【本編完結】異世界まったり逃避行

ひなた

文字の大きさ
135 / 158
最終章トリフェの街編

どっちがいい

しおりを挟む
 季節は夏から秋に変わろうとしているのに、日中は気温が高く、立っているだけで汗がにじみ出る。
 普段は買い物客で溢れている通りも、心なしか人が少ないような気がする。   

 まさに今、僕は悩んでいた。汗が流れるのも気にせず、陶器屋で目当ての商品を探している。僕の横に立っている兄さんは興味なさそうにうつむいていた。
 食器集めは僕の趣味の一つだ。食器というのは、食卓を豊かに彩ってくれる。料理の美味しさを引き立ててくれるし、見ているだけで楽しい気分になれる。

 僕はある料理に載せるお皿を探していた。ぴったりなものがあれば、高額でも手に入れたい。
「もっと大きくて長いお皿ないかな」
「木の板でもよくないか?」
「やっぱりそうなるよね」
 意味は通じるけど、そこはカッティングボードか木製プレートと言ってほしかった。食器探しを諦めて店を出ると、夏の日差しが僕達を襲った。

 借家に戻り、本日の夕食に必要な食材を無限収納から取り出す。兄さんは先ほど購入したカッティングボードをテーブルに置いた。
「暑いのに付き合わせてごめんね。運んでくれてありがとう」
「これくらいなんともない。しかし、すごい大きさだな」

 兄さんがキッチンに鎮座するグレートボアのスペアリブを見て苦笑した。欲張ってブロック肉を買い取ったからすごいことになっている。
 味を比較するために用意したオークのスペアリブより数倍大きい。
「タレに漬け込んでおいたから、あとは魔法で焼くだけだよ」
「よくわからないが、手伝いが必要なら言ってくれ」
 僕がお礼を言うと、兄さんは頷いてリビングの一角に座った。武器の手入れをするようだ。

 兄さんから視線を外して、目の前の塊肉に向き合う。
 大きすぎてタレに漬け込むのが大変だった。塊肉が入る容器がなかったので、タレを魔法で操作して肉に纏わせるという強引な手段で漬け込んだが、うまくいって安心した。

 まずは肉の表面を強火で焼き固める。この時点で美味しそうな匂いが部屋に充満した。表面を焼いたら、後はゆっくりと火を入れるだけだ。
 同じ属性の魔法を同時に使えるようになったおかげで、オークのスペアリブも同じ要領で並行して焼くことができる。魔法が上達すると料理の効率も上がるなんて、お得すぎると思う。

 肉が焼けるにつれて、その芳しい香りが立ち上がる。甘辛いタレが焼ける香ばしい匂いに胃袋が刺激されて、意識がそちらにいってしまう。
 兄さんは少し前から武器の手入れをやめて、こちらをじっと見つめている。
 急いで魔法を使い、部屋の空気を入れ換える。借家の外には食欲を刺激する匂いが漂っていることだろう。
 今日と明日は近所の肉屋が繁盛するはずだ。自画自賛のような気がするが、それだけ自信がある。

「そろそろ焼き上がるよ」
 そわそわと落ち着かない様子の兄さんに声をかける。
「あ、ごめん。手が離せないからフライドポテトをカッティングボードに敷き詰めてほしい」
「わかった」
 兄さんが並べたフライドポテトの上に、焼き上がったスペアリブを載せる。
 焦げ目がついて表面がカリッと焼き上がった肉がとても美味しそうだ。

「でかいな」
「すごい存在感だね」
 塊肉を見て兄さんと笑い合う。大きな肉というのは自然と人を笑顔にさせてくれる。
 食べやすいように塊肉を骨に沿って切り分ける。冷やしたエールとサラダなどの副菜を用意して、少し夕食には早い時間だけど、早速食べることにした。

「乾杯」
 ジョッキをぶつけて乾杯したら、スペアリブを手に持つ。大きすぎて骨の両端を持つと肘が曲がらない。これ一本で満腹になるだろう。
 行儀も気にせず豪快にかぶりつくと、まず香辛料の香りと肉の焼けた香ばしい風味が広がった。歯を立てると、繊維が切れる感触とともに、肉汁が溢れ出る。

 深みのある肉の味わいが口の中で弾け、噛むたびに旨みを増していく。独特の食感は、固いというよりも弾力があるという印象だ。
 オーク肉とはっきり違うところといえば脂身の部分だろう。コクのある濃厚な旨みなのにすっきりとしている。歯切れのよい脂身の食感が、弾力のある赤身とうまく調和していて癖になる楽しさだ。
 骨の際の肉は旨みが凝縮されていて特に美味しい。骨から肉をはぎ取るというワイルドな食べ方が、美味しさに拍車をかけている。

「美味しい!思ったより固くないね」
「ああ、美味いな。冷えたエールによく合う」
 兄さんは片手でスペアリブを持ち、かぶりつきながらエールを飲んでいた。豪快すぎる。でも、それがすごく美味しそうで真似したくなる。
 恐る恐る口を大きく開けて噛みついてみたら、さっきよりも強い旨みを感じる。
「兄さんの真似しちゃった」
「ルカがやると可愛いな。不思議だ」
「何それ」
 骨付き肉にかぶりついてる男にその感想はどうなんだろう。そんなことを思いながら、僕は小さく笑った。

「兄さんは、グレートボアとオークどっちが美味しかった?」
「どちらも美味かったが……グレートボアだな」
「僕はオークかな」
「お互い好きなものを多めに食べられるな」
「うん。分け合えるっていいね」
「そうだな」

 兄さんと目を合わせて微笑む。この会話をしたいがために、つい何種類か作ってしまう。
 同じものが好きなら「お揃いだね」って微笑み合うだけの、恐ろしいほど中身のない会話だ。
 でも、そんな些細な会話が好きでたまらない。兄さんの細かい情報が蓄積されて、僕の中で兄さんの存在がどんどん大きくなっていくのがすごく愛おしい。

「脂が染みたポテト美味いな」
「でしょ?」
 嬉しくてまた笑ってしまう。兄さんが僕の料理を幸せそうに食べてくれる。それを見て僕も幸せになる。そんな単純なシステムが日常に組み込まれていることに、僕は幸福を感じずにはいられなかった。

「あー、食べた。お腹いっぱい」
「そうだな。デザートもあると言ってなかったか?」
「プリンが二種類あるけど」
「どっちも食べる」
 即答だ。僕は王道の固めプリンとチョコプリンを出した。

「ルカがバニラを欲しがった理由がわかる気がする」
「美味しいよね。チョコのやつはどう?」
「濃厚で美味い」
「よかった。どっちが美味しい?」
 兄さんの回答を待つ時間も好きだ。兄さんは困ったようにプリンをそれぞれ見比べながら、やがて気まずそうに口を開いた。

「どちらも……じゃ、だめか?」
 すっかり油断していた。ああ、そのパターンもあったなとなんだか可笑しくなって、僕は今日一番の笑い声を上げた。
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

【完結】我が兄は生徒会長である!

tomoe97
BL
冷徹•無表情•無愛想だけど眉目秀麗、成績優秀、運動神経まで抜群(噂)の学園一の美男子こと生徒会長・葉山凌。 名門私立、全寮制男子校の生徒会長というだけあって色んな意味で生徒から一目も二目も置かれる存在。 そんな彼には「推し」がいる。 それは風紀委員長の神城修哉。彼は誰にでも人当たりがよく、仕事も早い。喧嘩の現場を抑えることもあるので腕っぷしもつよい。 実は生徒会長・葉山凌はコミュ症でビジュアルと家柄、風格だけでここまで上り詰めた、エセカリスマ。実際はメソメソ泣いてばかりなので、本物のカリスマに憧れている。 終始彼の弟である生徒会補佐の観察記録調で語る、推し活と片思いの間で揺れる青春恋模様。 本編完結。番外編(after story)でその後の話や過去話などを描いてます。 (番外編、after storyで生徒会補佐✖️転校生有。可愛い美少年✖️高身長爽やか男子の話です)

嫌われ者の長男

りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

処理中です...