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復興編
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「し、死ぬかと思いました……」
「ご、ごごごごめんなさいっお姉さま! 私、気が動転しちゃってて……!」
天馬は布団で寝かされたまま、アリーチェから全力の謝罪を受けていた。
それはもう。高速で頭を上下させて謝るアリーチェのすごいのなんの……
天馬は心の中でそっと……「超高速あかべこ……」なんて思ってしまったほどだ。
「ぜぇぜぇぜぇ……ア、アリーチェさん……バカヂカラ、すぎますわよ……」
「はぁはぁはぁ……アタシの力に対抗するなんて……ちょっと、驚き……」
その傍ら、シャーロットとサヨが、肩で息をしていた。
二人とも床に手を付いたり、壁を背にして息を荒くしている。
それだけで、先程まで繰り広げられていたアリーチェとの攻防が、どれほど苛烈だったのかが分かるようだ。
「それにしても、アリーチェさんも、シャーロットさんも、無事でよかった……」
「それはこちらの台詞ですわ。見知らぬ場所で目が覚めたと思ったら、いきなりテルマさん達が倒れておりますし……おまけに、テルマさんもアリーチェさんも血塗れで……わたくし、頭がおかしくなるかと思いましたわよ……」
「っ」
シャーロットの血塗れ、という発言に、アリーチェは思わず肩をビクリとさせて反応してしまう。
しかし天馬は、表情に動揺を現すことなく、笑みを浮かべたまま、申し訳なさそうに謝罪する。
「はは、すみません。驚かせてしまって……と言っても、あれは血じゃくれて、『ただの染料』なんですけどね……あそこまで歩いている途中に被ってしまいまして……はは、お恥ずかしい」
「まぁ、そうですわよね。『怪我も何もしていない』のに、血が出るわけがありませんものね。全く……何でよりによって赤なんて紛らわしい染料なんか……」
「……な、なんででしょうねぇ」
苦笑を浮かべながら、天馬は心の中でほっとしていた。
シャーロットの様子から、自分の腕が千切れている、なんていうスプラッタな状況や、体が再生している現場を見られていないことが分かり、心底安堵する。
あれはさすがに、心臓に悪すぎる。
「……お姉さま」
しかし、アリーチェは暗い表情のまま、天馬をそっと見下ろしていた。
「あ、そういえばテルマ。結局、村から出たあの大きな光の柱って、テルマが何かしたの?」
「え? ああ、そうですね。もうお話してもいいでしょう。実は……」
天馬は、この村に成仏できていないたくさんの霊がいたことを伝え、それをどうにかするために、村に入ったことを伝えた。
ただ、皆を村の外で待機さた理由に関しては、特に伝えない。
危険なことをしてきた、なんて言ってしまえば、いらぬ心配事を増やしてしまうことになると考えたからだ。
「「……」」
だが、天馬とサヨが会話している最中、シャーロットとアリーチェは、酷く顔を歪め、ぎゅっと体を抱き締めたり、腕を掴む素振りを見せた。
「そっか。じゃあ、アタシやお姉ちゃんが感じてた変な視線や嫌な感じって、全部おばけのせいだったんだ」
「そういうことです」
「危なくなかったの?」
「それほどは。そもそも霊達はわたしには手出しができませんから、危ないことなんて何も……」
「嘘……」
すると、アリーチェが突然、天馬の言葉を遮り、ポツリと呟いた。
「ア、アリーチェさん?」
「嘘……危なくなかったんて、大嘘……だってお姉さま……」
途端、アリーチェは布団に手を突っ込んで、天馬の左腕に触れた。
瞬間――
ズキン!
「い~~~~~~っ!!」
「「テルマ(さん)?!」」
左肩からの強烈な激痛に、天馬は顔を歪めて、悶えてしまった。
「やっぱり……その腕、今は治ってるけど……あれは私が見た幻なんかじゃ、なかったんだ」
「アリーチェさん?! テルマさんに何を?!」
「テルマ?! 何処が痛いの? 肩? 腕? あうあう……どうしよう、どうしよう……」
シャーロットはアリーチェに食って掛かり、サヨは天馬が肩を抱いて呼吸を荒くしていることに動揺し、右往左往している。
「はぁ、はぁ、はぁ……だ、大丈夫です。ちょっと痛めただけで、そこまで大げさなものじゃ」
「お姉さま……何でそんな嘘を吐いてまで、我慢するの?」
「が、我慢ってほどじゃ……この痛みは、多分すぐに引きますから……そこまで心配しなくても」
「心配するわよ!! 腕が『千切れ取れた』のよ!!!」
「「「っ?!」」」
アリーチェの本気の怒声に、天馬、サヨ、シャーロットは揃って体を震わせた。
「腕が取れたって……アリーチェ、何言ってるの?」
「そうですわよ。現にテルマさんの腕は、ちゃんと付いてらっしゃるではありませんか」
「信じてもらわなくてもいい。私だって、その現場を見てなかったら、あんたたちと同じような反応をしたと思うから」
アリーチェはどこか突き放すように二人にそう言うと、今度は天馬に顔を向けた。
その表情には、怒りや悲しみや悔しさや、色々な感情がない交ぜになっており、目尻には雫が滲んでいる。
「お姉さま……お姉さまの腕がどうして治っているのかは、今は訊かない。でも……」
「……」
「平気そうな顔、しないでよ……もっと自分を、大切にしてよ…………」
「ご、ごめんなさい、アリーチェさん……でも、わたしは別に」
「謝らないで……謝らなきゃいけないのは。むしろ……」
「アリーチェさん……」
「私、お湯をもう一回沸かしてくる……」
と、アリーチェは俯いたまま、とぼとぼと部屋から出て行く。
その背中を、天馬はただ見送ることしかできず、己の不甲斐なさに、表情が暗くなってしまう。
だが、そんな天馬に、サヨ達が詰め寄ってきて、
「テルマ、どいうこと? あの家の中で、本当は何があったの?」
「そ、それは……」
「テルマさん。話して下さいませんか? そもそも、わたくしはどうして、あの家にいたのですか? いえ、それよりも……『何故、わたくしは無事なんですか?』」
「え……? 無事って……シャーロット、やっぱりあの時、何かあったの?」
「ええ……わたし、拐われましたの……サヨさんが言う、おばけに……」
「えっ?! 大丈夫だったの?!」
「今こうして無事でいるですから、大丈夫だったのでしょう……ですが、気を失っている間に何があったのかは全然……ですから、何があったのか教えてくださいませんか、テルマさん」
じっと二人から見つめられて、天馬は居心地悪そうに視線を逸らす。
だが、ここで更に嘘を言ってもいいのか、心の中で自問する。
二人の表情は真剣で、誤魔化してしまっていいのか……天馬は頭を悩ませた。
「テルマ、ちゃんと本当のこと話して……お願いだから」
「………………分かりました」
サヨの懇願するような視線に、天馬は遂に観念した。
そして、ゆっくりと、あの村で起きていた悲劇と、シャーロットの身に何が起きていたのかを、天馬は誤魔化すことなく話して聞かせた。
もちろん、天馬の身に起きたことも、包み隠すとなく、全て暴露する。
すると……
「わ、わたくしのせいで、テルマさんが……わたくしが、迂闊な真似をしたから……しかも、アリーチェさんにまで迷惑を掛けて……わたくし……どう償えば……」
「シャーロットさん、それは違います。あの時、シャーロットさんにはなに一つ過失はありませんでした。むしろ被害者です。ですから、ご自分を責めるのはやめてください。そんな風に思われたら、悲しいです」
「ですが、ですが…………っ」
シャーロットは、テルマの腕が肩から失う光景を想像してしまい、思わず口元を抑えた。
「よくよく考えれば、テルマさんが着ていた服は、肩の部分で破けていました……それに。そこから赤黒く汚れていたようにも思います……やはり。アリーチェさんが仰っていたことは、事実……なのですね」
「はい。ですが、わたしの腕はほら、この通りです」
天馬は、いまだにズキズキと痛む肩を無理やり持ち上げて、無事に動くことを二人に見せた。
「いっ…………はは、さすがに無理やりくっ付けたようなものですから、まだ痛いですね」
「でも、それだけの怪我が簡単に治るなんて、テルマって、ほんとにすごいね……でも」
サヨは、天馬の話と治った腕を興味深そうな様子だった。
しかし、次の瞬間には眉尻を下げて、天馬の痛めた方の手を、そっと握る。
「何だか、テルマ……怪我が簡単に治るからって、色々と無茶しそうで、怖い……」
「えと、それは……」
サヨの言葉に、天馬は思い当たる節があった。
以前……天馬がこの世界に転生して間も無く流れ着いた無人島……そこで、天馬は食料を集める際、【不死身】の能力を利用したことがあった。
危険な食材に当たっても、この能力があれば死ぬことはない。
確かに何度も苦しい思いをしたのは苦い記憶だが、あのとき天馬は、死に対して鈍感になっていたのかもしれない。
緊急事態であったことは確かだし、なりふり構っていられなかったことも事実だ。
だが、それでもやはり、天馬は【不死身】という能力を持つがあまり、それに頼り切っていたことは否めなかった。
「今回だって、テルマは簡単に自分の体を犠牲にして、二人を助けたみたいだし……」
「だ、大丈夫ですよ。わたしだって痛いのは嫌です。今回は、たまたま運が悪くて腕が取れただけです。本当は、アリーチェさんと一緒に、うまく躱すつもりだったんですよ?」
「本当に?」
「本当です」
嘘だ。
天馬はあえてアリアの魔力に触れにいった。
彼女を大人しくさせるために、天馬はアリアの魂から魔力を無理やり奪った。
そのためには、アリアに触れねばならなかったこともあり、天馬は自分から相手の攻撃を受けてのだ。
しかし、それを口にすると、更に彼女達を不安にさせてしまうという思いがよぎり、咄嗟に嘘を吐いてしまった。
「わたしだって自分の身は可愛いです。ですから、必要以上に無茶はしません。安心して下さい」
これは半分本音であり、半分嘘だ。
これからも、天馬は必要なら己の身を犠牲にすることを厭わない。
それは罪悪感から……己がみなの心を侵食している……そのことへの罪の意識がある限り、天馬は同じことを繰り返すだろう。
ただ、それは自己満足……己の身可愛さ、いう部分であることも、確かなのだった。
「…………分かった。テルマがそう言うなら、一応……信じる。でも、次にまたこんなことがあったら、皆で怒るからね!」
「はい、分かりました。気をつけます」
不承不承をいった感じで頷いたサヨだったが、しっかり天馬に念を押す事も忘れない。
天馬は絶対にまた無茶をする――そんな確信めいたものをサヨは胸中に抱き、不安を拭えない様子だった。
「テルマさん……その、わたくしは……」
そして、サヨの隣から、シャーロットがおずおずと天馬の手に触れた。
サヨの手の上から、自分の手を重ねるようにして、両手で天馬の手を包み込む。
「どうやって、この償いをすればよろしいのでしょうか……わたくしのせいで、アリーチェさんを危険に晒したあげく、テルマさんに大怪我をさせてしまいました……わたくしは……わたくしは、どうしたら……許されるのでしょうか」
シャーロットはゆっくりと視線を下におろし、俯きながら手を放す。
それと同時に、サヨもそっと天馬の手を開放した。
「シャーロットさん…………っ」
シャーロットの言葉に、天馬は体に力を入れて、脱力している体を無理やり起こした。
「テ、テルマ! 無理しないでいいから!」
「大丈夫ですよ。それより……」
サヨに体を支えられ、起き上がる天馬。
布団から出てきた天馬は、下着代わりの白い布を巻いただけの姿だった。
「シャーロットさん。この際ですから、はっきりと言います」
「っ……!」
「テ、テルマ……?」
思わず天馬から出た硬い声に、シャーロットは怯え、サヨは困惑したような表情を浮かべる。
「今回のことで、シャーロットさんには何一つ、責任などありません」
「そ、そんなこと!」
天馬の言葉に、シャーロットは思わず大きな声を出してしまう。
だが、天馬はそれに構わず、次いで、痛めていない右腕を動かして、シャーロットの頭をぐいっと自分の胸に押し付けた。
「わぷっ! テ、テルマさん、何を?!」
「シャーロットさんにも、アリーチェさんにも、なんの落ち度もありません。あるとすれば、わたしです。わたしが皆さんにしっかりと説明をすればよかったんです。ですが、怖がらせてはいけないと思い、それを怠ってしまった……本当に、ごめんなさい」
「なぜテルマさんが謝るのですか?! 悪いのはわたくしですのに! 謝るのでしたら、わたくしですのに……!」
「……シャーロットさん、それも全然違います。わたしは、謝れても困ってしまいます」
「では……では、どうすればいいのですか……」
泣き出してしまいそうなシャーロットの頭はそっと胸で包み、天馬は彼女の耳元で小さく呟く。
「では、ごめんなさい、ではなくて、『ありがとう』を下さい」
「え……?」
赤くなっている瞳をぱちくりとさせて、シャーロットが天馬を見上げてくる。
「わたし、まだシャーロットさんから、助けてあげたお礼を言ってもらってません。何かをしなければと思うのでしたら、是非、シャーロットさんの『ありがとう』が欲しいです」
「あ……」
何かに思い至ったように、シャーロットは顔を赤くして、小さく視線を逸らしながら、
「あ、ありがとうございます……テルマさん」
「はは……はい。どういたしまして……シャーロットさん」
「……~~~~~~~っ」
と、シャーロットは急激に顔から全身までを真っ赤にして、テルマの胸に深く顔を押し付けてくる。
「ずるいです。テルマさんは。すっごく、ずるいおひとですわ……」
「そうですか?」
「そうですわよっ、もう!」
不貞腐れたような声を出すシャーロットであったが、その顔には、先程までの追い詰められた痛々しさはなくなっているように思える。
天馬は、そんな彼女がとても愛おしく思えてしまい、思わず笑みが零れてしまう。
……そして、しばらくするとアリーチェがお湯の入った桶を持って戻ってきた。
俯きながら傍まで近付いてきたアリーチェに、天馬はシャーロットと同じように胸に抱きとめて、慰めた。
天馬が腕を一時でも失った責任を感じているアリーチェに、天馬は、「アリーチェは何も悪くない」と伝え……むしろ、他の誰かを、自分の身を犠牲にしてでも助けようとするその精神を、目一杯褒めてあげた。
すると、
「うわあああああ~~~ん!! おねえざま~~~~っ!!」
またしても大号泣をする上に、天馬の胸元を、涙以外の液体でベタベタにしてくれたのだった。
「ご、ごごごごめんなさいっお姉さま! 私、気が動転しちゃってて……!」
天馬は布団で寝かされたまま、アリーチェから全力の謝罪を受けていた。
それはもう。高速で頭を上下させて謝るアリーチェのすごいのなんの……
天馬は心の中でそっと……「超高速あかべこ……」なんて思ってしまったほどだ。
「ぜぇぜぇぜぇ……ア、アリーチェさん……バカヂカラ、すぎますわよ……」
「はぁはぁはぁ……アタシの力に対抗するなんて……ちょっと、驚き……」
その傍ら、シャーロットとサヨが、肩で息をしていた。
二人とも床に手を付いたり、壁を背にして息を荒くしている。
それだけで、先程まで繰り広げられていたアリーチェとの攻防が、どれほど苛烈だったのかが分かるようだ。
「それにしても、アリーチェさんも、シャーロットさんも、無事でよかった……」
「それはこちらの台詞ですわ。見知らぬ場所で目が覚めたと思ったら、いきなりテルマさん達が倒れておりますし……おまけに、テルマさんもアリーチェさんも血塗れで……わたくし、頭がおかしくなるかと思いましたわよ……」
「っ」
シャーロットの血塗れ、という発言に、アリーチェは思わず肩をビクリとさせて反応してしまう。
しかし天馬は、表情に動揺を現すことなく、笑みを浮かべたまま、申し訳なさそうに謝罪する。
「はは、すみません。驚かせてしまって……と言っても、あれは血じゃくれて、『ただの染料』なんですけどね……あそこまで歩いている途中に被ってしまいまして……はは、お恥ずかしい」
「まぁ、そうですわよね。『怪我も何もしていない』のに、血が出るわけがありませんものね。全く……何でよりによって赤なんて紛らわしい染料なんか……」
「……な、なんででしょうねぇ」
苦笑を浮かべながら、天馬は心の中でほっとしていた。
シャーロットの様子から、自分の腕が千切れている、なんていうスプラッタな状況や、体が再生している現場を見られていないことが分かり、心底安堵する。
あれはさすがに、心臓に悪すぎる。
「……お姉さま」
しかし、アリーチェは暗い表情のまま、天馬をそっと見下ろしていた。
「あ、そういえばテルマ。結局、村から出たあの大きな光の柱って、テルマが何かしたの?」
「え? ああ、そうですね。もうお話してもいいでしょう。実は……」
天馬は、この村に成仏できていないたくさんの霊がいたことを伝え、それをどうにかするために、村に入ったことを伝えた。
ただ、皆を村の外で待機さた理由に関しては、特に伝えない。
危険なことをしてきた、なんて言ってしまえば、いらぬ心配事を増やしてしまうことになると考えたからだ。
「「……」」
だが、天馬とサヨが会話している最中、シャーロットとアリーチェは、酷く顔を歪め、ぎゅっと体を抱き締めたり、腕を掴む素振りを見せた。
「そっか。じゃあ、アタシやお姉ちゃんが感じてた変な視線や嫌な感じって、全部おばけのせいだったんだ」
「そういうことです」
「危なくなかったの?」
「それほどは。そもそも霊達はわたしには手出しができませんから、危ないことなんて何も……」
「嘘……」
すると、アリーチェが突然、天馬の言葉を遮り、ポツリと呟いた。
「ア、アリーチェさん?」
「嘘……危なくなかったんて、大嘘……だってお姉さま……」
途端、アリーチェは布団に手を突っ込んで、天馬の左腕に触れた。
瞬間――
ズキン!
「い~~~~~~っ!!」
「「テルマ(さん)?!」」
左肩からの強烈な激痛に、天馬は顔を歪めて、悶えてしまった。
「やっぱり……その腕、今は治ってるけど……あれは私が見た幻なんかじゃ、なかったんだ」
「アリーチェさん?! テルマさんに何を?!」
「テルマ?! 何処が痛いの? 肩? 腕? あうあう……どうしよう、どうしよう……」
シャーロットはアリーチェに食って掛かり、サヨは天馬が肩を抱いて呼吸を荒くしていることに動揺し、右往左往している。
「はぁ、はぁ、はぁ……だ、大丈夫です。ちょっと痛めただけで、そこまで大げさなものじゃ」
「お姉さま……何でそんな嘘を吐いてまで、我慢するの?」
「が、我慢ってほどじゃ……この痛みは、多分すぐに引きますから……そこまで心配しなくても」
「心配するわよ!! 腕が『千切れ取れた』のよ!!!」
「「「っ?!」」」
アリーチェの本気の怒声に、天馬、サヨ、シャーロットは揃って体を震わせた。
「腕が取れたって……アリーチェ、何言ってるの?」
「そうですわよ。現にテルマさんの腕は、ちゃんと付いてらっしゃるではありませんか」
「信じてもらわなくてもいい。私だって、その現場を見てなかったら、あんたたちと同じような反応をしたと思うから」
アリーチェはどこか突き放すように二人にそう言うと、今度は天馬に顔を向けた。
その表情には、怒りや悲しみや悔しさや、色々な感情がない交ぜになっており、目尻には雫が滲んでいる。
「お姉さま……お姉さまの腕がどうして治っているのかは、今は訊かない。でも……」
「……」
「平気そうな顔、しないでよ……もっと自分を、大切にしてよ…………」
「ご、ごめんなさい、アリーチェさん……でも、わたしは別に」
「謝らないで……謝らなきゃいけないのは。むしろ……」
「アリーチェさん……」
「私、お湯をもう一回沸かしてくる……」
と、アリーチェは俯いたまま、とぼとぼと部屋から出て行く。
その背中を、天馬はただ見送ることしかできず、己の不甲斐なさに、表情が暗くなってしまう。
だが、そんな天馬に、サヨ達が詰め寄ってきて、
「テルマ、どいうこと? あの家の中で、本当は何があったの?」
「そ、それは……」
「テルマさん。話して下さいませんか? そもそも、わたくしはどうして、あの家にいたのですか? いえ、それよりも……『何故、わたくしは無事なんですか?』」
「え……? 無事って……シャーロット、やっぱりあの時、何かあったの?」
「ええ……わたし、拐われましたの……サヨさんが言う、おばけに……」
「えっ?! 大丈夫だったの?!」
「今こうして無事でいるですから、大丈夫だったのでしょう……ですが、気を失っている間に何があったのかは全然……ですから、何があったのか教えてくださいませんか、テルマさん」
じっと二人から見つめられて、天馬は居心地悪そうに視線を逸らす。
だが、ここで更に嘘を言ってもいいのか、心の中で自問する。
二人の表情は真剣で、誤魔化してしまっていいのか……天馬は頭を悩ませた。
「テルマ、ちゃんと本当のこと話して……お願いだから」
「………………分かりました」
サヨの懇願するような視線に、天馬は遂に観念した。
そして、ゆっくりと、あの村で起きていた悲劇と、シャーロットの身に何が起きていたのかを、天馬は誤魔化すことなく話して聞かせた。
もちろん、天馬の身に起きたことも、包み隠すとなく、全て暴露する。
すると……
「わ、わたくしのせいで、テルマさんが……わたくしが、迂闊な真似をしたから……しかも、アリーチェさんにまで迷惑を掛けて……わたくし……どう償えば……」
「シャーロットさん、それは違います。あの時、シャーロットさんにはなに一つ過失はありませんでした。むしろ被害者です。ですから、ご自分を責めるのはやめてください。そんな風に思われたら、悲しいです」
「ですが、ですが…………っ」
シャーロットは、テルマの腕が肩から失う光景を想像してしまい、思わず口元を抑えた。
「よくよく考えれば、テルマさんが着ていた服は、肩の部分で破けていました……それに。そこから赤黒く汚れていたようにも思います……やはり。アリーチェさんが仰っていたことは、事実……なのですね」
「はい。ですが、わたしの腕はほら、この通りです」
天馬は、いまだにズキズキと痛む肩を無理やり持ち上げて、無事に動くことを二人に見せた。
「いっ…………はは、さすがに無理やりくっ付けたようなものですから、まだ痛いですね」
「でも、それだけの怪我が簡単に治るなんて、テルマって、ほんとにすごいね……でも」
サヨは、天馬の話と治った腕を興味深そうな様子だった。
しかし、次の瞬間には眉尻を下げて、天馬の痛めた方の手を、そっと握る。
「何だか、テルマ……怪我が簡単に治るからって、色々と無茶しそうで、怖い……」
「えと、それは……」
サヨの言葉に、天馬は思い当たる節があった。
以前……天馬がこの世界に転生して間も無く流れ着いた無人島……そこで、天馬は食料を集める際、【不死身】の能力を利用したことがあった。
危険な食材に当たっても、この能力があれば死ぬことはない。
確かに何度も苦しい思いをしたのは苦い記憶だが、あのとき天馬は、死に対して鈍感になっていたのかもしれない。
緊急事態であったことは確かだし、なりふり構っていられなかったことも事実だ。
だが、それでもやはり、天馬は【不死身】という能力を持つがあまり、それに頼り切っていたことは否めなかった。
「今回だって、テルマは簡単に自分の体を犠牲にして、二人を助けたみたいだし……」
「だ、大丈夫ですよ。わたしだって痛いのは嫌です。今回は、たまたま運が悪くて腕が取れただけです。本当は、アリーチェさんと一緒に、うまく躱すつもりだったんですよ?」
「本当に?」
「本当です」
嘘だ。
天馬はあえてアリアの魔力に触れにいった。
彼女を大人しくさせるために、天馬はアリアの魂から魔力を無理やり奪った。
そのためには、アリアに触れねばならなかったこともあり、天馬は自分から相手の攻撃を受けてのだ。
しかし、それを口にすると、更に彼女達を不安にさせてしまうという思いがよぎり、咄嗟に嘘を吐いてしまった。
「わたしだって自分の身は可愛いです。ですから、必要以上に無茶はしません。安心して下さい」
これは半分本音であり、半分嘘だ。
これからも、天馬は必要なら己の身を犠牲にすることを厭わない。
それは罪悪感から……己がみなの心を侵食している……そのことへの罪の意識がある限り、天馬は同じことを繰り返すだろう。
ただ、それは自己満足……己の身可愛さ、いう部分であることも、確かなのだった。
「…………分かった。テルマがそう言うなら、一応……信じる。でも、次にまたこんなことがあったら、皆で怒るからね!」
「はい、分かりました。気をつけます」
不承不承をいった感じで頷いたサヨだったが、しっかり天馬に念を押す事も忘れない。
天馬は絶対にまた無茶をする――そんな確信めいたものをサヨは胸中に抱き、不安を拭えない様子だった。
「テルマさん……その、わたくしは……」
そして、サヨの隣から、シャーロットがおずおずと天馬の手に触れた。
サヨの手の上から、自分の手を重ねるようにして、両手で天馬の手を包み込む。
「どうやって、この償いをすればよろしいのでしょうか……わたくしのせいで、アリーチェさんを危険に晒したあげく、テルマさんに大怪我をさせてしまいました……わたくしは……わたくしは、どうしたら……許されるのでしょうか」
シャーロットはゆっくりと視線を下におろし、俯きながら手を放す。
それと同時に、サヨもそっと天馬の手を開放した。
「シャーロットさん…………っ」
シャーロットの言葉に、天馬は体に力を入れて、脱力している体を無理やり起こした。
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「大丈夫ですよ。それより……」
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「っ……!」
「テ、テルマ……?」
思わず天馬から出た硬い声に、シャーロットは怯え、サヨは困惑したような表情を浮かべる。
「今回のことで、シャーロットさんには何一つ、責任などありません」
「そ、そんなこと!」
天馬の言葉に、シャーロットは思わず大きな声を出してしまう。
だが、天馬はそれに構わず、次いで、痛めていない右腕を動かして、シャーロットの頭をぐいっと自分の胸に押し付けた。
「わぷっ! テ、テルマさん、何を?!」
「シャーロットさんにも、アリーチェさんにも、なんの落ち度もありません。あるとすれば、わたしです。わたしが皆さんにしっかりと説明をすればよかったんです。ですが、怖がらせてはいけないと思い、それを怠ってしまった……本当に、ごめんなさい」
「なぜテルマさんが謝るのですか?! 悪いのはわたくしですのに! 謝るのでしたら、わたくしですのに……!」
「……シャーロットさん、それも全然違います。わたしは、謝れても困ってしまいます」
「では……では、どうすればいいのですか……」
泣き出してしまいそうなシャーロットの頭はそっと胸で包み、天馬は彼女の耳元で小さく呟く。
「では、ごめんなさい、ではなくて、『ありがとう』を下さい」
「え……?」
赤くなっている瞳をぱちくりとさせて、シャーロットが天馬を見上げてくる。
「わたし、まだシャーロットさんから、助けてあげたお礼を言ってもらってません。何かをしなければと思うのでしたら、是非、シャーロットさんの『ありがとう』が欲しいです」
「あ……」
何かに思い至ったように、シャーロットは顔を赤くして、小さく視線を逸らしながら、
「あ、ありがとうございます……テルマさん」
「はは……はい。どういたしまして……シャーロットさん」
「……~~~~~~~っ」
と、シャーロットは急激に顔から全身までを真っ赤にして、テルマの胸に深く顔を押し付けてくる。
「ずるいです。テルマさんは。すっごく、ずるいおひとですわ……」
「そうですか?」
「そうですわよっ、もう!」
不貞腐れたような声を出すシャーロットであったが、その顔には、先程までの追い詰められた痛々しさはなくなっているように思える。
天馬は、そんな彼女がとても愛おしく思えてしまい、思わず笑みが零れてしまう。
……そして、しばらくするとアリーチェがお湯の入った桶を持って戻ってきた。
俯きながら傍まで近付いてきたアリーチェに、天馬はシャーロットと同じように胸に抱きとめて、慰めた。
天馬が腕を一時でも失った責任を感じているアリーチェに、天馬は、「アリーチェは何も悪くない」と伝え……むしろ、他の誰かを、自分の身を犠牲にしてでも助けようとするその精神を、目一杯褒めてあげた。
すると、
「うわあああああ~~~ん!! おねえざま~~~~っ!!」
またしても大号泣をする上に、天馬の胸元を、涙以外の液体でベタベタにしてくれたのだった。
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訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
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思いついた名前とかをもじり、
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***
お名前使用してもいいよ💕っていう
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ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
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