ソロキャンする武装系女子ですが婚約破棄されたので傷心の旅に出たら——?

ルーシャオ

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第五話

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 宿場町の北端、商人や農民たちの馬車が並ぶ広場の隣には、古い砦がある。ここはすでに王都の範囲内ではなく、北に隣接する騎士領なのだ。街道を巡回して安全を維持する、万一攻め込まれた際には防衛線を張るなどの役割を持つ騎士領の古い砦だが、建国以来こんなところにまで外敵が攻め入ったことはなく、もっぱら敵といえば街道沿いに湧く盗賊くらいなもので、ここの騎士は盗賊の天敵とも言われている。

 砦の入り口に立つ騎士に案内を頼み、私は古馴染みとの面会にこぎつけた。私がここへ来た目的は、彼に預けたものを返してもらうためだ。

 きびきびと砦の入り口までやってきた、全身を兜と鎧で包んだ壮年の偉丈夫は、私の前で朗らかに慇懃な一礼をした。

「ようこそ、イグレーヌ様。久しぶりですな」

 この人こそ私の古馴染み、ブルックナー卿だ。この騎士領の統治者、砦の騎士団の長である。そして、ブルックナー卿は私の理解者でもあった。

「ええ、お元気そうで何よりです、騎士ブルックナー。置いてある剣とボウガンをお借りしても?」
「分かりました、今持ってきましょう。ちゃんと手入れはしていますからご心配なく」

 ブルックナーはすぐに来た道を戻り、帰ってきたときにはその手に一本の鞘に入った片刃剣と軽量型ボウガン、それにみっちり専用の短い矢を詰め込んだ矢筒があった。片刃剣の柄の先端には、可愛らしい赤いリボンが結ばれ、それには簡素ながらも私のイニシャル——IとMが刺繍されている。ボウガンも持ち手に同じリボンがあった。間違いなく、だ。

 私は片刃剣を鞘ごと腰の剣帯に差し込み、リュックの左側にボウガンと矢筒を取り付ける。片刃剣は斜めの鍔の根元までしっかり磨かれ、研がれている。

「ふう、落ち着くわ」

 何を隠そう、私はブルックナーへ自分の剣とボウガンを預けているのだ。まさか屋敷に武器を置くわけにもいかず、というよりも私が剣術や弓術を修めていることは父や姉アヴリーヌに言っていない。家族の中では、私へと手ほどきをしてくれた母しか知らないことだ。

 もちろん、一人旅をするためだけに習ったわけではない。王位継承権者として、自衛の手段をきちんと習得していなければならず、そもそも最初に私へ一人旅をやるよう促してきたのは母だ。騎士ブルックナーたちを師として満足いくまで習ったのち、王都から母の療養地までを何度も往復して——ときにトラブルに遭い、無法者を成敗しつつやってきた。

 将来私が王位を継ぐことはないだろうし、おそらく私の子孫が王位継承権を維持することもない。だとしても、今私は母と同じ王位継承権者で、その義務を全うしなくてはならない。私が貴族令嬢らしくある理由は、ただそれだけだ。王位に近く、貴族の身分にありながらみっともない真似をするわけにはいかないからであって、その品位を保つために私は剣術と弓術を習った。子爵家令嬢である前に王位継承権者である私は、ドレスよりも化粧よりも優先されるべき事柄、つまりは自分で自分の身を守る力を持たなければならないのだ。

 私の手にあるタコの数々、うっすら残るあざや何度も擦りむいた膝は努力の証だが、これを知っても双子の姉アヴリーヌは王位継承権が欲しかったと言うだろうか——まあ、それを問うのは意地悪だ。黙っておこう。

 準備ができた私は、ブルックナーへ別れの挨拶を、と顔を上げたところ、ちょうどこんな頼みをされた。

「イグレーヌ様、ひとつお願いがあるのですが」
「何ですか?」
「旅に騎士見習いを二人、同行させてもらえませんか? 入団時期が遅れてまだ野営訓練を受けさせられておらず、早めに経験させておきたいのです。従者と思ってくださってけっこうですので」
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