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第二十四話 神は死んでる件
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聞き間違いかと思ったカツキは、ルネへ尋ねた。
「神? この世界、神様なんているの?」
「いたわよ。だって祝福を与える存在だもの」
「祝福って魔王からもらったものなの!?」
「ある意味ではそうとも言えるし、違うとも言えるわ」
「どういうこと?」
カツキは自力で理解を進めようとはもう思わない。複雑そうなこの世界の理を、現地人であり知識人であるルネならば理解しているだろう——そう期待して、自信満々のルネのまつ毛が長い目を見上げる。
対して、ルネは求められようと求められなくとも、元々カツキに話すつもりはあったのだろう。嫌な顔ひとつせず、あっさりと説明の大役を引き受けた。
「全部説明すると長くなるから、簡潔に要点だけ。具体的な神話は興味があったら自分で調べなさい」
「わ、分かった」
「まず、私たちの間で言うところの『神』は、自力で何かを生み出せるもののことを指すわ。つまり祝福然り、魔物然り、誰かが生み出したものよ。前者は神が、後者は魔王が、そして神はすでに死んで久しいものの、その威光は未だ残り稀に人々へ祝福を与える。あなたみたいな召喚された英雄が祝福を持つのは、召喚の仕組みに原因があって、神へ異世界の英雄の召喚を願って、神が連れてくるのだから祝福を持つと考えられている……もちろん、本人ではなくて未だ残る威光が神の役割を果たしているのだけれど」
神は死んだ。そんなことを言った哲学者が元の世界では昔いたらしい、ということをカツキは何となく思い出したが、今それはどうでもいい。
ルネたちこの世界の住人は、盲目的に神を信じているわけではなさそうだった。いくつもの宗教があり、同じ神を信奉していても教えが異なり、人種によって解釈さえも異なる。それでも共通しているのは、祝福は神が与えたもうた奇跡である、という認識だ。
とはいえ、その説明の中に人類の残虐さや傲慢さを孕んでくると、魔王の存在を生み出した。
「一方、魔王はその神の子孫だから何かを生み出す能力を有している。でも、魔物以外も生み出せるのかどうかは不明よ。おそらく代替わりしていると思われるけれど、基本的に人類が魔王と接触することは非常に稀で、その正体は今も謎に包まれたままね。だから、十年ほど前に魔王が人類側へ和平を申し入れてきたと聞いたときは耳を疑ったわ。大陸西方にあった大国たちが一蹴したのもあの魔王が接触を持とうとするなんて、と信じられなかったことも原因として大きいでしょうね」
「あのさ、神様の子孫なら、どうして魔王だなんて呼ばれてるんだろ」
「そんなもの決まっているわ。人類が神の子孫はいらないと追い払ったからよ」
「oh……」
「神は信仰上必要とされるけれど、その子孫はいらない。神の子孫であるその血筋をもって人類を統治していた古の時代、人類は叛旗を掲げた。もちろん圧倒的に数的優位を誇る人類が長年の対立の末勝利して、イルストリアへ逃げ延びた『魔王』の伝説を作り出し、再び戻ってくることを危惧して支配者層が常に対立を煽ってきたわけよ」
本当、くっだらないわよねー、とルネは気軽に言ってのける。
今のカツキには、歴史や政治の話を十全に理解できるほどの知識や経験はない。元の世界でだって、世界でも有数に政治へ興味がないことで知られる日本人なのだから。
(うーん……話を聞くかぎり、ルネは人類側なのに人類に対して批判的な見方を持っていて、僕を騙そうってつもりはなさそうだし……そもそも僕は明らかにルシウス大臣の派閥に入れられてるよね。まあ、それはいいんだけど、どちらかと言えばルシウス大臣もルネも魔王に対しては宥和的、って言っていいのかな)
ここに至ってカツキにできることは、疑って慎重に話を聞くことだけだ。ルシウスもルネもカツキを助けてくれた、しかしそれが無条件に信じていいことにはならないし、利用されたくはない。すでに利用されたクラスメイトたちのことをほとんど知らなくても、カツキだってそのくらいの頭は回る。
果たして、魔王はカツキにとって敵なのか? 異世界から召喚された英雄に対して、魔王は敵対するのか? それが分からない今、カツキは独自の方針を取るわけにはいかない。今のところ、ルシウス大臣派に入って、状況を見極めるほかない。
とりあえず、カツキはルネの話に質問しつつ相槌を打つ。
「で、ついに『魔王』は人類に嫌気が差して、魔物を作り出して差し向けてきた、ってこと……?」
「おそらくはね。だから、いずれ遅かれ早かれ魔王と話し合う必要はあったのよ。最良のタイミングは逃してしまったけれど、今からでも機会を窺うことは無駄じゃない」
うん、とカツキは本心から頷いた。
ところが、ルネはカラッと表情を変え、皮肉げに笑う。
「と、考えられるのが今、お城で勢力を回復してきているルシウス大臣閣下の一派。王女派は今のところ召喚した英雄たちの失敗のせいで大人しくしているけれど、おそらく魔王に対しての抗戦を訴えるでしょうね。ヴィセア王国もここに至っても一枚岩じゃないのよ、残念ながら」
ルネはあっさりと言ってのけたが、かなり嫌な状況である。舵取りを間違えれば、人類側が内紛を起こす可能性があるということだ。
カツキの中では、その前に魔王と一度話し合いをしたい、という思いがある。何も知らない相手を盲目的に敵と考えることは、疑い深いカツキにはできない。やはり自分で確かめて、情報を集めて、それから決断を下したいのだ。警戒心が強く猜疑心も持ち、人に流されたくはないと考えるカツキは、人類側からすれば厄介そのものだが——ルネがそれを煙たがる様子はない。
だから、カツキはこう質問ができた。
「あのさ、何で……王女派は話し合いをしようとしないんだ? 戦ったらさ、人が死ぬじゃん。話し合ってさ、それでもダメならお互い距離を取って……そんなふうにできないの?」
我ながら馬鹿っぽい質問だ、とカツキも思わなくもなかった。
ふん、とルネは不機嫌に鼻を鳴らす。
「そこが人類の愚かさでしょうねぇ。もはや人類という同胞は殺されすぎて、勝つことだけが目的となっているのよ。その結果、人類の滅亡に自ら歩み寄っているだなんて思わないし認めない。魔王を倒せば、すべて解決すると信じる強硬派だっているわけだし。どう? ヴィセア王国の大人たちに失望した?」
「……ルネは?」
「私はどうでもいいもの。生まれてこの方、自分より賢い大人はルシウス大臣くらいしかいなかったのよ? そんな世界、滅びたければ滅べばいいわ。でも、罪のない人が傷つけられ殺されるような理不尽は認めない。それは私の正義、美学に著しく反するからよ」
そこでルネは言葉を止め、視線を窓の外へと移した。喋りすぎて疲れた、とばかりに遠い目をしている。何かを考えているのか、それとも嫌気が差してぼうっとしているのかは分からない。
ともかく——ルネは、ルシウス大臣派で、魔王との和平交渉に否定的ではない。
なら、カツキのこの望みを叶えてくれるかもしれない、と考えた。
カツキは、数分後にルネが冷静さを取り戻したころ、それを口にする。
「分かった。じゃあ、僕が魔王と話をする。もちろん……まずはこっそりと」
ルネは特に驚いた様子もなく「そう、ならそうしましょ」とあっさりと同意した。
「魔王との交渉の窓口をどうにか見つけるから、少し待って。そう時間はかからないでしょうから、あなたは自分の仕事をしていなさい」
「分かった、ありがとう」
「いいのよ。これが私の仕事だから」
この世界の住人よりも、カツキのほうがまだ中立的立場に近い。それに、クラスメイトたちには期待できない。王女派の下にいることも、集団で活動していることも、独自の堅固な立場を維持することが難しいからだ。ルネもまた、何か新しい情報や交渉の糸口を得るためにも、カツキを利用することを躊躇わないだろう。
窓の外では日が落ちる。ラスナイトが夕食を知らせにやってくるまで、少しだけ二人は沈黙して、収穫を終えた麦畑の地平線に沈む太陽を眺めていた。
「神? この世界、神様なんているの?」
「いたわよ。だって祝福を与える存在だもの」
「祝福って魔王からもらったものなの!?」
「ある意味ではそうとも言えるし、違うとも言えるわ」
「どういうこと?」
カツキは自力で理解を進めようとはもう思わない。複雑そうなこの世界の理を、現地人であり知識人であるルネならば理解しているだろう——そう期待して、自信満々のルネのまつ毛が長い目を見上げる。
対して、ルネは求められようと求められなくとも、元々カツキに話すつもりはあったのだろう。嫌な顔ひとつせず、あっさりと説明の大役を引き受けた。
「全部説明すると長くなるから、簡潔に要点だけ。具体的な神話は興味があったら自分で調べなさい」
「わ、分かった」
「まず、私たちの間で言うところの『神』は、自力で何かを生み出せるもののことを指すわ。つまり祝福然り、魔物然り、誰かが生み出したものよ。前者は神が、後者は魔王が、そして神はすでに死んで久しいものの、その威光は未だ残り稀に人々へ祝福を与える。あなたみたいな召喚された英雄が祝福を持つのは、召喚の仕組みに原因があって、神へ異世界の英雄の召喚を願って、神が連れてくるのだから祝福を持つと考えられている……もちろん、本人ではなくて未だ残る威光が神の役割を果たしているのだけれど」
神は死んだ。そんなことを言った哲学者が元の世界では昔いたらしい、ということをカツキは何となく思い出したが、今それはどうでもいい。
ルネたちこの世界の住人は、盲目的に神を信じているわけではなさそうだった。いくつもの宗教があり、同じ神を信奉していても教えが異なり、人種によって解釈さえも異なる。それでも共通しているのは、祝福は神が与えたもうた奇跡である、という認識だ。
とはいえ、その説明の中に人類の残虐さや傲慢さを孕んでくると、魔王の存在を生み出した。
「一方、魔王はその神の子孫だから何かを生み出す能力を有している。でも、魔物以外も生み出せるのかどうかは不明よ。おそらく代替わりしていると思われるけれど、基本的に人類が魔王と接触することは非常に稀で、その正体は今も謎に包まれたままね。だから、十年ほど前に魔王が人類側へ和平を申し入れてきたと聞いたときは耳を疑ったわ。大陸西方にあった大国たちが一蹴したのもあの魔王が接触を持とうとするなんて、と信じられなかったことも原因として大きいでしょうね」
「あのさ、神様の子孫なら、どうして魔王だなんて呼ばれてるんだろ」
「そんなもの決まっているわ。人類が神の子孫はいらないと追い払ったからよ」
「oh……」
「神は信仰上必要とされるけれど、その子孫はいらない。神の子孫であるその血筋をもって人類を統治していた古の時代、人類は叛旗を掲げた。もちろん圧倒的に数的優位を誇る人類が長年の対立の末勝利して、イルストリアへ逃げ延びた『魔王』の伝説を作り出し、再び戻ってくることを危惧して支配者層が常に対立を煽ってきたわけよ」
本当、くっだらないわよねー、とルネは気軽に言ってのける。
今のカツキには、歴史や政治の話を十全に理解できるほどの知識や経験はない。元の世界でだって、世界でも有数に政治へ興味がないことで知られる日本人なのだから。
(うーん……話を聞くかぎり、ルネは人類側なのに人類に対して批判的な見方を持っていて、僕を騙そうってつもりはなさそうだし……そもそも僕は明らかにルシウス大臣の派閥に入れられてるよね。まあ、それはいいんだけど、どちらかと言えばルシウス大臣もルネも魔王に対しては宥和的、って言っていいのかな)
ここに至ってカツキにできることは、疑って慎重に話を聞くことだけだ。ルシウスもルネもカツキを助けてくれた、しかしそれが無条件に信じていいことにはならないし、利用されたくはない。すでに利用されたクラスメイトたちのことをほとんど知らなくても、カツキだってそのくらいの頭は回る。
果たして、魔王はカツキにとって敵なのか? 異世界から召喚された英雄に対して、魔王は敵対するのか? それが分からない今、カツキは独自の方針を取るわけにはいかない。今のところ、ルシウス大臣派に入って、状況を見極めるほかない。
とりあえず、カツキはルネの話に質問しつつ相槌を打つ。
「で、ついに『魔王』は人類に嫌気が差して、魔物を作り出して差し向けてきた、ってこと……?」
「おそらくはね。だから、いずれ遅かれ早かれ魔王と話し合う必要はあったのよ。最良のタイミングは逃してしまったけれど、今からでも機会を窺うことは無駄じゃない」
うん、とカツキは本心から頷いた。
ところが、ルネはカラッと表情を変え、皮肉げに笑う。
「と、考えられるのが今、お城で勢力を回復してきているルシウス大臣閣下の一派。王女派は今のところ召喚した英雄たちの失敗のせいで大人しくしているけれど、おそらく魔王に対しての抗戦を訴えるでしょうね。ヴィセア王国もここに至っても一枚岩じゃないのよ、残念ながら」
ルネはあっさりと言ってのけたが、かなり嫌な状況である。舵取りを間違えれば、人類側が内紛を起こす可能性があるということだ。
カツキの中では、その前に魔王と一度話し合いをしたい、という思いがある。何も知らない相手を盲目的に敵と考えることは、疑い深いカツキにはできない。やはり自分で確かめて、情報を集めて、それから決断を下したいのだ。警戒心が強く猜疑心も持ち、人に流されたくはないと考えるカツキは、人類側からすれば厄介そのものだが——ルネがそれを煙たがる様子はない。
だから、カツキはこう質問ができた。
「あのさ、何で……王女派は話し合いをしようとしないんだ? 戦ったらさ、人が死ぬじゃん。話し合ってさ、それでもダメならお互い距離を取って……そんなふうにできないの?」
我ながら馬鹿っぽい質問だ、とカツキも思わなくもなかった。
ふん、とルネは不機嫌に鼻を鳴らす。
「そこが人類の愚かさでしょうねぇ。もはや人類という同胞は殺されすぎて、勝つことだけが目的となっているのよ。その結果、人類の滅亡に自ら歩み寄っているだなんて思わないし認めない。魔王を倒せば、すべて解決すると信じる強硬派だっているわけだし。どう? ヴィセア王国の大人たちに失望した?」
「……ルネは?」
「私はどうでもいいもの。生まれてこの方、自分より賢い大人はルシウス大臣くらいしかいなかったのよ? そんな世界、滅びたければ滅べばいいわ。でも、罪のない人が傷つけられ殺されるような理不尽は認めない。それは私の正義、美学に著しく反するからよ」
そこでルネは言葉を止め、視線を窓の外へと移した。喋りすぎて疲れた、とばかりに遠い目をしている。何かを考えているのか、それとも嫌気が差してぼうっとしているのかは分からない。
ともかく——ルネは、ルシウス大臣派で、魔王との和平交渉に否定的ではない。
なら、カツキのこの望みを叶えてくれるかもしれない、と考えた。
カツキは、数分後にルネが冷静さを取り戻したころ、それを口にする。
「分かった。じゃあ、僕が魔王と話をする。もちろん……まずはこっそりと」
ルネは特に驚いた様子もなく「そう、ならそうしましょ」とあっさりと同意した。
「魔王との交渉の窓口をどうにか見つけるから、少し待って。そう時間はかからないでしょうから、あなたは自分の仕事をしていなさい」
「分かった、ありがとう」
「いいのよ。これが私の仕事だから」
この世界の住人よりも、カツキのほうがまだ中立的立場に近い。それに、クラスメイトたちには期待できない。王女派の下にいることも、集団で活動していることも、独自の堅固な立場を維持することが難しいからだ。ルネもまた、何か新しい情報や交渉の糸口を得るためにも、カツキを利用することを躊躇わないだろう。
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