異世界に召喚されたぼっちはフェードアウトして農村に住み着く〜農耕神の手は救世主だった件〜

ルーシャオ

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第一話 ぼっちな上に能力は地味だった件

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 沼間ぬまカツキは思い出す。夏の林間学校二日目、とある森林公園の清掃作業をしていたときのことだ。

 ナラの木がふんだんに自生する林道にはたくさんのどんぐりが落ちていて、男女問わずジャージ姿のクラスメイトたちは童心に帰って綺麗などんぐり集めにはしゃいだりしていた。カツキはそれを横目に、黙々と三十リットルのビニール袋と真新しいステンレス製トングをお供にして、独り清掃作業に没頭していた。

 今年の四月に中学生になったカツキには、何となく友達ができていなかった。根暗に見えたのかもしれないし、おしゃべりも得意ではなく、そもそも同じ小学校出身の友達は一人もこの中学校に進学しなかった。

 時折聞こえてくる仲良さげな会話は、クラスメイトの彼ら彼女らがずっと友達であることを匂わせる。

「あーりん、それまつぼっくりじゃね? でっかいなー!」
「いいだろー。拾ったの幼稚園の遠足以来かも」
「あったあった! めっちゃでかいの拾ってた!」
「ナオ、アリサ、水筒忘れてるぞ」
「やべ、あざーす! いいんちょ!」
「いいんちょ言うな! 小学校のころの話っしょ!」

 嫉妬するわけではないが、騒がしい私語は部外者としては気分はよくない。そんな会話を耳にしない場所へ行こう、とカツキが林道の奥、担当範囲ギリギリの場所へと踵を返した瞬間のことだった。

 風圧を受けて、カツキは上を見上げる。

「何だ、あれ……?」

 さながらブラックホールのような、ぼやけた黒色の球体が林道から地上三、四メートルの位置に現れていた。それに気付いたクラスメイトたちも、それぞれの行動を中断して見上げる。

「え、何これ」
「やだ、やばくね」
「逃げたほうが」

 ところが、そんな暇はなかった。

 そのブラックホールは急拡大し、林道ごとカツキを含むクラスメイトたちを呑み込んだのだ。

 まるでスローモーションのように、巨大化するブラックホールに体が呑み込まれていく。道も、木々も、空気ごと吸い込まれていく。

 カツキは意識が途切れる直前、風に乗って聞こえてきた言葉をつぶやいた。

「たす、けて……?」

 誰かが助けを求めている。ブラックホールの中に、その誰かがいるのか。

 遠ざかる阿鼻叫喚の中、カツキはブラックホールに完全に飲み込まれていった。



 その日起きた△羽中学校一年○組集団失踪事件の被害者数は三十二人。
 現代の神隠し、犯罪組織の暗躍などと大々的に騒がれたが、ついぞ解決することはなかった。


□□□□□□□□□□


 沼間カツキが目を覚ますと、背中が冷たい大理石の床に当たっていた。

「冷たっ……って、どこ?」

 確か林道にいたはず、と目を擦りながら起き上がり、座り込んだまま周囲を見回す。すると、あっという間に異常事態であることを察知してしまった。

 クラスメイトたちがそれぞれ、まだ寝転んでいたり、上体だけ起き上がったり、この空間に集められていた。ここにいるのはクラスメイトほぼ全員だろうか、カツキにも見覚えのある顔ばかりだ。

 そして、この空間はまるで——ヨーロッパのお城か教会だろうか、ドーム状の大天井、古代ギリシャのような列柱、真ん中には大きな彫刻像と立っている知らない人たち。服装までお姫様のようなドレスが一人に、大僧正ですとばかりの僧衣が二人。よくよく見れば、壁際には全身鎧を着込んだ人々がカツキたちを取り囲んでいた。

 何やら機は熟したのか、お姫様ドレスの金髪碧眼少女が声を上げる。

「ようこそ、異世界の人々! わたくしの召喚に応じてくださり、感謝申し上げます!」

 張りのある少女の堂々とした音声に、カツキは耳を疑った。

 ——異世界、召喚。

 ああそうだ、このシチュエーション漫画で見たことある、とカツキが口に出す前に、カツキの記憶では『いいんちょ』と呼ばれていた男子が立ち上がって、お姫様に疑問をぶつけた。

「どういうことだ? 俺たちはただ林間学校で山の中にいただけで」
「はい、混乱されるのも致し方ないかと存じます。しかし、火急の事態であることを何卒ご理解くださいまし。今は人が滅ぶかどうかの瀬戸際なのでございます」
「……滅ぶ?」
「ええ、滅びの危機に瀕しております。十年前の魔王の出現によって魔物の侵攻が始まり、この世界における人間の生存圏は縮小し、もはや国として存続しているのは我がヴィセア王国のみ。このままでは人間は間違いなく滅びます、ゆえにわたくしヴィセア王国王女イディールは救世主を、英雄を召喚する秘儀に頼ったのでございます」

 ざわ、とにわかには信じがたい話にどよめきの波が生まれ、隅々にまで波及していく。とはいえカツキには無関係である、カツキは隅っこで独り、体育座りをして黙って王女様とやらの話を聞いているからだ。

 それに、「この状況、漫画でよくあるよね。ということは僕たち英雄で、何か特別な能力もあるのかも」なんて正直に口にしても総スカン請け合いである。沈黙は金、まさにそのとおりだ。カツキは続けて、王女イディールの主張を聞いて、己の予想がほぼ当たっていることを確認した。

「皆様方には異世界より来たりし英雄として、神々からの祝福ギフトが付与されているはずです。祝福ギフトはこの世界の人間にもまれに先天的に与えられますが、総じて強力なもの。それを活用し、どうかこの世界を救ってくださいまし」

 それ以降も王女イディールといいんちょのやり取りがあったものの、カツキは聞いていなかった。祝福ギフトというものを確認するため、念じてみたのだ。

祝福ギフト祝福ギフト……普通ならステータス扱いで開示されるはずだけど)

 漫画や小説の知識ではそうなっている、ならば試してみてもいい。カツキのそのチャレンジは功を奏した。

 どこかから湧き出る文字が、カツキの頭に浮かぶ。


 沼間カツキ 13 男性
 HP:ちょびっと MP:そこそこ
 ステータスコメント:力、敏捷は普通レベル。頭脳はいいほう。
 祝福ギフト農耕神○○○○の手


(あれ? もっと詳細に数値化するもんじゃ……というか全体的にアバウトだな、これ。鑑定や観察スキルが必要とかそういうことか?)

 カツキはクラスメイトの様子を窺う。しかしまだ王女との問答に集中しているため、誰も祝福ギフトやこのステータス画面について議論している様子はない。

 ここでカツキは、嫌な予感がした。

(この貧弱ステータスで、農耕神の手ってどう見ても非戦闘職の祝福ギフトで、魔王討伐に向かえって言われても無理だよな。でもお約束の流れでは、みんなには戦闘職の祝福ギフトがあってステータス化け物とかもいて、きっと魔王討伐だえいえいおー、ってことになる)

 仮にそうなったとき、カツキの置かれる状況はあまりよろしくない、と言えるだろう。活躍の場もなく、むしろお荷物で、死ぬ可能性のほうが圧倒的に高い。カツキの弱さと無能さが、この集団の不和の原因にさえなりかねない。

 そんなことになるくらいなら、一抜けしておこう。カツキはあることを閃き、音を立てずに壁際へ近付き、一人の全身鎧の兵士へと声をひそめて話しかけた。

「あのー、僕は戦えそうもなく……でも特殊技能はありそうですから、他のことでお役に立てると思います。そのへん、話せる人っていますか?」

 すると、兵士は言葉が通じたのか、それどころか気持ちまで通じたのか、うんうん頷いて答えてくれた。

「そうか、そういうことならまあ、先にここから出ておくか。空気悪くなるし、許してもらえるだろ」
「はい、士気を挫きたくないので」
「気持ち、分かるよ。俺もそんな感じだったから」

 カツキは意気投合した兵士にこっそり手引きされ、その場を逃れることに成功した。
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