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廃村の亡霊編

亡者 1

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 天馬は、ひとの姿が全くない村の中を、ゆっくりと歩いていた。

「……ディーさんの予感、バッチリ的中、だな……」

 どこにもひとの姿はないのに、『ひとの気配』だけは嫌になるほど感じられる。

「……早く村の中心に行かないと。こんな状態を、いつまでも放置しておくわけにはいかない」

 朽ち果てて風化した家屋に、破壊の爪痕が残っている。
 そして、壊れた壁の内側を覗くと……

「う……っ!」

 元はひとであったであろう、無惨な死体が転がっていた。
 ほとんど白骨化しているが、まだ少しだけ肉が残っている。
 腐敗してから大分時間が経っているはずなのに、その生々しさに胃液が込み上げてきそうになる。

「急がないと…………っ?!」

 誰かの亡骸を視界から追い出し、先を進もうとした天馬の目の前に、『ひと』がいた。

「…………」

 言葉を発することもなく、壊れた家屋の壁を背に座り込む、ひとりの男性。

 ボロボロの衣服を身に纏い、外気に晒されている肌は浅黒い。とても血が通っているようには見えない姿だ。

 ――否、実際に、彼には血など通っていないのだ。

「第一村人発見……何て言ってられる状況じゃないですよね」

 天馬は、うずくまるように座り込む男性の前を、無言で通り過ぎる。

 しかし、

「……a……aa……」

 喉の奥から響くような声を漏らし、男は天馬に向かって顔を上げた。

「っ?!」

 その顔には、両目がなかった。
 落ち窪んだなんて生易しい表現ではない。
 まるで、両の孔に暗闇を湛えているような、異質な空洞。

 天馬は、彼と決して目を会わせないようにしながら、前を通りすぎた。
 
 だが、ふいに背後から――

「――お姉さま、待って! どこ行くのよ?!」
「なっ、アリーチェさん?! どうして?!」

 声に振り向くと、アリーチェがこちらに走ってくるのが見えた。

「っ!」

 しかし、天馬は慌てて、先程の男性に目を向ける。

 すると、

「(いない?!)」

 何処にっ、と首を巡らせると、

「なっ!」

 いた。

 アリーチェのすぐ後ろ。

 いつの間にか、彼はアリーチェの背後に回り込み、その首に手を掛けようとしている。

「(させるか!)」

 天馬は足に力を込め、一足跳びにアリーチェとの距離を詰める。

「うわ! お姉さま?!」

 驚異的な身体能力で、目の前にまで迫ってきたテルマに驚愕し、アリーチェはその場で急ブレーキを掛けてしまう。

「アリーチェさん、手を!」
「え?」

 天馬の言葉に、半ば無意識に手を伸ばすアリーチェ。
 それを、天馬は力強く掴み、一気に自分の方へと引き寄せた。

「ちょ、お姉さまっ、何を?!」

 間一髪。

 男の腕が空を掴み、アリーチェは天馬の腕の中に収まった。

「っ……この子に手を出さないで!」

 天馬は、男に鋭い視線を向けて威嚇する。

「お、お姉さま……どうしたのですか? 後ろに、何か…………ひぃ!」

 アリーチェは、天馬が緊張した表情でいることに疑問を抱き、後ろを振り返ってしまった。

「見てはいけません!」

 咄嗟に天馬は、アリーチェの頭を自分の方に向かせて、胸に抱える。

「な、なに、あれ? あのひと、目が……」
「行きましょう。ここにいては、『彼ら』が集まってきてしまうかもしれません」
「え? わっ!」

 天馬は、首を傾げるアリーチェに構わず、その手を引いて走り出した。

 走りながら、天馬は背後を振り替える。

「……t……k…………」

 男は両腕を前に出したまま、さならがらゾンビのように立ち尽くしていた。

 そして、濁った音を喉から漏らして、何事かを呟いている。

 だが、既に距離を取ってしまった天馬達に、彼の言葉が届くことはなかった。




 一方その頃。

 天馬からその場で待機するように言われたサヨたちは、移動の疲れからか、はたまた妊婦のヨルを気遣ってか、天馬の言いつけを守り、その場所から動かずにいた。

「テルマ、どうしたんだろ? なんか、さっきのテルマ、少し怖い顔してたけど……」
「分かりませんわ。ですが、テルマさんは決して動くなと仰っていましたし、下手に動かない方がいいと思いますわよ」

 サヨの問いに応じるシャーロット。

 その視線は、天馬が消えた村に注がれていた。

「うん。でも、ちょっと不安」
「そうですわね。廃村ですし、放置された家が倒れてくるなんてこともあるかもしれませんし、何事もなければいいのですが……」
「だね。それにさ、さっきからアタシ、ずっと『誰かに』見られてる気がするんだよね」
「え?」

 サヨの言葉に、シャーロットはわずかに目を見開く。

「見られてるって……」

 シャーロットは周囲を見渡し、こちらを見ている者がいないかを確認する。

 だが、皆は各々に談笑したり、疲れからか眠りこけたりしているだけで、誰もこちらを見ているようには思えない。

 森で生活していたシャーロットは、野生の獣の視線を感じたりすることが希にあり、そういったことには敏感だと思っている。
 
 だが、今はどこからも視線など感じない。

 サヨの気のせいではないかと、シャーロットは首を傾げてしまった。

「誰も見ておりませんわよ? サヨさんの勘違いではないですか?」
「ええっ、絶対に見られてるよ! それと、視線を感じるのは皆からじゃなくて、あっち!」

 と、そう言ってサヨが指差したのは、テルマが向かった村の方角だった。

 それを聞いたシャーロットは、顔を強張らせ、サヨの指を追うように、視線を村に再度向けた。

 だが、

「だ、誰も、いませんわよ……それこそ、サヨさんの勘違い……」
「勘違いなんかじゃないよ! 今だって、なんか『すごい数の視線』を感じるもん! 例えば、あそこの家の窓からとか!」
「な、何を、言って…………」

 サヨの言葉を聞いているうちに、シャーロットは顔が青くなっていく。
 サヨが示す窓には、もちろん『誰の姿もない』のだが。
 そうして指摘された途端、シャーロットはこの場の空気が非常に冷えていることに気づく。

「いえ……いえいえいえ! そんなはずありません! それは全部、サヨさんの勘違いですわ! 気のせいですわ!」
「そんなことないって! それに視線だけじゃなくて、よく聞くと『声』も……」
「ああ! ああああ! 聞こえませんわ! サヨさんが何を言ってるのか、全く聞こえませんわ!」
「え、ちょっと、シャーロット?!」

 急に長く尖った耳を器用に折り畳み、サヨの言葉を遮るシャーロット。
 そんな彼女に訝しげな視線を向けるサヨだったが、シャーロットはそそくさと皆の輪に逃げてしまい、あげく、サヨの姉であるヨルの側に身を寄せてしまった。

「え? え? ええ……」

 なにがなんだか分からず、思わず首を傾げてしまうサヨだったが。

 ――ふいに、村の方に目を向けると、

「あれ?」

 咄嗟に、サヨは違和感を覚えた。

「あんな場所に、家なんてあったっけ? あれ?」

 村の景色が、先程とはどこか違う。
 家の建っている位置が、どこか先程見た記憶と食い違っている。
 村をはしる通路も、最初に見たものと比べると、どこか違和感があった。

「なんだろ、これ? それに、さっきから聞こえる、この声、なんなんだろ? ――『たすけて』って……」

 サヨは、様変わりした村に疑問を抱きつつも、自分の見間違いだと結論付けて、それ以上は気に止めなかった。
 
 だが、相変わらず複数の視線を感じており、サヨは、自分でも気づかぬうちに、尻尾の毛が逆立っていたのであった。

「あれ? そういえば、アリーチェはどこ行ったんだろ?」




「はぁ、はぁ、はぁ、ま、待って、お姉さま……っ! 少し、速度、緩めて……っ!」
「え? あ、すみません……つい」

 天馬に手を引かれて走るアリーチェだったが、息を荒げてフラフラになっている。

「取り合えず、そこの家に入りましょう」
「う、うん……っ」

 天馬の走りは、常人と比べると速度が早く、アリーチェは半ば引きずられるような状態になっていた。
 天馬としても、非常事態にアリーチェを気遣うことができず、手加減せずに走ってしまった。

 今の天馬が地球の陸上競技に出場したら、軽くオリンピックに出場してしまうだろう。

「中は……大丈夫ですね。アリーチェさん、先に……」

 と、天馬が声を掛けると、

「いやあああああ――――っ!」
「っ?!」

 アリーチェが、大きな悲鳴を上げた。
 見れば、アリーチェの足首を、青白い腕『だけ』の何かが掴んでいる。

「いや! いや! 放してぇぇぇ!!」

 半狂乱になっているアリーチェ。

 テルマは即座にアリーチェの足首を掴んでいる腕を、逆に掴み上げて引き剥がそうと試みた。

「なっ?!」

 しかし、その手が届く前に、腕は足首から離れていき、空気に溶けるように消えていった。

「(どういことだ……?)」

 まるで、天馬から逃げるように消えていった腕。
 疑問は残るが、今はそれよりも、

「アリーチェさん、早く中に!」
「っ……!」

 天馬の言葉で我に返ったアリーチェは、急ぎ家に中に入る。
 天馬もそれに続き、扉を閉めて、村の入り口でも発動させたスキルを使用して、家の周囲に結界を張った。

「もう、いや……なんなのよ、あれ……」

 ガタガタと怯えて、天馬にしがみつくアリーチェ。
 その瞳からは、恐怖による涙が溢れていた。

「……あれは……いえ、あの方達は、魔物の襲撃で殺された村人達の……『亡霊』です」

 そう。昨晩、ディーが危惧していたこととは、これだったのだ。
 村の者たちが、彷徨える霊として、村の中に留まっている可能性があること。

 そして、長い年月を経た彼等は、生ける者への嫉妬や憎悪を募らせ、悪霊になっているかもしれないと言っていた。

 もし、ここに皆を連れてきてしまったら、全員が死者に引き摺り込まれ、同じ亡者にされてしまっていただろう。

 故に、天馬は彼らを村の外で待機させたのだ。

 だが、この事態を解決するための策も、ディーは天馬に与えてくれた。

 しかし、

「アリーチェさん、わたしは待つように言ったはずです。どうして追い掛けて来たんですか?」

 この場にアリーチェが来てしまったことは誤算であった。

「そ、それは……だって、お姉さま、怖い顔をして村に入っていくから、心配になって……」
 
 しゅんと下を向いて、怒られた子供のように落ち込んでいる。
 そんな彼女を目にして、天馬は小さく息を吐き出した。

「……そう、でしたか。心配させてしまったんですね。ごめんなさい。もっと配慮するべきでした」
「え? 怒らない、の?」
「確かに、言いつけを守って欲しかったことは事実ですが、わたしも理由を説明しませんでしたからね」

 説明すれば、天馬一人を村には行かせられないと、皆は止めただろう。

 だからこそ、何も言わずにここに来たのだが、それが仇になってしまったようだ。

「巻き込んでしまって、本当にごめんさない」

 天馬は、アリーチェに深く頭を下げた。
 こんな怖い思いをさせてしまったことを、申し訳なく思う。

 しかし、

「ふぇ、あぅ……ぅぅ、ふぇぇぇぇっ!」
「ア、アリーチェさん、どうしたんですか?!」

 アリーチェは何故か、先程よりもボロボロと涙を流し始めてしまい、天馬は慌てることとなってしまった。

「ごべんなざい……ごべんなざい……」

 アリーチェは、自分が言いつけを守らなかったにも関わらず、天馬に頭を下げさせてしまったことが、悔しくて仕方なかった。

 それと同時に、罪悪感が重く圧し掛かり、耐え切れずに涙として溢れてきてしまったのだ。

「おねえさまは、悪ぐないのに……あやまらぜぢゃった……ごめんなざい……ごべん、なざい~……」
「アリーチェさん……」
「ぎらいに、ならないで……わだじ、反省、ずるがら……きらいに、ならないで……」

 天馬は、そっと彼女を抱き寄せた。

「あ……」
「大丈夫です。大丈夫ですよ。わたしは、こんなことでアリーチェさんを嫌ったりなんかしませんから」
「う、うう……うあああああああ――っ!」

 声を出して泣き続けるアリーチェを、天馬はしっかりと抱いて、慰める。
 頭を撫でて、大丈夫、と繰り返し伝える。

 それと同時に、外の気配にも意識を向ける。

 すると、この建物の周囲に、かなりの数の亡者達が集まっているのに気が付いた。

「(ディ-さんから、スキルを教えてもらっておいて正解でしたね……)」

 天馬は、昨晩ディーと交わした会話を思い出していた。

「(さて、これからどうしたものか……)」
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