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第五話
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目つきが悪いながらもキョトンとしたベルへ、膝をついてベルの両手を握った私は先ほどまでの経緯を説明する。
私とベルは友達であること、ベルは私を庇って小瓶に触れてしまったこと、それからベルが私の知るベルではなくなっていること。
椅子に座ったまま、それらを黙って聞いていた『ベルの姿をした誰か』は、ふむ、と少し考えこんだのち、状況を把握したらしくこう言った。
「するってェと、何だ……あっしは『べるてぃーゆ』ってぇお嬢に取り憑いちまったのか」
こくり、と私は頷く。『ベルの姿をした誰か』の荒々しい独特な口調には慣れないが、一応言葉は通じるし、この突然の話を理解するだけの賢さも、落ち着いて状況把握するだけの胆力もある、と見た。
すると、『ベルの姿をした誰か』は姿勢を正し、思いついたように自己紹介を始めた。
「おっと、申し遅れやした、姐さん。あっしは生まれも育ちも武州のしがない藍問屋の末の倅でやしたが、若い時分に腕っぷしを伊州の大遊侠上総鉄次郎親分に見込まれやして、組で若頭をやっておりやした忠次と申しやす」
ベラベラベラ、と早口で捲し立てるような口上に、私はつい呆気に取られてしまった。
ヴェルグラ侯爵家は武門の家系、屋敷で末端の若い一兵士と出会うこともある。だが、彼らのように世間知らずや田舎者というわけでもなく、自己紹介自体は前置き、出身地、生家の生業、血筋、経歴、所属組織、肩書き、名前と並び、きちんとした構文でもってスラスラと語られているのだ。これは無学な、学びも躾も受けていない人間が口にできる芸当ではない。
それは同時に、目の前の『ベルの姿をした誰か』は、ベルではないことを示している。ベルはここまでしっかりと口上を述べられるほど堂々としていない、おっとりした少女で、のんびりした世界で生きてきた、生まれついての伯爵家令嬢なのだ。
その乖離の不安は私の胸の奥底になみなみと湛えられている。しかし、だからと言って何もせずにいられるほど、私は無責任でも無神経でもない。考えを止めるな、と自分を叱咤して、『ベルの姿をした誰か』の言葉を分析していく。
どうやら、『ベルの姿をした誰か』は、それなりにしっかりとした立場あるいは身分の人間である、と私は踏んだ。とはいえ貴族や騎士というお堅い身分ではなく、都市部と繋がりの深い地方の有力者などだろうか。うん、それなら納得がいく。
「あなたは忠次、という名前なのね?」
「へェ、盃を交わした親分から一字をいただきやして」
親分って何、という疑問は横に置いておこう。分からない単語についてはあとで聞けばいいことだ、今はそれよりも会話を続けることを優先する。
私は若干緊張が解けつつある中で、できるだけ笑みを絶やさないよう、それでいて警戒を解かないよう、気を張って忠次と話を続ける。
「そうなの。私はレティシア・ヴェルグラ、皆からはレティと呼ばれているわ」
それを聞いて、忠次は目をキラキラとさせた。
「れてぃの姐さん、ってェことですかィ!」
「待って待って、姐さんって何? どうしてそうなるの」
「そりゃあ、姐さんはあっしを、このべるてぃーゆってぇお嬢を助けようとなさったでしょう。話を聞いてりゃその人となりは分かりやす。その佇まい、おそらくは高貴なご身分ながら、あっしのような場末のはぐれもんの話を真摯に聞いてくださる。それならこの状況も姐さんがいりゃあ何とかなる、でしょう? だったら尊敬を込めて『姐さん』と呼ばせてくだせェ!」
『姐さん』という聞き覚えのない単語に戸惑いつつも、忠次は真面目に私を立てようとしていることがしっかりと分かる。
しょうがない、私は受け入れることにした。
私とベルは友達であること、ベルは私を庇って小瓶に触れてしまったこと、それからベルが私の知るベルではなくなっていること。
椅子に座ったまま、それらを黙って聞いていた『ベルの姿をした誰か』は、ふむ、と少し考えこんだのち、状況を把握したらしくこう言った。
「するってェと、何だ……あっしは『べるてぃーゆ』ってぇお嬢に取り憑いちまったのか」
こくり、と私は頷く。『ベルの姿をした誰か』の荒々しい独特な口調には慣れないが、一応言葉は通じるし、この突然の話を理解するだけの賢さも、落ち着いて状況把握するだけの胆力もある、と見た。
すると、『ベルの姿をした誰か』は姿勢を正し、思いついたように自己紹介を始めた。
「おっと、申し遅れやした、姐さん。あっしは生まれも育ちも武州のしがない藍問屋の末の倅でやしたが、若い時分に腕っぷしを伊州の大遊侠上総鉄次郎親分に見込まれやして、組で若頭をやっておりやした忠次と申しやす」
ベラベラベラ、と早口で捲し立てるような口上に、私はつい呆気に取られてしまった。
ヴェルグラ侯爵家は武門の家系、屋敷で末端の若い一兵士と出会うこともある。だが、彼らのように世間知らずや田舎者というわけでもなく、自己紹介自体は前置き、出身地、生家の生業、血筋、経歴、所属組織、肩書き、名前と並び、きちんとした構文でもってスラスラと語られているのだ。これは無学な、学びも躾も受けていない人間が口にできる芸当ではない。
それは同時に、目の前の『ベルの姿をした誰か』は、ベルではないことを示している。ベルはここまでしっかりと口上を述べられるほど堂々としていない、おっとりした少女で、のんびりした世界で生きてきた、生まれついての伯爵家令嬢なのだ。
その乖離の不安は私の胸の奥底になみなみと湛えられている。しかし、だからと言って何もせずにいられるほど、私は無責任でも無神経でもない。考えを止めるな、と自分を叱咤して、『ベルの姿をした誰か』の言葉を分析していく。
どうやら、『ベルの姿をした誰か』は、それなりにしっかりとした立場あるいは身分の人間である、と私は踏んだ。とはいえ貴族や騎士というお堅い身分ではなく、都市部と繋がりの深い地方の有力者などだろうか。うん、それなら納得がいく。
「あなたは忠次、という名前なのね?」
「へェ、盃を交わした親分から一字をいただきやして」
親分って何、という疑問は横に置いておこう。分からない単語についてはあとで聞けばいいことだ、今はそれよりも会話を続けることを優先する。
私は若干緊張が解けつつある中で、できるだけ笑みを絶やさないよう、それでいて警戒を解かないよう、気を張って忠次と話を続ける。
「そうなの。私はレティシア・ヴェルグラ、皆からはレティと呼ばれているわ」
それを聞いて、忠次は目をキラキラとさせた。
「れてぃの姐さん、ってェことですかィ!」
「待って待って、姐さんって何? どうしてそうなるの」
「そりゃあ、姐さんはあっしを、このべるてぃーゆってぇお嬢を助けようとなさったでしょう。話を聞いてりゃその人となりは分かりやす。その佇まい、おそらくは高貴なご身分ながら、あっしのような場末のはぐれもんの話を真摯に聞いてくださる。それならこの状況も姐さんがいりゃあ何とかなる、でしょう? だったら尊敬を込めて『姐さん』と呼ばせてくだせェ!」
『姐さん』という聞き覚えのない単語に戸惑いつつも、忠次は真面目に私を立てようとしていることがしっかりと分かる。
しょうがない、私は受け入れることにした。
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