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奴隷編
サヨの追憶 強襲・強奪
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ベスティア村。
人口は百にも満たない小さな村である。
特別な産業もなにもなく、特産物といえば森で捕れるキノコくらいなものだ。
それだって特に村の財政を潤してくれるようなものではない。
しかし、村人達は畑を耕し、森で狩りを行うなどして、自給自足を行い、穏やかな日々を生きていた。
そんな彼らの生活が、一夜にして一変。
貧しいながらも、村人全員で助け合い、幸せな毎日を送っていた彼らの日常は、ある者達の手で壊されることとなった……
――1ヶ月前、時刻は深夜、草木も眠る丑三つ時。
村の周辺を囲む森の中に、怪しく光る幾人もの瞳が……
「おい……準備はいいな? 仕掛けるぞ」
「「おう」」
真っ黒な装束に身を包んだ、いかにも怪しい集団。
彼らは、この村を襲撃するために訪れた、盗賊団であった。
皆、口元にいやらしい笑みを湛え、その瞳は暗く濁っている。
「へへ……久しぶりの『獣狩り』だぜ……」
「落ち着け……今回は殺すのが目的じゃない……あくまでも奴隷として使えるやつを捕らえろ、ってのが頭からの指示だ……間違えんなよ?」
「でもよ、抵抗してくるやつらは、ある程度ならバラしてもいいんだろ?」
「……ほどほどにな。お前は加減ってもんを知らんから、皆殺しにしそうで怖いぜ…………ただ、ここには【ルプス族】もいる。あいつらの身体の能力は侮れん……となると」
「分かってるよ……まずは、『ガキ』から、だろ?」
「そういうこった……」
暗闇で村を襲う算段を整えると、真っ黒な衣服に身を包んだ、総勢30人ほどの盗賊達が、森から這い出してきた。
皆一様に、腰には青銅のナイフを装備しており、村を見つめる表情には、被虐的な笑みが浮かんでいる。
これから行われる暴虐に胸躍らせ、盗賊達は寝静まる夜の村へと侵入した。
「ん~…………むにゅ…………うん?」
その日、サヨは自室の布団で、聞き慣れない複数の足音に気が付き、目が覚めた。
「誰……?」
家の中と外に、サヨの知らない気配が5つ。
外に1人、中に4人……
サヨはルプス族の鋭い感性を働かせて、家に侵入してきた何者かの気配を慎重に探った。
サヨの家は2階建てになっており、1階には姉のヨルと、1年前に新しく家族になった義兄のシンが寝ているはずだ。
しかし、ルプス族としてはまだ未熟なサヨが、この気配に気付いたのだ。
あの2人が気付かないわけがない。
「まさか、夜盗……? こんな小さな村に……?」
サヨ達の村には金品などほとんどない。
それに食料だって、そこまで蓄えているわけでもないのだ。
少なくとも、この村を襲っても、襲うだけのメリットがあるようには思えない。
しかもこの村は人が住む都からそれなりに距離も離れているし、街道からも外れた場所にある。
通りがかりでここを偶然見つけた可能性は、極めて低いと思われた。
「何……この嫌な感じ?」
サヨは獣人の特徴である耳や尻尾の毛を逆立てて、家の中を徘徊する何者かに、高い警戒心を抱いた。
そして、しばらく外の様子を伺っていたサヨの耳に、『家の外』から悲鳴が聞こえてきた。
「っ?!」
思いがけない場所から聞こえてきた同胞の叫び声に、サヨの気が家の中から逸れてしまう。
しかも、その隙を突くように、ひとりの男がサヨの部屋に入ってきたのだ。
「み~っけ……ひひ」
「ひっ?!」
乱暴に扉を開けるようなことはせず、ゆらりと部屋に入ってきた男の存在に、サヨの喉が小さく悲鳴を漏らした。
濁った瞳、なのに夜の闇の中にあって、ギラギラと光る男の目を見たサヨは、恐怖に体が一動かなくなる。
「ひひひ……大人しくしてりゃぁ、痛い目はみねぇで済むぜ?」
べろりと唇を舌舐めずりする男。
にじり寄ってくる男の放つ、そのおどろおどろしい雰囲気に、サヨは呑まれ掛ける。
しかし突如、サヨの耳に、1階から男性の声が届く。
『サヨちゃん!』
義兄のシンである。
『けけ、動くんじゃねぇよ……あんまり暴れっと、後ろの女と一緒にバラしちまぞ……?』
『貴様ら! この村には、お前らにくれてやれるような物はない! とっとと出ていけ!』
『はははっ、威勢がいいな獣畜生が。でもな、俺達の目的は金や食料じゃねぇんだわ……俺達は、お前ら獣人どもが欲しいのよ、奴隷としてな!』
『なっ?! ふざけるな! 俺達はあんたらの思い通りになんかならない! 今すぐに出て行かないなら、叩き出す!』
『やってみろよ、化け物が!』
1階では、シンが3人の男達と対峙しているようだ。
となると、シンの助けは期待できない。
「ひひひ……これじゃあ助けは来れねぇなぁ……さ~て、それじゃあ俺達と来てもらうぜ……なぁに安心しな……抵抗さえしなけりゃ、大事な『商品』を傷つける真似はしねぇからよ……」
「くっ……」
男が更にサヨへと近付いてくる。
しかし、サヨはシンの声を聞いたことにより、多少の冷静さを取り戻せていた。
……アタシは、まだ子供かもしれないけど……
侵入者が、いよいよサヨのすぐ近くまで歩み寄る。
……それでも、アタシだって、お姉ちゃんや義兄さんと同じ、狼なんだ!
「ひひ、抵抗すんなよ、でねぇと痛い目に……」
「遭うのは、あんただぁぁぁ――っ!!」
サヨは無防備に近付いてきた男の腹部に、渾身の拳をお見舞いした。
「ぐげぇっ」
男は腹を押さえて、その場に膝を付く。
その隙を逃さず、サヨは男の顔面に回し蹴りを炸裂させ、部屋の外にぶっ飛ばした。
そうよ……アタシは狩る側……狩られる側じゃない!
森で日々野生の獣を相手にしているサヨにとって、隙だらけで近付いてきた人など、相手ではない。
サヨは蹴り飛ばした男に追撃を掛けようと、一足跳びに肉薄。
頭部を強打して朦朧としている男を、今度は1階にまで叩き落とした。
「ぐげぇぇぇぇ――――っ!」
「「っ?!」」
突如2階から転げ落ちてきた仲間に、盗賊の3人が驚愕し、僅かに立ち尽くす。
しかし、それだけの隙を見逃すシンではなく。
「(隙ができた、今!)」
手前にいた男の顎を正確に捉え、打ち抜いた。
それでまずひとりが昏倒。
続けざまに、残りの二人もあっという間に片付けてしまう。
しかし心根の優しいシンは、盗賊とはいえ殺すことをせず、気絶させるだけに留まった。
外にいた気配はいつの間にか消えている、
中の物音を聞きつけて、この場を離れたか……いずれにしろ、多少の時間的余裕はできたと見ていいだろう。
「ふぅ……片付いたか――」
シンは村で5人しかいないルプス族の一人で、他はサヨとヨルの姉妹に、シンの両親だ。
姉妹の両親は、サヨがまだ小さい時に、流行病で亡くなった。
その後、彼女達の面倒を見ていたのが、シンの一家だった。
親を亡くした悲しみをシン達は必死に癒し、結果として、姉妹は持ち直した。その過程で、ヨルがシンに惚れて、めでたく2人は結ばれたのである。
「っ! そうだ、サヨちゃん、無事か?!」
「義兄さん! お姉ちゃん!」
「よかった、無事だったんだね」
「うん。義兄さんとお姉ちゃんも、大丈夫だった? 怪我とかしてない?」
「サヨ、私は大丈夫よ。それよりも、シンさんは、どこか怪我をされてはいませんか?」
「大丈夫だよ、ヨル。ルプス族である俺が、人に遅れを取るわけないだろ」
「ですが、心配はしてしまいます……」
1階にいた2人の元へと、サヨは駆け下りた。
扉の奥にヨルの安全を確認すると、サヨは安堵のため息を吐く。
三者三様にそれぞれの安否を確認し、怪我ないことにも安心した。
しかし、事態はまだ解決したわけではない。
先程、家の外から悲鳴が聞こえたし、外にもまだ盗賊の仲間がいるはずなのだ。
「ヨル、また心配を掛けることになるかもしれないから、先に謝っておく。俺はこれから、村に出て他の盗賊を倒してくる。さっきも外から悲鳴が上がっていたし、きっとまだ他にも連中の仲間がいるのは確実だ……」
「シンさん……」
「大丈夫。絶対にこいつらを村から追い出してみせるから。二人は、外に出ないようにして、入り口や窓には家具を置いて、外から入られないようにするんだ。いいね」
「うん。お願いね、義兄さん。アタシは、お姉ちゃんとお腹の赤ちゃんを、絶対に守ってみせるから!」
「頼もしいな……それじゃ、行って……」
と、シンが扉に向かって足を進めたときだ。
「おいおい……何処に行くってんだ? ええ、犬野郎?」
声のした方に、3人が一斉に振り返る。
するとそこには、家の入り口を開け、その腕に『村の子供』を抱えた盗賊の一人が立っていた。
「っ?! 貴様……!」
「おっと動くなよ? このガキがどうなっても知らねぇぜ?」
「くっ……」
男は子供の喉下にナイフを押し付け、下卑た嗤い声を漏らした。
「へへへ……それでいい……しっかし、やっぱりルプス族ってのはあぶねぇ連中だな……さっき仲間が『別のルプス族を二人』ほど殺してきたところだが……年食ってた割には苦戦したって嘆いてたぜ……しかもお前らの足元……やってくれたなぁ……」
「――っ?! 二人の、俺達以外のルプス……まさか、まさか貴様ら、俺の両親を!!」
「はっ、何だ知り合いだったのか。わりぃな。仕事の邪魔になるってんで、真っ先に殺させてもらったぜ」
「貴様!!!」
「待って、シンさん! 今行ってはだめです!」
シンの瞳が烈火に燃えた。
姿勢を低くして、男に飛びかかろうと足に力を入れるが、すんでのところでヨルに止められた。
「……へへ、そっちのメス犬の方がちゃんと状況をわかってんなぁ……ああそうだ。今みたいな動きをもう一度してみろ……さもねぇと、ガキの喉を掻っ切るぞ」
「この、下衆が……!」
「へへへ……へへへへへへへっ!」
――そこからは、もはや一方的な虐殺の始まりだった。
どこまで周到に村のことを調べていたのか。
子供のいる家は軒並み襲われ、大半の子供達が盗賊達の手に落ちてしまった。
彼らは子供達を人質に、村を制圧。
頼みの綱であったルプス族の5人も、2人は既に殺されており、1人はまだ未熟な子供、その姉はお腹に子を宿しており、唯一まとも戦えるシンも、人質を取られた状況では、身動きがとれず、結果……
「ぐあああああああ――――――っっ!!」
シンは、自らの手で気絶させた盗賊達から、凄惨な拷問を受けていた。
目をナイフで抉り取られ、体のいたるところには深い切り傷。手足の指から爪は剥がされ、何度も殴打された身体は、あちこちの骨が折れていた。
「やめて……やめて、やめてください!!」
妻であるヨルも取り押さえられ、自分の夫がボロボロになっていく様を見せ付けられる。
「おらっ! てめぇも寝てねぇで、しっかり見んだよ!」
「あぐっ」
「サヨ! やめてください! サヨはまだ子供なんですよ?! それをこんな……」
サヨは、部屋に侵入してきた男から、かなり苛烈な暴行を受けていた。
全身は痣だらけになり、何度も気絶しては、痛みで叩き起こされる。
「へっ! お前らはまだ使い道があるから殺すなって言われてっからな、これで我慢してやってるんだぜ? 本当なら、手足を引き千切ってぶっ殺してやりてぇところをよ!」
「……ぜひゅ~、ぜひゅ~、おねえぢゃん……あだじは、だいじょぶ、らがら……」
「あ、ああ、サヨ……」
男に手酷く痛めつけられているのにも関わらず、腫れた顔を無理やり笑みの形にして、姉を安心させようと気丈に振舞うサヨ。
しかし、
「おい……こいつ、そろそろ死ぬんじゃねぇか?」
「はぁ! マジかよ?! 俺もっと遊びたかったのによ……」
男達の声に、ヨルがシンに再び目を向けた。
「あ、ああ……シンさん……シン、さん……」
四肢はすべてあらぬ方向へと折れ曲がり、全身からは夥しい量の血液が、床に流れ出ていた。
既にその顔に生気はなく、シンはいつ死んでもおかしくない状態であった。
しかし、シンは僅かに顔を動かし、もはや空洞になってしまった瞳で、偶然にもヨルを捉えると、笑った。
「え……?」
その口が動き、ヨルに何かを伝える。
「……っ…………っ………………」
声は出ていない。
それでも、ヨルにはシンが何を口にしたのか、はっきりと読み取ることができた。
『大丈夫、俺が、絶対に『3人』を、守るから』
「~~~~~~~っ、シンさん!」
シンは、自身が傷付き、今まさにその命が消えようという最中にありながら、それでもヨル姉妹を、お腹の中にいる子供を守ると、そう口にしたのだ。
それが、既に叶わぬことであるかなど、この際、どうでもいいのだ。
ヨルは、シンのどこまでも真っ直ぐで、優しさに溢れた心を目の当たりにし、瞳からボロボロと涙が溢れてきた。
だが、そんな夫婦の絆も、盗賊達にとってはどうでもいいこと。
「ちっ、体が丈夫なだけが取り得の畜生も、案外もたねぇもんだな……」
「おい、こいつ笑ってやがるぜ……あんまりも痛めつけられて、気でも触れたか?」
「どうでもいいだろ? さっさと殺して、ここから撤収しようぜ?」
「だな。……にしても、結構抵抗が酷くて、捕まえられたのはガキを合わせてたったの15人かよ。割りに合わねぇな……」
「言うなよ。それでもまだ捕まえられただけマシだ。明日の朝にはこっちに増援が来る。そいつらと合流したら、この化け物共を連れて行くぞ」
「「うす」」
今度の段取りを打ち合わせた盗賊達は、シンの体を床に蹴り飛ばし、
「じゃあな、それなりの憂さ晴らしにはなったぜ」
そう言って、家の裏手に置いてあった斧を持ち出してくる。
普段は薪を割る為に使っている斧は、この時ばかりは鈍くその刃を光らせ、不気味に輝いていた。
男はそんな斧を、シンの首に狙いを定め――
「っ! 待って、待って下さい! そのひとは!」
「そんじゃ、ほいさ」
「――――――――――――――――――――?!!!!!」
ヨルの悲痛な叫びも虚しく、軽い調子で振り下ろされた斧は、シンの首を、
――容赦なく、跳ね飛ばしたのだった。
人口は百にも満たない小さな村である。
特別な産業もなにもなく、特産物といえば森で捕れるキノコくらいなものだ。
それだって特に村の財政を潤してくれるようなものではない。
しかし、村人達は畑を耕し、森で狩りを行うなどして、自給自足を行い、穏やかな日々を生きていた。
そんな彼らの生活が、一夜にして一変。
貧しいながらも、村人全員で助け合い、幸せな毎日を送っていた彼らの日常は、ある者達の手で壊されることとなった……
――1ヶ月前、時刻は深夜、草木も眠る丑三つ時。
村の周辺を囲む森の中に、怪しく光る幾人もの瞳が……
「おい……準備はいいな? 仕掛けるぞ」
「「おう」」
真っ黒な装束に身を包んだ、いかにも怪しい集団。
彼らは、この村を襲撃するために訪れた、盗賊団であった。
皆、口元にいやらしい笑みを湛え、その瞳は暗く濁っている。
「へへ……久しぶりの『獣狩り』だぜ……」
「落ち着け……今回は殺すのが目的じゃない……あくまでも奴隷として使えるやつを捕らえろ、ってのが頭からの指示だ……間違えんなよ?」
「でもよ、抵抗してくるやつらは、ある程度ならバラしてもいいんだろ?」
「……ほどほどにな。お前は加減ってもんを知らんから、皆殺しにしそうで怖いぜ…………ただ、ここには【ルプス族】もいる。あいつらの身体の能力は侮れん……となると」
「分かってるよ……まずは、『ガキ』から、だろ?」
「そういうこった……」
暗闇で村を襲う算段を整えると、真っ黒な衣服に身を包んだ、総勢30人ほどの盗賊達が、森から這い出してきた。
皆一様に、腰には青銅のナイフを装備しており、村を見つめる表情には、被虐的な笑みが浮かんでいる。
これから行われる暴虐に胸躍らせ、盗賊達は寝静まる夜の村へと侵入した。
「ん~…………むにゅ…………うん?」
その日、サヨは自室の布団で、聞き慣れない複数の足音に気が付き、目が覚めた。
「誰……?」
家の中と外に、サヨの知らない気配が5つ。
外に1人、中に4人……
サヨはルプス族の鋭い感性を働かせて、家に侵入してきた何者かの気配を慎重に探った。
サヨの家は2階建てになっており、1階には姉のヨルと、1年前に新しく家族になった義兄のシンが寝ているはずだ。
しかし、ルプス族としてはまだ未熟なサヨが、この気配に気付いたのだ。
あの2人が気付かないわけがない。
「まさか、夜盗……? こんな小さな村に……?」
サヨ達の村には金品などほとんどない。
それに食料だって、そこまで蓄えているわけでもないのだ。
少なくとも、この村を襲っても、襲うだけのメリットがあるようには思えない。
しかもこの村は人が住む都からそれなりに距離も離れているし、街道からも外れた場所にある。
通りがかりでここを偶然見つけた可能性は、極めて低いと思われた。
「何……この嫌な感じ?」
サヨは獣人の特徴である耳や尻尾の毛を逆立てて、家の中を徘徊する何者かに、高い警戒心を抱いた。
そして、しばらく外の様子を伺っていたサヨの耳に、『家の外』から悲鳴が聞こえてきた。
「っ?!」
思いがけない場所から聞こえてきた同胞の叫び声に、サヨの気が家の中から逸れてしまう。
しかも、その隙を突くように、ひとりの男がサヨの部屋に入ってきたのだ。
「み~っけ……ひひ」
「ひっ?!」
乱暴に扉を開けるようなことはせず、ゆらりと部屋に入ってきた男の存在に、サヨの喉が小さく悲鳴を漏らした。
濁った瞳、なのに夜の闇の中にあって、ギラギラと光る男の目を見たサヨは、恐怖に体が一動かなくなる。
「ひひひ……大人しくしてりゃぁ、痛い目はみねぇで済むぜ?」
べろりと唇を舌舐めずりする男。
にじり寄ってくる男の放つ、そのおどろおどろしい雰囲気に、サヨは呑まれ掛ける。
しかし突如、サヨの耳に、1階から男性の声が届く。
『サヨちゃん!』
義兄のシンである。
『けけ、動くんじゃねぇよ……あんまり暴れっと、後ろの女と一緒にバラしちまぞ……?』
『貴様ら! この村には、お前らにくれてやれるような物はない! とっとと出ていけ!』
『はははっ、威勢がいいな獣畜生が。でもな、俺達の目的は金や食料じゃねぇんだわ……俺達は、お前ら獣人どもが欲しいのよ、奴隷としてな!』
『なっ?! ふざけるな! 俺達はあんたらの思い通りになんかならない! 今すぐに出て行かないなら、叩き出す!』
『やってみろよ、化け物が!』
1階では、シンが3人の男達と対峙しているようだ。
となると、シンの助けは期待できない。
「ひひひ……これじゃあ助けは来れねぇなぁ……さ~て、それじゃあ俺達と来てもらうぜ……なぁに安心しな……抵抗さえしなけりゃ、大事な『商品』を傷つける真似はしねぇからよ……」
「くっ……」
男が更にサヨへと近付いてくる。
しかし、サヨはシンの声を聞いたことにより、多少の冷静さを取り戻せていた。
……アタシは、まだ子供かもしれないけど……
侵入者が、いよいよサヨのすぐ近くまで歩み寄る。
……それでも、アタシだって、お姉ちゃんや義兄さんと同じ、狼なんだ!
「ひひ、抵抗すんなよ、でねぇと痛い目に……」
「遭うのは、あんただぁぁぁ――っ!!」
サヨは無防備に近付いてきた男の腹部に、渾身の拳をお見舞いした。
「ぐげぇっ」
男は腹を押さえて、その場に膝を付く。
その隙を逃さず、サヨは男の顔面に回し蹴りを炸裂させ、部屋の外にぶっ飛ばした。
そうよ……アタシは狩る側……狩られる側じゃない!
森で日々野生の獣を相手にしているサヨにとって、隙だらけで近付いてきた人など、相手ではない。
サヨは蹴り飛ばした男に追撃を掛けようと、一足跳びに肉薄。
頭部を強打して朦朧としている男を、今度は1階にまで叩き落とした。
「ぐげぇぇぇぇ――――っ!」
「「っ?!」」
突如2階から転げ落ちてきた仲間に、盗賊の3人が驚愕し、僅かに立ち尽くす。
しかし、それだけの隙を見逃すシンではなく。
「(隙ができた、今!)」
手前にいた男の顎を正確に捉え、打ち抜いた。
それでまずひとりが昏倒。
続けざまに、残りの二人もあっという間に片付けてしまう。
しかし心根の優しいシンは、盗賊とはいえ殺すことをせず、気絶させるだけに留まった。
外にいた気配はいつの間にか消えている、
中の物音を聞きつけて、この場を離れたか……いずれにしろ、多少の時間的余裕はできたと見ていいだろう。
「ふぅ……片付いたか――」
シンは村で5人しかいないルプス族の一人で、他はサヨとヨルの姉妹に、シンの両親だ。
姉妹の両親は、サヨがまだ小さい時に、流行病で亡くなった。
その後、彼女達の面倒を見ていたのが、シンの一家だった。
親を亡くした悲しみをシン達は必死に癒し、結果として、姉妹は持ち直した。その過程で、ヨルがシンに惚れて、めでたく2人は結ばれたのである。
「っ! そうだ、サヨちゃん、無事か?!」
「義兄さん! お姉ちゃん!」
「よかった、無事だったんだね」
「うん。義兄さんとお姉ちゃんも、大丈夫だった? 怪我とかしてない?」
「サヨ、私は大丈夫よ。それよりも、シンさんは、どこか怪我をされてはいませんか?」
「大丈夫だよ、ヨル。ルプス族である俺が、人に遅れを取るわけないだろ」
「ですが、心配はしてしまいます……」
1階にいた2人の元へと、サヨは駆け下りた。
扉の奥にヨルの安全を確認すると、サヨは安堵のため息を吐く。
三者三様にそれぞれの安否を確認し、怪我ないことにも安心した。
しかし、事態はまだ解決したわけではない。
先程、家の外から悲鳴が聞こえたし、外にもまだ盗賊の仲間がいるはずなのだ。
「ヨル、また心配を掛けることになるかもしれないから、先に謝っておく。俺はこれから、村に出て他の盗賊を倒してくる。さっきも外から悲鳴が上がっていたし、きっとまだ他にも連中の仲間がいるのは確実だ……」
「シンさん……」
「大丈夫。絶対にこいつらを村から追い出してみせるから。二人は、外に出ないようにして、入り口や窓には家具を置いて、外から入られないようにするんだ。いいね」
「うん。お願いね、義兄さん。アタシは、お姉ちゃんとお腹の赤ちゃんを、絶対に守ってみせるから!」
「頼もしいな……それじゃ、行って……」
と、シンが扉に向かって足を進めたときだ。
「おいおい……何処に行くってんだ? ええ、犬野郎?」
声のした方に、3人が一斉に振り返る。
するとそこには、家の入り口を開け、その腕に『村の子供』を抱えた盗賊の一人が立っていた。
「っ?! 貴様……!」
「おっと動くなよ? このガキがどうなっても知らねぇぜ?」
「くっ……」
男は子供の喉下にナイフを押し付け、下卑た嗤い声を漏らした。
「へへへ……それでいい……しっかし、やっぱりルプス族ってのはあぶねぇ連中だな……さっき仲間が『別のルプス族を二人』ほど殺してきたところだが……年食ってた割には苦戦したって嘆いてたぜ……しかもお前らの足元……やってくれたなぁ……」
「――っ?! 二人の、俺達以外のルプス……まさか、まさか貴様ら、俺の両親を!!」
「はっ、何だ知り合いだったのか。わりぃな。仕事の邪魔になるってんで、真っ先に殺させてもらったぜ」
「貴様!!!」
「待って、シンさん! 今行ってはだめです!」
シンの瞳が烈火に燃えた。
姿勢を低くして、男に飛びかかろうと足に力を入れるが、すんでのところでヨルに止められた。
「……へへ、そっちのメス犬の方がちゃんと状況をわかってんなぁ……ああそうだ。今みたいな動きをもう一度してみろ……さもねぇと、ガキの喉を掻っ切るぞ」
「この、下衆が……!」
「へへへ……へへへへへへへっ!」
――そこからは、もはや一方的な虐殺の始まりだった。
どこまで周到に村のことを調べていたのか。
子供のいる家は軒並み襲われ、大半の子供達が盗賊達の手に落ちてしまった。
彼らは子供達を人質に、村を制圧。
頼みの綱であったルプス族の5人も、2人は既に殺されており、1人はまだ未熟な子供、その姉はお腹に子を宿しており、唯一まとも戦えるシンも、人質を取られた状況では、身動きがとれず、結果……
「ぐあああああああ――――――っっ!!」
シンは、自らの手で気絶させた盗賊達から、凄惨な拷問を受けていた。
目をナイフで抉り取られ、体のいたるところには深い切り傷。手足の指から爪は剥がされ、何度も殴打された身体は、あちこちの骨が折れていた。
「やめて……やめて、やめてください!!」
妻であるヨルも取り押さえられ、自分の夫がボロボロになっていく様を見せ付けられる。
「おらっ! てめぇも寝てねぇで、しっかり見んだよ!」
「あぐっ」
「サヨ! やめてください! サヨはまだ子供なんですよ?! それをこんな……」
サヨは、部屋に侵入してきた男から、かなり苛烈な暴行を受けていた。
全身は痣だらけになり、何度も気絶しては、痛みで叩き起こされる。
「へっ! お前らはまだ使い道があるから殺すなって言われてっからな、これで我慢してやってるんだぜ? 本当なら、手足を引き千切ってぶっ殺してやりてぇところをよ!」
「……ぜひゅ~、ぜひゅ~、おねえぢゃん……あだじは、だいじょぶ、らがら……」
「あ、ああ、サヨ……」
男に手酷く痛めつけられているのにも関わらず、腫れた顔を無理やり笑みの形にして、姉を安心させようと気丈に振舞うサヨ。
しかし、
「おい……こいつ、そろそろ死ぬんじゃねぇか?」
「はぁ! マジかよ?! 俺もっと遊びたかったのによ……」
男達の声に、ヨルがシンに再び目を向けた。
「あ、ああ……シンさん……シン、さん……」
四肢はすべてあらぬ方向へと折れ曲がり、全身からは夥しい量の血液が、床に流れ出ていた。
既にその顔に生気はなく、シンはいつ死んでもおかしくない状態であった。
しかし、シンは僅かに顔を動かし、もはや空洞になってしまった瞳で、偶然にもヨルを捉えると、笑った。
「え……?」
その口が動き、ヨルに何かを伝える。
「……っ…………っ………………」
声は出ていない。
それでも、ヨルにはシンが何を口にしたのか、はっきりと読み取ることができた。
『大丈夫、俺が、絶対に『3人』を、守るから』
「~~~~~~~っ、シンさん!」
シンは、自身が傷付き、今まさにその命が消えようという最中にありながら、それでもヨル姉妹を、お腹の中にいる子供を守ると、そう口にしたのだ。
それが、既に叶わぬことであるかなど、この際、どうでもいいのだ。
ヨルは、シンのどこまでも真っ直ぐで、優しさに溢れた心を目の当たりにし、瞳からボロボロと涙が溢れてきた。
だが、そんな夫婦の絆も、盗賊達にとってはどうでもいいこと。
「ちっ、体が丈夫なだけが取り得の畜生も、案外もたねぇもんだな……」
「おい、こいつ笑ってやがるぜ……あんまりも痛めつけられて、気でも触れたか?」
「どうでもいいだろ? さっさと殺して、ここから撤収しようぜ?」
「だな。……にしても、結構抵抗が酷くて、捕まえられたのはガキを合わせてたったの15人かよ。割りに合わねぇな……」
「言うなよ。それでもまだ捕まえられただけマシだ。明日の朝にはこっちに増援が来る。そいつらと合流したら、この化け物共を連れて行くぞ」
「「うす」」
今度の段取りを打ち合わせた盗賊達は、シンの体を床に蹴り飛ばし、
「じゃあな、それなりの憂さ晴らしにはなったぜ」
そう言って、家の裏手に置いてあった斧を持ち出してくる。
普段は薪を割る為に使っている斧は、この時ばかりは鈍くその刃を光らせ、不気味に輝いていた。
男はそんな斧を、シンの首に狙いを定め――
「っ! 待って、待って下さい! そのひとは!」
「そんじゃ、ほいさ」
「――――――――――――――――――――?!!!!!」
ヨルの悲痛な叫びも虚しく、軽い調子で振り下ろされた斧は、シンの首を、
――容赦なく、跳ね飛ばしたのだった。
応援ありがとうございます!
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