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第十四話 竜爵閣下はお怒りです(上)
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あれから三ヶ月が経ちました。
イオニス様に会うのを避けているわけではないのですが、何となくお忙しそうなこともあって直接お目どおりはしていません。オルトリンデにちょくちょく近況を聞いているだけ、食事も完全に別です。
これって嫁いだと言えるのかしら、そんなふうに疑問を持ちつつも、今の私にとっては都合がよかったのです。
すっかりお屋敷から抜け出すことも慣れて、街の魔導匠工房に出入りを許されるほどとなった私は、毎日彫刻導機で何ができるかを暗中模索していました。もっとも、今の私が売り物になるレベルで加工できるものと言えば、一つしかありません。
手狭な工房で、何種類もの彫刻導機を同時に扱う熟練魔導匠がいました。彼の名は地中人の魔導匠、アフディージャ師匠です。地中人なので私の半分ほどしか背丈がなく、髭もじゃで大きなお鼻、左目に特注モノクルを嵌めた浅黒い肌のおじいさん職人です。御年二百歳だとか聞きましたが、地中人は長寿ですので本当のことでしょう。
アフディージャ師匠は、手にした大型の糸巻きを天井近くのランプの灯りからの光で反射させ、モノクル越しにその品質を確かめていました。
大型の糸巻きには、黄金色に輝く絹糸がしっかりと巻かれています。私が彫刻導機で加工したもので、よくできたと自分では思うのですが、師匠のお眼鏡に叶うかどうか。
やがて、アフディージャ師匠は糸巻きを私へ返してくれました。
「今のところ、糸の加工だけかな。他の品はダメダメだがね」
うっ、痛いところを突かれました。私はしょぼんとします。
「はい……構造の分かるもの、親しみのあるものしか加工できないって本当なのですね」
「まあ、本当なら質量保存、等価交換の原則さえ無視する古代魔法の一種だからねぇ。大丈夫大丈夫、エルミーヌはよくやっているよ。この糸の束の加工だけでもものすごいことだ、誇りなさい」
アフディージャ師匠は大笑いをして、私を励ましてくれました。
この三ヶ月、私は色々なものをマイ彫刻導機で加工しようと試みました。しかし、魔力を込めるにはそのものを熟知しなくてはならない、と指南書に書かれていたとおり、私がよく知らないものは思ったとおりに加工できないのです。まあ、加工のやり方は加工後をイメージしつつただ彫刻導機へ魔力を込めるだけなのですが、シンプルゆえに奥が深いようでした。
なので、私が親しみを持つもの、よく知っているものと言えばレースです。レースのもととなる様々な種類の糸ならば何の問題もなくすんなりと加工でき、アフディージャ師匠も「まずは長所を伸ばすこと」と言ってくれたのでずっと糸の加工の仕事ばかりしていました。
それから少しずつ知識を増やそうと、まずはレース関連で服や布製品について本を読み始めました。お屋敷にある服にも触らせてもらい、どんなものがあるのか見聞をひたすら広めてきたのです。まだ失敗が怖くて加工に挑めていませんが、これなら将来的には衣服の加工という需要の大きそうな分野に入れるかもしれません。期待が膨らみます。
今のところ、アラデルと彼女の紹介してくれたアフディージャ師匠からの仕事を請け負っていますが、加工だけなのでちょこちょこ糸の保管庫に足を運んでは彫刻導機で加工、と繰り返していると……受注リストにしている新品の帳簿の半分が埋まってきました。
これにはアフディージャ師匠も素直に褒めてくれます。
「それにしても、三ヶ月でこれほどの受注をこなすとは、もう見習いとは言えないな。十分に魔導匠として独り立ちできるよ 糸加工専門のね」
「本当ですか? ふふっ、嬉しいです」
「店を構える予定はあるのかい? ギルドに正式に加入すれば、もっと仕事の幅が広がるだろうが」
「ああ、ええと、それはアラデルさんに相談しないと」
なーんて、冗談も交えつつにこやかに会話していたそのときでした。
工房のガラス戸が激しい音を立て、乱暴な来訪者を知らせます。
私とアフディージャ師匠が振り返ると、そこには——私にとっては、見慣れた黒い角と黒髪の竜生人の少年が。
「ここにいたか!」
「へ!? ラ、ラッセル!?」
リトス王国にいるはずの旧友ラッセルが、なぜだかドラゴニアにいる。私は素っ頓狂な声を上げてしまい、それを恥ずかしがる間もなくなぜだか怒り心頭のラッセルに怒鳴られました。
「この馬鹿! 自分が何をしてるか、分かってんのか!」
きょとんと呆け半分、怒鳴られた恐怖半分で、私はラッセルを見つめるしかできません。
一体全体、ラッセルは何を怒っているのか。私が師匠の工房にいることをなぜ知っているのか。色々と考えてみますが、どこか辻褄が合いません。
そこへ、アフディージャ師匠が割って入ってくれました。
「まあまあ坊っちゃん、落ち着いて。エルミーヌは、こちらさんは知り合いかい?」
「は、はい。でも、ドラゴニアに来ていたなんて、一言も」
「当たり前だ、今来たばかりだ! お前の動向が怪しいから調べるよう、先生に頼まれてな!」
「お父様に……?」
「本っ当にこの馬鹿、心当たりがないのか」
ラッセル、私のことを馬鹿馬鹿連呼しすぎではないでしょうか? だんだん落ち着いてきた私はムカッとしましたが、ラッセルに強引に腕を掴まれ、工房から引き摺り出されます。
「来い、話は道すがらだ」
どうやら、「行ーかない」と断れる雰囲気ではありません。私はしぶしぶ、鞄を抱きしめて工房をあとにしました。
イオニス様に会うのを避けているわけではないのですが、何となくお忙しそうなこともあって直接お目どおりはしていません。オルトリンデにちょくちょく近況を聞いているだけ、食事も完全に別です。
これって嫁いだと言えるのかしら、そんなふうに疑問を持ちつつも、今の私にとっては都合がよかったのです。
すっかりお屋敷から抜け出すことも慣れて、街の魔導匠工房に出入りを許されるほどとなった私は、毎日彫刻導機で何ができるかを暗中模索していました。もっとも、今の私が売り物になるレベルで加工できるものと言えば、一つしかありません。
手狭な工房で、何種類もの彫刻導機を同時に扱う熟練魔導匠がいました。彼の名は地中人の魔導匠、アフディージャ師匠です。地中人なので私の半分ほどしか背丈がなく、髭もじゃで大きなお鼻、左目に特注モノクルを嵌めた浅黒い肌のおじいさん職人です。御年二百歳だとか聞きましたが、地中人は長寿ですので本当のことでしょう。
アフディージャ師匠は、手にした大型の糸巻きを天井近くのランプの灯りからの光で反射させ、モノクル越しにその品質を確かめていました。
大型の糸巻きには、黄金色に輝く絹糸がしっかりと巻かれています。私が彫刻導機で加工したもので、よくできたと自分では思うのですが、師匠のお眼鏡に叶うかどうか。
やがて、アフディージャ師匠は糸巻きを私へ返してくれました。
「今のところ、糸の加工だけかな。他の品はダメダメだがね」
うっ、痛いところを突かれました。私はしょぼんとします。
「はい……構造の分かるもの、親しみのあるものしか加工できないって本当なのですね」
「まあ、本当なら質量保存、等価交換の原則さえ無視する古代魔法の一種だからねぇ。大丈夫大丈夫、エルミーヌはよくやっているよ。この糸の束の加工だけでもものすごいことだ、誇りなさい」
アフディージャ師匠は大笑いをして、私を励ましてくれました。
この三ヶ月、私は色々なものをマイ彫刻導機で加工しようと試みました。しかし、魔力を込めるにはそのものを熟知しなくてはならない、と指南書に書かれていたとおり、私がよく知らないものは思ったとおりに加工できないのです。まあ、加工のやり方は加工後をイメージしつつただ彫刻導機へ魔力を込めるだけなのですが、シンプルゆえに奥が深いようでした。
なので、私が親しみを持つもの、よく知っているものと言えばレースです。レースのもととなる様々な種類の糸ならば何の問題もなくすんなりと加工でき、アフディージャ師匠も「まずは長所を伸ばすこと」と言ってくれたのでずっと糸の加工の仕事ばかりしていました。
それから少しずつ知識を増やそうと、まずはレース関連で服や布製品について本を読み始めました。お屋敷にある服にも触らせてもらい、どんなものがあるのか見聞をひたすら広めてきたのです。まだ失敗が怖くて加工に挑めていませんが、これなら将来的には衣服の加工という需要の大きそうな分野に入れるかもしれません。期待が膨らみます。
今のところ、アラデルと彼女の紹介してくれたアフディージャ師匠からの仕事を請け負っていますが、加工だけなのでちょこちょこ糸の保管庫に足を運んでは彫刻導機で加工、と繰り返していると……受注リストにしている新品の帳簿の半分が埋まってきました。
これにはアフディージャ師匠も素直に褒めてくれます。
「それにしても、三ヶ月でこれほどの受注をこなすとは、もう見習いとは言えないな。十分に魔導匠として独り立ちできるよ 糸加工専門のね」
「本当ですか? ふふっ、嬉しいです」
「店を構える予定はあるのかい? ギルドに正式に加入すれば、もっと仕事の幅が広がるだろうが」
「ああ、ええと、それはアラデルさんに相談しないと」
なーんて、冗談も交えつつにこやかに会話していたそのときでした。
工房のガラス戸が激しい音を立て、乱暴な来訪者を知らせます。
私とアフディージャ師匠が振り返ると、そこには——私にとっては、見慣れた黒い角と黒髪の竜生人の少年が。
「ここにいたか!」
「へ!? ラ、ラッセル!?」
リトス王国にいるはずの旧友ラッセルが、なぜだかドラゴニアにいる。私は素っ頓狂な声を上げてしまい、それを恥ずかしがる間もなくなぜだか怒り心頭のラッセルに怒鳴られました。
「この馬鹿! 自分が何をしてるか、分かってんのか!」
きょとんと呆け半分、怒鳴られた恐怖半分で、私はラッセルを見つめるしかできません。
一体全体、ラッセルは何を怒っているのか。私が師匠の工房にいることをなぜ知っているのか。色々と考えてみますが、どこか辻褄が合いません。
そこへ、アフディージャ師匠が割って入ってくれました。
「まあまあ坊っちゃん、落ち着いて。エルミーヌは、こちらさんは知り合いかい?」
「は、はい。でも、ドラゴニアに来ていたなんて、一言も」
「当たり前だ、今来たばかりだ! お前の動向が怪しいから調べるよう、先生に頼まれてな!」
「お父様に……?」
「本っ当にこの馬鹿、心当たりがないのか」
ラッセル、私のことを馬鹿馬鹿連呼しすぎではないでしょうか? だんだん落ち着いてきた私はムカッとしましたが、ラッセルに強引に腕を掴まれ、工房から引き摺り出されます。
「来い、話は道すがらだ」
どうやら、「行ーかない」と断れる雰囲気ではありません。私はしぶしぶ、鞄を抱きしめて工房をあとにしました。
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