お伽の夢想曲

月島鏡

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第四章 祈りを繋ぐ道

第七十三話 残ったものを指折り数えて

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 オルダルシアがいなくなって間もなくして、氷塊は消滅した。
 大勢の命を奪おうとしていた最後の脅威が消え去り、ステラの『紅血の協奏曲スカーレットコンチェルト』が奪われる事も、ステラ自身が殺される事もなかった。
 最悪の事態は回避できたが、素直に喜ぶ事もできない。何故なら

 ――皆は、本当に無事なの……?

 安否を確認できていない者が多数いるからだ。
 ステラが特に心配しているのはマリとニンフの二人だ。
 二人共、ヘルハウンドとの戦いの最中で全てを凍てつかせる白銀の光が降り注ぐ世界に放り出された。
 ステラもたった数秒ではあるが、その光に照らされ、危うく凍死する寸前まで追いつめられた。
 ステラはマリが守ってくれてから何とか生き残る事ができたものの、二人が自衛できていたかどうかは分からない。
 仮にできていて、生き残れていたのだとしても、最悪の場合、その後にオルダルシアに殺されてしまっていたという事もあり得る。
 オルダルシア自身は誰も殺していないと言っていたが

 ――そんなの、正直考えられないし、信じられない……

 信じられる道理がない。
 好きなもの以外どうでもいい。嫌いなもの、目的の邪魔をするものは跡形もなく消してやると、そう口にしていた敵の言葉だ。到底鵜呑みにはできない。

 いつかステラの『紅血の協奏曲スカーレットコンチェルト』とユナの『残英の対舞曲ブルームンコントルダンス』を奪おうとする時、確実に邪魔になる『魔神の庭』のメンバーと、レアルの『雪月の輪舞曲ニクス・ルナ・ワルツ』を取り返しにやってくる可能性がある『白雪の森』のメンバー。そして、それらに協力する可能性があるエードラムと五大精霊、テオ、ジークフリートの面々。
 いずれも全快時に相手をするには骨が折れる面子ばかり。
 弱っているなら放置する理由がない。普通に考えれば優先的に排除したいと考える筈だ。
 
 この目で全員の生存を確かめるまでは、安心する事は――

「ステラ‼ アル‼ レアル‼」

 オルダルシアの発言に対する懐疑、見えない場所で誰かが殺されてしまっているかもしれない事への恐怖から不安になっていた時、ステラの耳に、聞き慣れた力強い青年の声が響いた。
 声がした方向、上に顔を向けた時、ステラの目に映ったのは

「わりぃ、遅くなった‼ 大丈夫か⁉」

 一番前に立ち、息を切らして声を張り上げるリオの姿だった。
 近くにはリリィ、ローザ、ユナ、ブレイブ、アクル、ヨネ、ナンバ、フスティーシアと、そして

「よかった……生きてた……本当に、よかった……」

「分断せざるを得なくなった時はどうなる事かと思ったが、どうやら、杞憂だったようだね……」

 半泣きで安堵するマリと、ほっと息を吐くニンフがいた。
 二人の身体はどこも凍っていない。どうにかして光を凌いだのだ。
 それが分かって、同じように安堵したステラだったが、アルジェントを始めとして、その場にいない面々が複数人いる事とある事に気付いて、胸の内に不安と悲嘆を芽生えさせる。

 ――左腕まで……

 リリィの肩を借りて立つローザの左腕と右足は、肘と膝から先の部分が消失してしまっていた。
 右足が失くなってしまった事は、ヘルハウンドとの戦いの最中で気絶して目覚めた後に、ヘルハウンド本人の口から喰った事を告げられたために知っていた。
 その時は、まだ左腕が残っていた。
 片足だけでも大きすぎる損失なのに、その上片腕まで失ったローザの心中を察しようとして、ステラは悲痛な面持ちになる。
 
 ユナの『残英の対舞曲ブルームンコントルダンス』は数ある治癒魔法の中でも最上位に位置する力だが、全能という訳ではない。不可能な事もある。
 その内の一つが、消失してしまった四肢の復活だ。
 四肢が切断された時、切り離された四肢が残ってさえいれば、接合して元通りにする事ができる。
 だが、切り離された四肢が消失しているか、傷跡が既に塞がってしまっていたりする場合、失った四肢を生やすといった事はできない。

 『残英の対舞曲ブルームンコントルダンス』は自己治癒力を極限以上に跳ね上げる事で治癒を行う力。
 四肢の復活は自己治癒力の強化でどうにかなる範疇を超えている。それが理由で、以前『エクラン』に向かった際、アンデシンの両腕とシェルの左腕を元通りにする事はできなかった事を、ステラはユナから聞いていた。
 
 ユナでも治せない傷を負った事は、ローザにとって決して軽い事ではないだろうが、ローザ本人の気持ちが分からず、本人の口からその事について思っている事を聞いた訳ではない以上、ステラがあれこれ考えても仕方はない。
 後遺症は決して軽いものではないが、今はそれを嘆くよりも、生きていてくれた事を喜ぼうと、顔を振って意識を切り替える。

 そうして、思考を前向きなものに変えようと努めるステラの斜め後ろで、レアルも同じように顔を上げ、駆けつけた面々の顔を見つめていた。

 ――本当に、殺してなかったんだ……

 レアルもオルダルシアの言葉は信じてはおらず、特に、『七人の小人』のメンバーは殺されてしまっている可能性が高いと考えていた。
 一度目の強襲の時は見逃されたが、二度目の強襲、全員が既に弱っている状態ならば、一度目の都合の良い気まぐれは起こらず、殺されてしまっていてもおかしくないと思っていたが

「……また、自分を顧みない戦い方をしましたね……状況的に仕方なかったのかもしれませんが……」

「え? そうなの? 何で分かるの?」

「勘です……が、結構当たるんですよ」

「うちの参謀は頭だけじゃなくて勘も冴えるもんな。流石だぜ……まぁ、何にせよ、生きててくれたなら万々歳だ」

「命あっての物種だからな」

「そう、だね……生きて会えて、本当に嬉しいよ……」

「まぁ……えぇ、そうですね。生きてくれていた事は、ありがたい限りです」

「感謝だね~」

 レアルの生存を喜び、胸を撫で下ろす『七人の小人』達。
 その姿を目にして、声を聞いて、レアルも幾度か安心するが、喜びに浸り切る事はできない。
 無視できない引っ掛かりが、胸の中に残っている。
 本来ならこの場所にいる筈だった小人が、あと二人いない。
 一人は『白雪の森』を裏切り『夜天の箱舟』に付いた灰色の小人カステリコス。そして、もう一人は

「イステキ……」
 
 希望を意味する名を持つ金色の小人――イステキだ。
 レアル、『七人の小人』、リオ、ジークフリート、グラニの面々でヘルハウンドとの戦闘を繰り広げた時、一行は全滅の一歩手前に追い込まれた。
 その際、逆転の一手を打つべく、イステキは固有の魔力『千の縒り糸ミルイーロ』の力で『サルジュの森』に残っていた『白雪姫』の魔力をレアルに譲渡し、一時的にレアルが『雪月の輪舞曲ニクス・ルナ・ワルツ』の力を行使できるようにし、全盛期の実力を取り戻させた。

 そのお陰で、レアルは短時間の間ではあるが、たった一人でヘルハウンドと渡り合い、大きなダメージを与える事ができた。
 イステキが託した希望があったから、レアルはヘルハウンドに大きなダメージを与え、ステラ達がやってくるまでの間持ち堪えられた。
 そして、そこから徐々に攻勢に転じていき、立て続けに援軍が駆けつけてきた事で、ヘルハウンドに勝利する事ができた。

 イステキが紡いだ一筋の希望が、巡り巡って大きな希望になり、巨大な絶望を打ち砕いた。だが、その代償は決して小さなものではなかった。

 『千の縒り糸ミルイーロ』の力でレアルに『白雪姫』の魔力を譲渡した際、あらゆる存在を凍てつかせる『白雪姫』の魔力を身体の内に通した事で、イステキは氷漬けになった。
 『幻夢楽曲』の魔力は、所有者以外にとっては有毒なもの。ヘルハウンドのように余程強靭な肉体でも持ってない限りは、何らかの害が現れる。  

 イステキは、『白雪姫』の、『雪月の輪舞曲ニクス・ルナ・ワルツ』の魔力に耐えきれなかった。耐え切れずに、命を――……

 ――また、見たかったな……あの、明るくて、子どもっぽくて、可愛らしい笑顔を……でも、もう……見れないんだよね……
 
『だから、泣くなって』

 ――無理だよ……そんなの……

 氷像に変わる前にイステキが口にしていた言葉を思い出し、瞳を潤ませ、唇を強く噛み締めるレアル。
 遠目からは分かりにくい表情の変化が生じたと同時に、アクルが「二人を引き上げにいきましょう」と皆に提案し、それに対して全員が頷いた、その時だった。

「あっ、いたいたぁー‼︎ おーい‼︎ ぼ、く、が、きっ、たっ、よー‼︎」

 レアルの心情、その場の雰囲気にはそぐわない、やけに明るく賑やかな声が、遠くから響き渡ってきた。
 よく通って耳に突き刺さるその声と、凄まじい勢いで近付いてくる足音に、大半の者が困惑し、リオとユナは分かりやすく顔を顰める。

「このクソ高いテンションのうるせぇ声は……」

「えぇ……」

 同じ男の顔を思い浮かべるリオとユナ、そして、他の者達は、皆、一斉に声と足音がしてくる方向に顔を向ける。全員の目に映ったのは

「おーい‼︎ 皆ぁ‼︎ こっち‼︎ こっちだよ‼︎ 久しぶりのライゼさんだよー‼︎ やったねぇ‼︎ もっとテンション上げて盛り上がって‼︎ 無反応だと泣き喚くよ‼︎ すんごい泣くよ‼︎」

 眩しすぎる程の笑みを浮かべて、手を振りながら走ってくる、胴体に白い紐をくくりつけたライゼの姿だった。

「マスター‼︎」

「ライゼ‼︎」

「ライゼさん⁉︎」

 離れた場所でオルダルシア達と戦っていた筈の男の唐突な登場に、ローザとリリィ、『七人の小人』達は揃って驚きの声を上げる。
 それとは対照的に落ち着いたままのリオとユナは、空気を読まない登場をしてきたライゼに冷めた目線を向ける。

「おい、俺らと同じかそれ以上にぼろぼろなのに、何であのテンションでいれんだ、あいつ」

「やたら頑丈なのが、あいつの数少ない良い所の一つだからね。今あのテンションで来られると、頭に響くしイラッとくるから、少しくらい弱ってくれていたらよかったのだけれど……」

 やたら高いライゼのテンションと負傷度合いについて語るリオとユナ。
 リオが指摘した通り、ライゼの身体は珍しく傷だらけで、血に染まってない箇所がほとんどない。
 ユナが詳しく診てみない事には確実な事は言えないが、甘く見積もってもリオ達と同程度の重い傷を負っていて、立っているだけでも苦しい筈なのに、テンションがいつもと同じなのが不思議を通り越して最早恐ろしい……なんて事をリオが考えていると

「とうっ‼︎」

 リオ達との距離が数十メートルまで縮んだ所で、ライゼは掛け声と共に大きく跳躍。
 リオ達の元まで一気に飛んできて、身体をステラとレアルの方に向けた。

「うおっ‼︎」

「なっ⁉︎」

「ちょっ……‼︎」

 勢いよく飛んできた事で舞った雪がかかりそうになり、目の前に着地してきた事で生じた振動と衝撃を感じて、リオ、ブレイブ、アクルの三人は声を上げる。
 いきなり接近してきたライゼに対し、ブレイブは「おい‼︎」と怒鳴り

「危ねぇだろ‼︎ 踏み潰す気……か……?」

 勢いのままライゼを糾弾しようとして、しかし、ライゼが背負っていたあるものを見て言葉を止め、目を丸くする。
 それとほぼ同じタイミングで、他の『七人の小人』とリオも同様の反応を見せる。
 驚きの原因であるライゼが背負っている何かは、ステラとレアルの位置からは見る事ができない。

 一体、ライゼは何を背負ってここまでやってきたのか、ステラが心配半分で、レアルが純粋な疑問から怪訝な面持ちを浮かべると、ライゼは固い結び目を解きながら、「いやー」と、背負ってるものについての話を切り出し始めた。

「エードラム達も死なずに済んで、今は住人の人達の治療を受けてる最中で、ひとまずの安全は確保できたから、急いでこっちに飛んできたんだ。エードラムにはあなたも治療を受けてくださいって止められたけど、僕、首から上が無事なら基本死ぬ事はないし、皆に早く会いたかったから無視して来ちゃった。多分後で怒られるだろうから、フォローしてね。あと、皆に……特にレアルちゃんに会わせたい人がいるから、連れて来たんだ」

 そう言い終え、結び目を解いた時、ライゼの後ろで何かが落ちる音がした。
 音からして、そこまで重くない小さな何かが。そして、次の瞬間、それがライゼの後ろから姿を現した時、レアルは思わず「えっ……」と声を上げた。
 見開かれた薄緑色の瞳に映ったのは――
 
「よかった。やっぱり勝ってた」

 ライゼの後ろから現れた人物が、最初から結末を確信していたかの口調で、明るく朗らかに笑う。
 見ているだけで不思議と前向きになれる、もう見れないと思っていたその笑みに、思わず目を奪われ、自分がいる場所は夢の内ではないだろうかと疑い、呆然とするレアルに

「おい、何で驚いてんだって? 約束したろ?」

 その人物は、笑顔を浮かべたまま、優しい声で語り掛ける。
 その通りだ。レアルは、最後に約束してもらっていた。


『俺は死なないから。だから、泣くなって。また――』


「また後でなって」

 もう一度、会いに来ると。
 自分にとっての希望になってくれた輝く心の持ち主――イステキに。
 約束を守ってくれた事。
 二度と会えないと思っていた、大好きで大事な仲間に、もう一度会えた事に、胸がいっぱいになる。
 瞼が熱くなって、段々と、視界がぼやけてくる。
 嬉しかった。嬉しすぎて、堪えようとしていたのに

「うっ……うぅ……ひっ、うぅ……うぅう……‼」

 堪えきれなかった嬉し涙が、溢れ出した。
 顔を手で覆い、声を上げて泣くレアルを見て、イステキは「あれぇ⁉」と素っ頓狂な声を上げて狼狽える。

「泣いちゃった⁉ 何で⁉ バリバリピンピンしてるぜ俺⁉ ほら、この通り‼ な⁉ だから泣かんで⁉ な⁉」

 きらきらした笑顔で迎えてくれるものと思っていたイステキは、これ以上ない程に焦り、自分の身体を両手で叩きながら自分は何ともないから泣き止んでくれとレアルに叫ぶが、その叫びはレアルに届かない。
 いや、届いてはいるが、誰かを失う事がトラウマになっているレアルにとって、仲間を失わずに済んだ安堵と喜びはとてつもなく大きく、泣き止もうにも泣き止む事ができなかった。
 人前で泣く事がないレアルが泣いている事にイステキがあたふたしていると

「ドアホ」

 近くにいたブレイブが、その頭を軽くはたいた。
 そこまで強くない力で叩かれたイステキがブレイブに顔を向けると、ブレイブは当然だろと言いたげな表情でイステキを睨み

「死んでもおかしくなかった賭けだぞ。俺らがどんだけ心配したか分かるか? あぁ?」

 低い声で、レアルが泣いている理由、レアルを含めた全員が心から心配した事を告げる。
 レアルと同じく予想外の反応を見せ、見慣れている筈なのにいつもより険しく感じる怒り顔で詰めてくるリーダーに、イステキは「うっ……」と怯み

「あっ……えっと……はい、その節はすんませんでした……」

 さっきまでの明るさはどこへやら、半泣きになり、ぼそぼそ声で謝罪の言葉を口にした。
 どんな時でも前向きで、逆境でこそ笑う仲間が本気で泣きそうになっている様子を見たアクル、ナンバ、ヨネ、フスティーシアは、心の内でイステキの事を気の毒に思いつつ、ブレイブの気持ちも分かると共感を覚える。
 状況が状況だったとはいえ、自分の身を犠牲にする戦い方は胆が冷える。とはいえ
 
「だが、まぁ……よく帰って来た」

 戻って来てくれて、本当に良かった。
 皆の気持ちを代表して伝え、ブレイブはイステキの肩を拳でぽんと叩く。
 怒り顔から一転して穏やかな笑顔になって気持ちを伝えられた事に、イステキがつい唖然としていると

「行くぞ。泣き虫な姫さんを慰めたら、引き上げて、皆で帰んぞ」

 ブレイブはその背中を軽く押し、レアルを泣き止ませて、全員の居場所に、レアルの家に帰るぞと伝える。
 それを受けて、イステキが「あいよ」と白い歯を見せて笑った後、ブレイブ、イステキ、アクル、ナンバ、ヨネ、フスティーシアらの六人は一斉にクレーターの中へ飛び降りた。
 そして、レアルの元へと駆け寄り

「ごめんって‼ 心配させて‼ でも信じてたぜ‼ きっと大丈夫って‼」

「もう泣くな。笑ってる時のが美人なんだからよ」

「そうですよ。もう全部終わりましたから。だから、安心してください」

「我らはちゃんと生きている。悲しむ事はない」

「よしよーし、恐かったよね……私もそうだから、気持ち、すっごく分かるよ……帰ったら、また皆で一緒にご飯食べて、一緒に寝よ? 今日は私がレアルちゃんの隣ね?」

「僕も、不安にさせるような事……してごめん……でも、これからはずっと一緒にいて、レアルの為に頑張るし、傍にいるから……」

「……うんっ‼」

 誰よりも頑張り屋で、本当は泣き虫の女の子を思い切り抱きしめ、そして、笑顔にした。
 ずっと暗い顔していたレアルが初めて見せた、屈託のない、晴れやかな笑い顔。
 レアルを大事に思い、優しく抱きしめる『七人の小人』達の姿を見て、ステラも心から安堵し、自分事のような喜びを覚えた。

 後からライゼが全員に向けてした話では、マリ達が『プリエール』を解放して『サルジュの森』に戻って来た後、ヘルハウンドと戦って負傷していたリオ、『七人の小人』、ジークフリート、グラニをノームとサラマンダーが運んだ際、サラマンダーが炎で氷を溶かし、住人達が最優先で治療を行っていた。
 イステキが助かったのは、解凍に用いた炎が、数ある炎の中でも特に高い熱と『白雪姫』にも匹敵する強大な魔力を持つサラマンダーの炎だった事で、身体の内外に氷と『白雪姫』の魔力が残る事がなかった事。
 凍っていた時間がそれ程長くなかった事と、住人達の治療が適格であり、『サルジュの森』の薬物由来の高い効果を発揮する薬品が揃っていた事。
 そして、イステキの生命力と肉体の強さがあってこその結果との事だった。

 一見、『雪月の輪舞曲ニクス・ルナ・ワルツ』の力に完全に負けていたかのように見えていたが、ぎりぎりの所で抗い、死の一歩手前でどうにか踏みとどまっていたような状態だったらしい。
 紙一重で命を拾う事ができたのは、日頃の鍛錬の成果があってこその結果と医者は述べていたが、ステラとレアル、『七人の小人』らはそれだけが理由とは思えなかった。
 きっと、約束があって、イステキがレアルの事を大事に思っていたからだ。
 死なない。また会いに行くという約束と、レアルの希望になりたいという強い想いが、イステキを踏みとどまらせたのだ。
 何はともあれ、イステキは生きて帰ってきた。それは、誰にとっても喜ばしい事だが、今回の戦いの結果は幸せな者ばかりではない。


 たくさんの人が傷付いた。
 その中には二度と治らない身体の傷、すぐに治す事は難しい心の傷を負った者もいて、命を落とした者もいる。
 何もかもを失わずに済んだ訳でもない。去ってしまった者もいる。
 取り返すべきものを取り返す事もできず、解決すべき事柄も残ったまま。
 手放しに喜ぶ事は到底できないが、だが、それでも、守れたものも確かにある。
 失わずに済んだものもあって、消えないでくれた者も大勢いる。

 だから、下を向くばかりではなく、前を向かなければならない。
 残ったものを指折り数えて、少しずつでも、重い足取りでも、一歩一歩進んでいかなければいけない。
 きっと、それが、未来に進んでいくという事だから。






 ヘルハウンドとの最終決戦の三日後の昼頃。
 森林や居住区の一部に刻まれた深い戦跡の一部と、戦いに参加した者達の身体は元通りになっていた。
 当日の負傷者の治療は住人達が治癒魔法と医術を用いて行い、翌日の夕方になってユナの魔力が全回復してからは『残英の対舞曲ブルームンコントルダンス』の力で瞬く間に全員の傷を完治させた。
 戦いの余波で破壊された木々については、芽があるか、ぎりぎり生命活動を維持できているものに限っては成長を促進させ、再生を行う事で元に近い大きさにする事ができた。
 その結果、再び魔力が枯渇し、疲れ果てたユナを全員で労い、感謝の気持ちとしてあるだけのみかんを献上した。胃袋のサイズの問題で一房しか食べきれず、残りは持って帰る事になったが。

 そして、ヘルハウンドの強襲で倒壊した『白雪の森』の本拠地でもあるレアルの家と、鼠と蛇の混成の魔獣――ニドアダラが暴れ回った事で粉々になった西の居住区の民家。壊れかけの『繋界鏡』、ローザの義手と義足については

「もしよければ、家々は儂が建て直そう。間取り図さえあれば、すぐにでも元通りにできるぞ。木製ではなく煉瓦の家にはなってしまうが……んで」

「『繋界鏡』の修理とアプリコットの義手と義足は俺がどうにかする。すぐに壊れたりしねぇよう、頑丈かつ動きやすいもんを作ってやるよ」

 ノームとテオがどうにかしてくれる事となった。
 ノームは土の大精霊の力を遺憾なく発揮し、茶色い煉瓦でできた家を一瞬で作り出し、テオは『錬成ファーレ』の魔力で形状記憶合金の義手と義足を作り出し、亀裂が入っていた『繋界鏡』と、『繋界鏡』が置かれていた寺院――『デール』の修復も完璧にこなしてみせた。

 建て直された家はいずれも以前よりも頑丈かつ蓄熱性になり、家具さえ用意できれば以前よりも過ごしやすいものとなった。レアル達を含めて、倒壊した家に住んでいた住人達は家具が揃うまでの間は老人会の会場や『デール』で過ごす予定だが、それまでにはあまり長い時間は要さないだろう。
 義手と義足は軽くて動かしやすく、日常生活を送る上でも、戦闘を行う際もそれ程苦にはならないであろうものが出来上った。義手と義足についてテオは

「普通の形状記憶合金は腐食しにくく、生体適合性が良いためアレルギーが起こりにくい上、しなやかで曲がりやすい等色々な長所があるが、折れる時は急に折れるという欠点がある……が、俺の魔力、『錬成《ファーレ》』で作った金属は普通の金属より遥かに頑丈だ。そうそう壊れねぇから心配すんな……と言いたい所だが……」

『魔神の庭お前ら』の所に来る依頼は、やたら難易度が高いもんばかりだから、それでも安心はできねぇ。ヘルハウンドの討伐依頼が来る位だからな。だから、予備も三組作っておいた。もし全部壊れたり、壊れる見込みがあるかもしれない時は携帯水晶で連絡しろ。可能な限り早く作って届けてやる」

 と言っていた。
 口が悪く、凶暴な面ばかりが目立つ場面もあったが、本来のテオは細かい気遣いができる優しい青年だ。
 仲間を傷付け、迷惑をかけた罪悪感もあったのかもしれないが、ローザに義手と義足を手渡し、先に述べた事を伝えている場面を見ていたマリは何だか胸が温かくなった。

 そうして、治せる傷を治し、元にできるものは元通りにした最終決戦の三日後の昼頃。
 戦いに参加した者達の気持ちと『サルジュの森』全体が落ち着いたのを見計らって、『デール』を貸し切り、『魔神の庭』と『白雪の森』の全メンバー、それからテオ、エードラムら六人の大精霊と、ジークフリート、グラニ、コナーで集まっていた。
 それぞれの陣営で固まって椅子に座る中、ライゼ、エードラム、アクルの三人が各陣営の代表兼司会として前に立ち、ある話し合いを始めようとしていた。それは

「えー、まずは皆お疲れ様。今回の戦い、『魔王』ヘルハウンドとの決戦は、間違いなく楽なものではなかったと思う。全員が文字通り命懸けで挑んだ戦い。ここにいる誰か、ここにはいないけど戦闘に参加してくれた人達や、治療を行ってくれた人達、力がないながらも必死に奔走してくれた娘達、誰か一人でも欠けていたら、勝つ事はできなかった」

「今回の勝利は、皆の勝利だ。ありきたりな言い回しではあるけど、僕は本気でそう思ってるよ。だから、皆には改めて、心からの感謝を伝えたい。本当に、ありがとう」

 いつものようにふざけたりはせず、ライゼは真剣な声音と表情で戦いに貢献した者達への謝意を述べ、頭を下げた。
 他の者達も同じように一礼した後、ライゼは頭を上げ、「さて」と神妙な顔つきで本題に入り始める。

「今回集まってもらったのは、皆にとって大切な、避けては通れない話をするため……単刀直入に言えば、被害状況の確認と今後の方針についての話し合いが目的だ」

「比較的軽傷だった自警団の皆さんと私が行った調査により、詳しい被害状況が確定したため、まずはそれについての報告を私からさせていただきます。その後は、フスティーシアとライゼさんから『夜天の箱舟』について分かっている事、新たに判明した諸々の情報を共有してもらい、今後の方針、つまりは、『夜天の箱舟』についてどう対策していくかを話し合っていこうと思います」

 被害状況の確認と『夜天の箱舟』への対策のための話し合い。それが、今回集まった目的だった。
 
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