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第2章 You're Kidding!
06.騙される方が悪い
しおりを挟むもう一日カナルヴィルの街に滞在して身体を休めた後、ジェーンたちは王都に向けて街を発った。
次の街までの移動は馬車である。地図を見てみれば、夜明け前に街を出たとしても、次の村に到着するのは夕方になってしまいそうなのだ。天気や道の状態が悪ければ、村に辿り着く前に陽が暮れるだろう。そして何より、夜になる前に辿り着けたとしても、宿泊施設があるかどうかも分からない小さな村のようなのだ。ランサムとよく話し合って、馬車を使った移動にして小さな村を素通りし、次にある街を目指そうということになったのだ。
ジェーンたちはランサムの手配してくれた馬車に乗り込んだが、ランサムは自分の馬に乗って馬車と並走している。ロイドとグレンは外の景色を眺めながら、時折窓から顔を出してランサムと話をしたりしていた。
「おー、すげえ。牛がいっぱいいる!」
「大きな農場だね」
ロイドが身を乗り出したので、ジェーンもその方向を見やれば、緩やかな丘陵地帯にたくさんの牛がいた。のどかな風景だ。
「美味そうだよなあ」
「あれは、たぶん乳牛だと思うよ」
「なんだあ」
「次はルルザ程じゃないけど大きな街だから、美味しい牛の料理もあるんじゃないかな」
「やったあ!」
……あれが肉牛だとしても今ここで食べられる訳ではないのに、ロイドのどうでもよい話にランサムは丁寧に付き合ってあげている。
基本的にいい人なんだよなあと思う。せめて彼がジェーンの弟たちを煙たそうにするとか、そんな空気が微塵でもあればジェーンがここまでぐらつくことも無かったのに。あれは身体目当ての色情魔だと片付け、王都までの用心棒として利用したらさっさとおさらばしようと割り切って考える事も出来たはずだ、きっと。
「……グレン、大丈夫かい」
「ん……」
ランサムは外から馬車の中を覗きこんだ。そういえばグレンは先ほどから口数少ない。
「ひょっとして、馬車に酔ったんじゃないのかな」
ランサムは御者に言って馬車を停めてもらい、扉を開けた。外の光の中で見れば、確かにグレンの顔色が悪かった。
「ちょっと、グレン、大丈夫? 吐きそう?」
「……そこまでじゃないけど……ちょっと、気持ち悪い」
「じゃあ、少し休憩にしよう。馬車から降りて外の空気を吸うといいよ」
「ごめんなさい。ぼくのせいで、到着が遅れちゃう」
「私もそろそろヴェガを休ませようと思っていたところだ。これは旅の予定のうちだから、君が気にすることはない」
言葉の通りにランサムは道から外れたところに馬を連れて行き、草を食ませる。ジェーンはグレンを馬車のステップに座らせ、自分も隣に腰掛けた。
「なんだあの岩! 変なかたち!」
ロイドはさっそく妙な形の岩を見つけ、そこまで走っていく。
「あっ、こらっ。ロイド! よじ登っちゃだめ! 怪我したらどうするの!」
その岩はジェーンたちが乗っている馬車よりも大きく、ごつごつしていて、如何にも子供が手足をかけて登りたいと思うような形をしていた。ジェーンは思わず立ち上がってロイドに叫ぶ。旅の途中で怪我なんてされたらかなわない。
ランサムは懐から地図を取り出して広げると、地図と岩を見比べ、それからロイドの方へ歩いていった。
「ロイド、見てごらん。これは、旅人の目印になっている岩だね。ほら、地図にも描いてある」
「おっ、ほんとだ」
「この岩を起点に、南が私たちの向かう王都。東に行くと異国への船が出る、港町があるみたいだよ」
「へえー。船かあ。ランサムは船に乗ったことあるの?」
「小舟ならあるけど、異国へ行くような大きなものはないなあ」
数字の勉強となるとロイドは顔をしかめるが、地理の話ならばそうでもないらしい。そして二人の会話を聞いていたグレンがうずうずしだした。知識を深めるための会話だから混ざりたいのだろう。
「グレン、あんた具合はいいの?」
「さっきよりは」
「だったら、あんたもランサムの話を聞いていらっしゃい」
「……うん!」
途中で休憩を取ったものの、次の街へは日が暮れる前に入ることができた。
夕食前のひと時を、ロイドとグレンは宿屋内の探検をして過ごしている。ジェーンはというと、ランサムの部屋を訪ねたところだった。彼の怪我に軟膏を塗るためだ。
ランサムを長椅子に座らせ、包帯を解いて黒い髪をかき分ける。その時ランサムが顔を上げた。
「ジェーン。君は私の隣に座って」
「ええ?」
自分まで座ったら傷口が見辛いのだが、ランサムは催促するように自分の隣をぽんぽんと叩く。しぶしぶと彼の隣に腰を下ろすと、彼は身体を横たえ、ジェーンの太腿に頭を置いた。
「ちょ……!」
「こうして薬を塗ってもらうと、早く良くなるんだよ」
「また、いい加減なこと言って……」
口にする言葉はいい加減だし、行動も図々しい事この上ない。だが、ランサムを突き飛ばそうとは思えなかった。仕方ない、と小さくため息を吐き、ジェーンは軟膏を彼の傷に塗り始めた。
「あの……弟たちの面倒をみてくれて、ありがとう」
「二人ともいい子だよね」
「でも、厭じゃない? ロイドとか……結構うるさいし」
そこで、はっと気づいた。ランサムは今日、二人にこの辺の地理を教えてやっていた。以前、彼はジェーンに持ちかけた事がある。弟たちに勉強を教える代わりに……と。
またそれを持ち出されたらどうしようかと思ったのだ。前は交換条件だと思うことができた。だが、今ランサムに身体を開いてしまったら……今度は心まで全部持って行かれてしまう気がした。
しかしランサムは条件云々は持ち出さなかった。
「私はね、ずっと弟が欲しかったんだ」
「そうなの?」
「姉が二人いて、私が一番下なんだよね。男の兄弟……できれば弟が欲しかったなあ。だから、ロイドとグレンの相手をするのは楽しいよ。姿はそっくりだけれど、中身がまるで違う所もまた楽しい」
「そ、そうだったの……」
ジェーンがランサムについて知っている事は少ない。お酒と女の子が好きで、自分の容姿を非常に気にしている、そういった性質は分かっているが、彼の過去や身内についてはほとんど知らないのだ。ルルザより西の、モルディスというあたりから旅してきて王都へ向かうという騎士。剣の師匠には歯が立たなかったらしい。それから、お姉さんが二人いて彼が一番下……。
「ジェーン、君は私について、ずっと何も聞こうとしなかったね。正直、有難かった……」
「だって、それは……」
何か事情のある人なのだろうとは思っていた。そして、ジェーン自身にも後ろめたい気持ち──彼から金貨を不当に奪った──があったから、敢えて何も聞かずにいた。
今は、ランサムに隠している事は何もなかったが、それでも彼の事情を探ろうとは思えなかった。
知ってどうするというの。
ランサムはジェーンの前からいなくなる人だ。必要以上のことは知らない方がいい。
「薬、塗ったわよ。次は包帯を巻くから、身体を起こしてくれる?」
「ああ、至福の時は終わるのが早い」
ランサムがジェーンの太腿を触りながら頬ずりし始めたので、さすがに感傷的な思いも吹っ飛んだ。
「ちょっ……何するのよっ」
「もうちょっと。もうちょっとだけ……」
「起きてって、言ってるでしょっ」
殆ど肉のついていない棒のような太腿に頬ずりして何が嬉しいのか。ランサムの両の頬を挟んで、彼の頭を退けようとした。ランサムはすかさずジェーンの手を握り、自分の口元へ持っていく。
「君の手は、いつも薬草の香りがするんだね」
毎日薬草を摘んで、洗ったり干したり、調合したりもしていたのだから、ジェーンの手は薬草の香りがするらしいのだ。自分ではよく分からないが、弟たちにも指摘されたことがある。
旅が始まってからは薬草に触れる機会も減ったが、ルルザにいた頃は指の先に薬草の色が沈着していたくらいであった。今はぱっと見て分かるほどではないが、それでも薄く色が残っている。
ランサムはジェーンの指先をくんくんと嗅ぎ、
「懐かしい香りだと前から思っていたんだが……これは、亡き祖母の、ハーブ園の香りだ」
「わ、私……おばあちゃんの匂いってこと?」
「いやいや……爽やかなハーブの香りだよ」
ランサムは笑いながらようやく身を起こした。そのままジェーンの肩を引き寄せる。
「素敵な香りだよ。ずっと嗅いでいたくなるような……」
瞳を覗きこまれ、ジェーンは動けなくなる。ランサムの顔が近づいてきても、彼を押し退けたりできなかった。
彼は私の身体目当て。分かっていることじゃない。
それなのに、騙されそうになるってどういうことよ。
……騙される方が悪い。ランサムはそう言っていた。
ランサムにドキドキしてはいけない。いけないのに……。
「ランサム! この宿屋、裏庭で山羊飼っててさあ! あれっ、姉ちゃん来てたの」
いきなり、バタンと扉が開いた。闖入者はもちろんロイドである。ジェーンはランサムからパッと離れた。
「えっ? あ、ああ。そ、そそ、そうなの? 私、私は……」
声を上擦らせながらも、何か、何か誤魔化さなくては……そうだ、ランサムの包帯を替えるんだった。自分がこの部屋に来ていた正当な理由がある。誤魔化す必要などないではないかと、あたふたと包帯を手に取り、ランサムの頭に巻き始める。
「私は、ランサムの包帯を替えに来ていたのよ」
危なかった。またロイドに助けられた。
そう、ランサムの目的など分かりきっているのに……これに関しては、騙される方が悪い。ジェーンですらそう思う。
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