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第三章 オフェリア
第三話
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こくり、とオフェリアは神妙に頷く。食べたことのないもの、飲んだことのないもの、未知のそれらはもうオフェリアの期待を裏切らない。
カヌレを一口、そしてコーヒーを一口、小さな口の中で甘みと苦み、ちょっとしたスパイス的な酸味、それからさっぱりと熱い波がそれらを喉へと押しやって、オフェリアは目を見開く。
甘ければいいというわけではないし、苦みは慣れていたって多いと嫌だ。なのに、甘すぎず、苦すぎず、互いのいいところを打ち消すことなく、さっぱりと洗い流して次を味わう準備ができる。
たった今起きた、美味しさを無限に堪能できそうなサイクルを、オフェリアはこう評した。
「合いますね!?」
「だろう? クッキーも出そうか、こっちは俺のおやつだからどんどん食べて」
もはやオフェリアに遠慮というものはなく、カヌレもクッキーもコーヒーも、どんどんと腹に消えていく。最後のほうになると、少量残ったコーヒーを喉へ流し込もうとしたところ、甘味がなかったせいか、このコーヒーの持つ本来の味をわずかな苦味とともに発見した。
「あ……本当、冷めると果物のような味がします。すごい、味が変わるなんて」
スパイスはフルーツに、苦味は徐々に慣れ、カヌレもクッキーも楽しめた。
そんな幸せを噛み締めながら、オフェリアはカップを男性へ返す。
「ご馳走になりました。おかげで、気持ちが和らぎましたわ」
「そりゃよかった。沈んでちゃいい案も浮かばないからね」
「はい。ええと、これからは」
オフェリアの覚悟が口から飛び出す——その前に、公園の入り口から突如初老の人物が駆けつけてきた。
「ここにいらっしゃいましたか! 探しましたぞ、オフェリア様!」
「え……あ、アレンツ伯爵家の、執事さん?」
肩で息をしながら、アレンツ伯爵家の執事らしき身なりのいい老人は、オフェリアへと深く頭を下げた。
「先ほどは大変申し訳ございません。旦那様と坊っちゃまの手前、あのようなことに」
「い、いいえ。主人の言いつけを守らざるをえないあなたがたは悪くなんてありません」
「しかし、あまりにも不誠実というもの。他の裕福な貴族と婚約を結べたからと、それまでの約束事は反故にするなど……ゆえに、これからのことはどうかご内密に。こちらの紹介状、この家のご当主ならばオフェリア様のご事情を汲んでくださるでしょう。このようなこととなり本当に心苦しく存じますが、何卒」
そう言って、アレンツ伯爵家の執事は懐から取り出した封筒を一つ、オフェリアの手へ握らせる。
戸惑うオフェリアは、紹介状とやらの封筒の裏に書かれた一文を目にし、紹介先の家の名を読んでみる。
「オレンベルク家……ですか。分かりました、今から訪ねてみますね」
正直、貴族ながらも家柄に疎いオフェリアにとっては聞いたことのない家だが、紹介してくれるというのだから厚意は受け取っておくことにした。何より、アレンツ伯爵家とはまったく別に、この老人の申し訳なさや誠意は伝わってくるのだ。疑うより、素直に頼るアテを得たと喜んだほうがいいだろう。
オフェリアの返答を聞いたアレンツ伯爵家の執事は、再び深く頭を下げた。
「どうか、アレンツ伯爵家のことはお忘れくださいますよう。主人の不義理を諌められぬ使用人の言ではございますが……あの驕りも、長くは続きますまい」
「それは、どういう」
「では、あまり長く空けると怪しまれますゆえ」
それ以上の会話を続けまいとするように、アレンツ伯爵家の執事は踵を返し、あっという間に去っていった。もちろん、彼の主人であるアレンツ伯爵家はオフェリアを袖にしたのだから、この紹介状のことはそちらへ知られないようにしたほうがいい。そのくらいのことは、いくら田舎者でもオフェリアもわきまえている。
心の中で感謝しつつ、封筒をじっと眺めているオフェリアへ、蚊帳の外にいた男性がふとつぶやく。
「ふぅん、オレンベルクか」
「ご存じなのですか?」
ご存じというほどでも、と男性は肩をすくめて謙遜しながらも答える。
「ああ、ここからも近い。そこを左に曲がって大通りに出たら、誰かにオレンベルク家の屋敷への道を尋ねるといい。すぐに教えてくれるさ」
「なるほど、分かりました。縋れるならば、この際藁にも縋っていかないと」
「いや、そこまでは……まあいい、頑張って。これは餞別のカヌレだ」
そう言って渡された茶色の紙袋には、カヌレが三つ。意気込むオフェリアの門出に、男性は飲みかけのコーヒー片手に手を振って、別れを告げた。
オフェリアは、歩き出す。
カヌレを一口、そしてコーヒーを一口、小さな口の中で甘みと苦み、ちょっとしたスパイス的な酸味、それからさっぱりと熱い波がそれらを喉へと押しやって、オフェリアは目を見開く。
甘ければいいというわけではないし、苦みは慣れていたって多いと嫌だ。なのに、甘すぎず、苦すぎず、互いのいいところを打ち消すことなく、さっぱりと洗い流して次を味わう準備ができる。
たった今起きた、美味しさを無限に堪能できそうなサイクルを、オフェリアはこう評した。
「合いますね!?」
「だろう? クッキーも出そうか、こっちは俺のおやつだからどんどん食べて」
もはやオフェリアに遠慮というものはなく、カヌレもクッキーもコーヒーも、どんどんと腹に消えていく。最後のほうになると、少量残ったコーヒーを喉へ流し込もうとしたところ、甘味がなかったせいか、このコーヒーの持つ本来の味をわずかな苦味とともに発見した。
「あ……本当、冷めると果物のような味がします。すごい、味が変わるなんて」
スパイスはフルーツに、苦味は徐々に慣れ、カヌレもクッキーも楽しめた。
そんな幸せを噛み締めながら、オフェリアはカップを男性へ返す。
「ご馳走になりました。おかげで、気持ちが和らぎましたわ」
「そりゃよかった。沈んでちゃいい案も浮かばないからね」
「はい。ええと、これからは」
オフェリアの覚悟が口から飛び出す——その前に、公園の入り口から突如初老の人物が駆けつけてきた。
「ここにいらっしゃいましたか! 探しましたぞ、オフェリア様!」
「え……あ、アレンツ伯爵家の、執事さん?」
肩で息をしながら、アレンツ伯爵家の執事らしき身なりのいい老人は、オフェリアへと深く頭を下げた。
「先ほどは大変申し訳ございません。旦那様と坊っちゃまの手前、あのようなことに」
「い、いいえ。主人の言いつけを守らざるをえないあなたがたは悪くなんてありません」
「しかし、あまりにも不誠実というもの。他の裕福な貴族と婚約を結べたからと、それまでの約束事は反故にするなど……ゆえに、これからのことはどうかご内密に。こちらの紹介状、この家のご当主ならばオフェリア様のご事情を汲んでくださるでしょう。このようなこととなり本当に心苦しく存じますが、何卒」
そう言って、アレンツ伯爵家の執事は懐から取り出した封筒を一つ、オフェリアの手へ握らせる。
戸惑うオフェリアは、紹介状とやらの封筒の裏に書かれた一文を目にし、紹介先の家の名を読んでみる。
「オレンベルク家……ですか。分かりました、今から訪ねてみますね」
正直、貴族ながらも家柄に疎いオフェリアにとっては聞いたことのない家だが、紹介してくれるというのだから厚意は受け取っておくことにした。何より、アレンツ伯爵家とはまったく別に、この老人の申し訳なさや誠意は伝わってくるのだ。疑うより、素直に頼るアテを得たと喜んだほうがいいだろう。
オフェリアの返答を聞いたアレンツ伯爵家の執事は、再び深く頭を下げた。
「どうか、アレンツ伯爵家のことはお忘れくださいますよう。主人の不義理を諌められぬ使用人の言ではございますが……あの驕りも、長くは続きますまい」
「それは、どういう」
「では、あまり長く空けると怪しまれますゆえ」
それ以上の会話を続けまいとするように、アレンツ伯爵家の執事は踵を返し、あっという間に去っていった。もちろん、彼の主人であるアレンツ伯爵家はオフェリアを袖にしたのだから、この紹介状のことはそちらへ知られないようにしたほうがいい。そのくらいのことは、いくら田舎者でもオフェリアもわきまえている。
心の中で感謝しつつ、封筒をじっと眺めているオフェリアへ、蚊帳の外にいた男性がふとつぶやく。
「ふぅん、オレンベルクか」
「ご存じなのですか?」
ご存じというほどでも、と男性は肩をすくめて謙遜しながらも答える。
「ああ、ここからも近い。そこを左に曲がって大通りに出たら、誰かにオレンベルク家の屋敷への道を尋ねるといい。すぐに教えてくれるさ」
「なるほど、分かりました。縋れるならば、この際藁にも縋っていかないと」
「いや、そこまでは……まあいい、頑張って。これは餞別のカヌレだ」
そう言って渡された茶色の紙袋には、カヌレが三つ。意気込むオフェリアの門出に、男性は飲みかけのコーヒー片手に手を振って、別れを告げた。
オフェリアは、歩き出す。
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