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ヘレントスのワイルドステーキ
5話
しおりを挟む部屋に戻ると、ケイジュはリラックスした様子で靴に浄化魔法をかけていた。
くるくると緑の光と青の光が踊る。
おれはいつもどおり振る舞うつもりだったのに、平和な光景を見てしまうと気が抜けて、特大のため息をこぼしてしまった。
「随分疲れたみたいだな。面倒な客だったのか?」
ケイジュは靴の浄化を終えると、おれの顔を覗き込んできた。
心配そうな眼差しに、無視したはずの痛みが蘇ってくる。
おれはとりあえず笑顔を作ったが、相当ぎこちなかったのだろう、ケイジュの表情はより険しくなってしまった。
「吸精しすぎたか?体の調子は?」
「いや、違う。ただ、本当に疲れる相手だったんだ」
おれは亜人にかけられた術のことだけはうまくぼかして、他は正直に伝えることにした。
どうせこれから森の魔女探しも手伝ってもらうことになる。
すべてを隠したままにするのは、おれの性格では無理だ。
「待ち合わせ場所に来たのは、ジン・レント・ミンシェンだった。まさかのご本人だ」
これには流石にケイジュも度肝を抜かれている。
中途半端な体勢のまま口をぽかんと開けていた。
「あの、ミンシェンか?鮮血伯爵の?」
「鮮血ってのは知らないけど、間違いなく本人だった。夜会に出席してた頃に会ったことがあったから、おれのことも覚えていたみたいだ」
「それでわざわざ呼び出したのか?」
「いや、それが……」
おれはできるだけ声を潜めて続きを言った。
「……どうやらおれを、自分の派閥に引き込むつもりだったようだ。ミンシェン伯爵は亜人を貴族の支配から解放するっていう野望があるらしくてな……家出して、魔人と一緒に仕事してるおれなら、その考えに賛同してくれると考えていたみたいだ」
「……それは……大丈夫なのか?」
ケイジュもつられて小声になっている。
「大丈夫なわけない。他の殻都の貴族を全員敵に回すぞ。おれ個人としては亜人を貴族の支配から解放するのは賛成だが、その革命の旗印にされちゃたまらない」
そう、根っこにある考えにはおれも賛成できるのだ。
しかし解放する方法が、まずは謎の術を解きます、から始まるのでついていけないだけで。
おれの複雑な顔から何かを読み取ってくれたのか、ケイジュも複雑な表情で相槌を打つ。
「……胃が痛くなりそうな話だな……」
「そうなんだよ~、おれもゆくゆくは解放するべきだと思う。ただ、現状では政治の経験があるのは貴族だけだし、急に殻都の支配者は亜人になりました、ってやっても混乱するだけだ……きちんと段階を踏むべきなんだ……けど、ミンシェンの言い方はまるでおれにイングラム家を乗っ取らせて、いますぐに世界をひっくり返そうとしてるみたいだった。
今の社会のあり方が正しいとは思わないけど、おれは為政者の器でも、英雄の器でもない。流石に怖くなったんで、おれはただの運び屋なんで何も出来ませんって言って逃げてきた」
「それは、大変だったな」
「まあでも、貴重な経験ではあった。そういうきな臭い話聞いちまったから、おれはおれでこのことを調べてみようと思う。ミンシェン伯爵は早まった行動に出る人じゃないと思うけど、万が一もある。それで、コウタロウ親子が言ってた森の魔女を探してみようと思うんだ」
「ああ、純粋な人間で、薬草売りだったか?」
「そうだ。黒髪黒目と聞いてるから、ドルンゾーシェか、イルターノアの貴族じゃないかと踏んでる。年齢がわからないんで、有用な情報を持ってるかどうかは怪しいけど、何もやらないよりマシだと思う。会って、話して、本当に亜人解放革命なんてことが起こり得るのか、意見を聞きたい。もしかしたらすでにミンシェンにスカウトされてるかもしれないけどな」
「わかった。おれも居場所を知ってるやつがいないか聞いてみよう。森の魔女というくらいだから、おそらくヨナの大森林周辺にいるんじゃないかと思う」
「助かる」
ケイジュは情報通だという知り合いを何人か紹介してくれたので、明日、ヘレントスを出発する前にギルドに立ち寄って話を聞いてみることにした。
森の魔女がヘレントスではなく他の森を住処にしているとしたら見つけ出すのには苦労しそうだが、ケイジュは十中八九ヘレントスの周辺にいるだろうと言い切った。
大きな商店に頼らず、行商に出ることもなく薬草売りをするならヘレントス以外の場所では厳しいだろう、という見立てだ。
おれは希望を見出せたことにひとまず安心した。
今、止まってじっと考え込んでしまったら、おれはもうケイジュとこんな風に笑っては過ごせないだろう。
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