは僅かの間にたくさんの考えを巡らせた。
 しかし、エドウィンが言っているのはそういうことではなかった。

「教官は同性婚をされるんですよね」

「……は?」
 さすがに耳を疑ったが、エドウィンの表情は真剣そのものだ。
「ちょっと待て。僕が……何だと?」
「ですから、同性婚。男の人同士で、結婚されるんですよね」
「……は?」



 ヒューイはある人物と話をつけるために、兵舎の食堂に向かった。
 その人物は、カップに入ったお茶を啜っているところであった。
 彼の元へ向かって、ずんずんと歩を進める。



『ちょっと待て、エドウィン。僕が……男と結婚するだと?』
『はい……え? あれ? 違うんですか』
『違うに決まっているだろう! 君は何故そんな話を信じているんだ!』

 そもそもフェルビア王国において同性婚は認められてはいない。認められてはいないが厳しく取り締まっている訳でもないので、形ばかりの結婚式をこっそり挙げてくれる教会はあるらしいが。
 エドウィンは困ったように首を傾げる。
 彼が言うには……。

 数日前、エドウィンと研修生たちは、休憩時間を兵舎の食堂で過ごしていた。
 そこへ通りかかった人物がいた。
 彼は、かつてヒューイの生徒だった騎士らしい。その男はヒューイの行う研修について、エドウィンと新人たちに一つ二つアドバイスをする。
 実はエドウィンと新人騎士たちは、ヒューイの婚約について気になっていたのだが──主に、相手がどんな女性なのか──本人に訊ねる勇気はなく……この男に質問したのだ。教官の結婚相手って、どんな人なんでしょう、あなたは知っていますか、と。
 ヒューイのかつての生徒は、彼らの質問に答えてくれた。

『……それで、僕が男と結婚すると言ったのか? そいつは』
『ええと……そういう話だと思ったんですけど』
『どこのどいつだ! そんな悪意ある大嘘を流布する輩は!』
『その人、バークレイ教官を尊敬してるって言ってましたよ。しっかりしてて面倒見のいい人だって。だから悪意があるなんて思わなかったんですけど……』
『ええい! いったい誰だ、大嘘つきめ! エドウィン、そいつの名前は訊いたか?』
『はい、あの……』



 大嘘を広めた件の人物は、ヒューイの姿に気づくとニコニコと微笑んでこちらに手を振った。
「わあ、バークレイ教官! お久しぶりですね!」

 ヒューイは彼の前まで来ると、思いっきり怒鳴りつけた。
「とぼけるな! いったいどういう事だ! 説明したまえ、ニコラァアアス!!!」



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