上 下
10 / 23

10話 果てる猟師、さらば猟師

しおりを挟む
「モブゴン、お前は1体を倒すのに集中しろ」
「はい、猟師さん」

 猟師さんは大きめの蛮刀を抜き取ると、1体のオーガに斬りかかった。
 その迫力はいつもの猟師さんではなかった。
 2体のオーガに対して善戦を強いる猟師さんには余裕の表情は一切なかった。

  
 モブゴンは猟師さんの心配をしている場合ではなかった。
 1体のオーガがモブゴンに向かってくる。
 その走り方は怪物そのものであった。
 そいつが巨大な棍棒を握りしめると。
 こちらに向かって叩きつけた。

 
 前の自分なら避ける事すら出来なかっただろう。
 しかし酔っ払いの先生の修行のおかげで棍棒の軌道がゆっくりと見えた。
 そうすると避ける事も容易い事であった。
 右にするりとずれるだけで、左横に棍棒が飛来する。
 棍棒は地面を叩きつけると、洞窟自体が揺れるようだった。

 モブゴンは猟師さんから貰った剣を構えると。回転斬りを行った。
 体を回転させて遠心力を付ける。それをオーガの腹に命中させる。
 オーガは上半身と下半身が両断されて死体となっていた。

 ここまでモブゴン自身が強くなっている事に自分自身で驚いていた。
 隣を見ると猟師さんが蛮刀で2体目のオーガに止めを刺していた。
 達人級のジャンプ力を見せつけてオーガの首を両断していた。

 オーガの首が洞窟の岩の地面を転がっていく。
 その先にはアンデットクイーンオーガがいた。
 奴は死体の頭を握ると。それを大きな口で食してしまった。


 次の瞬間に奴は杖そのものを異空間から召喚して見せる。
 杖を構えた瞬間、モブゴンの背中がぞわりと寒気を感じる。


「猟師さん!」

 と叫ぶ時には時すでに遅しで、アンデットクイーンオーガの杖から無数の斬撃が飛び散る。
 それは予想外だとばかりに猟師さんは全身を両断される。
 それでも猟師さんは立ち続けていた。
 まるで倒れる事が負けだと言わんばかりだった。
 
 立ち続ける猟師さんが限界に達している事は理解している。
 そして彼は後ろにぶっ倒れる。

 モブゴンは猟師さんの体と顔を見ていた。
 それはおびただしい斬撃の傷跡であった。
 至る所に裂傷が見られており、血がどくどくと流れている。
 早く治療すれば助かるだろう。
 モブゴンは猟師さんを持ち上げようとした。それを制したのが猟師さんであった。

「お前達は奴を殺せ、でないと繰り返され、悲劇は生まれる」

「でも」

「早く倒せ」


 モブゴンの後ろにいるダークとシャインは声をかけてくれた。

【俺様が闇の力で攻撃すれば倒せるかもしれない、でもここはモブゴンがやらないといけない修行の課題だろ?】

 ダークが諭すように説明すると。
 
【君は強いんだから、もっと自信を持とう】

 シャインが励ましの言葉を送ってくれた。
 その時モブゴンの脳裏から迷いが消滅した。

 モンスターの倒し方は場所とその時のタイミングによって変わる。
 ならアンデットというだけあって光魔法には弱いだろう。
 アンデットクイーンオーガはこちらにターゲットを変更すると。
 また杖を構えた。
 恐らく空気の斬撃を発動させるつもりなのだろう。


「させるかよ」


 モブゴンが叫ぶのと同時に剣を右腰の鞘にしまった。
 次に右手と左手にダークソードとシャインソードを発動した。
 右手から伸びる黒い剣と左手から伸びる白い剣。
 
 酔っ払いの先生から学んだ事を思いだしていた。
 無数に繰り出される斬撃を両手に握られたダークソードとシャインソードで両断し返す。
 迫りくる斬撃を弾き返す。数分が経過すると、どうやらアンデットクイーンオーガの魔力が枯渇したのだろう。

 斬撃が停止した。

 奴は大きな杖を構えるとこちらに向かって走り出した。
 その杖で打撃攻撃を浴びせようとしているのだろう。

 モブゴンはアンデットに何が効くかを考え結論を導きだしていた。
 それはシャインソードと光魔法なのだから、右手からダークソードを消滅させると。
 左手に握られたシャインソードを両手で握りしめて構える。

 そこに光魔法を発動させる。

【光の斬撃】を発動さえると、シャインソードと光魔法の融合技を発動していた。
 それは自分自身が想っていた以上の攻撃力であった。
 光の斬撃は洞窟の至る所を吹き飛ばした。
 そしてアンデットクイーンオーガの全身を塵のごとく破壊した。
 もはやアンデットクイーンオーガの死体は消滅していた。

 しかし過ぎたる力は身を亡ぼすという言葉通り、洞窟が崩壊していく。
 思わずモブゴンは倒れている猟師さんを助けようとする。

 しかし猟師さんは叫ぶのだ。

「行け、モブゴン、これからがお前の歴史を刻む時、このおっさんを助ける必要はなし」

「でも」

「でもじゃない、このおっさんを助けるともれなくお前も死ぬぞ、お前にはダークとシャインを守る義務がある」

 モブゴンは悩み続ける。
 ここで猟師さんを助ける方法は存在しない。
 なぜもっと近くで暴れなかったのか。そうすれば。
 色々な事を迷う中岩が落下し、猟師の体を押し潰した。

 その時にあった迷いは意味がなく、迷いとは悲劇をさらに広めるのだと悟った。
 猟師は確実に死んだ。
 モブゴンは涙を流しながら崩壊を続ける洞窟からダークとシャインと共に脱出した。

 ぜいぜいと息を荒げながら。
 本当に猟師さんを助ける事が出来なかったのか?
 あの時無理矢理にでも猟師さんを助けたら。
 しかし距離的に助けた瞬間、岩に潰されていたのは2人であたかもしれない。

 モブゴンは地面を何度も殴り続けていた。
 右手は真っ赤に染まり。
 気付くと涙を流していた。
 
 ダークとシャインはそんなモブゴンを励ますのではなくてただじっと見つめていた。

 その後モブゴンは猟師さんから学んだ事を整理していた。

 相手をよく観察し、相手の弱点を見極める。
 モンスター図鑑があれば色々な事が書かれてあるが、戦闘とは現場で変化するもの。
 現場で倒し方を見つけるのが戦い方の基本だ。

 猟師さんの言葉を胸にしまって、屋敷に戻る事とした。

 屋敷に到着するまでダークとシャインは一言も発さない。
 モブゴンの強すぎる力が猟師さんを殺した。
 そんな事は分かっているのだ。
 ちゃんと自分の魔法の威力を理解していなかった。

 悔しさが募る中。いつの間にか山を降り村に到着していた。
 大勢の人々が広場に集まっていた。

 どうやら地響きが彼等を集めたようだ。

 その中には医者の男性と司教の婆さんと看護師の女性とメイドさんとガキ師匠と酔っ払いとダンサー達とその他大勢の人々が何が起きているのか相談している。

 そこにモブゴンがやってくると、人々はこちらを見ていた。

 そこに村長が表れた。
 村長はモブゴンの瞳を見て絶句していた。

 モブゴンの瞳が語る事、そこに猟師さんがいない事。

「僕は猟師さんを巻き込んで死なせました」

「そうか、気にするな、あいつはそんな事で恨んだりしないぞ」

「でも、僕は」

「なぜ、お前が責任を感じるのか当ててみようか」

「はい」

「過ぎたる力をコントロール出来なかったのだろう」

「はい」

「ならコントロールの術を学び強くなれ、それが猟師への手向けだ」

「はい」

 いつしかモブゴンの言葉は震えていた。
 村長はにかりと笑って見せると。


「この村よりドラゴン学園の試験を受ける物が誕生したぞ」

 村長の発言で、大勢の人々がこちらを見ていた。
 人々は感動の眼差しでこちらを見ている。
 モブゴンはそう言えばと納得していた。


【タイムリミットの5か月が今日で経とうとしていた。今日で3月になる。後10日後にドラゴン学園の入団試験があるぞ】

【ここからだと3日でつくから安心してね】

「お前達は計算してくれていたのか」

【もちろんだろう、相棒の晴れ舞台なのだから】

 ダークがにかりと笑って見せる。


「相棒がじゃない、僕と君達の晴れ舞台だよ」

【それもそうだな】
【そうだね】


 ダークとシャインが力強く励ましてくれる中。
 人々はその光景を暖かい瞳で見守ってくれた。

 猟師さんが死んでしまった。
 それはモブゴンのせいだ。 
 しかしモブゴンの事を恨むほど猟師さんは腐ってはいないと村長が語る。

「モブゴンよ、そなたが出来る事は今から旅に出る事だ。場所はこの地図が示してくれる。皆に別れを告げよ」

「今すぐにですか?」

「その通り、でないとモブゴンはうじうじと考えるのだろう?」


 村長はモブゴンの事を理解してくれていた。
 彼が装備している道具は帯剣している鉄の剣と鞘と槍と弓と道具袋であった。
 メイドさんがモブゴンのリュックの中に干し肉などを入れてくれる。


「ドラゴン達の食事は野生の動物やモンスターを食べればなんとかなるでしょう」
「そうします」

【狩なら出来るぞ、グリーンタイガーが色々と教えてくれたから】
【グリーンタイガーさんはとても凄いドラゴンなのよ】


 ダークとシャインが元気強く発言していた。
 
 村長が一枚の封筒を持ってそれをモブゴンに渡してくれた。
 モブゴンはその白い封筒を掴む。


「これは証明書は? と聞かれたら見せてやってくれ」

「はい」

「学園長のデイデイとは旧知の中でな、何かあればその封筒を思いだしてくれ」

「はい、助かります」


「ではゆけ、お主の新しい旅立ちだ」

 思えば最初は竜の牧場で働く1人の人間であった。
 ドラゴン達が次から次へと死んでいくのが絶えず。彼等を逃がし、ドラゴンの谷で竜と出会った。
 竜はモブゴンを生かす為に異世界へと彼を飛ばし。
 そこでドラゴンハンターの存在を知った。
 モブゴンはドラゴンの幸せの為にドラゴンの心臓のコアを使って兵器を作っている隣国からこのドラゴン学園ことドラゴン王国を守るのだと。

 決心してから、沢山の修行を経た。
 魔法はガキ師匠で武術は酔っ払いの爺さんで、歴史はダンサーでモンスターの倒し方は猟師だった。大勢の師匠達に助けられてモブゴンは旅に出る。

 その両肩にはブラックドラゴンのダークとホーリードラゴンのシャインがいる。
 2体とも最初に比べたら結構な大きさになっている。
 膝下まであったドラゴンの体は今ではモブゴンの下半身のところにまで到達してる。
 それくらいの大きさになると右肩と左肩に座れないのが煩わしいようで、2体のドラゴンは右と左を歩く姿となった。


 その日クフェル村から1人のドラゴン使い候補生が旅に出た。
 空は快晴であり雲が所々にある。
 雨の予兆はまったくなく、そこに広がる草原にモブゴンは圧倒される。

 いつも森とか山とかばかりで草原を見忘れていた気がした。
 そもそもこの村に運ばれた時は猟師さんが気絶しているモブゴンを運んだ。
 しかも山からだ。

 なのでこれほどの草原を見渡す事が出来る事にモブゴンは感動を覚えていた。
 仄かな緑の香りがする風はモブゴンを暖かく包んでくれた。


「僕はやってみせるよ猟師さん」

 
 彼は今は亡き1人の師匠の事を思い浮かべた。
 彼のお陰で過ぎたる力は危険だと学び、彼は命を賭けてそれを教えてくれた。
 モブゴンは決意と共に。前を見据えた。

「泣くのは最後だ」


 彼の瞳から大粒の涙がぽつりぽつりと落下している。 
 草原の草の絨毯に涙が落下し続けていた。

しおりを挟む

処理中です...