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第六話
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食堂のランチを食べたい気分ではなかった私は、学校内にいくつもある遊歩道、そのうちの一つに向かった。女子寮と校舎を繋ぐ道は、帰宅時間帯でもないかぎり人は少なく、ましてや少し外れた林の散策道は誰も来ない。
私は、どこかのアーティストが作ったという背もたれの高いベンチに座った。石膏細工のベンチは、三人くらい座れる幅がある。端には分厚い肘置きもあって、意外と居心地はよかった。
私は柔らかなカーブを形作った背もたれに背中を預け、力を抜く。時折鳥の声が消えるほかは、実に静かなものだ。空は快晴、冬を間近に控えながらもポカポカ陽気だ。
そんな素晴らしい環境にも関わらず、私は大きなため息を吐く。
ついさっき聞かされた、始まる前に終わった婚約、ブレッツィ伯爵家子息シルベリオ、父のカテナ子爵が婚約を辞退してエミリアナの家に婚約を譲った——そんな一連の話を思い返すと、情けない気持ちになってきたのだ。
(私が、貴族令嬢らしくなくて、踊れないから……お父様もこれは婚約なんかできない、って思ったのよね。階段で突き飛ばしたことはともかく、エミリアナは悪くないじゃない。私がお父様の期待に添えなかった、ただそれだけよ)
ただ、たとえそれが事実だとしても、すんなり受け入れられるとは限らないのだ。私はしっかりと落ち込んでいて、自分の不甲斐なさに嫌気が差していた。
結婚は貴族の義務だ。それを果たせない貴族令嬢なんて、何の価値があるだろう。そんなふうに世間は見るだろうし、私の味方をしてくれる母以外はきっと私へ失望しているに違いない。
そうやって暗い暗い世界に落ち込んでいく私へ、ベンチの裏から朗らかな声がかかった。
「何しているんだい、アリアン」
ごく最近聞き覚えのある青年の声に、私はすぐに応答する。
「それはこちらのセリフです、クリュニーさん。また誰かから逃げているんですか?」
「そうね、うん、そうなるね、遺憾ながら」
逃亡中との指摘に、クリュニーは否定しなかった。図書館でのことと言い、一体全体何から逃げているのかは分からないが、この青年も大概何かをやらかしているに違いない。
「浮かない様子だけど、何かあった? いや、俺が聞いていい話なら聞くけど」
私の様子を見かねてか、クリュニーに気遣いをさせてしまった。のそりとやってきてベンチに座るクリュニーは、まんまるい青色半透明な精霊ジーナを抱きしめていた。
精霊ジーナは私へ細長い足を一本伸ばして、私も左手の人差し指を足の先端へとつんと合わせてみる。すると、精霊ジーナは喜んでいるのか、何度もつついて、それから指に足を絡めた。
精霊ジーナのおかげで和んだ私は、少し悩んだが、変わったり減ったりするものでもないし、自分でもその事実を受け入れるために、クリュニーのお言葉に甘えて口に出して説明してみることにした。
「婚約の話が流れてしまって」
「うん? ん? 君の?」
「父が、えっと……カテナ子爵ってご存じですか?」
「あー、うんうん! あの鉄壁将軍? あれ、君の名前……アリアン・カテナだったか、なるほど」
こくり、と私は頷く。
「ご存じのとおり、父は一代で貴族の身分となった軍人です。だから、私には由緒ある貴族の家に嫁いでほしいといつもおっしゃっていて、ブレッツィ伯爵家と交渉していたそうなんですけど」
私は、どこかのアーティストが作ったという背もたれの高いベンチに座った。石膏細工のベンチは、三人くらい座れる幅がある。端には分厚い肘置きもあって、意外と居心地はよかった。
私は柔らかなカーブを形作った背もたれに背中を預け、力を抜く。時折鳥の声が消えるほかは、実に静かなものだ。空は快晴、冬を間近に控えながらもポカポカ陽気だ。
そんな素晴らしい環境にも関わらず、私は大きなため息を吐く。
ついさっき聞かされた、始まる前に終わった婚約、ブレッツィ伯爵家子息シルベリオ、父のカテナ子爵が婚約を辞退してエミリアナの家に婚約を譲った——そんな一連の話を思い返すと、情けない気持ちになってきたのだ。
(私が、貴族令嬢らしくなくて、踊れないから……お父様もこれは婚約なんかできない、って思ったのよね。階段で突き飛ばしたことはともかく、エミリアナは悪くないじゃない。私がお父様の期待に添えなかった、ただそれだけよ)
ただ、たとえそれが事実だとしても、すんなり受け入れられるとは限らないのだ。私はしっかりと落ち込んでいて、自分の不甲斐なさに嫌気が差していた。
結婚は貴族の義務だ。それを果たせない貴族令嬢なんて、何の価値があるだろう。そんなふうに世間は見るだろうし、私の味方をしてくれる母以外はきっと私へ失望しているに違いない。
そうやって暗い暗い世界に落ち込んでいく私へ、ベンチの裏から朗らかな声がかかった。
「何しているんだい、アリアン」
ごく最近聞き覚えのある青年の声に、私はすぐに応答する。
「それはこちらのセリフです、クリュニーさん。また誰かから逃げているんですか?」
「そうね、うん、そうなるね、遺憾ながら」
逃亡中との指摘に、クリュニーは否定しなかった。図書館でのことと言い、一体全体何から逃げているのかは分からないが、この青年も大概何かをやらかしているに違いない。
「浮かない様子だけど、何かあった? いや、俺が聞いていい話なら聞くけど」
私の様子を見かねてか、クリュニーに気遣いをさせてしまった。のそりとやってきてベンチに座るクリュニーは、まんまるい青色半透明な精霊ジーナを抱きしめていた。
精霊ジーナは私へ細長い足を一本伸ばして、私も左手の人差し指を足の先端へとつんと合わせてみる。すると、精霊ジーナは喜んでいるのか、何度もつついて、それから指に足を絡めた。
精霊ジーナのおかげで和んだ私は、少し悩んだが、変わったり減ったりするものでもないし、自分でもその事実を受け入れるために、クリュニーのお言葉に甘えて口に出して説明してみることにした。
「婚約の話が流れてしまって」
「うん? ん? 君の?」
「父が、えっと……カテナ子爵ってご存じですか?」
「あー、うんうん! あの鉄壁将軍? あれ、君の名前……アリアン・カテナだったか、なるほど」
こくり、と私は頷く。
「ご存じのとおり、父は一代で貴族の身分となった軍人です。だから、私には由緒ある貴族の家に嫁いでほしいといつもおっしゃっていて、ブレッツィ伯爵家と交渉していたそうなんですけど」
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