聖女の妹、『灰色女』の私

ルーシャオ

文字の大きさ
6 / 22

第六話

しおりを挟む
 最初の復讐から一ヶ月が経った。

 次の計画を練っていた私は、突然、父に呼び出され、また談話室に出向く。

 そこで待っていたのは、父と見知らぬ客人の二人だった。

 客人である黒髪で筋骨隆々、長躯の青年は、私を見るなり一礼をした。

「お初にお目にかかります。王城騎士団副団長、アイメルと申します」

 私は手短に名乗りつつ、視線を合わせないよう頭を下げる。

 ちらりと見た印象では、アイメル様は誠実そうな人だと思った。さほど目立たない風貌ではある、でも意志の強そうな瞳は騎士として自信の裏付けがあるのだろう。

 決して美男というわけではないが、十人前の顔立ちだとしてもその肩書き、礼服に身を包んでなおはっきりと分かる屈強な体躯、若くして副団長に上り詰めるほどの能力を考えれば、十分に素晴らしい人物なのだろう。

 もっとも、そんなお方がなぜ私と出会う必要があるのかまでは分からず、私は父に目配せをした。

 すると、父は娘の一大事だというのに端的にこう言った。

「お前に縁談だ。よその国に嫁ぐよりも、国内のほうがまだマシだろう」
「え、えぇ……私が、ですか?」

 思わず私の口を突いて出た言葉をきっかけに、アイメル様がすかさず説明をしてくれた。

「ご存じかもしれませんが、昨今は聖女アリシアが魔法を失ったことをきっかけに、大聖堂や王城でも魔法への依存を問題視する声が浮上してきています。その余波で、婚姻も魔力の素質や魔法の家門を重視したものより、もっと実務的な理由で進められる機運が生まれたのです」

 父の眉間に深まるしわを、アイメル様は無視していた。

 いや、この人は気付いていない。聖女が魔法を失ったと、聖女の父の前で言ってしまう無神経さは玉にきずだ。

 しかし、アイメル様は若干興奮気味に、私へ向けて求婚まで一足飛びに進めてしまう。

「そこで、国内有数の大貴族であるオールヴァン公爵家と我が家の婚姻が将来的に実益を生むと期待して、あなたを迎え入れたい」

 アイメル様の頬は、わずかに紅潮していた。人並みに、プロポーズが恥ずかしいという気持ちはあるようだった。

 世間知らずの私でも、アイメル様が求婚してくる理由は理解できる。

 我が家は確かに公爵家という大貴族であり、私も血統だけなら申し分ない。

 そう、『灰色女グレイッシュ』でなければ——その忌避される事情は、どうやら世間では少しずつ風向きが変わって、いつの間にか多大な実益が備わっているなら無視できる程度のものとなっているようだった。

 特に、王城騎士団は魔法に頼らない道を模索している。私の前の復讐で、そういう流れが生まれていたらしい。

「アイメル殿のご実家、シェプハー家は代々騎士を輩出する名家だ。彼も親類も兄弟も、近年では著名な学者や銀行家、冒険家などとして活躍を遂げられていると聞く」
「恐縮です」

 つまり、オールヴァン公爵家としても、魔法に関連しないが新興の名家へ『灰色女グレイッシュ』の私を嫁がせるだけで太いコネクションができるというのは、魅力的な条件だった。

 どうせ『灰色女グレイッシュ』の私は、費用と手間のかかる国外への追放同然の婚姻より、国内でそれほどの利用価値が生まれたなら今後も見据えて有効活用しよう……父がそう考えても、まったくおかしくはない。

 当事者の私も、父のその判断を責められはしない。貴族として、家のためを思えばそうなるものだからだ。

 とはいえ、当人はどう思っているのか、そのくらいは私も気になった。

 ようやく落ち着いたアイメル様へ、私は問いかける。

「アイメル様は、魔法をお使いに?」
「いえ、使いません。男は必ずしも、魔法をモノにする必要がありませんので」
「そう、ですか」

 だからと言って、『灰色女グレイッシュ』を差別しないとはならない。

 私はもう少し見定めてから承諾したかったが、父はとっくに決めてしまっていた。

「何をしている。この縁談はもうまとまっているんだ、早く支度をしろ」
「……分かりました」

 結婚式などの日取りは、騒がしい世間の情勢が落ち着いてから定めることとして、私はこの日のうちのアイメル様とともにシェプハー家の屋敷へと引っ越した。

 悲しむ暇も、寂しいと感じる暇もなく、ワイバーンが彫られたシェプハー家の家紋入りの馬車に乗り込み、かき集めたトランク二つ分の荷物を手に、スカーフをかぶって私は生まれ育った家をあとにした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

婚約破棄したその場から、ざまぁは始まっていました

ふわふわ
恋愛
王国随一の名門、アルファルド公爵家の令嬢シャウラは、 ある日、第一王子アセルスから一方的に婚約を破棄される。 理由はただ一つ―― 「平民出身の聖女と婚約するため」。 だが、その“婚約破棄したその場”で、ざまぁはすでに始まっていた。 シャウラは泣かず、怒らず、抗議もしない。 ただ静かに席を立っただけ。 それだけで―― 王国最大派閥アルファルド派は王子への支持を撤回し、 王国最大の商会は資金提供を打ち切り、 王太子候補だったアセルスは、政治と経済の両方を失っていく。 一方シャウラは、何もしていない。 復讐もしない。断罪もしない。 平穏な日常を送りながら、無自覚のまま派閥の結束を保ち続ける。 そして王国は、 “王太子を立てない”という前代未聞の選択をし、 聡明な第一王女マリーが女王として即位する――。 誰かを裁くことなく、 誰かを蹴落とすことなく、 ただ「席を立った」者だけが、最後まで穏やかでいられた。 これは、 婚約破棄から始まる―― 静かで、上品で、取り返しのつかないざまぁの物語。 「私は何もしていませんわ」 それが、最強の勝利だった。

『婚約破棄されたので北の港を発展させたら

ふわふわ
恋愛
王立学園の卒業舞踏会。 公爵令嬢アリアベルは、王太子カルディオンから突然の婚約破棄を告げられる。 「真実の愛を見つけた」 そう言って王太子が選んだのは、涙を流す義妹ヴィオレッタだった。 王都から追い出され、すべてを失った―― はずだった。 アリアベルが向かったのは、王国の北にある小さな港町。 しかし彼女の手腕によって港は急速に発展し、やがて王国最大の交易港へと変わっていく。 一方その頃、王太子と義妹は王都で好き勝手に振る舞っていたが―― やがてすべてが崩れ始める。 王太子は国外追放。 義妹は社交界から追放され修道院送り。 そして気づいた頃には、北の港こそが王国の中心になっていた。 「私はもう誰のものでもありません」 これは、婚約破棄された令嬢が自分の人生を取り戻し、 王国の未来を変えていく物語。 そして―― 彼女の隣には、いつしか新しい王太子の姿があった。 婚約破棄から始まる、逆転ざまぁロマンス。✨

婚約破棄? めんどくさいのでちょうどよかった ――聖女もやめて、温泉でごくらくしてます

ふわふわ
恋愛
婚約破棄を告げられた聖女リヴォルタ・レーレ。 理由は、「彼女より優秀な“真の聖女”が見つかったから」。 ……正直、めんどくさい。 政略、責任、義務、期待。 それらすべてから解放された彼女は、 聖女を辞めて、ただ温泉地でのんびり暮らすことを選ぶ。 毎日、湯に浸かって、ご飯を食べて、散歩して。 何もしない、何も背負わない、静かな日常。 ところが―― 彼女が去った王都では、なぜか事故や災害が相次ぎ、 一方で、彼女の滞在する温泉地とその周辺だけが 異様なほど平和になっていく。 祈らない。 詠唱しない。 癒やさない。 それでも世界が守られてしまうのは、なぜなのか。 「何もしない」ことを選んだ元聖女と、 彼女に“何もさせない”ことを選び始めた世界。 これは、 誰かを働かせなくても平和が成り立ってしまった、 いちばん静かで、いちばん皮肉な“ざまぁ”の物語。

婚約者チェンジ? 義理の妹は公爵令嬢の地位もチェンジされました』 ~三日で破談、家ごと褫奪の末路です~

ふわふわ
恋愛
「お姉様の婚約者、私がいただきますわ。だって“公爵令嬢”ですもの」 義理の妹コンキュはそう言って、王太子との婚約を奪いました。 父はそれを容認し、私は静かに受け入れます。 けれど―― 公爵令嬢とは“地位”ではなく、“責任”の継承者。 王宮で礼儀も実務も拒み、「未来の王太子妃」を名乗った義妹は、わずか三日で婚約破棄。 さらに王家への不敬と統治能力の欠如が問題視され、父の監督責任が問われます。 そして下されたのは――家ごとの褫奪。 一方で私は、領地を守り、帳簿を整え、静かに家を支え続ける。 欲しがったのは肩書。 継いだのは責任。 正統は叫びません。 ただ、残るだけ。 これは、婚約を奪われた公爵令嬢が “本当に継がれるべきもの”を証明する物語。

『婚約破棄された公爵令嬢は、王と交わらない道を選ぶ』

ふわふわ
恋愛
婚約者である王太子アルベルトから、一方的に婚約破棄を告げられた公爵令嬢エレノア。 だが彼女は、涙も復讐も選ばなかった。 「婚約は、役目でしたもの。終わったのなら、それで結構ですわ」 王宮を去ったエレノアは、領地に戻り、 干渉しない・依存しない・無理をしない ただそれだけを軸に、静かに領地運営を始める。 一方、王となったアルベルトもまた、 彼女に頼らないことを選び、 「一人の判断に依存しない国」を作るための統治に身を投じていた。 復縁もしない。 恋にすがらない。 それでも、二人の選択は確かに国を安定へと導いていく。 これは、 交わらないことを選んだ二人が、 それぞれの場所で“続けられる世界”を完成させる物語。 派手なざまぁも、甘い溺愛もない。 けれど、静かに積み重なる判断と選択が、 やがて「誰にも壊せない秩序」へと変わっていく――。 婚約破棄から始まる、 大人のための静かなざまぁ恋愛ファンタジー

虐げられた令嬢は、耐える必要がなくなりました

天宮有
恋愛
伯爵令嬢の私アニカは、妹と違い婚約者がいなかった。 妹レモノは侯爵令息との婚約が決まり、私を見下すようになる。 その後……私はレモノの嘘によって、家族から虐げられていた。 家族の命令で外に出ることとなり、私は公爵令息のジェイドと偶然出会う。 ジェイドは私を心配して、守るから耐える必要はないと言ってくれる。 耐える必要がなくなった私は、家族に反撃します。

婚約破棄されたので、もう誰の役にも立たないことにしました 〜静かな公爵家で、何もしない私の本当の人生が始まります〜

ふわふわ
恋愛
王太子の婚約者として、 完璧であることを求められ続けてきた令嬢エリシア。 だがある日、彼女は一方的に婚約を破棄される。 理由は簡単だった。 「君は役に立ちすぎた」から。 すべてを失ったはずの彼女が身を寄せたのは、 “静かな公爵”と呼ばれるアルトゥール・クロイツの屋敷。 そこで待っていたのは―― 期待も、役割も、努力の強要もない日々だった。 前に出なくていい。 誰かのために壊れなくていい。 何もしなくても、ここにいていい。 「第二の人生……いえ、これからが本当の人生です」 婚約破棄ざまぁのその先で描かれる、 何者にもならなくていいヒロインの再生と、 放っておく優しさに満ちた静かな溺愛。 これは、 “役に立たなくなった”令嬢が、 ようやく自分として生き始める物語。

二度目の人生は離脱を目指します

橋本彩里(Ayari)
恋愛
エレナは一度死に戻り、二度目の人生を生きることになった。 一度目は親友のマリアンヌにあらゆるものを奪われ、はめられた人生。 今回は関わらずにいこうと、マリアンヌとの初めての顔合わせで倒れたのを機に病弱と偽り王都から身を遠ざけることにする。 人生二度目だから自身が快適に過ごすために、マリアンヌと距離を取りながらあちこちに顔を出していたら、なぜかマリアンヌの取り巻き男性、死に戻り前は髪色で呼んでいた五人、特に黒いのがしつこっ、……男たちが懐いてきて。 一度目の人生は何が起っていたのか。 今度こそ平穏にいきたいエレナだがいつの間にか渦中に巻き込まれ――。

処理中です...