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最終話
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アルマスは、頭を思いっきり下げました。
これには、ミルッカはただただ呆然とするばかりです。なぜそんなことをアルマスは言うのか、確か、アルマスは——。
「何で? 殿下と婚約は?」
ミルッカの疑問は、思わず口に出ていました。
頭を下げたまま、顔をミルッカのほうへ向けたアルマスが、ちょっと腹立たしそうに、そして顔を赤らめていました。
「こんなときばっかり察しが悪いな。俺は、お前と婚約したいんだよ」
少し乱暴に、アルマスの言葉はミルッカへと届きます。
アルマスの望む婚約相手は——エリヴィラ王女ではない?
やっとそこまで思考が辿り着いたミルッカは、素っ頓狂な短い叫び声を上げてしまっていました。
「へ!?」
ミルッカはその場にいる全員の顔を何度も見て、「どういうこと? ねえ、どういうこと?」とただおろおろするばかりです。まったく聞いていない話なのに、エリヴィラ王女もミルッカの父も母も、知っていたように落ち着いています。
「まあ、私も必ず婚約するとか、そういうことは書いてなかったものね。婚約相当の褒賞、って濁してたし」
「ミルッカのお婿さんがアルマスならいいと思うわ。あなたは?」
「王立高等学校に入学する秀才だ、後継の養子には悪くない。あとはミルッカ次第だ」
すでに父母は納得し、エリヴィラ王女の口添えでアルマスはミルッカの婿養子に入る算段が決まっている——そこまで把握して、やっとミルッカは状況を受け入れられるようになってきました。
アルマスは、最初からミルッカと婚約するために、エリヴィラ王女に挑戦していたのです。年上が好きなのかな、などと言っていた自分が呑気すぎて恥ずかしい、ミルッカは顔を真っ赤にして、母エイダにあらあらと頭を撫でられていました。
——つまりは、アルマスも私のことが好きなの……かしら?
ミルッカは慌てて確認します。
「こ、婚約でいいの? 結婚は?」
「それはほら、五年くらいしてお前の気が変わらなかったら。お前だって、好きな男ができるかもしれないし、さ」
「そ、そう。そうよね、うん」
それは建前だ、とミルッカは見抜いていましたが、気付かないふりをしようと心に決めました。
間違いなく、アルマスはミルッカと両思い、なのでしょう。
あまりの嬉しさと恥ずかしさにミルッカは固まり、アルマスは心配そうに様子を窺っています。
そんな中、エリヴィラ王女は歳の離れた友人であるエイダへ相談していました。
「ねえエイダ、私の結婚相手、どこかに落ちていないかしら」
「うーん、殿下ならこの国よりも外国で探したほうがよろしいかと。隣国の皇太子殿下などどうでしょう? 婚約の話を聞きませんし、もしダメでも前向きに考えて誰かよい方を紹介してくれそうです」
「なるほど。そうね、そうするわ」
うん、よし! と掛け声をつけて、エリヴィラ王女は出立します。
「おめでとう、ミルッカ! じゃ、私は隣国へ行く準備をしてくるわ! いいお婿さんを捕まえてくる!」
「お気をつけてー」
「あ、はい。お気をつけて」
二人は見送りの言葉をまだ言いかけているというのに、あっという間にエリヴィラ王女はいなくなりました。きっと次に会うときは隣国出身のお婿さんを捕まえているでしょう、ミルッカは心の中でエリヴィラ王女の幸運を祈ります。
さて、とカレヴィはアルマスとともにソファから立ち上がりました。
「俺はアルマスと家に行って、保護者に事情を説明してくる。お前たちは先に屋敷へ帰っておいてくれ」
「分かりました。行きましょうか、ミルッカ」
母エイダに促され、ミルッカはこくんと頷きます。
お茶会は終わり、婚約の話は進み、そしてアルマスは父カレヴィの弟子になり、何もかもが丸く収まった、そう思えたとき。
テラスから降りたアルマスが、振り返りました。
「ミルッカ!」
名前を呼ばれ、反射的にアルマスを見たミルッカは、晴れ晴れしいアルマスの表情を目にします。
「ありがとう! また明日な! ……じゃなくて、これからよろしくな!」
また明日、これからよろしく、その言葉はいつもと違う意味を持っています。
ミルッカは、嬉しくなってしまいました。
これからも、アルマスと一緒にいられるのですから。
「うん!」
元気よくミルッカは答え、手を振ります。
かくしてエリヴィラ王女殿下の『満月の舞踏会事件』は無事終息し、その後エリヴィラ王女は無事隣国の皇子の一人を婚約者として迎えて凱旋した——のだそうな。
ミルッカとアルマスは、どちらが宮廷医師になるかを争って勉強し、結局初の宮廷医師兼宮廷薬師が二人も誕生することになりますが——それはもっと先の話でしょう。
ともあれ、ミルッカの初恋は叶ったのでした。おしまいおしまい。
(了)
これには、ミルッカはただただ呆然とするばかりです。なぜそんなことをアルマスは言うのか、確か、アルマスは——。
「何で? 殿下と婚約は?」
ミルッカの疑問は、思わず口に出ていました。
頭を下げたまま、顔をミルッカのほうへ向けたアルマスが、ちょっと腹立たしそうに、そして顔を赤らめていました。
「こんなときばっかり察しが悪いな。俺は、お前と婚約したいんだよ」
少し乱暴に、アルマスの言葉はミルッカへと届きます。
アルマスの望む婚約相手は——エリヴィラ王女ではない?
やっとそこまで思考が辿り着いたミルッカは、素っ頓狂な短い叫び声を上げてしまっていました。
「へ!?」
ミルッカはその場にいる全員の顔を何度も見て、「どういうこと? ねえ、どういうこと?」とただおろおろするばかりです。まったく聞いていない話なのに、エリヴィラ王女もミルッカの父も母も、知っていたように落ち着いています。
「まあ、私も必ず婚約するとか、そういうことは書いてなかったものね。婚約相当の褒賞、って濁してたし」
「ミルッカのお婿さんがアルマスならいいと思うわ。あなたは?」
「王立高等学校に入学する秀才だ、後継の養子には悪くない。あとはミルッカ次第だ」
すでに父母は納得し、エリヴィラ王女の口添えでアルマスはミルッカの婿養子に入る算段が決まっている——そこまで把握して、やっとミルッカは状況を受け入れられるようになってきました。
アルマスは、最初からミルッカと婚約するために、エリヴィラ王女に挑戦していたのです。年上が好きなのかな、などと言っていた自分が呑気すぎて恥ずかしい、ミルッカは顔を真っ赤にして、母エイダにあらあらと頭を撫でられていました。
——つまりは、アルマスも私のことが好きなの……かしら?
ミルッカは慌てて確認します。
「こ、婚約でいいの? 結婚は?」
「それはほら、五年くらいしてお前の気が変わらなかったら。お前だって、好きな男ができるかもしれないし、さ」
「そ、そう。そうよね、うん」
それは建前だ、とミルッカは見抜いていましたが、気付かないふりをしようと心に決めました。
間違いなく、アルマスはミルッカと両思い、なのでしょう。
あまりの嬉しさと恥ずかしさにミルッカは固まり、アルマスは心配そうに様子を窺っています。
そんな中、エリヴィラ王女は歳の離れた友人であるエイダへ相談していました。
「ねえエイダ、私の結婚相手、どこかに落ちていないかしら」
「うーん、殿下ならこの国よりも外国で探したほうがよろしいかと。隣国の皇太子殿下などどうでしょう? 婚約の話を聞きませんし、もしダメでも前向きに考えて誰かよい方を紹介してくれそうです」
「なるほど。そうね、そうするわ」
うん、よし! と掛け声をつけて、エリヴィラ王女は出立します。
「おめでとう、ミルッカ! じゃ、私は隣国へ行く準備をしてくるわ! いいお婿さんを捕まえてくる!」
「お気をつけてー」
「あ、はい。お気をつけて」
二人は見送りの言葉をまだ言いかけているというのに、あっという間にエリヴィラ王女はいなくなりました。きっと次に会うときは隣国出身のお婿さんを捕まえているでしょう、ミルッカは心の中でエリヴィラ王女の幸運を祈ります。
さて、とカレヴィはアルマスとともにソファから立ち上がりました。
「俺はアルマスと家に行って、保護者に事情を説明してくる。お前たちは先に屋敷へ帰っておいてくれ」
「分かりました。行きましょうか、ミルッカ」
母エイダに促され、ミルッカはこくんと頷きます。
お茶会は終わり、婚約の話は進み、そしてアルマスは父カレヴィの弟子になり、何もかもが丸く収まった、そう思えたとき。
テラスから降りたアルマスが、振り返りました。
「ミルッカ!」
名前を呼ばれ、反射的にアルマスを見たミルッカは、晴れ晴れしいアルマスの表情を目にします。
「ありがとう! また明日な! ……じゃなくて、これからよろしくな!」
また明日、これからよろしく、その言葉はいつもと違う意味を持っています。
ミルッカは、嬉しくなってしまいました。
これからも、アルマスと一緒にいられるのですから。
「うん!」
元気よくミルッカは答え、手を振ります。
かくしてエリヴィラ王女殿下の『満月の舞踏会事件』は無事終息し、その後エリヴィラ王女は無事隣国の皇子の一人を婚約者として迎えて凱旋した——のだそうな。
ミルッカとアルマスは、どちらが宮廷医師になるかを争って勉強し、結局初の宮廷医師兼宮廷薬師が二人も誕生することになりますが——それはもっと先の話でしょう。
ともあれ、ミルッカの初恋は叶ったのでした。おしまいおしまい。
(了)
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