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第六話
「聞いた? 大ホールで演奏会があるんだって。あの竪琴の名手ユージンがメインで、マルシュアス王国の楽団も参加するとか」
「マルシュアス王国の楽団なんて、大陸一じゃない。ここじゃ滅多に聞けないわ、行かなくちゃ」
そんな話し声を、今日は何度聞いただろう。
私は『学園』廊下の掲示板に手書きのポスターを貼っていた。演奏会——ステュクス王国からの使者歓待がメインだが、ヘプタコルムの学生たちも参加して演奏を聞くことができる、というていでできるだけ大勢の観客を集めなければならない。あと二日、私にもできることがあるだろうと思って、こうして文字だけの簡単なイベント用ポスターを作って、各所に宣伝している。
それにしたって、ユージンの名は売れている。そんなに人気だったんだ、と私は今更ながら感心するし、複雑だ。音楽の神マルシュアスの加護を持つユージン、国が小さかったばかりに加護のない私と婚約させられてかわいそう、その評判もあまり外れてはいないなと私も思ってしまう。
だが、それはそれ、これはこれだ。やっていいことと悪いことがある。
私が張り切ってポスターの四隅に画鋲を刺していると、いきなりやってきた女子生徒たちに残りのポスターをひょいと奪い取られた。
彼女たちと面識はない。私よりも年上で、貴族のご令嬢だろうと雰囲気で分かる。加虐心に溢れた、そのいやらしい笑みさえなければ。
「王女様がそんなことをなさらずとも、他の従者にでもやらせるべきではないのかしら、メアリ様?」
くすくすと笑い声が私を取り囲む。私はポスターを取り返そうとするが、手を伸ばしてもいまいち身長が届かない。そうこうしているうちに後ろの女子生徒へと手渡され、ポスターは廊下に放り捨てられた。
床に散乱するポスターを、私は歯を食いしばりながら一枚一枚拾う。邪魔をする女子生徒の足を手で払おうとしても、私を取り囲んで行く手を遮る。
私は、きっ、と一番近くの女子生徒を見上げて睨んだ。
「何するのよ。忙しいんだけど」
「なら、お友達に協力してもらえばよろしいのではなくて?」
「ちょっと、かわいそうよ。頭のよろしいメアリ様にお友達なんていないのだから」
お上品な笑い声と、甲高い笑い声が混じる。こんなわけの分からない連中の相手にしている場合ではないのに、と私が心許ない実力行使を視野に入れようとしていた、そのときだった。
野太い叫び声がやってきた。
「アスカーシャ嬢~! 拙者たちも手伝いますぞ~!」
んん?
私は女子生徒たちの足の隙間から、野太い声の主を探す。
頭上から、その野太い声の主を捉えたらしき、明らかな困惑の声が聞こえてきた。
「えっ」
「何あれ」
さあっと潮が引くように、女子生徒たちは私から離れていった。
理由? ああ、うん、はい。
野太い声の主、そしてその仲間二人が——とってもイケてないお顔に、似合わない学生服と白衣を着た三十歳を超えた殿方たちが迫ってきたら、貴族のご令嬢たちはまあ、避けるだろう。
私は見慣れている人たちだからそんなふうには思わない。
「あ、『寮』の先輩」
『寮』。その言葉が最後の引き金となったようで、女子生徒たちは顔を引きつらせてすみやかに去っていった。ヘプタコルムの『寮』の学生といえば——触れるな、巻き込まれるな、見るなの三拍子が揃った警告で語られる、学問の道を極めんとする変人たちなのだから。
一応、彼らはいい人なのである。うん。授業時間が合わないから滅多に会えないけど、私が講義で分からないところがあれば教えてくれるし、『寮』の学生はごく少ないから奇妙な仲間意識があるようだ……とは私も何となく感じていたが、ここに来てくれるとは完全に想定外だ。
『寮』の先輩三人はポスターを素早くかき集め、パタンパタンと埃をはたいてまとめ、そのまま私に迫ってきくる。
「聞きましたぞ! 演奏会、教授からの頼みだとか! 水くさい、手が必要なら拙者たちに!」
「今ちょうど試験が終わったところなのだ! こういう作業は懐かしい!」
「青春ですなぁ! 我輩たちも青春がしたいですぞ!」
思い思いに主張が激しい『寮』の先輩三人は、とてもテンションが高かった。
しかし——手伝ってくれる、というその心意気が、私には嬉しくてたまらない。慣れない雰囲気に戸惑いつつも、私はたどたどしく礼を言う。
「ありがとう、ございます……えっと、演奏会、成功させます」
うおおお、と三人分の野太い声の雄叫びが廊下に響く。うるさい、とてもうるさい。
三人はそれぞれ散ってあらゆる方法でポスターを増やしつつヘプタコルム中に貼る、という作戦を立て、散会前に私へこう念押ししてきた。
「ところでところでアスカーシャ嬢、ベイリン教授には拙者たちの名をぜひともお伝え願えれば」
「我輩たちもベイリン教授の講義を受けたいのだ」
「あ、はい、ちゃんと言っておきます」
「ウヒョーーーー! やったーーーー!」
また叫びながら、『寮』の先輩三人は一目散に走っていく。
何か、そう——ちゃんと下心があって何よりだった。無償奉仕とか信じられないからね。手伝ってもらう代わりにベイリンへ口添えをする、これは取引だ。
「マルシュアス王国の楽団なんて、大陸一じゃない。ここじゃ滅多に聞けないわ、行かなくちゃ」
そんな話し声を、今日は何度聞いただろう。
私は『学園』廊下の掲示板に手書きのポスターを貼っていた。演奏会——ステュクス王国からの使者歓待がメインだが、ヘプタコルムの学生たちも参加して演奏を聞くことができる、というていでできるだけ大勢の観客を集めなければならない。あと二日、私にもできることがあるだろうと思って、こうして文字だけの簡単なイベント用ポスターを作って、各所に宣伝している。
それにしたって、ユージンの名は売れている。そんなに人気だったんだ、と私は今更ながら感心するし、複雑だ。音楽の神マルシュアスの加護を持つユージン、国が小さかったばかりに加護のない私と婚約させられてかわいそう、その評判もあまり外れてはいないなと私も思ってしまう。
だが、それはそれ、これはこれだ。やっていいことと悪いことがある。
私が張り切ってポスターの四隅に画鋲を刺していると、いきなりやってきた女子生徒たちに残りのポスターをひょいと奪い取られた。
彼女たちと面識はない。私よりも年上で、貴族のご令嬢だろうと雰囲気で分かる。加虐心に溢れた、そのいやらしい笑みさえなければ。
「王女様がそんなことをなさらずとも、他の従者にでもやらせるべきではないのかしら、メアリ様?」
くすくすと笑い声が私を取り囲む。私はポスターを取り返そうとするが、手を伸ばしてもいまいち身長が届かない。そうこうしているうちに後ろの女子生徒へと手渡され、ポスターは廊下に放り捨てられた。
床に散乱するポスターを、私は歯を食いしばりながら一枚一枚拾う。邪魔をする女子生徒の足を手で払おうとしても、私を取り囲んで行く手を遮る。
私は、きっ、と一番近くの女子生徒を見上げて睨んだ。
「何するのよ。忙しいんだけど」
「なら、お友達に協力してもらえばよろしいのではなくて?」
「ちょっと、かわいそうよ。頭のよろしいメアリ様にお友達なんていないのだから」
お上品な笑い声と、甲高い笑い声が混じる。こんなわけの分からない連中の相手にしている場合ではないのに、と私が心許ない実力行使を視野に入れようとしていた、そのときだった。
野太い叫び声がやってきた。
「アスカーシャ嬢~! 拙者たちも手伝いますぞ~!」
んん?
私は女子生徒たちの足の隙間から、野太い声の主を探す。
頭上から、その野太い声の主を捉えたらしき、明らかな困惑の声が聞こえてきた。
「えっ」
「何あれ」
さあっと潮が引くように、女子生徒たちは私から離れていった。
理由? ああ、うん、はい。
野太い声の主、そしてその仲間二人が——とってもイケてないお顔に、似合わない学生服と白衣を着た三十歳を超えた殿方たちが迫ってきたら、貴族のご令嬢たちはまあ、避けるだろう。
私は見慣れている人たちだからそんなふうには思わない。
「あ、『寮』の先輩」
『寮』。その言葉が最後の引き金となったようで、女子生徒たちは顔を引きつらせてすみやかに去っていった。ヘプタコルムの『寮』の学生といえば——触れるな、巻き込まれるな、見るなの三拍子が揃った警告で語られる、学問の道を極めんとする変人たちなのだから。
一応、彼らはいい人なのである。うん。授業時間が合わないから滅多に会えないけど、私が講義で分からないところがあれば教えてくれるし、『寮』の学生はごく少ないから奇妙な仲間意識があるようだ……とは私も何となく感じていたが、ここに来てくれるとは完全に想定外だ。
『寮』の先輩三人はポスターを素早くかき集め、パタンパタンと埃をはたいてまとめ、そのまま私に迫ってきくる。
「聞きましたぞ! 演奏会、教授からの頼みだとか! 水くさい、手が必要なら拙者たちに!」
「今ちょうど試験が終わったところなのだ! こういう作業は懐かしい!」
「青春ですなぁ! 我輩たちも青春がしたいですぞ!」
思い思いに主張が激しい『寮』の先輩三人は、とてもテンションが高かった。
しかし——手伝ってくれる、というその心意気が、私には嬉しくてたまらない。慣れない雰囲気に戸惑いつつも、私はたどたどしく礼を言う。
「ありがとう、ございます……えっと、演奏会、成功させます」
うおおお、と三人分の野太い声の雄叫びが廊下に響く。うるさい、とてもうるさい。
三人はそれぞれ散ってあらゆる方法でポスターを増やしつつヘプタコルム中に貼る、という作戦を立て、散会前に私へこう念押ししてきた。
「ところでところでアスカーシャ嬢、ベイリン教授には拙者たちの名をぜひともお伝え願えれば」
「我輩たちもベイリン教授の講義を受けたいのだ」
「あ、はい、ちゃんと言っておきます」
「ウヒョーーーー! やったーーーー!」
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