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♯3

故郷と昼食

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「なんだか、すごいヒトだったわね」
「いろんな意味でな」

 場をかき乱すだけ掻き乱して、いなくなるときは随分とあっさりしたものである。

「今日は特にひどい気もしますわよ……はぁ~~~~~」

 多少の時間をかけてようやく復活したエリスは、頼んだチキンソテーにナイフを入れながら、盛大にため息を漏らしていた。

「出会ったときからあのような方ではありましたが、……なんといいましょうか、さっきは随分とはしゃいでいたといいますか、ノリノリでわたくしをいじめてきましたわね」
「あ、あはは……ホント、大変そうでしたね……」

 注文をとり去って行ったのを最後に、シンシアは現れなかった。料理を運んできたのは別の女性スタッフで、服装も別にメイド服ではなかった。普通のカフェで見かけるベージュのシャツに黒のパンツスタイルで、ブラウンのエプロンを腰に付けたカジュアルな制服姿だった。

 なぜ店長のみが違う服装なのかを彼女に訊いたところ、
「あれは店長の趣味です」と言い切られた。

 いいのか、それで?
 
 とも思ったが、本人が好きな物を、海斗がどうこう言う必要もない。
 おまけに聞いた話によると、あのメイド服を用意したのは、エリスなのだそうだ。
 初めてシンシアが店に訪れた際に注文したのが、あのメイド服だそうだ。

 なんというか、あの服装に拘りでもあるのだろうか。

「それにしても、このパスタおいしい。ね、カイトはどう?」
「ん? ああ、これか。そうだな、味は悪くないな。だが、……『色』がもう少し落ち着いていれば、なおよかったのだがな」

 頼んだパスタは、海斗にとって普通の魚介パスタではなかった。

 なんというか、先日のフェアリーバードのほぐし身に、緑やら青の、イカなのかタコなのかよくわからない軟体動物の足、みたいな物体。真っ黒な貝(貝殻ではなく中身が)。それに紫色のバジルのようなものがかかっている。おまけに甲殻類を思わせる海老のような食材はどぎついまでの黄色だった。せめて、パスタの色だけが普通なのは救いである。

 そんな、まるで合成着色料をふんだんに使われているのではないか、と疑いたくなるような料理を前に、始めは躊躇した。

 しかし、ここで臆していても始まらないと、海斗はソレを口にしてみた。

 だが、これが意外と、――いや、かなりうまかった。

 変な青臭さもないし、生臭くもない。パスタに絡まるオリーブオイル、のような風味に、ときおり香辛料の辛味が舌を刺激してくるのがいいアクセントとなっている。

 本当に、この奇抜な色さえなければ、という一点のみ、どうしてもマイナスの評価になってしまうのが残念だ。

「ここの料理は、どれも一級ですわよ。店長のシアはアレですが、彼女の料理の腕は確かなものですわ」
「へぇ、そうなると、ここの料理は全部シンシアさんが作ってるんですか?」
「まぁ、他にも調理専門のスタッフはいるみたいですが、大抵のことは、シアが一人がやってしまうようですわね」
「ほぉ、あの女はそこまで優秀なのか」
「正直に申しまして、あの毒舌以外の欠点が見当たらないくらい、シアは完璧なのですわ。女性のわたくしから見ても、非常に魅力的な女性であることは、間違いありません。なにより、彼女は『竜人ドラゴニュート』ですからね。身体能力に関して言えば、間違いなくこの街最強ですわ」

 さきほどズタボロに言われていたのにも拘らず、シンシアを褒めちぎるエリス。

 どれだけその場では、お互いに悪態をついたりつかれたりしていても、むしろそれだけ遠慮なく言いえる間柄、ということなのだろう。

「それにしてもイズナ様、よくシンシアの生まれがわかりましたわね」
「……『ムラマサ』なんて姓は、王国でも帝国でも聞かないですからね……それに、あたしも、カムイの出身ですから、すぐにわかりました」
「あら、そうでしたのね」

 なぜか、イズナは自分の出自を答える際に、エリスから僅かに目を逸らした。

「? イズナ様?」

 視線を逸らされたのに気づいたエリスが、訝しげにイズナへ声をかけた。

「あ、いえ、なんでもないんですっ」

 慌てて取り繕ってはいるが、どう見てもなんでもなさそうな表情ではなかった。

 なにか、自分の出身について知られたくない事情でもあるのだろうか。
 だが、それなら今の会話でそれを隠せばよかっただろうに……

 こんなところにも、イズナはバカ正直で、隠し事や嘘が苦手である様子が窺える。

「そうですか。申し訳ありません。いえ、単なる興味本位でしたので、お話したくないのでしたら、無理をなさることはありませんわ。むしろ、こちらが謝らねばなりませんわね。わたくしとて、家のことは、あまり訊かれたくはありませんもの」
「はい、ありがとうございます」

 あっさりと決着。お互いに事情を抱えているからか、それ以上の追求はしない。まぁ、海斗とて、相手のプライベートを根掘り葉掘り詮索するような趣味は持ち合わせいない。当人が喋りたくないのなら、別に訊く必要もないことである。

「……どうでもいいが、メシが冷めるぞ」
「――って、貴方には情緒とうものはありませんの? さっきから黙ってもくもく一人で食べていますわね」
「ふん。人様の事情がどうこうなどいう生産性のない話に、生憎と興味などないものでな」
「はは、カイトらしい」
「はぁ……なんともつまらないお人ですわね」
「ふん……もく、もく……ごくん。――もくもく」

 海斗は蛍光色過多なパスタを、まるで味わって食べているのか疑わしい勢いで食べ進めていく。

「……エリスさん」

 イズナは、そんな海斗のぶっきらぼうな様子に、苦笑を浮かべた。
 エリスの耳元に顔を寄せると、小声でなにかを話し始める。

「カイトは、ただ単にすごく不器用なだけなんです。あれでも、あたしたちにちゃんと気を遣ってくれているんですよ」
「いえ、まるでそうは見えませんが?」
「……あはは……まぁ、あんな態度じゃ、わかり辛いですけど……ね。でも、さっきから、あたしたちが聞いて欲しくないことや、話すのを躊躇したときなんて、絶対に深入りしてこないじゃないですか? それは、見え辛くても、彼なりの思いやりなんだと思います」

 ところどころ不明瞭なところはあるが、大まかなところは聞き取れた。なんとも好き勝手に言ってくれている。

 ……昨日今日会ったばかりの俺を、随分と買いかぶっているな。見当違いも甚だしい。
 海斗がイズナに気を遣っているのは、生活を面倒になっているからだ。
 ……別に、彼女を慮ってのことではない。
 断じて、ない。

「イズナ様、貴女、あの男になにか弱みでも握られていますの?」

 そして、この女もたいがい失礼だな。

「あ、あはは……」

 イズナはまたも苦笑を漏らし、フォークでパスタを弄んでいた。少々行儀が悪い。

 そんな調子で、女性陣が会話に花を咲かせている隣では、海斗が仏頂面を貫き通しながら、パスタを口に運んでいた。
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