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番外編①

駆け出し冒険者曰く①

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 街道沿いの在来生物の討伐。
そのクエストは常にギルドの掲示板の右上に張り出されていて、新人冒険者からベテラン冒険者まで、幅広い人が受注する。
街道沿いに出没してよく人を襲う、ゲニアやロノムスやネウルラ、プテウスやラシーネを討伐すれば、討伐した分だけ報酬が支払われるという仕組みだ。
しかし、護衛や運搬の仕事とは違い、在来生物に出会えなければ報酬も出ないし、自分の実力に見合わない在来生物に出くわしてしまえば逃げるしかない。
そのため、この討伐クエストを受ける時は、何組かのパーティーで共闘することが多い。
人数が多ければその分在来生物も見つけやすくなるし、格上の相手でも倒せる確率が上がるからだ。
殻都からさほど離れなくても、討伐さえできればすぐに金になるので、新人冒険者はまずこのクエストを受注して腕を磨くことになる。
ベテランの冒険者もちょっとした空き時間ができたときや、新しい武器や魔法を試したいときにこのクエストを受注するので、定番のクエストと言ってよかった。

 まだ駆け出し冒険者のヨルクは、共闘してくれるパーティーを探して冒険者ギルドの建物の前に立っていた。
もう少しで正午になろうとしているギルド前の広場は多くの人が行き交い、冒険者の姿も多い。
相方のメルはギルドの中で冒険者に声をかけてくれているはずだ。
ヨルクとメルは、数ヶ月前にフォリオに来たばかりで、冒険者になったのもついこの間だ。
故郷はフォリオからユパ・ココに向かう街道のそばにある小さな集落。
二人は同い年の16歳で幼馴染だ。
ヨルクは山羊の特徴持つ獣人で、耳の上辺りに立派な巻角が生えている。
髪は淡い茶色で瞳は鮮やかな山吹色、瞳孔は横長で、強気な光を宿して冒険者たちを観察していた。
ヨルクの自慢はこの巻角と、険しい岩山でも軽々と登ることができる強靭な足だ。
今日こそこの足を活かして在来生物に強烈な蹴りをくれてやる、と今日のヨルクは燃えていた。
というのも、冒険者になったはいいものの、クエストは失敗し続けている。
ゲニアを相手取ったときには剣が折れてしまい、敗走。
次のクエストでは、共闘した冒険者がまだ田舎から出てきたばかりの二人を馬鹿にしたので喧嘩になり、在来生物の討伐どころではなくなってしまった。
殻都の中では荷物運びや農作業の手伝いなど、日雇いでできる仕事はたくさんあるので食うのには困らなかったが、そろそろちゃんと冒険者として戦いたい。
ヨルクと一緒に村を出たメルは、都会で仕事をしているというだけである程度満足なのかのほほんとしていたが、ヨルクは一流の冒険者になるという夢を諦めていなかった。
以前共闘した相手と喧嘩になったため、今日のヨルクは声を掛ける相手を慎重に見定めていた。
しかし目につく冒険者はガラが悪かったり、仕事が決まっているのか急いで歩き去ったりで、なかなか声をかけられない。
ヨルクが焦って石畳の道をコンコンと蹄で叩いていると、ギルドの建物から出てきたメルが駆け寄ってきた。

「ヨルク!見つけたよ、一緒にクエスト受けてくれる人!」

メルは背中の翼を嬉しそうにパタパタ動かしながらヨルクに言った。
メルはセキレイの特徴を持つ鳥人で、くりくりした黒い瞳が大層可愛らしく、一見すると女の子にも見える可憐な姿をしている。
真っ直ぐに伸びた尾羽をぴこぴこ上下に動かす仕草も愛くるしい。
ヨルクは見慣れているので特に目を奪われることもなく、本当か!と詰め寄った。
メルは容姿は可愛らしいが、結構あざとくて世渡りの上手い策略家だ。
そんなメルが見つけてきた相手なのだから期待が持てる、とヨルクは急いでギルドの建物に入った。
待合室に向かうと、メルが声をかけたという二人の男が待っていた。
ヨルクとメルよりは年上だが若い男で、二人とも背が高く、佇まいにも隙がなかった。
一人は金髪に近い明るい茶色の髪と優しげな青みを帯びた灰色の瞳が印象的だ。
獣の特徴がないので、噂の森人というやつだろうか、とヨルクは思う。
もう一人は濃紺のローブで全身を隠していて目元も見えないが、唇は男らしく真一文字に引き結ばれている。
背中には得物らしき大きな武器を背負っていたが、布を巻いてあるので形状はよくわからない。
おそらく大斧かハルバードだろう。

「ロッコ村のヨルクです。クエストを一緒に受けてくれるというのは本当ですか?」

ヨルクが歩み寄ると、茶髪の男の方が返事をした。

「ああ。おれは運び屋のセドリックだ。よろしく。それからこっちはおれの護衛をしてくれてるスラヤのケイジュ。おれは冒険者ではないけど、戦闘にも慣れておきたくて、簡単なクエストを探していた。あと、ケイジュも新しい武器を試してみたいって言っててな。構わないか?」

「ええ、真面目に討伐をしてくれるのなら」

ヨルクがまだ警戒しつつ言葉を返すと、茶髪の男セドリックはしっかりヨルクと目を合わせて微笑んだ。

「もちろん。おれは足を引っ張るかもしれないけど、ケイジュは手練の狩人だ。安心してくれ」

ヨルクはうっかり警戒心を忘れてその表情に見入ってしまった。
よくよく見てみれば、このセドリックという男は端正な容姿をしている。
癖のある髪がふわりと輪郭を彩っていて、やや目尻が垂れた優しげな眼差しとすっと通った鼻筋、柔らかい笑みを浮かべる唇。
噂では森人は作り物のように美しいとされているが、セドリックにはちゃんと血が通っていて親しみやすい雰囲気がある。
着ているものも上質で品があるので、まるで女の子が憧れる王子様のような出で立ちだ。
しかし決して派手ではなく、体格も良いので軟派な印象はない。
姉しかいないヨルクは、こんな人が兄貴にいたら良かったのになあ、とぼんやり考えてしまった。
ヨルクが無言なので、セドリックは少し首を傾げた。

「ヨルク?」

「あっ、え、はい!わかりました!大丈夫です!」

ヨルクが慌てて返事をすると、今まで黙っていたケイジュと紹介された男が言葉を発した。

「悪いが、もう一つ言っておかないといけないことがある。お前たちは魔法よけのお守りは持っているか?」

低くて硬質な声にヨルクは一瞬気圧されかけたが、胸のポケットに手をやった。

「魅了と毒除けのお守りなら持ってます」

ヨルクの横に控えていたメルも、胸ポケットに手をやってお守りに触れている。

「ならいい。おれは魔人だ。魅了魔法をかけることはないが、不安があるならお守りを大事にしておけ」

ケイジュはそう言って、ローブで隠していた顔をあらわにした。
騒々しい荒くれの多いギルドでは場違いな、美しい顔がそこにあった。
黒い短髪に涼やかな夜空色の瞳、完璧な造形の鼻と唇がこれまた完璧な配置で顔の中に収められている。
尖った耳の先には三本線の入れ墨があるので、淫魔だ。
村の大人たちから魔人には気をつけろ、特に淫魔は危険だから近付くな、と警告されていたが、確かにこれほど美しい人間ならば何でも言うことに従ってしまいたくなる。
ヨルクは隣のメルまで呆けた顔でケイジュの顔に見とれていることに気付き、はっと我に返った。

「わかりました。けど、もしおれやメルに魅了を使ったら、すぐに逃げます」

ケイジュはヨルクの言葉に、それでいい、と頷いた。
そしてすぐにフードを被り直した。
無用な注目を集めないためだろう。

「じゃあ、今日はよろしく。ヨルク、メル」

セドリックは朗らかに笑いながら手を差し出したので、ヨルクとメルはセドリックと握手をした。
ヨルクはセドリックの手のひらが思っていたよりもぶ厚く、皮膚が硬かったことにドキリとしながらも、平静を装って胸を張る。

「じゃあ、もう出発しますか?おれたちはいつでも行けますけど、準備が必要なら言ってください」

ヨルクの言葉に、ケイジュが待ったをかける。

「その前に、今日はどのあたりで狩りを行うつもりなのか聞いておこう」

そうだった、と焦るヨルクに、メルは手際よく地図を広げてみせた。
フォリオ周辺の地形や在来生物の目撃情報などが書き込んであり、昨夜ヨルクとメルは目的地に丸をつけておいたのだ。

「えっと、このユパ・ココ方面に向かう街道の西側に、ちょっとした岩山があるんですけど、そこに最近ロノムスの群れが住み着いたみたいなんです。今日はそこでロノムスを狩ろうと思っています。真昼ならロノムスも岩陰で寝てると思うので、奇襲をかけて、群れを分断させてから一対一に持ち込めたら、いいなって……」

メルは説明しながらケイジュの顔をちらちらと見上げている。

「なるほど。悪くない段取りだ。足場がかなり悪いが大丈夫なのか?」

「平気だ。おれにとって岩山なんて平地と同じだし、メルは空を飛んで状況を把握できる」

ヨルクはふんと鼻息を吐いて言い切った。

「得意な地形で狩りを行うのはいい考えだ。その作戦で行こう。細かい話は移動しながら詰めていくか」

ケイジュが先に歩き出したので、ヨルクとメルも慌ててその後を追った。

 ギルドの広場からはフォリオ周辺の集落に向かう乗合馬車が出ているので、4人はそれに乗り込んで目的地に向かうことにした。
馬車の中は案外空いており、4人の他には行商人が何人か居るだけだった。
ヨルクとメルはこの乗合馬車をよく使うので特段思うこともないが、セドリックだけは物珍しげに馬車の中や馬車を引く馬を観察している。

「普段は自動二輪車があるから、馬車に乗るのなんて初めてだ。馬って近くで見るとこんなにでかいんだな」

子供のように無邪気に話すセドリックに、ヨルクはついついお節介を焼きたくなった。

「馬車を引いている馬は、一角獣って呼ばれてて、普通の馬と在来生物をかけ合わせて作られた家畜なんだ。ほら、頭のところにちっちゃい角があるだろ?昔はこの角がもっとでかくて、気性も荒かったらしいんだけど、今はおとなしい一角獣ばかりが使役されてるんだ。力も強いし体もでかくておとなしい、馬車向きの馬さ。それにしても、馬車に乗ったこともないなんて、運び屋なのにどうやって荷物を運んでるんだ?森人だからやっぱり魔法を使うのか?」

ヨルクの質問に、セドリックは勿体ぶることなく答えた。

「いつもは魔道具を使って移動してるんだ。自動二輪車って言って、二人乗りの乗り物なんだけど、今日は使えなくてさ。けど、たまには馬車旅もいいもんだな」

「ふうん、結構稼いでる運び屋なんだな」

「ま、それなりにね」

謙遜せずに認めたセドリックに、ヨルクは年上の男の余裕を感じて少し悔しくなった。
けど、まだまだヨルクも成長期だ。
すぐにおれもセドリックくらい背も伸びて筋肉もついて、たくさん稼いでみせるさ、とヨルクは頭の中で呟いた。

「ロノムスの討伐は初めてなのか?」

セドリックから尋ねられたので、ヨルクは首を横に振る。

「初めてではない。とは言っても、ロッコ村に迷い込んできたロノムスを倒しただけで、群れと戦ったことはないんだ」

「村にも在来生物が入り込んでくることがあるのか……」

「しょっちゅうじゃないけど、たまに。あの時もメルと協力してロノムスを倒せたんだ。何匹居ようと、おれは負けない」

ヨルクがつい熱くなって答えると、セドリックは眉を下げて少し陰のある笑みを浮かべた。

「……殻都の外で生きる人は、やっぱり大変なんだな……その若さで在来生物とやり合えるなんて、すごいことだ」

ヨルクはつい赤面して、慌てて顔をそらした。
セドリックの複雑な笑みには、どこか色気があって目を奪われそうになったのだ。
自分にはない人生の厚みを感じて、更に悔しくなる。
おれもいつか、酒場でグラスを傾けながら苦笑する姿が様になる男になってやる、とヨルクは決意を新たにした。
 
 そのまま話を続けるヨルクとセドリックを横目に、メルは面白くないなあと唇を尖らせていた。
猪突猛進なヨルクに引っ張られてフォリオまでやってきたメルだったが、冒険者になったのはひとえにヨルクのことを想っているからだ。
夢に向かって突っ走るヨルクのことを眩しく感じていた。
それなのに、今ヨルクはセドリックとかいう運び屋と楽しそうにおしゃべりをしている。
デレデレする暇があるなら、作戦ぐらい考えてよ、とメルは拗ねた気持ちになっていた。
メルはヨルクから目をそらして一人で地図を覗き込んだ。
前に一度この岩山には偵察に訪れていて、その時は一際大きな岩の陰にロノムスが屯していた。
となると、奇襲をかけるのならこちら側から、とメルが思案していると、横からケイジュが地図を覗き込んできた。

「その地図は、お前が描いたのか?」

「え、えっと、はい。前に偵察した時に、空から地形を見て、それで……」

「緻密でよく描けている。地形を把握するのは、狩りで重要なことだ。この地図はお前たちの武器になるから、あまり他の冒険者には見せないほうが良い」

メルは慌てて地図を閉じてから、じわじわと唇をにやけさせた。
地図を褒められたのは初めてだ。
しかも、褒めてくれたのはとんでもない男前でどうやら腕の立つ狩人らしいケイジュだ。
今はフードを被っているので顔の下半分しか見えないが、今思い出しても惚れ惚れするような美形だった。
目付きがやや鋭く、冷たそうに見えるのも美しさに拍車をかけている。
そんな年上の男に褒められて嬉しくないはずがない。
メルは一生懸命真面目な顔を取り繕って、ケイジュに問いかけた。

「ケイジュさんは、どんなふうにロノムスを追い立てればいいと思いますか?」

ケイジュは少しの間沈黙し、落ち着いた口調で答えた。

「北東の方角から攻めるのが良いだろう。ロノムスは上方向には警戒心が薄い。だから岩山の上から一気に駆け下りて切り伏せるか、魔法で攻撃すれば意表を突ける」

「でしたら……ぼくは雷の魔法が少し使えるので、先手を取ります。その後群れが混乱しているうちに、ヨルクが駆け下りて数を減らしていければ……」

メルはケイジュの反応を窺った。
ケイジュは頷いてくれたので、メルはほっと息を吐いて続けた。

「ヨルクは剣が使えますし、地属性の魔法も使えるので、ぼくが上空から補助すれば何匹かは討ち取れると思います。セドリックさんとケイジュさんは、ぼくたちより強いみたいだし、囲まれそうになったら助けて……くれますよね?」

メルがくりくりとした丸い瞳でケイジュを覗き見ると、ケイジュはほんの少しだけ唇を緩めていた。

「心配するな。おれも魔法が使えるし、新しく手に入れた武器はかなり強力な戦力になるはずだ。セドリックも剣術には長けているし、切り札も持っている。お前たちほど岩山を自由に動き回れないから、おれたちはお前の魔法を合図に南西からロノムスの群れに攻撃を仕掛けることにしよう。挟み撃ちにすれば、さほど時間をかけずに討伐できるだろう」

メルは頭の中に地形を思い出して頷く。
ロノムスが巣食う岩山の南西側は、比較的高低差が少なかったはずだ。

「わかりました。がんばります」

メルの言葉に、ケイジュはもう一度頷いて口を噤んだ。
言葉はなくても、がんばれよ、と激励された気分になって、メルはすっかり機嫌を直してやる気を漲らせた。

 4人が談笑したり作戦を確認している間にも馬車は進み、街を抜け殻壁を抜けて、今は街道を南下していた。
もうしばらく進めば、目的地である岩山の近くに差し掛かる。
今日は秋晴れで、気温も過ごしやすく、馬車の外には平和な景色が広がっている。
冬に向けて食料確保に躍起になっている在来生物たちも、真っ昼間は休んでいるのか静かなものだ。
ヨルクとメルは少し緊張しながら、じっとその時が来るのを待った。
そしてついに、ロノムスの群れが住み着いた岩山が見え始める。
背の高い木がほとんど生えていない平原の中にぽつんとある、暗褐色の岩山。
隠れる場所も多い上に見晴らしもいいので、在来生物の格好の住処になっている。
ヨルクは御者に降りると伝えて、二人分の料金も払った。
セドリックとケイジュも金を支払い、4人は街道に降り立つ。
ここからは二手に別れて岩山に接近し、ロノムスを挟み撃ちする手筈になっている。
セドリックは真面目な表情で、お互い上手くやろう、とヨルクとメルの肩を叩き、4人は移動を始めた。




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