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第五十三話

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 ベルのやらかし、私の目論見違いなどにより、ブランモンターニュ伯爵との話し合いは目的を変更しなくてはならなくなった。

 元々は『ブランモンターニュ伯爵に使節団の件を納得させ、なおかつ倉庫にある品物を私たちの手中に納める』ことが達成すべき目標だった。例の小瓶などを手に入れ、調査により詳しく来歴が分かれば、ある程度はそれらの属性、対処法などが判明するだろうと見越してのことだ。

 しかし、倉庫の品物はベルが勝手に触っていた上、平たく言うならば『ヤバいブツ』はブランモンターニュ伯爵家の使命やプランタン王国王家にも関わる代物だったのだ。

 となれば、ここは若干方針転換をしなくてはならない。それらの品物を私たちに預けてくれ、とは言えなくなった以上、それ以外の方法で情報を得なくてはならないわけだ。

「おじ様、よろしいでしょうか?」
「うん? 何かな、レティシア嬢」
「おじ様はベルが外国へ行くこと自体に反対ではない、と見てよろしいのかしら? 能力云々はさておき」
「まあ……そうだね。いずれベルもブランモンターニュ伯爵家と商会を継ぐ身だ、実績があるに越したことはない。ところでレティシア嬢、君はどうするのだね?」
「もちろん、ベルについていきますわ。私でも役立てることはあるかもしれませんし、ベルに見知らぬ土地で心細い思いをさせたくありませんもの」
「そうか、それはありがたい」
「それと、こうも思いますの」

 ——というよりも、これが今回私たちの掴むべき本当の目標だ。

「王家に掛け合ってまいります。ブランモンターニュ伯爵家が保管するそれらの危険な品物を無力化する方法を探しに行くことも、使節団の目的の一つとしたい、と」

 大体からして、予想はしていたのだ。魂だの何だのという魔術的な品物が危険だと分かっているのに、なぜ破壊しないのか。使用する予定があるからではない、使用さえも難しいものが大半だろうからだ。

 答えは、破壊するにも手順が分からないから、だ。教会のフロコン大司教様という碩学でも見当がつかないほど異なる体系の魔術要素となれば、正しい使い方だけは分かっていても、迂闊にそれ以外の使い方をするわけにはいかない。毒であれば破裂して汚染することもあり、最悪暴走して手のつけようがなくなる事態にもなりかねない。今だって、小瓶を壊してしまい忠次の魂が出てきたくらいなのに、私やベルが大変苦労していることで分かってもらえるかと思う。

 つまりは、魔術的な危険物の処理方法、ひいてはそれらの情報や知識を学び、無力化や無害化を進める。それも使節団を結成して異国へわざわざ向かう理由の一つとすべきなのだ。

「いつまでもブランモンターニュ伯爵家にそれらを溜め込んでおけるわけではありません。それに、もし無力化する方法を確立できれば、我が国は他国に対し優位に立てます。国内においては、王家が貴族たちに対しての優位を持てることにもなりますし、ブランモンターニュ伯爵家も危機を逃れることができます。その方法が見つかる可能性は低くとも、意識して探すようにしておけば、後世に手がかりを残すこともできるかもしれませんわ」

 ——どうだ。今考えたにしては、上等な理由だろう。

 私は内心心臓が破裂しそうなほど綱渡り状態ではあるものの、何とかポーカーフェイスを心がけ、最後の一押しをブランモンターニュ伯爵へぶつける。

「これらはヴェルグラ侯爵家の総意ではないものの、私と長兄アレクサンデルの意思であると思っていただいてけっこうですわ。ことがことですので、あまり大きく騒ぐわけにもまいりませんし……ジュレ太公の威光が及ぶ範囲であっても、用心はすべきです」

 こうしたことは、できるだけ内々に済ませることが一番穏便だ。それはブランモンターニュ伯爵ならばよく分かっているだろうし、私もベルへの悪評を立たせないためにここ最近は人付き合いを厳選している。

 ヴェルグラ侯爵家のお墨付き、ということが一概にいいとは言えない。何せ我が家は古参の貴族、王家とも長く深いお付き合いがある。だからこそダメなのだ。そこまで関わるのであれば、家として相応の見返りがないといけなくなる。そこから先は貴族の打算渦巻く話になっていき、面倒がどんどん波及してしまう。

 だからこそ、私とヴェルグラ侯爵家次期当主の意思だ、と限定する。何かあっても私たちが切り捨てられればいい。手柄を立てれば限定的にヴェルグラ侯爵家へ渡すことはあっても、どうしても守りたい秘密は守られる。

 代わりと言っては何だが、ジュレ太公という大きな後ろ盾があって諸事何とかなるだろう、という保証は確保している。曖昧ではあっても、その曖昧さが責任の所在や策謀の制限に繋がるのだ。

 ブランモンターニュ伯爵家は王家の密命を守りつつ、危険物の処理ができてその技術も得られて万々歳。王家も同じく、ヴェルグラ侯爵家は何とでも。使節団を結成する理由が一つ二つと増えるごとに、その重要性や期待は増していく。

 そして、それらの話を、一流の商人であるブランモンターニュ伯爵が理解できないはずはなかった。

「なるほど。ベル、お前は勝算あって、新事業を立ち上げたというわけか」
「ええ、はい」

 ベルはちょっと上目遣いで、気後れしつつ頷く。勝算は特になかったが、やらなくてはならないからやっただけなのだ。そういうところ、博奕ばくち打ちっぽい考え方だから今度から注意しておこう。

 さて、ここまで話が煮詰まっていて、まだごねて利益が見込めるとは誰も思っていない。

「仕方ない。ベル、この話はお前に懸けるしかなさそうだ。レティシア嬢、私はこれからジュレ太公に話を伺って、詳細を詰める。ここまで来てしまえば、進むしかなさそうだからね」

 わあ、と私とベルは喜び余って笑顔になる。

 ブランモンターニュ伯爵は腹を括った……のだが、やはりため息を抑えられず、明後日の方向を向いて小さくため息を吐いていた。苦労性のおじ様には同情するしかない。

 立ち上がって応接間から出ていくブランモンターニュ伯爵は、ついでとばかりにベルへこう言いつけた。

「それと、我が家で一番骨董品の目利きができるのはお前だ。目録を渡しておくから、罰としてきちんと倉庫の品物を整理しておくように」
「う、うん、分かったわ」

 ベルは実に気まずそうだ。どうも他にもやらかしがあるのではないかと私は疑ってしまうが、今はそれは置いておこう。

 やれやれとばかりにブランモンターニュ伯爵が応接間の扉の向こうに出ていったあと、大きなため息が聞こえたのは気のせいということにしておこう。
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