ガチ・女神転生――顔だけ強面な男が女神に転生。堕女神に異世界の管理を押し付けられました!

昼行灯

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廃村の亡霊編

好きの気持ちと、壊れた村

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 町を出発してから、およそ半日。 

 アリーチェは、馬車の外に視線を向けて、ため息を吐いた。

「なんで、お姉さまが外を歩いてるのよ……?」


 テルマ――アリーチェの心を掴んで放さない、同姓の想い人。
 神様からこの世界に送られてきた、などと口にしたときは、正直なところ胡散臭すぎて、どんな人物か警戒したものだが。

 それは、彼女の容姿を目にした瞬間に、吹き飛んだ。

 どこまでも心の奥に浸透するような美しい声。
 そして、月の女神を思わせる輝く銀の髪。

 その圧倒的な美貌を前に、アリーチェは姉を思い出した。
 とても高飛車で、己の容姿に絶対の自信を持っていた姉。
 アリーチェから見ても、確かに姉は周囲の女性と比べて飛び抜けて美しかった。

 だが、如何せん性格に難がありすぎた。
 
 そんな姉の近くで育ったせいか、綺麗な女性は全員自信過剰で性格の悪い者しかいないと決め付けていた。

 そこにきて、アリーチェはテルマと出会ったのだ。

 完成された容姿に加えて、特別な力まで備えた超人。

 しかし、それでいて彼女に感じるたのは、姉のように自身に溢れた傲慢さではなく、どこまでも謙虚な姿勢と、包まれるような母性であった。
 
 最初に目が合ったとき、アリーチェは心臓が跳ねたのを覚えている。

 きっと、あれを一目惚れというに違いない。  


 そして今、アリーチェはテルマの背中に視線を向けながら、再度ため息を漏らした。

 馬車の速度は、全速であってもひとが歩く速度よりも多少速いくらいだ。
 それゆえに、御者がしっかり操ってくれれば、ひとが歩く速度と変わらない速さで走ることができる。
 アリーチェは乗り物に強い方とは言えないので、この速度で走ってくれていることは正直ありがたい。
 商団に所属していたときは最悪だったし、船の上でも、あまり体調は優れなかったくらいなのだから。

 だが、今はそれよりも。

「一番馬車に乗らないといけないのは、お姉さまでしょうに……」

 そう。今テルマは、馬車の外で男達と談笑を交わしながら、真っ直ぐに伸びた美しい姿勢で歩いていた。

 テルマの後ろ姿に、思わず見惚れそうになってしまう自分を諌めるように、頭をぶんぶんと横に振る。

「おかしいわ。絶対におかしいわよ」

 この馬車を用意したのも、道中の食料を準備してくれたのも、全てテルマだ。
 商団の商品から、いくつか食料を融通してもらったりはしたが、この人数では数日で食い潰してしまうだろう。
 それを思うと、テルマがしっかりと食料を準備していてくれたことには感謝しかない。
 
 それなのに……

「絶対におかしいわ」

 町を出発する際、馬車に乗ることができたのは、女子供と数人の男性だけ。男性は、脚の腱を切られて歩くのに難儀している、元傭兵だ。それと食料を積んで馬車はいっぱいいっぱい。

 少しきついくらいに押し込めて乗っている状況だが、夜間を通して歩いてるよりは大分マシである。

 現に、アリーチェは馬車の上で少し眠ってしまったくらいだ。
 まだまだ体が疲れている証拠だろう。

 途中、一同は馬車を止め、数人の見張りを交代で出し、仮眠を取った。
 むろん、見張りを行ったのは男性陣……と、何故かテルマだった。
 自分達に任せて、テルマ様は休んで欲しいと言われていたのにも関わらず、彼女は、

『皆さんにだけ苦労は掛けられません。それに、わたしならなにかあっても多少なら対処ができますし、見張りには最適です。もっと頼って下さって結構ですよ』

 などと口にしていた。
 
「(もう十分すぎるほど頼りっきりだってのに……もう!)」

 アリーチェはそんなことを思いながら、テルマの背中に視線を向けて、頬を膨らませていた。

「私達って、そんなに頼りにならいのかな……」

 分かっている。テルマの存在は特異だ。
 不思議な力を持っている彼女と比べれば、自分達など頼りない存在だろう。

 しかし、

「全部しょいこませてるこっちの身のもなってよ。これからどうやって恩返ししていけばいいのよ。まったく……」

 与えられるだけ与えられている現状を、アリーチェは良しだとは思っていない。

 自分はこそまで厚かましくない、とアリーチェは苛立ちを募らせる。

 しかし、それと同時に、そんな彼女だからこそ、憧れを通り越して、好きになってしまったのだと自覚する。

 まさか、自分の初恋が同姓になるなどとは、露ほども思っていなかった。
 元々そこまで恋にも男性にも興味はなかったが、まさか同姓にここまで心を奪われるなど、予想外もいいところだ。
 それ故に、テルマ一人に負担を押し付けているような状況が許せなかった。

 見れば、船で知り合った他種族の面々……サヨ、ヨル、シャーロット、ノーム達も、どこか浮かない表情をして馬車に揺られている。

 歩き始めた時はずっとテルマの傍に寄り添っていた彼女達だが、テルマに馬車に乗るように促され、今は一緒に相乗り状態だ。
 その際も、テルマも一緒に乗ろう、と言ったのだが、狭すぎて皆さんが窮屈になりますから、と断られた。

 そのことに、一緒に馬車に乗っているほとんどの者たちが、外を歩いているテルマに浮かない表情で視線を向けている。

「はぁ、なんと言うか、これはダメね」

 テルマは極力苦労は自分だけで受けようとする傾向があることは、ここ数日で理解した。

 しかし、それは悪く言えば、彼女の『自己満足』だ。

 こっちはテルマに恩を返したいのだ。労いたいのだ。
 それをさせてくれない彼女に、憤りすら覚える。

「いいわ。そっちがその気なら、こっちも強引に恩返しするんだから」

 そう呟くと、アリーチェは思考を巡らせ始めた。
 どうやって、あの献身の権化みたいな彼女に対抗するか。

 好きだからこそ、苦労は分けて欲しい。荷物を全部抱えさせている辛さを理解してもらいたい。

 その一念で、アリーチェは考えた。

「絶対に、目にもの見せてやるんだら」

 物騒なことを口走りながら、アリーチェはテルマに背中に、熱の籠った視線を送り続けた。




 夜中に出発し、途中で仮眠のために休憩を取った一行は、日差しが降り注ぐ中を進み続け、もう一度夜を迎えた。

 予定していたよりも多少時間が掛かっているものの、この分なら、明日の早朝には村の近くに着くだろう。

 現在は、街道を東に進んでいる。

 目的地である村は街道から逸れた位置にあり、天馬たちは街道の途中で馬車を降りて、残りは徒歩で向かう予定となっていた。

 なぜ村まで馬車を使わないのか。

 それは、村の場所を、馬車の御者を含めて、誰にも気付かせたくないという考えがあったからだ。

 一番近い町からも2日弱はかかる場所にある村で、魔物に襲われ今は地図にも載っていない。

 そんな場所だからこそ、他種族であるサヨやシャーロットたちを移住させることができるのだ。

 もし自分達の住む町の近く――といっても大分距離はあるのだが――にヒューム以外の種族が住んでいると知られると、面倒事が舞い込んでくる可能性が非常に高くなる。

 ならば、それを回避する為には、滅ぼされた村に新しい移住者がいることに気付かれないのが最善である。
 故に、少しだけ距離が離れた街道で馬車を降りて、歩く必要があるのだ。
 と言っても、街道からは歩いて大人の脚で30分ほど。子供が一緒でも、2時間弱もあれば着くはずだ。

 そして現在、天馬は突然ディーから連絡を受けていた。
 皆が寝静まる中、一人集団から離れて、女神デバイス越しにディーと会話をしていた。

『突然ですみません。実は早急にお伝えしておこうと思ったことがありまして』
「それは別に構いませんよ。それで、どうしたんですか?」
「ええ、実は、天馬さんに『あるスキル』を覚えていただこうかと思いまして」
「スキル、ですか? それはまた、どうして?」
「……これから向かう村で、一つ懸念がありまして、それを解決する手段として、是非身に付けておいてもらった方がいいと判断しました」

 珍しい。ディーがここまで直接的なアドバイスをくれるとは。
 いつも、道しるべはくれるディーだが、具体的な手段までは教えてくれないのに。

 それにしても、

「懸念、ですか?」

 ディーが直接天馬に助言をくれるほどの懸念事項とは、なんであろうか。

「ええ、今回の村が魔物によって滅ぼされていることを考えると、用心しておくに越したことはないかと。実は――」

 そして、ディーの話を聞くうちに、天馬は血の気が引いていくのを感じてしまった。
 それに伴い、ディーから指定されたスキルが、どれほど重要か思い知らされる。

「本当に、そんなことがありえるんですか?」
「ありあえます。ですが、その情報だけは女神デバイスを使っても確認ができません。故に、こうして事前にお知らせしておく必要があると感じました」
「はい、ありがとうございます。もしこれを事前に聞いてなかったら、大変なことになっていたかもしれませんから」

 下手をすれば、死者が出ていてもおかしくない事態だ。

 いや……『ただ』死ぬだけでは済まないかもしれない。

「これが懸念で終わってくれればいいとは思っています。ですが、場所が場所だけに、確立は高いと考えていただけた方がいいですね」
「分かりました。今回は、伝えていただき、本当にありがとうございました」
「いえ。ですが感謝の言葉を頂くのはまだ早いですね。それは、実際に事態が解決してから頂きましょう」
「分かりました」

 天馬とディーは非常に真剣な表情でお互いを見つめた。
 できれば、これがただの思い過ごしになってくれればと思わずにはいられない。

 それは、とてもおぞましく、悲しいことだから。




 一夜が明け、予定通り街道で馬車と別れ、天馬達は滅びた村【スリス】へと到着した。
 
 しかし、天馬達は村の手前で足を止め、中には入らない。

 いや、天馬が中に入らないよう皆を止めたのだ。

「これは……」

 結果から言えば、ディーの危惧は、的中していた。

 村の中に、『いくつもの気配』がうごめいている。

「このまま何も知らずに中へ入ったら、大事になっていましたね……」

 天馬は、後ろで何が何だか分からず立ち尽くしている皆に、ゆっくりと振り返った。

「皆さん、長旅でお疲れでしょう。しばらくここで休んでいてください。わたしは一足先に、少しだけ村の様子を見てきます。それと……」

 天馬は昨晩ディーと一緒に習得したスキルを使い、彼等の周囲を囲むようにある結界を張った。

「決して、わたしが戻ってくるまで、この場から動かないで下さい。いいですか……『絶対』ですよ」

 そう念を押し、天馬は村に足を踏み入れた。

 絶望と狂気に彩られた、暗い悲しみに満ちた村へと。
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