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第四十四話
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私たちは二手に分かれた。私とベルは大兄様を説得してブランモンターニュ伯爵家屋敷へ向かう、マントは焼死体や放火の準備をしてウジェニーへ手筈を知らせてから私たちと再度合流する。事が露見しないよう、細心の注意を払うことを念押しして、私たちは準備資金を与えたマントを見送る。
さて、大兄様の説得だが、特に必勝の策があるわけでもなく、当たって砕けろだ。ベルと忠次で説得して、ダメそうならまた方針を再考しなくてはならない。
大兄様の所属する王都の駐屯地へ、私とベルは馬車に乗っていくのだが——。
「ねぇ、レティ。今のうちにあなたに聞いておきたいことがあるの」
おっとりと、しかし意思の強い調子でベルは私へ問う。
ただ事ではないと察した私は、真正面からベルの問いを受け止めることにした。
「何かしら?」
「あなたは……本当に、この国から出ていってもいいって思っているの?」
「ええ、そうよ」
「どうして?」
馬車の扉や窓にはカーテンが引かれ、外の様子はよく見えないし、互いの顔がやっと分かるくらい薄暗い中で——私は、誰かの目のない今だからこそ、こう言えた。
「ベル、これはただの小娘の戯言だと思って聞いて。私はね、間違いなく恵まれていたの。家柄、血筋、財産、家族、地位、生まれつきすべてが約束されていた」
プランタン王国屈指の歴史を持つ武門の家系、ヴェルグラ侯爵家の末妹。婚約者を用意しないのは、いつ国内外の大貴族との結婚が企図されてもいいように。それまで私は自由の身、家を継ぐこともなく、家のために何かをするわけでもなく、貴族学校で自由に好きなだけ学んで、貴族令嬢として並以上の能力を見せられるなら咎められることなどない。贅沢だって許されている、周囲はヴェルグラ侯爵家の唯一の女子として甘やかしてくれる。
だからこそ、私は余裕があった。何が起きても首を突っ込めるくらいには、力もお金もあった。それは忠次がベルの体に現れても対応できるくらいには、私は恵まれていたのだ。
——しかし、私は……実際には、何をしている?
「でも、恵まれているのに、親友の一人も助けられなくて、自慢だった頭脳をもってさえ何もできなかったの。分かるわ、私程度では世の中の物事を動かすことができないのだって。誰かを救うことさえできない、私が弱いから」
おっとりとして、婚約者に悩まされたベルを助けられなかった。忠次のフォローはしたけれど、彼の未来を守ることはまだまだ難しい。大兄様もベルも誘拐未遂事件になんか巻き込まれて、私は何ができたと言うのか。
私は、無能だ。恵まれた能力、境遇を十全に使うこともできず、ワタワタと慌てているだけだ。ベルの悩みも、忠次の諦めも、私は解決してやることができていない。
私は拳を握り締め、叫びたくなるような恥ずかしさを堪えて、本心を語る。
「なら私は、強くなりたい。誰かを救えるくらいの人間になって、ヴェルグラ侯爵家令嬢レティシアじゃなくてただのレティシア・ヴェルグラとして、誰かのために何かをしたいの。それさえできなくて偉そうにしているなんて、どうしても耐えられない」
今企んでいる皆の国外脱出案、これを成功させることが今のところ私の目標だ。そうすれば皆を助けられる、今の窮屈な状況を変えることができて、ベルの気を晴らしてやることだって叶うだろう。
でもそれは、望まれたから行うわけではない。そうしたほうがいいだろう、と思って私が考案し、実現しようとしているだけだ。
「ごめんなさい、私のわがままだって分かっている。あなたのやりたいことも何も聞かずに」
「うん、そうよ」
即答されて、私は思わずベルの顔を見上げた。
ほぼ同時に、ベルは私の両手を掴んで、額に額をくっつける。
「私は、レティが一人で悩んでいるのは嫌なの。私のためにって頑張ってくれているのに、私は何もできなくて、それは……嫌なの」
それは私のセリフ、と言う前に、ベルの気持ちは私と同じだったことに気付く。
私たちは、力を合わせればいいのだ。
「レティ、何でも言って。私たちはお互いに、お互いのために力を尽くすべきだと思うの。あなたのために私だって、頑張るから」
ベルは真っ直ぐに私を捉え、固い決心を伝えてくる。
馬車の外は王都の官公庁街に入ったようだった。石畳はスムーズに、喧騒は遠く、目的地が近いことが分かる。
私は親友へ、感謝と謝罪を口にする。
「ありがとう、ベル。ごめんなさい、あなたを無視するつもりはなかったの」
その答えに満足したのか、ベルはふんわりとした笑顔を見せた。
「レティ、私に一つ、いい考えがあるの。耳を貸して」
「え、ええ」
私が傾けた左耳へと、ベルは手を添えて小声で密かに——とんでもないことを告げてきた。
驚く私は、ベルの決意を疑うこともできず、受け入れるしかない。
「それは、いいの?」
「多分、大丈夫だと思うわ。協力してくれる、はず」
ならば、と私はベルの協力を無駄にしないよう、瞬時に行動予定を修正する。
「分かった、先にそちらへ行きましょう。後ろ盾はあるに越したことはないわ」
私は馬車の御者二人へ命じた。
「今すぐジュレ太公のお屋敷へ向かって。緊急事態よ!」
さて、大兄様の説得だが、特に必勝の策があるわけでもなく、当たって砕けろだ。ベルと忠次で説得して、ダメそうならまた方針を再考しなくてはならない。
大兄様の所属する王都の駐屯地へ、私とベルは馬車に乗っていくのだが——。
「ねぇ、レティ。今のうちにあなたに聞いておきたいことがあるの」
おっとりと、しかし意思の強い調子でベルは私へ問う。
ただ事ではないと察した私は、真正面からベルの問いを受け止めることにした。
「何かしら?」
「あなたは……本当に、この国から出ていってもいいって思っているの?」
「ええ、そうよ」
「どうして?」
馬車の扉や窓にはカーテンが引かれ、外の様子はよく見えないし、互いの顔がやっと分かるくらい薄暗い中で——私は、誰かの目のない今だからこそ、こう言えた。
「ベル、これはただの小娘の戯言だと思って聞いて。私はね、間違いなく恵まれていたの。家柄、血筋、財産、家族、地位、生まれつきすべてが約束されていた」
プランタン王国屈指の歴史を持つ武門の家系、ヴェルグラ侯爵家の末妹。婚約者を用意しないのは、いつ国内外の大貴族との結婚が企図されてもいいように。それまで私は自由の身、家を継ぐこともなく、家のために何かをするわけでもなく、貴族学校で自由に好きなだけ学んで、貴族令嬢として並以上の能力を見せられるなら咎められることなどない。贅沢だって許されている、周囲はヴェルグラ侯爵家の唯一の女子として甘やかしてくれる。
だからこそ、私は余裕があった。何が起きても首を突っ込めるくらいには、力もお金もあった。それは忠次がベルの体に現れても対応できるくらいには、私は恵まれていたのだ。
——しかし、私は……実際には、何をしている?
「でも、恵まれているのに、親友の一人も助けられなくて、自慢だった頭脳をもってさえ何もできなかったの。分かるわ、私程度では世の中の物事を動かすことができないのだって。誰かを救うことさえできない、私が弱いから」
おっとりとして、婚約者に悩まされたベルを助けられなかった。忠次のフォローはしたけれど、彼の未来を守ることはまだまだ難しい。大兄様もベルも誘拐未遂事件になんか巻き込まれて、私は何ができたと言うのか。
私は、無能だ。恵まれた能力、境遇を十全に使うこともできず、ワタワタと慌てているだけだ。ベルの悩みも、忠次の諦めも、私は解決してやることができていない。
私は拳を握り締め、叫びたくなるような恥ずかしさを堪えて、本心を語る。
「なら私は、強くなりたい。誰かを救えるくらいの人間になって、ヴェルグラ侯爵家令嬢レティシアじゃなくてただのレティシア・ヴェルグラとして、誰かのために何かをしたいの。それさえできなくて偉そうにしているなんて、どうしても耐えられない」
今企んでいる皆の国外脱出案、これを成功させることが今のところ私の目標だ。そうすれば皆を助けられる、今の窮屈な状況を変えることができて、ベルの気を晴らしてやることだって叶うだろう。
でもそれは、望まれたから行うわけではない。そうしたほうがいいだろう、と思って私が考案し、実現しようとしているだけだ。
「ごめんなさい、私のわがままだって分かっている。あなたのやりたいことも何も聞かずに」
「うん、そうよ」
即答されて、私は思わずベルの顔を見上げた。
ほぼ同時に、ベルは私の両手を掴んで、額に額をくっつける。
「私は、レティが一人で悩んでいるのは嫌なの。私のためにって頑張ってくれているのに、私は何もできなくて、それは……嫌なの」
それは私のセリフ、と言う前に、ベルの気持ちは私と同じだったことに気付く。
私たちは、力を合わせればいいのだ。
「レティ、何でも言って。私たちはお互いに、お互いのために力を尽くすべきだと思うの。あなたのために私だって、頑張るから」
ベルは真っ直ぐに私を捉え、固い決心を伝えてくる。
馬車の外は王都の官公庁街に入ったようだった。石畳はスムーズに、喧騒は遠く、目的地が近いことが分かる。
私は親友へ、感謝と謝罪を口にする。
「ありがとう、ベル。ごめんなさい、あなたを無視するつもりはなかったの」
その答えに満足したのか、ベルはふんわりとした笑顔を見せた。
「レティ、私に一つ、いい考えがあるの。耳を貸して」
「え、ええ」
私が傾けた左耳へと、ベルは手を添えて小声で密かに——とんでもないことを告げてきた。
驚く私は、ベルの決意を疑うこともできず、受け入れるしかない。
「それは、いいの?」
「多分、大丈夫だと思うわ。協力してくれる、はず」
ならば、と私はベルの協力を無駄にしないよう、瞬時に行動予定を修正する。
「分かった、先にそちらへ行きましょう。後ろ盾はあるに越したことはないわ」
私は馬車の御者二人へ命じた。
「今すぐジュレ太公のお屋敷へ向かって。緊急事態よ!」
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