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第二話 旦那様と初対面です(上)

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 リトス王国王都、城のそばには巨木がそびえ立っています。

 まるで太古の神話に出てくる世界樹のごとく巨大で、城を呑み込みそうなほど大地に深く根を張り、城を驟雨から守り切れるほど枝葉は天高く生い茂るその木は、はるか昔にハリウ・リシア魔導王国から友好の証に贈られた居住型魔法生物『千年樹デントロ』であり、そのときリトス王国へ移住した魔導師の名家たるサフィール家の住居となりました。

 王の住まう城よりも大きく成長した巨木には、サフィール家とその門下生たちが暮らしています。リトス王国随一の魔導研究機関としての役割も兼ねた、木の中に作られた快適な居住空間。概ね外見どおり、木の壁に木の床、木の天井の部屋が無数にあり、ウロは食堂や大ホール、講堂として使われています。一番大きなウロにはこの木の動力源である『巨大母封石センテーフィ』が鎮座していて、各階層に必要な動力を供給しているのです。

 明かり、水道、蒸気、熱、そういった人間の生活に必要なものはもちろん、魔法道具の作成、魔法の訓練、魔導師の魔力回復の休憩所運営まで『巨大母封石センテーフィ』のおかげで賄え、この『千年樹デントロ』は成り立っているのです。あと、ちょっとだけ王城にも延長して、王城の動力補助も行っています。

 まあ、そこに住んでいる中で魔法がまともに使えない人間は、私だけなのですが。

 そんな気落ちするような事実は横に置いておきましょう。今日も今日とて、私——エルミーヌ・サフィールは自室で作りかけのレースと格闘しているのですから。

 ふわふわ青みがかった金髪をポニーテールにして、藍色のワンピースの両袖をめくり、歩きやすいパンプスを履いて、レース作りに没頭する。いつもの私のスタイルです。

 固めのクッションに細いピンを何十本と打ち込み、亜麻リネンの糸を引っ掛けて模様を編んでいく古式ゆかしいボビンレース。垂れ下がる年季の入った無数の木製ボビン、すでに編まれたレースの束。書見台に載せた図案はすっかり修正の赤インク跡だらけで真っ赤です。

 しかし朝から根を詰めすぎてしまいました、そろそろ休憩しましょう。そう思って、背伸びをしていたそのときです。唐突に、部屋の扉がノックされました。

 私は顔を上げ、扉の向こうへと声をかけます。

「はい、どなたですか? 今、扉を開けますので、少々お待ち願えれば」

 しかし、その返答はありませんでした。

 代わりに扉が開かれ、現れたのは——見知らぬ赤い長髪の紳士、各所に意匠の入った銀板の輝く立派な装束はまるで御伽話に出てくる王様のようです。しかも、その頭には王冠代わりにか、金色の湾曲した大きな角が二本も生えています。よくよく見れば、彼の背後には真紅の鱗を持つ身長ほどもある長い立派な尻尾があります。

 一体全体、どうしたことかと私は驚き、それでも何とか礼を失することのないように、と立ち上がってもう一度尋ねます。

「ど、どなた、でしょう……?」
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