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番外編
回顧録04~クランケと呼ばれた男
しおりを挟む※※※
本編開始前。ヒューイが新人騎士のニコラスを受け持った時の話。
※※※
今回ヒューイが受け持つことになった新人は五人。
教官であるヒューイがやることは研修生たちの基礎体力、学力のチェックとそれらの底上げ。他にも気づいたこと、改善すべき点があれば積極的にてこ入れしていく。
彼らを騎士として送り出したら、今期の反省点や来期に向けての抱負などを纏め、再び新人騎士を迎える。
教官を務める者の中には「毎回毎回同じことの繰り返しで遣り甲斐がない」とこぼす人もいる。さらに「常に若さ溢れる者たちを指導しているのに、自分だけ年齢を重ねていくことに虚しさを覚えるようになった」と言う者まで。
まあ、後者の言い分は分からなくもない。しかしこの仕事を「同じことの繰り返しで達成感に欠ける」と思ったことはなかった。
その世代の風潮や纏う空気はやはり時代とともに変化していくものだ。その変化を一番間近で感じられる職業でもあると思っている。
今は自分も「若者」の部類なのだろうが……十年、二十年後には「彼らがこれからの王国を担う若者たちなのだ」そう思えば指導にもますます力が入るのでは。ヒューイはそう考えている。
初日と二日目は運動能力と学力のチェックを行い、研修三日目に入った時のことだった。
夜中に降った雨のせいで、稽古場に水たまりができていた。研修生たちに指示を与え、砂や乾いた土で均し作業をさせていると、妙な会話が聞こえてきたのである。
「……で、クランケの奴がよー……」
「マジかよ。あいつ、ほんと使えねえな」
「なんたってクランケだもんな」
噂話をしているようだ。こういう時、ヒューイは私語を慎めと注意を与えることにしているが、患者(クランケ)という呼び名が気になる。
誰か、具合でも悪いのだろうかと考えた。
ざっと見た感じでは皆普通に作業しているが……いや待て。一人足りない。足りないのは誰だ。研修生たちの顔と名前を一致させようとしていると、
「遅くなってすみませえん……! 砂、持ってきましたあっ」
向こうから砂を乗せた手押し車を押して、急ぎ足でやって来る者がいる。
体躯は女性並みに華奢で、男にしては声も高い。
ニコラス・クインシー。
運動能力も飛びぬけて低く、学力の方もちょっとどうかと思える成績をマークしていた男だ。
彼は手押し車に盛られた砂をザラザラこぼしながらこちらへやって来る。
地面がでこぼこしたところを通るたびに、ニコラスの手首が負けて、手押し車も左右にぶれた。
「おい、」
もっとゆっくり運ばなくてはひっくり返すぞ、そう言おうとしてヒューイは顔を上げた。しかし一瞬遅かった。
「うわあっ」
ニコラスは手押し車を見事にひっくり返し、自分でも思い切り転んだ。
「……大丈夫か」
「あっ。バークレイ教官」
ヒューイはニコラスの手を引っ張って立ち上がらせる。それからひっくり返った手押し車を元に戻した。
「えへへ。す、すみませぇん……」
ニコラスはへらへらと頭をかいていた。
その態度にちょっとイラッとしたが、すぐに涙ぐんだり見苦しい言い訳に走ったりする輩よりはまだマシだと自分に言い聞かせる。
「砂が足りないな。行くぞ」
辺りにぶちまけてしまったので、砂が足りなくなった。ニコラス一人に任せていては稽古を始める時間も遅くなると踏んだヒューイは、手押し車の握り手を掴む。
数歩歩いて振り返ると、ニコラスはまだ同じ場所に突っ立っている。
「ニコラス・クインシー!!」
「えっ」
「何をぼうっとしている! 君も来たまえ!」
「え、あれ? 俺も行くんですか」
「当たり前だ!!!」
慌ててニコラスが後をついてくる。稽古場を均している者たちが、クスクス笑うのが聞こえた。
砂場に到着したので、ニコラスにシャベルを渡し、砂を手押し車に移すように言う。彼はヒューイからシャベルを受け取ったが、びっくりするほど手際が悪い。
作業には全く腰が入っておらず、砂の表面だけをシャベルで掬う。手首がフラフラしていて、砂を手押し車に乗せる段階になると、シャベルの上の砂は殆どなくなっていた。
……これでは日が暮れてしまうではないか。
「ニコラス・クインシー。シャベルを貸したまえ」
「え? は、はい」
ヒューイはシャベルを砂場に突き立て、さらに足を使って押し込む。それから大きく砂を掬った。
「わあっ。すごーい! さすが教官、上手ですねっ」
ニコラスは歓声をあげて手をぱちぱち鳴らした。
「……。」
僕は馬鹿にされているのか?
この男、どこまで本気なのだろうか。
ふと稽古場の方に目をやると、他の研修生たちがこちらをチラチラ観察しているのが分かる。声までは聞こえないが、おそらく先ほどの様にクスクス笑っているのだろうとヒューイは感じた。
それから、クランケという単語を思い出した。
あれは……ニコラス・クインシーに対する呼び名だったのだろうか、と。
ニコラスの試験結果や今の様子も合わせて考え、ヒューイなりに結論を出した。
「おい。ニコラス・クインシー」
「はい?」
「君は……ここ数日、体調が悪かったりしたのか」
どこか調子がおかしくて、結果が出せなかったのだろうかと考えてみたのだ。頭の回転の悪さといい、体力の無さといい……具合が悪いのだとしたら頷ける話だ。
だがニコラスはきょとんとしている。
「え? いえ……元気ですけど」
「そうか。具合が悪い訳ではないのだな?」
「え、あ。はい……あっ、ちょっと待ってください」
「む。どうした」
ニコラスは女みたいな仕草で目を擦り、首を傾げた。
「そういえば最近、なんだか、目がしょぼしょぼするんですよね。ドライアイってやつなんですかねえ」
「……。」
……そういう事ではないのだが。
ヒューイの中でクランケという呼び名と、ニコラス・クインシーがなんとなく重なった瞬間であった。
「おい、クインシー。席取っとけっつっただろうがよぉ」
「えっ。はい。取りましたけど」
「椅子三つしか取れてねえじゃん」
数日後、ヒューイは食堂で研修生たちが揉めている──というかニコラスが一方的に絡まれている──ところを目撃した。
午前中の稽古が終わると、ニコラスが急いでどこかへ走って行ったのは知っていた。
もしや、と思って見に来てみれば、案の定ニコラスは食堂の席の確保を命じられていたようだ。
「じゃ、じゃあ、椅子、もう一個持ってきますから。ここに置けば……」
「ったく、狭いじゃねえかよ」
「すみませぇん」
「いいから早く椅子持ってこいよ」
研修生たちは五人だが、ニコラスを除いた四人で食事を取るようだ。
明らかにニコラスは浮いていて、使い走りにされていた。
ニコラスが椅子を取りにその場を離れると、またクランケ呼ばわりが始まる。
「ほんと使えねえな、クランケの野郎」
「しょうがないじゃん。クランケなんだから」
「まあ、そうなんだけどよ」
これまで何度も研修生を迎え送り出してきたが、こういったことは度々起こる。
そしてヒューイは研修生たちの人間関係には、極力口を挟まないようにしている。もちろん、恐喝や暴力が発生する恐れがある場合は別だ。が、彼らも新人とはいえ大人だ。ある程度の衝突を自分の力で捌けなくては、この先苦労することになるだろう。そう思っているからだ。
状況を打破して道を切り拓くか、或いは妥協して順応してしまうかは、個人に任せることにしている。この場合、妥協と順応が悪い訳でもない。周囲と同じ色に敢えて染まることで生きながらえる者も多い。特に階級社会では。
「椅子、持ってきましたあ!」
「おせえよ!」
「えへへ、すみませぇん……」
四人分の椅子が集まった途端、彼らはニコラスをいない者として扱いだした。
さすがにこれは、見ていて気分が悪かった。
ニコラスは自分が彼らの中に混ざることは出来ないと悟っているのか、食堂の出口に向かって足を進めている。
ヒューイはそこでニコラスを呼び止めた。
「ニコラス・クインシー。ちょっといいかね」
「えっ? あっ、バークレイ教官。教官もお昼ですか?」
「俺も食べちゃっていいんですかあ? うわ、美味しそうだなあ!」
教官たちの休憩所に連れてこられたニコラスは、ヒューイの開けたランチボックスの中を覗いてまた女みたいにぱちぱちと手を叩いた。
ヒューイは研修生と城下の店に飲み食いしに行くような、個人的な付き合いはしない。改まった話がある時は兵舎の食堂ですることにしている。だが今は昼時で混雑していた。
ヒューイは男たちの怒号が飛び交う混雑した食堂で、押し合いへし合いした後にトレイを持って席が空くのを待ち、やっと座った場所で待っている騎士が周囲にいるのを横目にしながら食事をかき込むというようなランチタイムは、絶対に御免なのである。
しかも混雑時の食堂は椅子やテーブルが油で汚れていたり、食べかすが落ちていたりするので、本当に勘弁してほしい。
だから家のコックが作ってくれた昼食を、教官専用の休憩所で食べることにしていた。
ニコラスを連れてきたのは、まあ……今回は特別だ。食いっぱぐれたであろう昼食を取らせなくてはいけないし、それに彼の気持ちも聞いておきたかった。
「わあ、すごいっ。これ、めちゃくちゃ美味しいですっ」
そう言いながらニコラスはサンドウィッチと、黒コショウをまぶしたチキンを頬張っている。
「おい。ニコ……」
ニコラス・クインシー。口にものを入れた状態で喋るのは止めたまえ。そう注意しようとしたが、
「教官のおうちのコックさん、すごいですねえっ。ふわあ、おいひいっ」
「……。」
ニコラスは媚びた女がやるみたいに目を閉じて細かく首を振ってみせたので、イラッとして逆にヒューイが口を噤んでしまった。
一度咳払いしてから告げる。
「まあ、気に入ったなら食べたまえ。君は昼食を取り損ねたのだろう?」
「え? いえ。食べましたけど」
「……は?」
ニコラスはデザートのカットしてあるオレンジにかぶりついて汁を垂らす。
ヒューイは顔を顰めつつナプキンを差し出した。
「君は、席を取っただけで、何も食べずに食堂を出ただろう?」
「いえ。最初に一人で席取ってた時に、ついでに食べたんです。あの人たち、どうせゆっくり来るだろうから、食べちゃおうと思って」
「……。」
ヒューイは空になったランチボックスを見下ろした。
ニコラスは食堂で昼食を取った後、ヒューイのランチボックスの中身も平らげたことになる。
最初に確認しなかった自分も自分だが。あの様子を目にしたら、食べ損ねたと思っても仕方ないではないか……!
「……。」
本当に絶句するしかない。
「ああ、美味しかった! ごちそうさまでしたあっ」
「……。」
「なんか、教官の分も食べちゃって、すいませぇんっ」
「…………。」
ニコラス・クインシー。
馬鹿なのか、大物なのか。
そのどちらでもあるのか。
ヒューイはその人物の容姿や能力を揶揄するようなあだ名は良くないと常々思っているが。
クランケ。
これは……言い得て妙。と、思わずにいられなかった。
そして研修開始からしばらく経った、ある日の夕方。
「バークレイ君、バークレイ君。ちょっといいかな」
「教官長。何かありましたか」
帰り支度を始めていたヒューイの元に、教官長がやって来た。
「うむ。バークレイ君。普段の君の働きを買った上での頼みなんだけど……」
「な、なんですか」
なんと教官長は手を揉み合わせている。ヒューイをやたらと持ち上げた上での頼み事……碌なことではない気がして、ちょっと構える。
そこに教官長が耳打ちしてきた。
「コンスタンス王女様の近衛騎士隊のメンバーがね、今度、ごっそり抜けちゃうらしいんだ」
「はあ……」
コンスタンス王女。この国の第三王女である。
彼女の近衛騎士隊は殆どが女騎士で構成されていて、つまり、入れ替わりが激しい。
大抵の女騎士は「騎士の仕事は結婚までの腰かけ」と考えているようで、縁談が纏まった途端に辞めてしまうのだ。
そこまではヒューイも知っているが、やる気のない女どもなど、この自分の知ったことではない。そう考えていた。今のこの瞬間までは。
「それでね。君の今期の研修生から、とりあえず一人。王女の近衛隊に入るべく、仕上げてほしいんだよ」
「……はい?」
今までにも「地方の砦に回せるような新人はいるか」「荒くれが集う海上騎士団にぶち込んでも平気そうな奴はいないか」などなど、こういった質問をされたことはある。
しかし、ここまで限定的な要求をされたのは初めてのことであった。
「ええと……僕の今期の研修生で、ですか」
「うん。ほら、君の指導した新人なら信用できるし。ね!」
「は、はあ。それは、どうも……」
さっきから教官長が妙に自分をおだてるので、ちょっと気味悪く思ったヒューイはしどろもどろになる。
「よかった。じゃ、決まりだね! はい、これ、資料!」
「え? あ、教官長!」
教官長は紙を机に置くと、ヒューイの肩をぽんと叩いて逃げるように去って行ってしまった。
今の教官長の態度はいったい……。
それに、王女の近衛騎士隊に入れる者を、一人仕上げろだと……?
首を傾げながら教官長の置いて行った資料を手に取り、ヒューイは絶望した。
コンスタンス王女の近衛騎士隊長……やたらと背の高い女が、王女の傍に常に控えているのを、遠目に見たことがある。
彼女の出自が平民だったのだ。なんと学校も出ていないらしい。つまり貴族でもなければ、富豪でも地主の娘でもない。たぶん、普通の町人の家の生まれだ。どんな経緯で騎士になったのか不思議に思ったが、今はそれどころではない。
女の平民隊長の下につきたい男騎士などいないからだ。
ヒューイは帰り支度をやめ、今期の研修生の経歴を引っ張り出す。
全員、貴族の息子、或いは孫だった。
「無理ではないか……」
ヒューイが推薦して、本人の了承を得たとしても、彼らの親が抗議にやってくることもある。うちの息子を平民の下で働かせるなんて、と。
資料室まで行って、他の教官たちが受け持つ研修生のことも調べてみたが、皆似たような上流階級の人間だった。
貴族の生まれではない者も数名いたが、いずれも大富豪だったり名の知れた投資家の息子だったり。
つまり教官長は「どの教官の研修生でも条件は同じ」「ならばヒューイの仕上げた生徒がいいだろう」と考えたようだ。
なんだそれは。自分の能力を買ってもらえたのか。それとも面倒ごとを押し付けられただけなのか。
「……く、くそっ……」
ヒューイは資料室で一人、頭を抱えて毒づいた。
もう一度自分の研修生の経歴に目を通していると、
「……うん?」
ニコラス・クインシーの父親は貴族だが、姓が違う。彼は母親の姓を名乗っていた。
さらにニコラスの詳しい経歴を調べる。両親は離縁したわけではなく、結婚自体をしていなかった。ニコラスは婚外子というやつだ。
そして次の日の昼、いつかのようにニコラスを教官の休憩所に呼び──ちなみにもう自分の弁当を与えることはしなかった──話を聞いた。
ニコラスは父親とは会ったことがなく、金銭的な援助を受けているのみだと言った。
これで誰を仕上げるか、決まった。
決まったが、その人物がニコラス・クインシーなのである。
「ニコラァアアアス! もう一周残っているぞ!」
「えぇええ……」
「足を止めるな! 走りたまえ!」
ニコラスはただでさえ、今期の研修で卒業できるかどうかという微妙な能力の持ち主であった。ヒューイはもう一期、ニコラスの面倒を見る覚悟であった。
しかし、状況が変わった。他の研修生たちと同じメニューでは到底無理だ。
ヒューイはニコラスのためだけに課外授業を設け、早朝と夕刻に彼の特訓を行った。
「まずは体幹を鍛えろ! 瞬発力もだ!!」
「う、うぇええ……」
「足を止めるな! つま先に力を入れろ! 目で見てしっかり取りたまえ! 行くぞ!」
走り込ませた後は、襤褸切れを硬く丸めたボールをニコラスに向かって次々と投げつけて、地面につく前に捕球させる。瞬発力とともに足の親指を鍛えるためのトレーニングである。
そういった訓練を続けるうちに、研修生たちの間に変化が起きた。
皆がニコラスに優しくなったのである。
どうやら、ニコラスは鬼教官にまでいじめられている──と彼らの目には映ったようだ──のに、自分たちまで仲間外れにしたら可哀想だと思ったらしいのだ。
そういうつもりではなかったのだが……自分が鬼教官と噂されているのは元からのことだし、自分が悪者になることで彼らの中で仲間意識が芽生えたのならば、それに越したことはない。
こうしてニコラス・クインシーは危なっかしいながらも研修期間を終え、コンスタンス王女の近衛騎士隊に入ったのだった。
しかし、それから間もなくして、コンスタンス王女の結婚が決まった。
かなり急な話であった。
しかも友好国とはとても言えない国に、人質のような形で嫁ぐのだという。私物は持ち込めず、王女付きの侍女や使用人も嫁ぎ先に連れて行けず、もちろん近衛騎士隊も解散となるらしい。
「では王女の周辺は慌ただしそうだな」
「はい。今は王女様が私物の整理をしてて」
午後の休憩時に食堂でニコラスと鉢合わせたヒューイは、お茶を飲みながら彼の今の様子を聞いていた。
巣立った研修生たちの働きぶりをチェックするのも仕事のうちである。
ニコラスの話では、嫁ぎ先が決まった王女はしばらくの間泣き暮らしていたらしい。それもそうだろう。第一王女は友好国へ、第二王女は国内の貴族の元へ嫁いだのだから。
王族の務めとはいえ、なかなか気の毒なことだとヒューイも思う。
「でも、王女様ってもともと気さくで明るい方じゃないですかあ」
「……ああ」
確かにコンスタンス王女はその人柄から皆に好かれていた。貴族たちだけでなく、町人や農民にも人気があると聞く。
「それで、『国同士の仲を上手く取り持つのも、きっと私の役目なのよね!』って考えるようになったみたいで。新しい使命に目覚めたみたいです」
「それは頼もしいことだ。しかし、周囲の人間は寂しいのではないかね」
「はい。もう、キャシディ隊長なんて、男泣き! って感じで!」
「お、男泣き……?」
近衛隊長は女だったような気がしたが。
「あっ。ニコラスー! こんなところにいたのー?」
その時、ヒューイの背後でニコラスを呼ぶ声がした。低めではあるものの、女の声に聞こえた。
「もう、散々探したんだからー!」
「あっ。すいませぇん……!」
ニコラスが決まり悪そうにして頭をかいて立ち上がり、ヒューイに暇を告げた。
「バークレイ教官、すいません。俺、行かなくっちゃ」
「うむ。こちらこそ邪魔をして悪かったな」
「隊長っ、待ってくださあい!」
続いたニコラスの言葉に、ヒューイはふと顔を上げた。
今のが隊長の声……やはり、女ではないか、と。
振り返ってみてみると、オレンジ色の髪を一本に結った、ものすごく背の高い女がニコラスを従えて食堂を出ていくところだった。
ヒューイのいるところから、彼女の顔までは見えない。ただ、彼女が歩くたびに結った髪がゆらゆらと揺れていた。
今の会話の様子からして、ニコラスは女隊長と上手くやっているようだ。
しかしニコラスが入ったばかりなのに、近衛騎士隊が解散になってしまうのは残念だ。近衛騎士隊の解散後、ニコラスはどこへ配属されるのだろう。門番か、城下警備あたりだろうか。
それに、あの平民隊長……王女の後ろ盾を失ったのなら、碌な配属先はないだろう。が、このヒューイ・バークレイの知ったことではない。
使ったカップを片づけ、ヒューイもまた食堂を後にした。
ニコラス・クインシーは妥当な形で、件の平民隊長は意外な形で、ほどなくしてヒューイの前に現れることになるのだった。
(番外編:回顧録04~クランケと呼ばれた男 了)
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