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第二十七話

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 忠次とアレクサンデルが目隠しをされ、連れていかれたところは、地下だった。古い建物にはよく設置されていた、地下の岩盤をくり抜いただけの貯蔵庫で、目隠しを外されて忠次が密かに検分したところ、部屋と言ってもいい大きさから酒蔵として使われていたのだろう。酒樽や瓶が残されているが、埃をかぶっていてもう長く人の手に触れられていないようだ。

「生憎とご機嫌にもてなす暇はなくてな、しばらくここにいてもらう。悪く思うなよ」

 外套の男はそう言って、部下であろう男たちに忠次とアレクサンデルの手をそれぞれ縄で縛らせて、ランプを一つ置いて地上へ戻っていった。軋む階段の足音と扉の音が止んで数秒後、忠次は即座に行動を始める。

 最優先すべきはアレクサンデルの撃たれた足の応急処置だ。あの男たちは何の処置もしなかったため、急いで止血しなくてはならない。

(まあ、このくらいの大男は多少血が出ても死にゃしねェが、銃か……悪徳商人んとこの三下が持ってやがったなァ。面倒くせェ)

 そう考えつつ、手首を縛っていた縄をするりと抜ける。荒事に慣れた忠次は、当然のごとく縄抜けの心得くらいある。縛られる際に指や手首の向きで隙間を作っておくのだが、曲芸師や忍者ともなれば手首の関節を外して抜けるのだとか。

 自由の身となった忠次——少女ベルティーユは、ランプを取って樽に背を預けているアレクサンデルのもとへ向かう。

「大丈夫ですか、あれく様。縄を焼き切りますので、後ろを向いてください」

 頷いたアレクサンデルは、くるりと背を向けて縛られた両手首を差し出した。忠次はランプから取り出した蝋燭の火を縄に近づけ、遠慮なく燃やす。一番手前の縄の太さの半分ほどが黒くなったところで、アレクサンデルは力づくで縄を引きちぎった。

「助かりました」
「いえ、それよりも傷口は」

 忠次はポケットに入れていたハンカチをアレクサンデルの左太ももの傷口に当てようとしたが、不思議なことに血はすでに止まっていた。弾は貫通したはずで、相当深手だと思っていたところに、見て分かるほどの筋肉の膨らみでアレクサンデルが自力で止血していたことに驚く。

(化け物かィ。いやまあ、血が止まったんなら死ぬことはねェ、よかった……よかったよなァ……?)

 困惑している忠次へ、アレクサンデルはつらそうに語る。

「大丈夫ではあります。この程度の傷で動けなくなることはありません、が」
「が?」

 アレクサンデルは眉間に深い縦皺たてしわを作り、大きな大きなため息を吐いた。

「自分が情けない……撃たれるまで銃に気付かないとは」
(そこかィ)
「いえ、反省は後日。今はここから脱出せねば。つまり、上にいる連中を全員叩きのめすのです」
「でしょうねェ……脱出するのならどうしても会ってしまいますし、見張られているでしょうから、こっそり抜け出すのは無理かと。現状、ここがどこかも分からず、助けを呼ぶ手段もありません」
「そうです。ご心配なく! 俺が責任を持ってやつらを叩きのめします! ……いえ、不意打ちを喰らった男の言葉に説得力はないでしょうが、あなたの護衛であるにもかかわらずこのままでは面目次第もありません。汚名は返上せねば!」
「まァ、不意打ちの件は仕方ありませんって。それよりも」

 敵を殺る気満々な大男の圧に、少女は思わず顔を引きつらせる。

(確かに、このままここにいたって何も解決しねェ。強行突破はあれくの兄貴ならできそうだ、しかし……いや、やるしかねェ。あれくの兄貴とベルティーユお嬢を無事お帰ししねェと、レティの姐さんが泣いちまう)

 忠次は元々、躊躇いや立ち止まることとは無縁な性分だった。それを指摘されたなら、そうしないと生きていけなかったから、そうなったのだ、と言ってのけるだろう。

 忠次は考える。岩盤が剥き出しの貯蔵庫に何かないか。頑丈そうな空き瓶、すっかり廃れてしまった長柄の箒、壊れた樽付近に散らばる錆びた金具。

 忠次の今のこの体は、ベルティーユという少女のものだ。小柄で華奢で、運動は苦手ではないがダンスくらいしかやらない。手先は器用なものの力は当然なく、薄い肩は今日着てきたコートさえも重く感じる。細くて折れそうな足を包む平たい革靴の紐をしっかり結べば、少しのあいだ激しく動くくらいはできそうだが——無理は禁物だ。

 忠次は立ち上がり、役立ちそうなものを拾い集めながら出口へと進む。

 それをたしなめるかのように、アレクサンデルは尋ねる。

「ベルティーユ嬢、何を?」
「不安はありますが、やってやれないことはないでしょう」
「危険です! 俺が」
「大丈夫です。あれく様」

 少女は笑う。少し悲しげに、少し緊張気味に。

「これからここで起きることは、絶対に他言しないでください。でないと、本当に嫁の貰い手がなくなりますので」

 アレクサンデルはまだ何かを言おうとしていたが、ついには口を閉ざした。足の傷や不案内な場所、ろくにない抵抗手段、本来守るべき少女を背に、と不安要素は多いが、結局のところ猫の手でも借りたい状態だ。二人で協力して事態に当たるべきである、という結論に至ったのだろう。

 アレクサンデルへ空き瓶を手渡し、忠次は数段しかない木製の階段をゆっくり昇り、その先にある扉を指差す。

「この扉、ぶち破れますか?」

 アレクサンデルはすぐに答えた。

「問題ありません」
「ではそれで、あとは流れで。時間の勝負です、一気にケリをつけます。運がよければ助かるでしょう」

 忠次は壁際に体を寄せ、アレクサンデルに先を譲る。

 互いに一度視線を合わせ、それから頷く。どうやら、アレクサンデルはベルティーユという少女を、一時の相棒として信じることにしたようだった。

 アレクサンデルの巨体が、年季の入った木の厚そうな扉へと肩から思いっきりタックルを喰らわせる。

 吹き飛ぶ木々の破裂音は、開戦の合図だった。
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