王子の執念と騎士の花

うどんの裏側

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馬車に揺られて数時間。拒否権もないまま強制的に連れてこられましたが、まだ息はしていますので生きています。

「国王陛下、アヤナスピネル男爵令嬢を連れてまいりました」

大きな扉の前でランタナ王女殿下が国王陛下に告げる。
ギイィィという音を立てながら、大きな扉が待機していた騎士によって開かれる。
このままこの扉が開かなければいいのにと祈ってみたが、無駄だった。
ランタナ様に促され、3歩後ろを歩いて部屋へ入ると、視界の隅に青ざめたお父様とお兄様が確認できた。
そうよね。呼ばれないわけないものね。お父様、お兄様、本当に申し訳ない。だけど私のせいじゃないのよ?それだけは理解して欲しい。
部屋の奥には、国王陛下と王妃様だと思われる人物が座っていらっしゃるが、遠目でもわかる若過ぎる見た目に絶句する。
偽物?影武者?確かまだ三十代だとは知っているが、国王陛下はともかく、王妃様は5人ものお子様を産んだとは思えないくらいに異次元の若々しさだ。目の前を歩くランタナ様と姉妹だと言われてもおかしくない。
もしかしてラシルス第一王女殿下なのかしら?そんなわけないわよね?などと考えていたら両陛下の前に誘導された。
ラシルス様は両陛下に軽く一礼し、私を置いてグーズベリー様の横に並ばれた。置いてかないで!
はっ!!嫌なことに気付いてしまったわ。今、私は野営訓練用の騎士服を着ているのだけど…
ドレスを着ていない時の挨拶ってどうするの?カーテシーは出来ないとして、普段の騎士の挨拶でいいのかしら?誰か!教えて!
グルっと周りを見渡したけど、青ざめる父と兄、剣を携えた騎士、ランタナ様とグーズベリー様、そして今気付いたけど、ルーク殿下と雰囲気が似た若い男性が国王陛下の隣に立っていた。
誰も参考になりそうもなく、私はただ絶望するしかないようね。大丈夫よ。騎士になったのだから、命を捧げる準備はいつもしている…わけないじゃない!
どうしていいのかわからないので、とりあえず俯いた状態で片膝をつき、右手を胸に当て、国王陛下からの言葉を待つしかない。

「顔を上げろ。お前には確認したいことがある」

ワンクッションもなく、いきなりなのですね。
国王陛下が面倒臭そうに言うと、ビクビクしながら顔を上げた。
うん、やはりお美しいお顔でいらっしゃいます。そして若い!
国王陛下は儚げな美丈夫で王妃様は健康的で可愛らしい感じの雰囲気です。

「アヤナスピネル男爵家長女、リセンティカでございます。第5騎士隊に所属しており、昨日よりルーク王太子殿下の野営訓練の護衛の命を受けておりましたので、このような格好でのご挨拶となり失礼致します」

「あぁ、わかっている。で、早速だが確認しておきたい」

「は、はい!」

「お前がルークを誑かしているというは事実か?」

「…はっ!?」

誑かす…誑かすとは、騙して惑わす。人を欺く。誘惑して本心を失わせるという意味がある言葉ではないでしょうか?
冷静に、冷静に発言するのよ、リセンティカ。

「発言をお許し願えますでしょうか」

「許す」

「ありがとう存じます。あの、王太子殿下を誑かすというのはどういうことでしょうか。誑かすなど、一介の騎士であり、王太子殿下と接点のない私には無理でございます」

「嘘をつくな!!貴様が兄上を誘惑したのは分かっているんだぞ!そうでなければあの方との婚約を破棄するなどと言い出すはずがないだろ!どんな手を使った!言ってみろ!」

食い気味に国王陛下の隣に立っていた男性が顔を真っ赤にして大声で叫びだした。王太子殿下を兄と呼ぶ人物ということは、もしや第二王子のレオノチス殿下?

「レオ、やめなさい。貴方が口を出すことではないです」

ランタナ様が私の前にスッと立ってくださり、レオノチス様の激怒した視線から庇ってくださいました。女神が降臨されました!!!

「姉上!!邪魔しないでください!こいつのせいで彼女がどんなに辛い思いをしているか!」

「レオ!!」

ランタナがキッと睨みながら強くレオノチスの名前を呼ぶと、レオノチスは黙るしかなかった。
ランタナ様、お強いです。尊敬します。

「国王陛下、申し訳ございません。わたくしから少し説明させていただいても宜しいでしょうか」

「…許す」

国王陛下はまたも面倒臭そうに言う。アナタが私を此処に呼んだのですよね?興味持ってくださいよ。持ってもらっても困りますが。

「報告されていた内容とはかなり違うようです。ルークは昨晩初めてリセンティカに思いを伝えたようです。更に今回の訓練で初めて言葉を交わしたそうですので、まだ完全なるルークの一方通行かと」

ランタナ様が冷静に、そして簡潔に私と王太子殿下の現状を伝える。

「そんな訳あるはずないでしょう!あの兄上ですよ?こいつの部屋まで用意されていて、全く何もないとか、ありえません!お前が強請ったのか!」

レオノチスがランタナを避けるようにして私を指差して叫ぶ。…ん?部屋?

「わたくしも何か起きてからだと取り返しがつかなくなると思い焦りましたが、どうやら彼女が潔白なのは事実です」

「じゃあ、じゃあ何故兄上は確実ではない状況で婚約破棄をされたのですか?この国にとっても兄上自身にも不利益になるような、そんな頭の悪い事を兄上がするはずありません」

レオノチス様が混乱されるのも無理はありません。私も混乱しています。

「あの子のことだから、リセンティカとどうこうなるのは決定事項なのよ。おそらくね」

ランタナはやれやれといういう感じでため息をついた。
やれやれじゃないですし、勝手に決定事項とかやめてください。というかもう婚約破棄されたのですか?それを今私のせいにされているのですか?
せめて言い訳というか、事実を語らせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?

「発言をお許し下さい」

国王陛下に手を上げて言うと、許すという言葉さえも面倒なのか、顎で返事をされた。

「王太子殿下に婚約者様がいらっしゃることを知ったのは今朝です。そもそもお言葉をかわしたのも昨晩が初めてですし、お心を打ち明けられましたが私には身に余ることですので、お断りさせていただく予定でした。なので誑したり誘惑するようなこともしておりませんし、そんな時間も余裕もありませんでした。今回の護衛隊長にも確認していただいて結構です。私は今後も騎士として、職務を全うするつもりです」

これでどうだ!言い切った!

「ん~そういうのとは違う問題があるのよね~」

ずっとにこにこして黙っていらっしゃった王妃様がぬるっと発言される。

「何かあったかなかったかはこの際どうでもよくて、ルークは王太子として、隣国の王女と婚約をしたの。最初に望んだのはルークの方なのよ。それなのに今更婚約破棄となると、隣国との関係が悪くなってしまう上に、婚約者がいながら他の女性に懸想していたとか、知られたら大変なことになっちゃうの。隣国のプライドとか、王女様の立場とか。わかる?しかもフラれちゃうだなんて…」

わかります。わかってます。だからお断りしたかったのですが、王太子殿下が逃してくれなかったのですよ。永遠に終わらない野営訓練をどうやって終わらせればよかったのですか?教えて下さい。
というか、今隣国の王女様と聞こえたのですが?
王太子殿下の婚約者様って王女様なのですか?ありえません。本当にありえません。
そもそも私だって婚約者に想い人が居たら嫌ですよ。たとえ政略結婚だとしても。いや、まず国同士の関係を考えると、墓場まで持っていく案件ですよね。
…ちょっと待って、こういうのって、私にどうこう言うより、本人に言った方が良いのでは?
何故私が責められるの?意味がわからない。

「自分の立場も王太子殿下の立場もよく分かっております。ですので、今後一切関わらないというお約束をしましたら、解決するのでしょうか?私は解放されるのでしょうか?」

少し苛立って発言する。

「本当に約束できますか?騎士として生きるならば、辺境へ行ってもらうことになりますよ?」

仕方ない。そもそも一年の殆どを地方へ遠征へ行っているし、底辺貴族で社交界でも見下される立場だし、王都に未練もない…こともないけど、一家取り潰しとか、処刑案件になるくらいなら、辺境の地で幸せに暮らします。
地方なら騎士でも幸せな結婚が夢じゃないかもしれない!

「あ、あの…発言をお許し願えますでしょうか…」

私が返事をしようとした時、か細い声が聞こえた。
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