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はじまりの夏

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 無事納品と価格交渉をした僕は、農場へと戻ってきた。

 するとそこにはもうすでにグロウがいて、鶏と戯れて遊んでいる。

「よっし……じゃなかった、グロウ! 来てたんだね」
「おう。町の奴らに聞いたらここに越してきてるって聞いてな。さっきはとっさの嘘に合わせてくれてありがとな」
「いやいや、こっちこそ助かったよ。なんて言って良いのかわからなかったから、すごく助かった」
「まあ、前世で友達でしたなんて言えないもんな」
「ね」
 そう言ってくすくすと笑い、がっしりと握手を交わす。
「僕、今はノルズって言うんだ。どうにかここで農場をしてるよ」
「俺は今はグロウだ。ここの町でじいさんが鍛冶屋をしてて、そこで修行してたんだがどうにも合わなくてやめちまった。今は何でも屋をしてるぜ」
「確かにグロウに鍛冶屋って、合わなそうだよね」
「うるせぇ。これでも最初は真面目にやってたんだぞ」
 二人で再会を喜んで、お互いの身体をガシガシと突きあって。
 まるで昔に戻ったみたいな感覚に陥りながら、それでも目の前の光景は夢を見させてはくれない。

「農場、見せてもらったんだけどな。すごく上手く使ってるが、大変だろう? ところどころ設備が逝っちまってる」
「まあ、ところどころね。もともとここは牧場だったらしいんだけど、その部分はゴツゴツした岩があってもう牧草地には出来ないし、これ以上は望めない。でもなんでか僕の作る野菜の品質はすごく良いって評判だから、どうにか出来てるよ」
「岩、なぁ……。なぁ、あれをどけて牧草地を小さくてもいいから作り直さないか? そしたらお前もあのボロ屋に住まなくても良くなるんだろ?」
「まあ、出来ればの話だね。僕の持ってる道具じゃどうにも出来ないし、厩舎も新しくしてやれない。それなら……」
「ばっかだな、だからここに何でも屋さんが居るわけだろうが」
「え?」
「俺がここの設備を直していってやるよ。そのかわり、新鮮な野菜をいくつかと卵を一個。それが代金でどうだ?」
「グロウ……」
「何でも屋だって言っただろう? よし、じゃあ早速爺さん直伝のこのハンマーで岩を壊してくるぜ。お前は鶏たちが怖がらないように小屋に入れてやってから、岩拾いを手伝うんだ」
「うん!」

 昔と何も変わらないグロウの姿を見て、僕も頑張らなきゃなと一念発起する。
 そうしてその日は、岩の片付けで一日が終わっていくのであった。

「ふぅ……。仕事終わりの冷たい酒は身体に染みるなぁ」
「グロウ、本当に今日はありがとね。明日からもよろしく」
 酒場に移動した僕たちは、今日の仕事の労いをしていた。
「良かった。本当に仲良かったんだね!」
 そんな二人の横から声が飛んできて、はいとおつまみを渡してくれたのはオードちゃんだった。
「お、お、オードちゃん!」
「? うん、オードだよ。ノルズくんがここでご飯食べてくれるのって初めてだね。い~っぱいサービスしちゃうよ」
「おう、俺には?」
「んー、ノルズくんのついでなら」
「酷いな、おい」
 ポンポンと交わされていく二人の会話の間に挟まって僕は身を固くする。
 そうだった。よくかんがえなくてもここはオードちゃんのお店なんだったんだ!
「まったく、オードは可愛げがないっつーかなんつーか……って、ノルズ?」
「ひゃ、ひゃい!」
「……お前、急に顔が真っ赤なんだが?」
「ソ、ソンナコトハナイヨ!」
「……はっっはーん。お前、まさかそういうところも変わってないのかよ。なるほど、なるほどなぁ。にしても、オードか。なんともまあ、意外なところを」
「い、意外じゃないよ! オードちゃんは可愛いよ!」
「お、認めた」
「あ」
「ま、良かったんじゃねーの? こっちに来てそうやって好きな子も出来て、しかも朝から晩まで会いに来る口実もある。最高の環境じゃねーか」
「会いに来る口実?」
「俺に会いに来る、だよ」
「グ、グロォ」
「そんな泣きそうな声出すなっての。それにしてもそうか、キョウならわかるんだがオードか……。なかなか難易度高そう」
「え?」
「あー……こういうのは本人に聞いたほうが良いと思うぜ? だから楽しみにとっときな。まずは、会話で固まらなくなることからだな」
「う、うん……」

 オードちゃんにはなにかあるのだろうか?
 そんな疑問を持ちつつも、今日も夜は更けていく。
 明日の為に早めに酒場を出て、眠りにつくことにした。
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