美月 ~芸能界の物語~

鎌倉結希

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第二章 森の少女

5 森の少女

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ただハンドルに手を軽く置き、漕がなくても傾斜を自転車はゆっくりと進んで、家並と緑から遠くの山を見ると空が眩しくて私は目を細めた。青空に雲が重なり漂って、切れ間から鈍色の濃淡がある雲の本体までが浮かんでいる大自然の息吹のようで、とても近くに見えても、今風は離れた隣の駅の上を吹いているのかもしれない。真っ白の雲と日差しが影となりはっきりと対照的で聳えると言えて、私の街を覆えるほどの大きさだった。入道雲か、最近積乱雲という言葉も聞いたけど、夏の空と言うとこんな感じかな。

家から自転車に乗って国道を横断すると私は浜辺の地域に入って、そこから電車線沿いにしばらく走ると海のカーブにあるバリアを通って見えて来た砂色の丘の後ろに海が現れた。まだ午後四時くらいでよく晴れていて、目の前の水平線が真っ青で、丘に着くと私は自転車を降りて、雑草があるところに駐輪すると丘を登った。木々がなく、海に突き出るこの砂の丘は二、三回通ったことがある。そこで見かけたコンクリート製の小さな鳥居に今回寄ってみるとちゃんと僧侶の像もあるとわかった。なにかの遺物かな。

そこから進むと、峰の先で繋がったほかの丘にまた二つの獅子の像と鳥居みたいな門を発見した。ここは小さい神社だったか、よくわからないまま私はその遺跡一つひとつ写真を撮った。眩しい空のせいで携帯画面はかすかにしか見えないが、海の青がある写真だったら大丈夫だと思った。リッケは好きかもしれない。

砂丘を離れると空き地やなんかの工場を通って住宅街に出ると、隣の地海ちうみ駅に着いたとわかった。この駅から私は路線と国道に沿って帰った。

複数のコンビニ、スーパー、あとはほかの建物がならんでいて又渡こうと駅の周りより人が多いと思った。自転車のおばさんとすれ違うと、私は轟くように通っていたトラックの方を向いて、この国道を走ってからほかの道にまがると自転車に乗った学生の数人を見た。二人は制服を着ていたけど、ほかは学校のジャージーの姿で、そのなかの中学生らしい子は岩橋の学生じゃないかと思った。最近、入学のことについてよく家族と話し合って、学校のサイトも数回見たから制服を覚えていた。でもまだ夏休みじゃないか。みんなはなにをしているのかな。

男子ならどの学校でも結構みんな同じ格好だけど、女子だったら前に自動販売機に立っている二人みたいに、リュックを背負って白いスクールシャツ、膝までの黒いスカートと長い黒い靴下で、この地域のほかの中学校と違う色だった。ここの二つの中学校のなかに岩橋は母の選択だが、浜田のエスカレート式で有名な学校も考えているので今まで決めなかった。

え、

彼女は私を見ている?

自動販売機からドリンクを取り出した女の子は、いつの間にかこちらを向いていて、そうするとほかの女の子も私を見た。

どうしたの?みたいな表情を向けられ、びっくりしたせいか私は視線を逸らせずに見合ってしまった。そして早く逃げたいが変な態度だと思われないため、平気を装って自転車を漕ぎ続けても、一瞬自分はどこに行くつもりか忘れていた。


毎日自転車に乗っていた私は、たまに人とすれ違って挨拶をする機会があったけど、今までとくにだれも知り合えなかった。あとは、ぶらぶらして静かな道の用水路を見たり、家の表札の漢字を読んでみたりして、だれもいないと思ったが、気づくと近くの家の二階からだれに見られていた。私はフレンドリーな笑顔で挨拶しようとしたが、彼は相変わらず無表情だった。たまたま彼だけかと思ったが、二、三回同じようなことがあり人の家の周りを調べるのは控えた。私は怪しい?彼らは私がデンマークから来たと気づいた?

私はあそんでいて緑にかこまれた道に入って行くと、それは山の道だとわかった。頑張って自転車を漕いで登っていると、とても疲れてたまに自転車を押しながら上がってやっと山頂に着いた。そこには反対側の山と繋がる橋があった。

登っているときに車とすれ違ったが、山頂は静かで今は木々の揺れや風の音しか聞こえなかった。自転車を押しながら橋の周りの草や遠くの山々を眺めると、これが島根かと思った。

ご緑の国と言うが、ほかの県、多分日本のどこでもこれくらいと違わないかな。でも……なぜ私はこんな気持ちになるか。

前にも森のなかに入ったことがあるけど、私は今一人でいるせいかちょっと不思議な感覚があった。もうすぐ夕食の時間であることや中学校のこととか、なぜ今遠くなったみたいに感じるか。この景色が原因だろうか?景色のせいじゃない、私はただ雑草のなかにいると、自分も風に揺れるその一つのように思えてきて、明日の美しい夕日を見ることができない雑草かもしれないが、消えてもいいようなそんな気分にさえなっていた。

快適で、もし私はだれかに呼びかけられなかったらもっと長く立っていたかもしれない。「おい、君!」
「はい!」
振り向くと、橋から小型トラックが後退して私の近くに停めた。そして運転手のおじさんが言った。「あそんでいるのか。ここは危ないよ。早く家に帰りなさい」
「……はい、わかりました」
「家はどの辺?」
「又渡駅の近くです」
「あー、近いね。自分で帰れるか」
「はい」
「うん、気を付けてね。最近あまり事件はなかったけど、気まぐれで熊がここに来るかもしれない。君は新聞の第一面に載りたくないでしょ?」

おじさんの言葉で下り道を走りながら私は熊に追いかけられる想像をした。だけど、後ろの気配はただの風かもしれない。山頂からの風は強く、木の葉っぱのざわざわとした音を聞きながら私の自転車が飛ばされるみたいで減速した。追い風か。

空を見上げると、こんな時間なのに、意外と青色はまだ残っていた。

……自転車?

急に追い風が止んで、それをきっかけに道端を見た。もう視線は雑木に遮られたから私は自転車を降りて上り方向に押した。自転車だと思ったが、こんな木の絡みにだれが入りたがるか。

しばらくためらうと、さっきのおじさんの警告も聞いて普段の私は入らないけど、今日いろんなところに行ってまだあそびたい気持ちが勝って、森はただの森だ、大丈夫だと思った。そう決めると車を避けるため自転車を一緒にガードレールを越えて運んだ。そして手で小さな枝を抑えながら歩いて、浅い水が流れているところを渡ると私はその自転車がある雑木に着いた。

ごみじゃない。

隠したように横に置かれた自転車は新しく、一般の籠付きモデルだった。まだ夕日があるけど木陰が濃いせいか先の森は意外と暗かった。

でも人でしょう。彼は無事か、自分はどうしようと考えると、後ろをよくあるエコカーの一台が通って行った。さっきのおじさんと違って止まらなかったのは無視したわけか……いえ、ただ気づかなかったかもしれない。

私は森に踏み出した。

危ない、だれかに知られたら𠮟られるはずと思ったが、まだあそびたいせいか私は歩き続けた。静寂で鳥やなにかの虫の声も聞こえて、木々以外腰までの高さの雑木が茂って、慎重に進んだが私は何回も枝に刺された。気づくとひりひりするところが多かった。

しばらく歩くと雑木が少なくなり、よく見えたのは高い木々だけで、つるつるした石と土で愛用のスニーカーでも私は何回も転びそうになった。人の影を探しながら、期待した森の暗がりの代わりに明るくなって、見上げると木陰から差し込んだ光があった。少し警戒心を緩めた私は、周りの植物を見ながら、黄色の花……いえ、蝶々?が飛んでいた。手を伸ばしたらふれられるほど蝶々が近づいたが、だんだんゆっくりと遠くに離れてただ小さな黄色の点になっていた。ほかのいきものは見えず、気づいたら私はその蝶々についていって、もし足が何にも引っかからなければ私はどこまで歩くかわからなかった。「痛い!」

石か、木の根か。倒れた私は、腕や顔は涼しい土や苔を感じて、振り向くと根はなんだかちょっと白い、いえ、黒い部分もあって、しかも靴も履いていた。

根、じゃないでしょ、人。

人?

「あ!」

『あー!』ではなく、私の声は『あ!』だった。実はもっと叫びたかったが、声が出ないほど驚いたかもしれない。胸は轟きながら腹這って逃げて、いつ立ち上がったか覚えてないが気づいたら私はもう安全な距離にいた。落ち着いてからまた見ると本当に人だ。

白いスクールシャツと黒いスカート、そして長い黒の靴下は、横向きに寝たその女の子は学生か。死んだ?長く眺めていると彼女は一切動かなかった。やっぱり……事件でしょ。

血色がいい、まだ顔がきれいだからあまり時間が経ていないらしい。だけどちょっとこのかわいい子の死体に安心すると、急に鳥肌が立った……全身に貫いた冷たさは最初なにかわからないが、周りにだれかがいて私を観察していると感じたせいじゃないか。

また私の胸が波打って、木から木まで隅々見まわしても薄暗い緑しか見えなかった。色とりどりの野草の花に寝ている彼女を実はここでもうじきシャベルで掘って埋める場所かもしれないのだ。私は先に発見したからその計画を失敗させた。

大変だ、逃げようか。彼女?もうこの状態だから、あとでだれかに伝えたらいいと思う。もしここにいたら一緒に埋められるかもしれないのだから。ごめんね、もうちょっとあとで戻るよ……ひ、卑怯?そんなことないよ!

でも、そんなことか……

また周りを見て、木々の隙間に少しでも人の影が現れたら必死に走るつもりだったが、まだ静かだった。慣れない状況のせいか頭には騒音があるようで、この騒音は止まらずになにも考えられない私は、またその女の子の身体を見ると、怪しい人はまだ出ないし、もうすぐ暗くなるここに一人で置くのはかわいそうだから、ほかのところに彼女を運べるかなと思った。

うん?

彼女、動いた?

気のせいか、しばらく見ると彼女の近くの野草の動きに気づいた。彼女の息か、何回も揺れた白い花は彼女の鼻先をふれようとしたみたいだが。

大丈夫か。

私と同い年くらいの彼女は、傷や怪しい打ち身は見えないがなにかのドラッグを飲ませたかと疑った私は彼女を呼んでみた。だが肩を何回揺らしても彼女は無反応だった。

なぜここで寝ているかわからない、警察、いえ、母に電話して相談する前にせめて彼女の身元を知った方がいいと思って近くの岩に置かれた彼女のリュックを調べてみた。ノートや教科書に彼女の名前があるけど、読めたのは学生証を発見したあとだった。ミヅキ?とふりがなが書いてあるけど。美月、美しい月?これも人の名前か。母に送るため私はその写真を撮った。

これはなに。

ミカン?

香水だと思ったが、リュックのなか、小さいカバンにあるガラスボトルを嗅ぐとミカンの匂いがして、スプレーしてみると本当にそうだ。理科の宿題?

「美月」

彼女の横で私は跪きながら言った。ただ寝ているみたいな彼女の顔をしばらく見ると私はもう一度呼んだ。

「美月さん、大丈夫?」

どうしよう。山で浅井美月という女の子が意識不明と電話して言う?でもここはどこの山か。

「起きてよ、美月さん」

彼女は本当に大丈夫か。ダイアルしようとしたとき、いつの間にか彼女は少し開いた目で私を見ていた。
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