嫌われ女騎士は塩対応だった堅物騎士様と蜜愛中! 愚者の花道

Canaan

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番外編

愛と平和と秘密の薬 1

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※※※
今日も元気にヒューイを襲うヘザー。
持て余した性欲のせいでアクシデントが起こったり、すれ違ったり、愛を確かめ合ったりするお話。
※※※



 その日はヘザーを夕食に招いていた。

「ちょっと早く来ちゃったんだけど、大丈夫だった?」
「ああ。構わないが」

 今日のヘザーは一人行動だ。もちろん、夕食が済んだ後は遅くならないうちに、しっかりとヘザーをウィルクス夫人の元に送り届ける約束である。

 夕食までにはまだ時間があった。テラスか応接間でお茶でもどうかと聞こうとした時、ヘザーが二階の方を見上げた。
「ねえねえ、私たちが結婚したら……お部屋ってどうなるの?」
 彼女の問いに、ヒューイも階段を見やる。
 実質的にバークレイ家のあれこれを取り仕切っているのはヒューイであるが、名目的には当主は父のレジナルドである。主寝室も父が使っていた。
 大抵の家は主の寝室の隣に妻の寝室があり、廊下を通らずとも行き来できるように部屋同士が繋がっているものだ。バークレイ家も主寝室はそのような造りとなっている。
 しかしヒューイの部屋は隣の部屋──ヘザーに使ってもらおうと考えている部屋──と繋がってはいなかった。

 良き妻、理想の妻とは口答えせず黙って夫に従うもの……これまでそう思い込んできたヒューイも、ヘザーと出会って変わった自覚はある。丸くなったと言ってもいいだろう。
「そうだな……見ておくか?」
「うん、見たい、見たい!」
 ヘザーの意見によっては改築して二つの部屋を繋ぐ扉を作ってもいい。或いはもっと大きな部屋に移ってそこを二人一緒に使うか……そう思っての提案だった。
 ヒューイにとっては、いたって真面目な提案だったのだ。



「ここが、僕が今使っている寝室だ」
「へーえ」
 寝室に案内すると、ヘザーはきょろきょろと辺りを見回す。天井の高さや壁紙をチェックしているのだろうか。ヒューイはそう思った。
「それで、君に使ってもらおうと考えている部屋だが……」
 窓からの景色を見せたりして軽く部屋を一周し、隣へ向かおうとすると、ヘザーがヒューイの袖をつんと引っ張った。
「ねえ、さっき、お父様の姿が見えなかったけど……」
「ん? ああ。騎士時代の仲間の会合があるらしい」
 いわゆるOB会だ。だが夕食までには帰ってくると言おうとしてヘザーを振り返った時、ヒューイはぎくりとした。
 ヘザーがねっとりした視線でこちらを見つめていたからだ。
 これは……獲物を狙うケダモノの目つきではないのか? しかも性的な意味で。
「じゃあ、まだ時間あるよねえ」
 ……なんの時間だ? そう訊ねるのがなんだか恐ろしくて、ヒューイは一歩下がる。すると太腿の裏が寝台の縁に当たって、退路を断たれていたことを悟る。

 ヘザーはナイトテーブルとヒューイの机、ワードローブと視線を彷徨わせ、言った。
「この部屋に、避妊薬もあるんだよね」
「……!」
 さっきからきょろきょろしていると思ったら……薬の収納場所になりそうなところを探していたのか!
 もちろん避妊薬はあるが、今のヒューイに「そういうつもり」は全くなかった。純粋にヘザーを部屋に案内しただけだったのだ。二人の、後々のために。
 それを説明しようとしたが、ヘザーの両腕がヒューイを捉えようとしてじりじりと広がっていく。
「ねっ?」
「う……」

 なにが「ねっ?」だ。
 後ろは寝台である。脇に退けるしかない。ヒューイは腰を落とし、だがつま先に力を入れてどちらにでも飛びのけるようにした。僕は自分の部屋で何をやっているんだろうと、そう思いながら。

 ヘザーの両腕が、がばあっと肩と同じ位置まで上がった。
 ヒューイは右側に飛びのこうとしたが、ヘザーの運動神経は男子平均を上回ると言っても良いだろう。しかも退役してからも、それは殆ど衰えてはいなかった。
 彼女はヒューイを逃すまいとしてジャンプした。

 ヒューイは正面から捉えられるという事はなかったが、互いに動いたせいで、微妙にヘザーの狙いも外れてしまった。
「ぐふっ?」
 彼女の腕は、ラリアット気味にヒューイの喉元に直撃したのである。
 勢いで、二人一緒に寝台へと倒れ込む。

 ヒューイはヘザーの下敷きとなり、焦って身体を起こそうとした。
 しかし、遅かった。
 彼女はヒューイに跨り、肘を使ってその肩を押さえ込んだのである。
 さすがにヘザーはよくわかっている。こうされると、押さえ込まれた方は容易に起き上がることができない。

「ねえ、ねえ」
「うっ……ちょ、ちょっと待て……!」
 ヘザーはヒューイの上に乗った状態で、頬や首筋にぶちゅぶちゅと唇を押し付けてくる。
「ねえ、ねえ~ん」
「ヘ、ヘザー! ちょっと待て……!」
 彼女はどうしていつもこんなにムラムラしているんだ?
 それにこの前、マドルカスで二人きりの時間を過ごしたばかりではないか。
「だって、あの時は合体できなかったじゃな~い」
「が、合体……」
 確かに身体を繋げることはできなかったが、ヘザーは充分満足していたように見えたのに。

 このままでは犯される……。
 本当に、どうして自分の家でこんな目に遭わなくてはならないんだ?
 無理やり身体を入れ替えることも出来ないわけではないが、互いが本気でぶつかったらどちらかが──或いは二人とも──怪我をしてしまうだろう。
 ヒューイは力を抜いて隙を見計らうことにした。

 ヘザーの手がヒューイのスカーフを解きにかかった。
 肩から肘が退けられた瞬間、ヒューイは素早く身体を返す。すると、

「あっ、いやあん(はぁと)」
「!?」

 マウントを取り返したつもりのヒューイだったが、ヘザーから妙な声が漏れた。
 妙というか……語尾に何か余計なものが付いていなかったか?
 ぎょっとして見下ろせば、ヘザーはとろんとした目をしてヒューイの首に腕を回したところだった。
 彼女はセックスするために組み敷かれたのだと思っている……!
 これはまずい。慌てて身体を離そうとすると、ヘザーの足がヒューイの腰を絡めとった。
「ね、しよう?」
「ぐっ……待て、ヘザー! 僕は……うっ、」
「しよう、しようよ~」
 ヘザーはくっつこうとし、ヒューイは離れようとし、情欲とは対極にあるような荒々しい攻防が繰り広げられる。もはやただの格闘技である。
「や、やめないかコラー!」
 とうとうヒューイは大声で叫びつつ、なんとかヘザーをひっぺがした。

 自分は息が上がりまくってゼエゼエ言っているのに、ヘザーはきょとんとしてこちらを見つめている。
 そのことにもちょっとばかりプライドが傷ついたし、こちらが真面目な話をしている最中に、傍らでケダモノになり果てていたヘザーにも腹が立った。

 挙句ヘザーがつまらなそうに、
「別に減るモンじゃないでしょ」
「なっ……君は、君は……」
「じゃあ、なんで部屋に入れたりするのよー……期待しちゃうじゃない」
 そう呟いたものだから、ヒューイは再び大声で叫ぶ羽目になった。
「君は……二人きりになるとそればっかりだ!」

 こんなセリフを真剣に口にする日が来るなんて、思ってもみなかった。

「君は……僕のカラダが目当てなのかー!!!」



*



「あの、ヘザー様。気分が悪いのですか……?」

 ある夜会の席で、シンシア・マードックが心配そうにヘザーの顔を覗き込んだ。
「ん? 元気よ。どうして?」
「なんだか、浮かない顔をしていらっしゃる気がして」
「あ、ああ。んー……」
 そう指摘されたヘザーは、ホールの向こうにいるヒューイの方へちらりと視線をやった。

 あの日……屋敷に二人きりという状況でヒューイがホイホイ自室にヘザーを入れたりするものだから、ヘザーは思い込んでしまった。ヒューイもたまってるに違いないと。
 この前マドルカスで熱い一夜を過ごしはしたが、そしてかなりエッチなことをしてヘザーはもちろん満足したが、できればやっぱり合体までしたいのだ。
 だが彼にはそんなつもりはなかったようだ。
 ヘザーは散々叱られて、終いにはなんと、ヒューイ本人から「ヒューイ禁止令」が下ってしまったのである。

 今夜のヒューイは首から鎖をぶら下げ、その先端を胸ポケットに突っ込んでいる。何も知らない人が見たら、お洒落アイテムの片眼鏡なのだと思うだろう。
 しかし、あの先端には笛がくっついているのをヘザーは知っている。
 ヒューイはヘザーに腕を差し出し、自然な形でエスコートしてくれてはいるが、必要以上にくっつこうとしたり、彼の腕に胸を押し付けようとしたりすると、すぐさま笛を吹くつもりなのだ。
 パーティー会場なんかで笛を吹いたら、周囲の注目が集まるに決まっている。
 つまりヒューイは「恥ずかしい思いをしてでもヘザーに襲われたくない」ということだ。
 ヘザーとしては、ちょっとくらい恥ずかしい思いをしてもヒューイとイチャコラチュッチュできるなら別にいっかなあ~というスタンスなのだが、本能の赴くままに行動してしまったら、愛想を尽かされて婚約解消されてしまうかもしれない。それどころか、異国の珍しい生き物を展示している動物園にぶち込まれてしまうかもしれない。
 ここはしばらく大人しくしておくか……と、そうすることにした。

「本当に具合が悪そうですが、明後日からの旅行……大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫大丈夫!」
 シンシアの問いに笑って頷いて見せる。
 明後日から、マーシャル子爵の別荘に招かれているのだ。ヘザーはシンシアとともに招待を受けている。かなり広い建物で、たくさんの人が来るらしい。
 それにヘザーは具合が悪いわけではなく、性欲を持て余してムラムラしているのと、ヒューイに構ってもらえなくてつまらないだけである。
 心配してくれているシンシアには悪いが、こんなことを正直に告げる訳にはいかないので笑顔で誤魔化した。

 その時、会場の入り口が大きくざわめいた。
 ヘザーもシンシアとともにそちらを振り返る。
 背の高い黒髪の男が入ってきたかと思ったら、彼に向かって女性たちがわらわらと集まり始めたのだった。
 誰なんだろうとヘザーは首を傾げたが、シンシアは「まあ」と言って瞳を輝かせた。
「知ってる人?」
「役者の、イリオス様ですわ」
「イリオス……」
 その名前は知っている。彼の名前がでかでかと載ったポスターが街中に貼ってあるのだ。売れっ子俳優だという事は分かるが、その舞台を見に行ったことはまだなかった。
 遠目でも彼がかなり整った顔をしているのが分かる。
 イリオスは笑顔を振りまきながら女性たちの求める握手に応じていた。
 群がっている女性の一人がサインをお願いすると、私も私もとみんなが続く。

「わあ、すっごい人気者なのね」
 シンシアの方を見ると、彼女は恥ずかしそうに指をもじもじさせている。
「あ、あのヘザー様……私も、イリオス様にサインをいただきたいのですが……」
「へえ。じゃ、私たちも群がりに行きましょうか」
 彼女もイリオスのファンらしい。
 よくわかんないけど有名人みたいだし、自分もイケメンのサインもらっとこ。
 そのくらいの気持ちでヘザーはシンシアとともに、イリオスの元へ向かった。


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