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第六話

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 それは、と口に出たが、私はすぐに頭を働かせた。私の護衛にというブルックナーの気遣いか? いや、本当に野営訓練代わりにと思っているのだろう。ブルックナーは私の腕をよく知っているはずだし、騎士の野営訓練もこなしてきたのだから教えてやってほしい、と本気で思っているに違いない。これが騎士見習い一人だけなら男女二人旅として醜聞の種になるから断るところだが、男女三人ならギリギリ大丈夫だろう。

 とても子爵家令嬢に頼むことじゃないなぁ、と思いつつも、私は引き受けることにした。

「うーん、まあ、いいわ。ブルックナー先生の頼みですもの」
「ありがたい。すぐに支度させます」

 そう言って、ブルックナーは近くにいた騎士に伝令を命じる。伝令の騎士は急いで砦の奥へと消えていったが、私がブルックナーと世間話をしているうちに二人の騎士見習いを連れて帰ってきた。

 野営用の大荷物を背負っている二人の騎士見習いは、私とブルックナーの視線に気付いて、慌てて背筋を伸ばして敬礼の姿勢を取る。

「はあ、はあ……ウルス・ウヴィエッタと申します! お会いできて光栄です、イグレーヌ様」
「ハイディ・トフトです。よろしくお願いします!」

 ウルスとハイディ——機敏そうで私よりちょっとだけ背の高いくらいの小柄な黒髪の青年ウルスと、泰然とした長身で足の長い茶髪の青年ハイディは、革と鉄板だけの胸当てやブーツ、軽装の騎士団の青い制服を着て、支給品の両刃剣を剣帯にぶら下げている。ウルスはリュックの横に手の込んだ狩猟用弓を下げ、ハイディのリュックからは釣竿が伸びていた。

 二人へ向けて、ブルックナーは張りのある声で訓令を出す。

「いいか、二人とも。イグレーヌ様を教官と思って、命令には従うように。お手を煩わせるなよ」
「はい!」
「はっ!」

 ブルックナーへ元気一杯の返事を返し、ウルスとハイディは私へ向き直った。

 ——二人とも、なぜそんなにもキラキラ輝く目をして私を見るのか。

 それはまあいいのだが、それよりも言っておかなければならないことがある。私は二人へ、できるだけ威圧感や偉そうな雰囲気を感じさせないよう、微笑んでこう言った。

「気張っておられるところ悪いのですけれど、荷物が多すぎますから減らしてくださいな」

 荷物運びの馬を連れていくわけでもないのだから、とまでは言わなかったことを褒めてほしい。

 ウルスとハイディは顔を見合わせ、それからわたわたとしながら荷物を減らす作業に取り掛かった。



 予定では一人旅ソロキャンのはずが三人旅になってしまったが、まあいいやとしかこのときの私は思わなかった。

 後々考えると、もう少しちゃんとブルックナーの意図を考えておくべきだったと思わなくもないが——うーん、まあいいや。
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