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第五十五話
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エントランス前で私は奇跡的に忠次inベルを引っ捕まえ、使用人に応接間を用意させ、先にそちらで待っているよう厳命した。忠次はしぶしぶ私の命令に従い、黙って使用人にくっついていく。どちらがこの家の令嬢なのか分かったものではない。
そんな必死の追走劇は客人にも聞こえていたらしく、客人——旅の僧侶は苦笑いで私を出迎えた。
禿頭、というよりも剃髪している、五十代半ばほどの細身の男性。とはいえ、相当鍛えていることは目に見えて分かる。全身を覆う異国の服装であってもなお彼の磨いた筋肉を隠しきれておらず、大兄様のようにあからさまに筋骨隆々なのではなく、引き締まった体質なのだろう。
挨拶もそこそこに、私は急いでこの異国から来た旅の僧侶を応接間へ引き入れる。深夜でよかった、使用人の数は限られていて、このことは早々噂にはならないだろう。あとでブランモンターニュ伯爵に説明すると伝えて、使用人たちに緘口令を敷いておいた。つくづく、私はこの家の令嬢ではないのに、と複雑な気持ちだ。
可及的速やかに、小さな応接間——ブランモンターニュ伯爵と会見した応接間とは別の部屋だ——にお茶を用意してもらい、私と忠次inベル、旅の僧侶ことザンジュが話し合いのテーブルについた。一応言っておくが、座ったのはそれぞれ一人がけソファである。テーブルには腰を下ろしていない。
薄い大理石の円形テーブルは、湯気立つ白磁のティーカップが三つ、ティーポットやストレーナー、ミルクポットやシュガーポットの載る銀盆でいっぱいいっぱいだった。
まあ、それはいいのだ。私は深呼吸をして息を整えてから、不機嫌そのものの忠次に目配せをしつつ、旅の僧侶へ頭を下げた。
「初めまして、私はレティシア・ヴェルグラ、この子はベルティーユと申します」
忠次は頭を下げなかった。それを気にするでもなく、旅の僧侶は深々と頭を垂れた。
「拙僧は残寿と申します。状況は概ね……まあ、師匠の封じた悪霊が封印を破ったと察知して、急ぎ確認にまいった次第です」
するすると澄んだ声で、旅の僧侶——残寿はそう言った。
残寿の正体は予想どおり忠次の因縁ある相手で、さらには最適なタイミングで来てくれた。いや、詳しく聞くまではまだ確信があるわけではないが、ほぼ確定だろう。
が、忠次は不服そのものの顔で突っかかる。
「だァれが悪霊だってんだ、えェ?」
もはや貴族令嬢でも何でもない、独特の口調は残寿を思いっきり威圧している。しかし、それどころではない。
「忠次、ステイ」
「だが姐さん!」
「話が進まないでしょうが」
本当に、忠次はしぶしぶ引っ込んだ。今はまだ喧嘩をすべきときではない、とでも思っているらしく、虎視眈々と臨戦態勢の据わった目を残寿に向けたままだ。
そんなことはどうでもいいとして、私はポケットからあの赤黒い文字と模様が描かれた布切れを残樹へと差し出した。
「この布を巻いていた小瓶が割れて、ベルティーユ……この子に忠次という人物が乗り移ったというわけです。今喋っていたのもベルではなく忠次ですね」
「ふむ」
布切れを受け取った残寿はしげしげと眺め、そして得心がいったかのように本題に入っていく。
「なるほど。どこから話したものか。まずは拙僧の知ることをお話ししたほうがいいでしょうな」
「ええ、お願いします」
「承知した。では、さて」
残寿は、懐かしげに語りはじめる。
「拙僧の師匠、祐天上人が若かりしころ、国のあちこちで暴れておりました」
「暴れていたんですか」
「左様、暴れておりました。やくざ者を見つければ賭場ごと壊滅させ、百姓を甚振る役人がいれば片っ端から呪い、人買い悪徳商人を船ごと沈め、それはもう」
そういえば、忠次は旅の僧侶と殺し合いをしている最中に意識を失って魂を封じられていたのだった。その祐天上人とやら、かなり武闘派である。少なくとも我が国のフロコン大司教様はそんなことしない。
「しかし、師匠もただ悪人を懲らしめていたわけではありません。改心の余地がある者であれば話を聞くまで殴……説得するか、あるいは頭が冷えるまでその魂を封印してしまう、と」
「それがこちら、忠次の魂を封印した理由、と」
「左様でございます。封印が解ければ我々には分かりますゆえ、近場で修行の旅をしていた拙僧が何事か調査と後始末のために飛んできた、という次第です。ええ、察知したのが拙僧が隣のレテ王国にちょうど船が着いたときで幸いでしたとも」
私は、そこまで聞いてやっと残寿の言い分を信じた。
もちろん、封印だの察知だの、そんなことは頭から信じていない。私には真偽が分からないからだ。それよりも確かなのは、プランタン王国の隣にあるレテ王国に船が到着してやってきた、という話だ。
通常であれば、異国からプランタン王国へ通じる入国ルートは東回りルートだ。しかし、国交のない国から異国人が入るルートはレテ王国からがほとんど、つまり西回りルートだ。東回りルートは物資輸送のための交易路であり、異邦人は国境で止められる。一方、西回りルートは正式な異邦人のための入国ルートで、きちんと入国審査を経てやってきていることの証左だ。
それを知っているのはプランタン王国では貿易商や外交をかじっている上流中流階級くらいで、私もベルに教わるまで知らなかった。レテ王国はプランタン王国の衛星国のようなもので、普段は影が薄いからでもある。
それはさておき、忠次を封印したという残寿の師匠、祐天上人の所業は、武勇伝という位置付けにあるのだろう。
すでに忠次と親しくなった私としては、善とも悪とも振り切れない印象が強かった。
「何というか、その人は横暴というか、独善的というか……いえ、でも助かった人たちがいたことは事実でしょうし、うーん」
「ははは。それについては、今ここで討論しても致し方ありますまい」
「ええまあ、はい」
「ともかく、あまりにあちこちでやらかされたもので、拙僧を含め弟子は皆、その後始末に今もなお追われているわけです。まさか異国にまで流れ着いていようとは師匠も思わなかったのかわざとそうしたのか、はてさて」
「はてさてじゃねェだろがィ」
かなりイラついている忠次だが、その言い分はもっともだ。自分の魂を封じた小瓶がまさか遠い異国にまで流れ流れて辿り着いてしまっていると聞けば、「ちゃんと管理しろ」と言いたくもなる。
こほん、と咳払いをして、私は単刀直入に要望を告げる。
「それでその、忠次の魂を戻す、のは無理でしょうか?」
残寿は特に感情を露わにはしなかったが、目を伏せて答えた。
「すでに肉体がないため、それはできませんが、別の器があればそちらに移せます。たとえば新鮮な死体や精巧な人形、あるいは歳月を経た器物など」
——ああ、やっぱり。すでに肉体がない、そうなんだ。
私はストンと納得したと同時に、寂寥感に苛まれた。
考えなかったわけではないのだ。忠次が魂を封じられてから、どのくらい時間が経っているのだろう、と思わなかったわけではない。去年のことか、それとも何十年、何百年前のことか、あまりにも情報不足でそれを推測することさえできなかった。だから、特別意識しないようにしていたのだ。何せ、忠次は自分の故郷の外名さえも知らなかったし、何かの大きな出来事を知っていたとしても私の知識とはほとんどと言っていいほど繋がらなかった。
どのみち、魂が肉体を離れたのなら——それを『死んだ』と言うかどうかはさておき——肉体はそう遠からず腐り、滅ぶものだ。それは万国共通で、腐らないのは伝説上の聖人の遺骸くらいなものだ。
何を言えばいいか分からず、戸惑う私は、忠次から残寿への問いかけを黙って聞いているしかない。
「おィ、坊主。あンときからどれぐらい経ってんだ?」
「魂を封じられたときから、となると詳しくは分かりかねますが、師匠が亡くなってすでに三十年余り。御年八十八の大往生でした。それらを考えると、八十年以上は前の話となります」
八十年。その言葉に衝撃を受ける私と違って、忠次は口の端を上げて、乾いた笑みを浮かべただけだ。
「……そうかィ」
おそらく、忠次はとっくに覚悟を決めていたのだろう。自分が封じられてから時間が経っていて、もはや元の人生に戻ることはできない、と。
何よりも肉体の持ち主であるベルを優先して、自分はいなくなったほうがいいとまで言った忠次は、現実から目を逸らしていなかった。もし自発的にベルの肉体から自分の魂を消し去る方法を知っていれば、ベルのためを思ってとっくに消えてしまっていたかもしれない。
いや、そんなことよりも……忠次は、まだ生きるつもりはあるのだろうか?
心のどこかで、あってほしい、と願う私がいた。
同時に、忠次にいなくなってほしくない、とぐずる私がいた。
ここ最近、私がもっとも一緒に過ごしていたのは、ベルと忠次だ。すっかり打ち解けて、何でも話をして、奔走して、それでまだ大切じゃないと意地を張れるほど私は子どもではない。
忠次は、私の友人だ。友人なら、助けなくてはいけない。
ただ——だとすれば、私はどうすればいい?
忠次の肉体はもうない、このままベルの体にいては魂が混ざってしまうかもしれない。なら、生きていくためには代わりの『別の器』とやらを用意しなくてはならない。
そして、私は閃いた。
「そうだ! 忠次、ベルに替わってもらえる?」
「へ? あァ、分かりやした」
私の勢いに押された忠次が目を閉じ、次に目を開いたときにはほんわかとした黒い大きな瞳となっていた。
私は、ベルの手をぎゅっと握る。
「ベル、あなたの持っている骨董品の中で、忠次が乗り移れそうなものを探すわよ!」
ベル、それから残寿は目を大きくして驚いていたが、すぐに立ち上がって三人であの場所へと向かう。
小瓶を割った倉庫、まずはあそこに希望を託す。ダメなら他の骨董品愛好家、ベルの趣味仲間のジュレ太公あたりにでも突撃すればいい。
——都合よく忠次の魂の器になりそうなものがありますように!
そんな必死の追走劇は客人にも聞こえていたらしく、客人——旅の僧侶は苦笑いで私を出迎えた。
禿頭、というよりも剃髪している、五十代半ばほどの細身の男性。とはいえ、相当鍛えていることは目に見えて分かる。全身を覆う異国の服装であってもなお彼の磨いた筋肉を隠しきれておらず、大兄様のようにあからさまに筋骨隆々なのではなく、引き締まった体質なのだろう。
挨拶もそこそこに、私は急いでこの異国から来た旅の僧侶を応接間へ引き入れる。深夜でよかった、使用人の数は限られていて、このことは早々噂にはならないだろう。あとでブランモンターニュ伯爵に説明すると伝えて、使用人たちに緘口令を敷いておいた。つくづく、私はこの家の令嬢ではないのに、と複雑な気持ちだ。
可及的速やかに、小さな応接間——ブランモンターニュ伯爵と会見した応接間とは別の部屋だ——にお茶を用意してもらい、私と忠次inベル、旅の僧侶ことザンジュが話し合いのテーブルについた。一応言っておくが、座ったのはそれぞれ一人がけソファである。テーブルには腰を下ろしていない。
薄い大理石の円形テーブルは、湯気立つ白磁のティーカップが三つ、ティーポットやストレーナー、ミルクポットやシュガーポットの載る銀盆でいっぱいいっぱいだった。
まあ、それはいいのだ。私は深呼吸をして息を整えてから、不機嫌そのものの忠次に目配せをしつつ、旅の僧侶へ頭を下げた。
「初めまして、私はレティシア・ヴェルグラ、この子はベルティーユと申します」
忠次は頭を下げなかった。それを気にするでもなく、旅の僧侶は深々と頭を垂れた。
「拙僧は残寿と申します。状況は概ね……まあ、師匠の封じた悪霊が封印を破ったと察知して、急ぎ確認にまいった次第です」
するすると澄んだ声で、旅の僧侶——残寿はそう言った。
残寿の正体は予想どおり忠次の因縁ある相手で、さらには最適なタイミングで来てくれた。いや、詳しく聞くまではまだ確信があるわけではないが、ほぼ確定だろう。
が、忠次は不服そのものの顔で突っかかる。
「だァれが悪霊だってんだ、えェ?」
もはや貴族令嬢でも何でもない、独特の口調は残寿を思いっきり威圧している。しかし、それどころではない。
「忠次、ステイ」
「だが姐さん!」
「話が進まないでしょうが」
本当に、忠次はしぶしぶ引っ込んだ。今はまだ喧嘩をすべきときではない、とでも思っているらしく、虎視眈々と臨戦態勢の据わった目を残寿に向けたままだ。
そんなことはどうでもいいとして、私はポケットからあの赤黒い文字と模様が描かれた布切れを残樹へと差し出した。
「この布を巻いていた小瓶が割れて、ベルティーユ……この子に忠次という人物が乗り移ったというわけです。今喋っていたのもベルではなく忠次ですね」
「ふむ」
布切れを受け取った残寿はしげしげと眺め、そして得心がいったかのように本題に入っていく。
「なるほど。どこから話したものか。まずは拙僧の知ることをお話ししたほうがいいでしょうな」
「ええ、お願いします」
「承知した。では、さて」
残寿は、懐かしげに語りはじめる。
「拙僧の師匠、祐天上人が若かりしころ、国のあちこちで暴れておりました」
「暴れていたんですか」
「左様、暴れておりました。やくざ者を見つければ賭場ごと壊滅させ、百姓を甚振る役人がいれば片っ端から呪い、人買い悪徳商人を船ごと沈め、それはもう」
そういえば、忠次は旅の僧侶と殺し合いをしている最中に意識を失って魂を封じられていたのだった。その祐天上人とやら、かなり武闘派である。少なくとも我が国のフロコン大司教様はそんなことしない。
「しかし、師匠もただ悪人を懲らしめていたわけではありません。改心の余地がある者であれば話を聞くまで殴……説得するか、あるいは頭が冷えるまでその魂を封印してしまう、と」
「それがこちら、忠次の魂を封印した理由、と」
「左様でございます。封印が解ければ我々には分かりますゆえ、近場で修行の旅をしていた拙僧が何事か調査と後始末のために飛んできた、という次第です。ええ、察知したのが拙僧が隣のレテ王国にちょうど船が着いたときで幸いでしたとも」
私は、そこまで聞いてやっと残寿の言い分を信じた。
もちろん、封印だの察知だの、そんなことは頭から信じていない。私には真偽が分からないからだ。それよりも確かなのは、プランタン王国の隣にあるレテ王国に船が到着してやってきた、という話だ。
通常であれば、異国からプランタン王国へ通じる入国ルートは東回りルートだ。しかし、国交のない国から異国人が入るルートはレテ王国からがほとんど、つまり西回りルートだ。東回りルートは物資輸送のための交易路であり、異邦人は国境で止められる。一方、西回りルートは正式な異邦人のための入国ルートで、きちんと入国審査を経てやってきていることの証左だ。
それを知っているのはプランタン王国では貿易商や外交をかじっている上流中流階級くらいで、私もベルに教わるまで知らなかった。レテ王国はプランタン王国の衛星国のようなもので、普段は影が薄いからでもある。
それはさておき、忠次を封印したという残寿の師匠、祐天上人の所業は、武勇伝という位置付けにあるのだろう。
すでに忠次と親しくなった私としては、善とも悪とも振り切れない印象が強かった。
「何というか、その人は横暴というか、独善的というか……いえ、でも助かった人たちがいたことは事実でしょうし、うーん」
「ははは。それについては、今ここで討論しても致し方ありますまい」
「ええまあ、はい」
「ともかく、あまりにあちこちでやらかされたもので、拙僧を含め弟子は皆、その後始末に今もなお追われているわけです。まさか異国にまで流れ着いていようとは師匠も思わなかったのかわざとそうしたのか、はてさて」
「はてさてじゃねェだろがィ」
かなりイラついている忠次だが、その言い分はもっともだ。自分の魂を封じた小瓶がまさか遠い異国にまで流れ流れて辿り着いてしまっていると聞けば、「ちゃんと管理しろ」と言いたくもなる。
こほん、と咳払いをして、私は単刀直入に要望を告げる。
「それでその、忠次の魂を戻す、のは無理でしょうか?」
残寿は特に感情を露わにはしなかったが、目を伏せて答えた。
「すでに肉体がないため、それはできませんが、別の器があればそちらに移せます。たとえば新鮮な死体や精巧な人形、あるいは歳月を経た器物など」
——ああ、やっぱり。すでに肉体がない、そうなんだ。
私はストンと納得したと同時に、寂寥感に苛まれた。
考えなかったわけではないのだ。忠次が魂を封じられてから、どのくらい時間が経っているのだろう、と思わなかったわけではない。去年のことか、それとも何十年、何百年前のことか、あまりにも情報不足でそれを推測することさえできなかった。だから、特別意識しないようにしていたのだ。何せ、忠次は自分の故郷の外名さえも知らなかったし、何かの大きな出来事を知っていたとしても私の知識とはほとんどと言っていいほど繋がらなかった。
どのみち、魂が肉体を離れたのなら——それを『死んだ』と言うかどうかはさておき——肉体はそう遠からず腐り、滅ぶものだ。それは万国共通で、腐らないのは伝説上の聖人の遺骸くらいなものだ。
何を言えばいいか分からず、戸惑う私は、忠次から残寿への問いかけを黙って聞いているしかない。
「おィ、坊主。あンときからどれぐらい経ってんだ?」
「魂を封じられたときから、となると詳しくは分かりかねますが、師匠が亡くなってすでに三十年余り。御年八十八の大往生でした。それらを考えると、八十年以上は前の話となります」
八十年。その言葉に衝撃を受ける私と違って、忠次は口の端を上げて、乾いた笑みを浮かべただけだ。
「……そうかィ」
おそらく、忠次はとっくに覚悟を決めていたのだろう。自分が封じられてから時間が経っていて、もはや元の人生に戻ることはできない、と。
何よりも肉体の持ち主であるベルを優先して、自分はいなくなったほうがいいとまで言った忠次は、現実から目を逸らしていなかった。もし自発的にベルの肉体から自分の魂を消し去る方法を知っていれば、ベルのためを思ってとっくに消えてしまっていたかもしれない。
いや、そんなことよりも……忠次は、まだ生きるつもりはあるのだろうか?
心のどこかで、あってほしい、と願う私がいた。
同時に、忠次にいなくなってほしくない、とぐずる私がいた。
ここ最近、私がもっとも一緒に過ごしていたのは、ベルと忠次だ。すっかり打ち解けて、何でも話をして、奔走して、それでまだ大切じゃないと意地を張れるほど私は子どもではない。
忠次は、私の友人だ。友人なら、助けなくてはいけない。
ただ——だとすれば、私はどうすればいい?
忠次の肉体はもうない、このままベルの体にいては魂が混ざってしまうかもしれない。なら、生きていくためには代わりの『別の器』とやらを用意しなくてはならない。
そして、私は閃いた。
「そうだ! 忠次、ベルに替わってもらえる?」
「へ? あァ、分かりやした」
私の勢いに押された忠次が目を閉じ、次に目を開いたときにはほんわかとした黒い大きな瞳となっていた。
私は、ベルの手をぎゅっと握る。
「ベル、あなたの持っている骨董品の中で、忠次が乗り移れそうなものを探すわよ!」
ベル、それから残寿は目を大きくして驚いていたが、すぐに立ち上がって三人であの場所へと向かう。
小瓶を割った倉庫、まずはあそこに希望を託す。ダメなら他の骨董品愛好家、ベルの趣味仲間のジュレ太公あたりにでも突撃すればいい。
——都合よく忠次の魂の器になりそうなものがありますように!
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