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1章 修行の章

第2話 修行その①

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 そこはどこかの草原だった。
 アシュレイ達が食事を終えると、オーガのドンストが立ち上がりアシュレイをこの草原に連れてきた。

 ドンストは頑強な体と鋭い牙をちらつかせてこちらを鋭い瞳で見てきている。
 アシュレイはその眼光に射すくめられておどおどしていると。

「さて、頑丈な体には頑丈な魂がやどり、ひ弱な体にはひ弱な魂が宿るそうだ」

「……」

「これから俺様が色々と教えるそのたびに頷くだけか?」

「は、はい、先生」

「先生か、そんな柄でもないのだが、まぁ説明しよう、俺様とルッティとスクワッドは義理の兄弟だ。今まで3人で生きてきた」

「はい、先生」

「俺様は戦闘専門でルッティは魔法専門でスクワッドは罠や狩りやそういったものだ。お前にもそういった仲間がめぐりあえるきっとな、だがここではお前に、いやアシュレイ、君にはフルマスターになってもらう」

「フルマスター?」

「俺様達が教えることをマスターしてオールマイティーになれってことだ」

「は、はい、先生」

「よろしい、まずはその貧弱な体を頑強な体にする腕立て伏せと腹筋と全力疾走をしろ、休憩は運動しながらする方法を教えよう」

「はい、先生」

「それは自己再生だ」

「はい、先生?」

「今からお前に自己再生を覚えさせる、覚悟しておけ」

「は、はい」

 それからアシュレイは【スキル:自己再生】を体に何度も何度も叩きつけられた。
 スキルには適合する人と適合しない人がいる。
 もちろんアシュレイは不適合だった。
 そんな自己再生という超級レアなスキルは適合するはずがなかった。
 だがドンストは容赦という言葉を知らないのか、何度も何度もスキルを叩きこみ、アシュレイの体はぼろぼろになった。

 血まみれになったし、皮膚ははがれてぐちゃぐちゃになった。
 そうして100回以上のスキル付与の結果、ようやくアシュレイは【自己再生】というスキルを習得した。

 今までの無理難題の結果、体はぼろぼろだった。
 しかし自己再生のおかげで見る見るうちに回復していった。

「では訓練を始めろ」

 オーガで3兄弟の長男であるドンスト先生はとてつもなく鬼だった。

 腕立て伏せをしながら、腹筋をしながら、全力疾走をしながらドンスト先生は語りかけてくる。

「いいか、戦闘では相手の目を見ろ、見えないと負けるぞ」
「相手はこちらを殺すつもりでくる。だが殺さないでくる馬鹿なやつもいる。そういうおごりには容赦のない強みで畳みかけろ」
「命とはひとつだ。ひとつの命が無くなればそこまでだ。時にはアンデットや蘇生魔法でよみがえる事があるだろう、だがそれを期待するなそれはイレギュラーだ」
「風は気持ちいいが、水は冷たい、だがほてった体には水が一番いい、あそこの池に入ってこい」

 熱くなった体を何度も何度も池に入った。
 体がどんどん冷えてきて、筋肉疲労は自己再生でみるみるうちに回復していった。

「さて、休憩は終了だ、腕立て伏せと腹筋を1000回高速でやれ、もうお前の体は覚えている」
「はい、先生」

「お前は同胞を殺されたとき何を思った、くやしさではなく逃げたいという己の欲求だ。お前はその欲求に負けた。その無骨で貧弱な力でも石ころ持てば1体くらい殺せたはずだ。それで1人の同胞を助けられたはずだ。だがお前は逃げた」
「だが、それも素晴らしい事だ、お前はそれでおめおめと逃げてここまで生きて、強くなる機会を得た。お前は復讐する権利がある。それともモンスターによる被害から人々を守るために立ち上がるか? それはお前の自由だ。俺様達はお前を鍛えるだけだ。奴隷として働かせる為だ。なにせ俺様達は掃除と料理が下手だからな」

 ドンスト先生は饒舌な鬼教官のように次から次へと話をしてくる。
 不思議とそこに暖かさを感じた。
 なぜオーガであるドンストはアシュレイの為に指導してくれるのだろうか。
 そこからが謎だった。

 話を聞いていると、どことなく勇者と関係がありそうだった。

「空気を吸い込め、それがおいしいと感じればお前は成長した。もっと成長したいか? もっと空気を吸い込め、肺が破裂するほどまで、お前には自己再生がある。走って走りまくれ、空気を吸い込め、肺が破裂したらお前の成長だ」
「容赦するな、腕立て伏せと腹筋に容赦しているようではだめだ。もっと本気の心で立ち向かえ。さて、今日1日ご苦労であった」

「い、いくら、自己再生でもこれはきつい」

 全身は真っ赤にそまり、みるみるうちに自己再生により回復していく。
 この超レアな自己再生を習得しているドンスト先生も何者だよという話にはなるが、今はそれよりも自分が強くなる必要があると思っている。
 ためしにとジャンプしてみたら、木々のてっぺんくらいまでジャンプする事が出来た。

 それに驚きの声をあげて悲鳴をあげたら。

「はっはっは、たった1日でそこまでのレベルとは、今後が頼もしいな」

 初めて、ドンストが先生ではなく父親のように見えた瞬間だった。
 見た目はモンスターで黒々しい肌をしているのに、牙が生えていて、身長は成人男性の頭2つ分以上あるのに、その心はとても温かかった。

 その日もぼろぼろの体になりながら、掃除と食事をつくった。

「お、今日はステーキか、胡椒がきいてるな」

 ドンストは喜んでくれた。
 もちろんルッティもスクワッドもげらげら笑っていた。
 この少し大きめの家で3人のモンスターとその奴隷1人の生活はこれからも続いていく。
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