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最終話
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帰りの馬車の中で、アイメル様はポケットから指輪を出し、私へと差し出した。
「改めて、あなたに結婚を申し込みます」
簡素な銀の指輪は、わずかな陽光を捉えてきらりと輝く。
その輝きは、私にとっては黄金の山よりも価値があるものだ。
「……謹んで、お受けいたします」
アイメル様さえよければ、喜んで。
そう言いたいのを我慢して、私は指輪を左手薬指にはめた。
望まれたから望んでいるのではない。私が、アイメル様と結婚したいのだ。
しかし、疑問も残っていた。
「でも、アイメル様は……復讐を快く思っておられないのではありませんか?」
第二王子殿下の決定に従って、アイメル様は私への不満を呑み込んだのではないか。そんな疑問は拭えない。
ところが、アイメル様は真面目な顔で、私にとっては百点満点の模範解答を口にした。
「確かに、肯定するといえば嘘になります。しかし」
「しかし?」
「あなたの復讐は、復讐以外の意味や価値が大きかった。それが免罪符となるわけではないにせよ——あなたの心は、復讐を終えても晴れてはおられないでしょう」
そこまで見抜かれていたとは、つゆ知らず。
私は答えなかった。そこまで自惚れてはいない。
でも、アイメル様には、それでもよかったようだ。
「いいのです。いつか、あなたが話したくなったら、私にも聞かせてください。私もあなたを理解したいのです、殿下に先を越されたようで悔しく思いますが」
「ふふっ」
それはそう、私と第二王子殿下は同類だから、しょうがないのだ。
多分、アイメル様は『灰色女』に好かれるような何かがあるのかもしれない。もしくは、アイメル様自身にも『灰色女』の人間を好いてしまうような何かがあるのだろう。
ともかく、もう日が昇り、馬車の窓のカーテンの隙間から明るい光が漏れてきている。
私は、先日買ってきた薄緑の無地のカーテン生地を思い出し、こう言った。
「では、寝室のカーテンが出来上がったら、お話ししますね。二人で完成させましょう」
馬車の中で、私たちは肩を寄せ合う。
薬指に簡素な銀の指輪がはめられた二人分の左手を重ね、しばらくの間じっとしていた。
「小さくて、壊しそうだと思っていましたが、大丈夫そうですね」
「え?」
「ああ、手のことです。本当はその、抱きしめたいのですが、今も」
アイメル様は奥手というより、気遣いが大きすぎる人なのだ。
どうやら、私から踏み込んで距離を縮めなくてはならないようだ。
私は馬車の座席の上で両膝を立て、アイメル様の肩に抱きつくように倒れ込んだ。
片手で軽々と私の体を支えてくれると信じていたから、私はそのままアイメル様の膝の上に寝転がるように飛び込み、お姫様抱っこの形に収まる。
アイメル様の首に両腕を回し、首元に顔を埋めた。
そして、言って差し上げるのだ。
「あなたが抱きしめられないなら、私が抱きしめて差し上げますからね」
たったそれだけのことなのに、アイメル様の体は屋敷に着くまで固まっていた。
私は知っている。
私の夫は、耳まで真っ赤にして、恥ずかしくて嬉しくて動けなかった、という話なのだと。
こうして私が幸せになることが、私の敵に対する最大の復讐なのだ、と。
砂糖と蜂蜜がかけられたようにとろける甘さの復讐は、まだまだ続く。
(了)
「改めて、あなたに結婚を申し込みます」
簡素な銀の指輪は、わずかな陽光を捉えてきらりと輝く。
その輝きは、私にとっては黄金の山よりも価値があるものだ。
「……謹んで、お受けいたします」
アイメル様さえよければ、喜んで。
そう言いたいのを我慢して、私は指輪を左手薬指にはめた。
望まれたから望んでいるのではない。私が、アイメル様と結婚したいのだ。
しかし、疑問も残っていた。
「でも、アイメル様は……復讐を快く思っておられないのではありませんか?」
第二王子殿下の決定に従って、アイメル様は私への不満を呑み込んだのではないか。そんな疑問は拭えない。
ところが、アイメル様は真面目な顔で、私にとっては百点満点の模範解答を口にした。
「確かに、肯定するといえば嘘になります。しかし」
「しかし?」
「あなたの復讐は、復讐以外の意味や価値が大きかった。それが免罪符となるわけではないにせよ——あなたの心は、復讐を終えても晴れてはおられないでしょう」
そこまで見抜かれていたとは、つゆ知らず。
私は答えなかった。そこまで自惚れてはいない。
でも、アイメル様には、それでもよかったようだ。
「いいのです。いつか、あなたが話したくなったら、私にも聞かせてください。私もあなたを理解したいのです、殿下に先を越されたようで悔しく思いますが」
「ふふっ」
それはそう、私と第二王子殿下は同類だから、しょうがないのだ。
多分、アイメル様は『灰色女』に好かれるような何かがあるのかもしれない。もしくは、アイメル様自身にも『灰色女』の人間を好いてしまうような何かがあるのだろう。
ともかく、もう日が昇り、馬車の窓のカーテンの隙間から明るい光が漏れてきている。
私は、先日買ってきた薄緑の無地のカーテン生地を思い出し、こう言った。
「では、寝室のカーテンが出来上がったら、お話ししますね。二人で完成させましょう」
馬車の中で、私たちは肩を寄せ合う。
薬指に簡素な銀の指輪がはめられた二人分の左手を重ね、しばらくの間じっとしていた。
「小さくて、壊しそうだと思っていましたが、大丈夫そうですね」
「え?」
「ああ、手のことです。本当はその、抱きしめたいのですが、今も」
アイメル様は奥手というより、気遣いが大きすぎる人なのだ。
どうやら、私から踏み込んで距離を縮めなくてはならないようだ。
私は馬車の座席の上で両膝を立て、アイメル様の肩に抱きつくように倒れ込んだ。
片手で軽々と私の体を支えてくれると信じていたから、私はそのままアイメル様の膝の上に寝転がるように飛び込み、お姫様抱っこの形に収まる。
アイメル様の首に両腕を回し、首元に顔を埋めた。
そして、言って差し上げるのだ。
「あなたが抱きしめられないなら、私が抱きしめて差し上げますからね」
たったそれだけのことなのに、アイメル様の体は屋敷に着くまで固まっていた。
私は知っている。
私の夫は、耳まで真っ赤にして、恥ずかしくて嬉しくて動けなかった、という話なのだと。
こうして私が幸せになることが、私の敵に対する最大の復讐なのだ、と。
砂糖と蜂蜜がかけられたようにとろける甘さの復讐は、まだまだ続く。
(了)
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