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第二十話 あちこち急転直下な件

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 しばしカツキは真顔で黙って、それからリオへ問う。

「えっ、と……それは、魔王のいる島で栽培する目的なのか?」
「そうそう、それを和平のための取引材料にするんだよ。お前の作ったミントのおかげで冷静になる境界線は作れそうだから、それならもう無理に戦う理由を見つけなくてもいいんじゃないか、って王女派も納得したんだ」
「(王女派って何だよ……)ああ、そうなんだ……でもすぐには無理だ、分析して何世代か耕作地で実際に育ててみて、それとできるだけ多く現地の情報が欲しい」
「分かってるって。俺はあくまで挨拶と打診に来ただけだから、今度正式に国から依頼が来ると思う」
「はあ、そういう手筈なんだな」
「ん?」
「何でもない。なら、僕がここにいることは、他のみんなには秘密にしておいてほしい。僕はできるかぎりみんなに会いたくないんだ。それが守れないならこの話はなしだ」
「分かった、約束する! じゃ、よろしくな!」

 上機嫌なリオは茶を飲み干し、台所に余っているパンを手土産に帰っていった。

 さて、とリオの置いていった皮袋の中身を、カツキは祝福ギフト農耕神クエビコの手』で分析してみる。


ターゲット:サンプル0755土壌 
採土日:初夏
主要作物:とうもろこし、豆類と推測
土壌種別:オキシソル
不足:全般的に不足
過剰:なし
Ph値:酸性
推奨される対策:麦や牧草との輪作および定期的な休耕、土壌改良
コメント:風化が進んだ貧弱な土壌であるため、耕作地とするには継続的な肥料投入など長期的な目線での土壌改良が不可欠である。焼畑農業の痕跡も見られるが、オキシソル土壌ではさして効果が見込めない。差し当たり、リンを含む鳥糞石グアノの施肥などが急務である。


 最近のことだが、カツキは少しずつ土壌のことについて書物を読み、勉強した成果が出てきて、『農耕神クエビコの手』が教える分析情報についてやっと理解が及ぶようになってきた。

 土壌が酸性に傾きすぎると植物は育たないし、アルカリ性が強すぎてもいけない。養分として肥料をただ与えればいいわけではなく、土壌により不足しているものを与え、植物が吸収するように工夫する必要がある。もっとも、『農耕神クエビコの手』はカツキの知識不足を補って何を肥料にすればいいか、何を添加すればいいか大雑把にだが教えてくれる。

 カツキはとにかく分析を重ねて、その知識と組み合わせの経験を積んでいくしかない。それに、幸いだが『農耕神クエビコの手』は異次元の超促成栽培を可能にする力もある。普通なら年単位で時間がかかる品種改良だって一日二日でできてしまい、結果が目に見えて分かるのだ。これを祝福ギフトと呼ばずなんと呼ぶ、という有り難い代物なのだとカツキはやっと思い知った。

 しかし——。

(この土、よく今まで作物が育ってきたな……からっからだし、雑草も生えないくらい養分がない。ちょっと長い目で見ないといけないやつだ、これ)

 カツキが直接手に取ってみると、皮袋の中の土は赤みが強く、水分が少ない。これは元の世界ではセラードと呼ばれるサバンナ地帯の土壌で、主にブラジル中部以南の痩せた土地を指す。人口増加に伴い、ブラジル政府はこのセラードを農地とする農業政策を進めていたが、その歴史にはもちろん多大な苦難が伴っていた。原生林の開発で得られた広大なセラードは農地に向いていない、しかし増え続ける人口を支えるには農業を拡大し、生産を飛躍的に向上させなくてはならない。

 そこでブラジル政府はどうしたか? ——それはカツキの知識にはなく、当然だが同じ手は取れない。

 なので、『農耕神クエビコの手』が勧める手を取る必要があった。

「仕方ない。、コルムに行き方も教えてもらったし、やらないと」

 カツキは覚悟を決め、ルネたちに差し入れの食事を届けにいったアスベルが帰ってくるのを待った。

 さして待つこともなく、およそ三十分後にはアスベルはログハウスへ帰ってきた。

「ただいま、っと。お、カツキ、ちゃんとシーツとシャツは綺麗にしたか?」
「うん、やっといた。アスベル、お願いが」
「またかよ」

 悪い予感に顔を歪ませるアスベルへ、カツキはきちんと説明責任を果たす。

 王国の依頼で、魔王のいる島の土壌を分析したら肥料が必要だと判明した、だから肥料となるものを採取してきてほしい、と。

 当然、アスベルは警戒心を隠すこともなく、かと言ってカツキから逃げることもなく、頭を抱えながらこう言った。

「……何だ、その……俺は、何を取りに行くんだ?」

 カツキは不安を吹き飛ばそうと、にっこり笑って肥料それの名を口にする。拒否反応を示しかけたアスベルには最悪の下品な冗談と聞こえかけたが、カツキは至って真剣だ。

鳥糞石グアノ。正確には、海鳥の死骸や糞が堆積した層を持って帰ってきてほしくて」

 それを聞いたアスベルの中でさまざまな常識と思考とが葛藤して抗争を繰り広げていたことなど、カツキは知る由もない。

 人間もそうだが、いくら排泄物である糞が肥料になると知っていても、それを活用する地域は意外と少ない。衛生面での問題、利用経路の構築、文化的な忌避、嫌がる理由はそれなりに多い。実際、歴史上には赤痢など伝染病が発生した際に人糞肥料を介して感染が広がった例もあり、たとえ効果があってもデメリットも明確に存在する肥料だ。

 とはいえ、鳥糞石グアノはまたそれとは違う、画期的な自然由来の肥料原料だ。元の世界において、その資源の価値は争奪の戦争を起こし、『緑の革命』によって爆発的な人口増加を支えた。それを知れば、この世界の人々も争って奪い合うことだろうが、残念ながらその知識はカツキの頭脳にはないため、現在争いの火の粉が撒かれることはない。

 アスベルは返答に窮していたが、やっと一言、確認の問いかけを発した。

「鳥のうんこを?」
「大丈夫、乾燥してる……はず」
「おい、本当に大丈夫なのか!?」
「いやいやいや、これって本当にすごい肥料になるよ! びっくりするから!」
「その前に俺がびっくりされないか? ルネとか絶対近づいてこなくなるぞ」
「でも、僕が行ったってろくに持って帰ってこれないよ」

 アスベルは「あぁ、まあな……」と納得せざるをえない。まだまだ貧弱な十三歳男子のカツキに、肉体労働は難しい。その上、大量の運搬となると馬車を手配して人足も必要になってくる、どうしても大人のアスベルでなければそれだけの仕事はできない。

 深い深いため息ののち、アスベルは叫んだ。

「くそっ! 分かった分かった! 行ってくるから、行き先と必要なものを用意しとくんだぞ!」
「はーい」

 こうして、アスベルは半月におよぶ鳥糞石グアノ採集へ出かけることとなった。

 では、そのあいだ、カツキの食事などの世話は誰がしたか?

 ——アスベルに頼まれ、ラスナイトがメイド業を開業したのである。
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