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第一章 祈望の芽吹き

第八話 命をくれたから

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「忠告はしたぞ」

 最初からそこにいたのかのように、突如として現れた鬼の面を被ったストーカー。
 赤津を幾度となく付け狙い、一方的な愛を押し続けてきた男の凶刃が、赤津の頭目掛けて振るわれる。
 その次の瞬間、凄まじい勢いで噴出した血の赤が、白一色の天井を大きく汚した。
 天井の一部の色を変えた血。それは、二つに割れた赤津の頭から――ではなく

「ぬっ……」

 仮面の下で顔を歪める男が鉈を持っていた左腕――その断面から噴き出したものだ。
 鉈を振るった刹那、鬼面の男は左腕を切り離されていた。
 鬼面の男の腕を切断し、間一髪の所で赤津を救ったのは

「おい、何しやがんだ、てめぇ……」

 巨大な鋏を振り切った姿勢で、テーブルに片膝をついて座り、殺気にも近い圧を鬼面の男にぶつける蜜柑色の魔法少女マーガレットだ。
 鬼面の男が現れた後、瞬きをする程の時間で変身したマーガレットは、迷わず動いていた。
 鬼面の男を、壊す為に。

 ーー武器は離させた。次は

 赤津から鬼面の男を引き離す。
 その為にマーガレットが動き出そうとした時
  

 マーガレットの視界、赤津の背後から、鬼面の男の姿が消えた。


「なっ……⁉︎」

「え? えっ? な、何? 何⁉︎ 何が……」
 
 鬼面の男が消えた事にマーガレットは驚愕し、赤津は次々と起こる異常事態にパニックを起こして動けなくなる。
 その時には既に立ち上がり、臨戦態勢に入っていた友恵とカリンカは周囲を見渡して鬼面の男を探すが、その姿も、切り落とした腕もどこにも見当たらない。

「いない……いきなり現れて、いきなり消えた。これって、まさか瞬間移動……」

「いや、ちゃう。ぎりぎり目で追う事ができた。あいつは瞬間移動してるんちゃうくて、そう見えるくらいの速度で移動しとった。赤津はん、今のがストーカーで間違いあらへんどすか?」

「は、はい……あれ、あれがっ……ストーカー、です……ほん、本当に、殺しに、あ、あぁ……いや、いや……いや……」

 目の端に涙を浮かべ、自分で自分の肩を抱いて震えながら、赤津は先の鬼面の男こそが自身を付け狙うストーカーであるとカリンカに告げる。
 実際に殺されかけた事で底無しの恐怖に襲われ、激しく怯える赤津。
 その肩に、カリンカはそっと手を置き

「大丈夫。大丈夫ですよ。絶対に守るさかい、安心しとおくれやす」

 赤津に寄り添いつつ、周囲にも気を配る。
 マーガレットと友恵も、いつ、どこから鬼面の男が現れてもいいように全方位に警戒を張り巡らせるが、数分以上経過しても鬼面の男が現れる気配はない。おそらく

「逃げたなぁ。三対一は分が悪いって踏んだんやろうな」

「クソッ…‼」

「……何にせよ、早くここから離れないと。ここにいれば、あいつは間違いなくまた襲ってくる。どこか安全な場所に逃げなきゃだけど、あいつでも見つけられず、入れないような場所ってどこがある?」

 カリンカが口にした、鬼面の男は一時撤退したという結論を聞いて、マーガレットは机に拳を叩きつけ、友恵は静かに次の行動をどうするかを問う。
 その問いを受けて、少しの間考え込んだ後、カリンカは「よし」と呟き、行先を告げる。

「それじゃあ、一旦本社ビルに戻ろか」

「本社ビル? 大丈夫なの? 私とカリンカってそれなりに顔が割れてるから、あのストーカー野郎、私達が『祈望の花束』の社員だって事に気付いたんじゃ……本社ビルの場所は検索すれば簡単に出てくるから、またすぐに襲ってくるかもしれないわよ?」

「そうかもしれへんね。でも、そこまでは知っていても、きっと、一階の地下に隠し部屋がある事は知らへん思う」

「隠し部屋? そんなのあったんですか」

「うん。パスワードの入力、生体認証の確認がないと入れない、この上のう安全な避難場所や。扉も防弾防刃で魔法への耐性も極めて高いし、正式な手順を踏まずに侵入した場合、侵入者はその瞬間に魔法で部屋の外に叩き出される仕組みになってるさかい、奴は絶対に入ってこれへんで。ちゅう訳で、赤津はん、これから本社ビルに向かおう思うんどすけど、大丈夫ですか?」

 マーガレットに隠し部屋の詳細を説明したカリンカは、その場にしゃがんで俯く赤津の顔を覗き込み、出発できそうかを問いかける。
 その問いかけに、赤津はこの上なくか細い声で「はい……」と返事をしながら、小さく頷いた。






 千澄達が赤津と共に本社ビルに戻る事を決めた頃、赤津の家から遠く離れた路地裏にて。
 鬼面の男は斬られた左腕を右手に持ち、壁に背をつけながら、自身の両足を見つめていた。

「思ったよりやるな……それに、この感じ、両足の骨と肋骨に亀裂を入れられたか……あれが、奴の、いや、アスモデウスの力か」

 赤津に刃を振るった瞬間に己の腕を斬った魔法少女ーーマーガレットの顔を思い浮かべながら、鬼面の男は己の身体の状態と、マーガレットの力を冷静に分析する。

 鬼面の男が口にした通り、その両足と肋骨には複数の亀裂が走っていた。
 武器を手離させつつ、両足の骨と肋骨を破壊する事で、救命と討伐を同時に成立させようとした。
 その行動を瞬時に取ったマーガレットの判断力の高さと手際の良さを、鬼面の男は末恐ろしく思う。

「流石はサンクローズを倒した魔法少女といった所か。舐めてかかるのはよくないな……本気でいくか」

 マーガレットの実力を甘く見ていた自分を戒め、全力を出す事を決めた鬼面の男は、右手に持つ左腕を切断面に押し当てる。それから五秒が経過した時には

「よし、付いたな……」

 鬼面の男の腕は元通りにくっついていた。
 左腕を振ったり回したりして、問題なく動く事を確認した鬼面の男は、「さて……」と呟くと、次の瞬間、辺りの建物が大きく揺れる程の凄まじい跳躍をして、どこかへと飛び去っていった。 





 
 午後零時七分。
 鬼面の男の襲撃から約二十分以上が経過した頃。

 『祈望の花束』の本社ビル一階にある花屋『スマイル・ルミナス』。
 四季折々、ありとあらゆる国の綾なす花で彩られた、明るく華やかな内装の店の奥に、大型のゲーミングPC、ヘッドセット、マイク等の配信用機材が置かれた、黒と紫が基調のゲーミングデスクとゲーミングチェアと、あらゆるジャンルの漫画や小説が並べられた複数の本棚が設置され、壁には様々なアニメキャラのポスターやタペストリーが張られた防音の休憩室がある。
 その床に敷き詰められた黒と灰のチェック柄の下の隠し扉の先に

「隠し部屋って言うから、薄暗い雰囲気の所を想像してましたけど、意外と快適ですね」

「えぇ……」

 社員以外は誰も知らない隠し部屋が存在する。
 隠し部屋の中は大型のカラオケルームのような作りになっている。

 カラオケ用のテレビモニターやDAMのようなカラオケマシーン、複数本のマイク等の通常のカラオケルームに置かれているものの他に、地上波の番組の視聴とゲームのプレイが可能な通常のテレビモニターと、複数のボードゲームとゲームソフトが並べられたテーブルとソファーが設置されていた。

 カリンカが扉を開けた後、千澄と赤津は隠し部屋に入り、友恵とカリンカは鬼面の男の捜索に向かった。
 千澄は赤津とソファーに座ってから、ずっと赤津に話しかけているのだが――

「まさかカラオケやテレビ、ゲームまであるなんて……あっ、『スマブラ』ある。赤津さん、『スマブラ』やった事あります?」

「いえ……」

「あー、上の部屋、アニメのポスター多かったですよね。あの部屋、『スマイル・ルミナス』でも働いてる社員の人……優夏ゆうかさん、でしたっけ? が主に使ってる休憩室で、ポスターは優夏さんが好きなアニメのキャラってカリンカさん言ってましたけど、赤津さんは何か好きなアニメあります? ボクは『プリキュア』シリーズ大好きです」

「アニメは……特には、見てないです……」

「そう、ですか……」
 
「……この部屋、元々はジュギィさん……ボクがよく一緒にいる妖精さんが、地下にカラオケルームがあったら面白いって言って、勝手に作ったものって言ってましたけど、どうやって作ったんでしょうね? 気になりません、か、ね……」

 できるだけ明るい話題を振り、どうにかして赤津を元気づけようとした千澄だったが、隣で座る赤津の沈んだ表情を見て、途中でやめる。

 今の赤津には、明らかに受け答えができる程の余裕はない。
 本社ビルに着く頃には恐怖がある程度和らいでいた赤津だが、死の淵に立たされた瞬間の事が、その胸の中に深いトラウマとして刻まれてしまっていた。いや、というよりも

 ――ずっと恐がってて、さっきはもっと恐い思いをしたんですものね……そりゃ、落ち込みますよね……

 何とかして恐怖に抗おうとしていた心を、最後の一押しでへし折られてしまったという方が正しい。
 赤津は、千澄達に鬼面の男にされてきた事を語っていた時から、怯えている様子を見せていた。

 当然だ。
 好きでも何でもない男に、どこまでも付きまとわれて、捕まえてほしくても誰も捕まえる事ができず、一方的な愛の押し付けと脅迫を受け続けてきた。
 どんな人物であっても恐怖を感じるのは至極当たり前の事であるし、心が壊れたっておかしくない。

 それでも、赤津は必死に逃げ続けて、頼れる所には勇気を出して頼って、踏ん張ってきた。
 その心を、鬼面の男は理不尽な理由で傷付けて、追い詰めた。それは――

 ――絶対に許さねぇ……二人が捕まえてきたら、手足と股間ぶっ壊して、二度と一人じゃ何もできねぇようにしてやる……

 千澄にとって、到底許せる事ではなかった。
 万が一の時の護衛役として赤津の傍に残っている千澄は、鬼面の男に自分から会いに行く事はできないが、友恵とカリンカが鬼面の男を捕えた後なら、対面できる可能性があるかもしれない。
 やるならその時だ――と考えながら、千澄が静かに怒りを燃やしていると

「……皆さん、本当に、すごいですね……千澄さんも……」

 唐突に、赤津は千澄にそう声を掛けた。
 これまでいくら話しかけても空返事しかしてこなかった赤津が、自分から話しかけてきた。
 その事に驚きつつ、千澄が赤津の方に顔を向けると、憔悴しきった赤津と目が合った。

「皆様は、普段から、あんなにも恐い犯罪者と戦っているんですよね……たった一回殺されかけただけで、泣いて落ち込んでる私なんかとは、とても、大違いです……」

「え? そうなんですか? 『祈望の花束』って普段からこうゆう依頼受けてるんですか?」

「あっ、えっと……皆様は、日々の困り事の解決から、犯罪者の討伐まで行っていると、お聞きしました、けど……」

「あー、そういえば、猫探しと子守りだけじゃなくって、悪い人達とも戦うって、ジュギィさんが言ってたような……」

 ジュギィと出会った日の記憶。その時に言われた事を、千澄は何とかして思い起こす。
 ジュギィは確かに『祈望の花束』では悪い人達ーー犯罪者と戦う事もあると言っていた。
 『祈望の花束』関わった相手が、主に赤ん坊と三毛猫とスコティッシュフォールドだけだったので、千澄はその事をすっかり忘れてしまっていたが。

「千澄さんは、恐くなかったんですか? あの、ストーカーが……千澄さんは、どうして、魔法少女を、続けられているんですか……どうして……」

「赤津さん?」

「……私、本当は、警察官として犯罪者を取り締まって、人々の平和を守るのが夢だったんです。その為に、養成学校にも通っていたりしました」

 鬼面の男を恐れなかった理由を問いかけてきたと思ったら、赤津は急に己の過去を話始めた。
 何故? と千澄は一瞬思ったが、同時に、話をする事で落ち着くならばと考え、赤津の話を黙って聞く事にする。

「必死に勉強して、訓練して、何とか無事に卒業して、警察官になる事ができました。でも、私は、すぐに挫けてしまったんです……」

「卒業してから、一年後の事でした……私は、偶然遭遇したある凶悪な殺人犯を捕らえようとしていたんです。必死に訓練を続けてきた自分が、犯罪者なんかに負ける筈がない。そう思っていました……でも」

「そうは、なりませんでした……私は、呆気なく返り討ちにあって、殺されかけてしまったんです。足首を斬られて、逃げれないようにされた上で、頭をナイフで貫かれそうになりました……けど、その時は、ぎりぎりで駆けつけてくれた他の魔法少女と妖精が助けてくれたお陰で、何とか一命を取り留める事ができました。けど……けどっ……」

 と、やや早口だった赤津の語りが、そこで止まる。
 下唇を噛み、震え出した赤津に、千澄は無理して話さなくても大丈夫と伝えるべきか否かを迷い始めるが、千澄が決断する前に、赤津は話の続きを語り出した。

「けど、その時の事が、トラウマになって……私は、警察官としての仕事を全うできなくなって、そのまま辞職してしまいました……情け無い、ですよね?」

「赤津さん……」

「本当は、私も……皆様や他の魔法少女の方々と同じように、誰かの為に戦いたかった……戦い続けていたかった……でも、無理だった。だから、知りたいんです」

 そこで言葉を切ると、赤津は一度深呼吸をしてから、恐怖と悲しみの色に染まりながらも、奥底に熱い何かを宿す目で、千澄の目をまっすぐに見つめた。
 そして、その次の瞬間、赤津は、先と同じ質問を、もう一度千澄にぶつけた。

「千澄さんは、恐くなかったんですか? 千澄さんは、どうして、魔法少女を続けられているんですか?」

「どうして、ですか……」

「はい……あっ、答えづらいものなら、無理には」

「いいえ、答えますよ。赤津さん、とても真剣だから……だから、ちゃんと答えます」

 気を遣おうとした赤津に、千澄は優しく微笑みながらそう返す。
 その答えを聞いて赤津がどう思うか、赤津にどう思われるかは分からないが、誰かの為に戦うという事に、本気で向き合おうとしている相手には、本気で向き合いたい。

 そして、ちゃんとした答えを返したいとそう思ったから、千澄は自身が魔法少女として活動していられるのは何故か、それにまつわる事を、包み隠さずに打ち明ける事にした。

「恐くはなかったですよ。あーゆー奴と戦う事には、もう慣れちゃいましたから。それと、ボクが魔法少女を続けていられるのは、アイリスが、大好きな恋人が死ぬ前に残した、誰かを助けて、たくさんの人と繋がって、ボク自身の夢を叶えてほしいって願いを、どうにかして絶対に叶えたいからって気持ちがあるから……っていうのと」

「いうのと?」

「アイリスがくれた命があるからなんです」

 そう言って、胸に手を当てた千澄は、次の瞬間、「実はですね」と前置きして

。本当なら死ぬ筈だったボクを、アイリスは自分の命と引き換えに生き返らせてくれた。だから、ボクはまだ魔法少女を続けられているんです」

 胸の痛みを必死に堪えるような、寂しそうな表情を浮かべて、もう一つの魔法少女を続けていられている理由を口にした。

 






 千澄が赤津に魔法少女として戦い続けていられる理由を話し始めた頃。
 友恵とカリンカは『スマイル・ルミナス』の入り口の前に立ち、人混みを眺めていた。
 
「どこにもいないわね」

「どこにもいーひんね。本社の近くを歩いとったら、見つけられる思たんやけど……」

 二人は鬼面の男の姿を探し、四方八方に意識を向けているが、鬼面の男の気配はどこにも感じられない。
 友恵とカリンカは『祈望の花束』の入ってからの活動期間が他の社員と比べて長く、知名度も高い。

 特に、カリンカは創設時からのメンバーという事もあり、その顔は東京中だけではなく全国に知れ渡っている。
 そのため、鬼面の男は赤津の近くにいて、赤津の殺害の妨害をしたのは『祈望の花束』の社員と気付き、赤津がその本社ビルに匿われると考える可能性が高い。
 だから、鬼面の男は遠からず本社ビルに襲撃をかけてくる。友恵もカリンカもそう思っていたのだが

「全然見つからないじゃない‼︎ あー、もうっ‼︎ イライラしてきた‼︎」

 やはり、成果が出る見込みは微塵もなく、痺れを切らした友恵は叫びながら地団駄を踏む。
 
「本当に来るの? よく考えたら、三対一の状況で逃げるなら、もっと多くの社員がいるかもしれない本社ビルには来ないんじゃないの? やっぱり、しらみつぶしで探した方がいいんじゃない?」

「あー、確かに、そうかもしれへん。でも、まぁ、来いひんなら来いひんで、赤津はんが手ぇ出される可能性はのうなるさかい、別にええんやけどなぁ。もしも今日捕まえられんでも、明日戻ってくる人達が協力してくれたら、あいつは一瞬で捕まえられるやろうさかい、そないに焦らんでもええで。一旦落ち着いて」

 苛立ちのままに、やや早口で今の方針に対して異議を唱える友恵に対し、カリンカは静かな声で落ち着くように言い聞かせる。
 その言葉を受けた友恵は数回深呼吸をして、ほんの少しだけ冷静さを取り戻してから、再び人混みへと目を向ける。

「落ち着いたわ……そうよね。何も、今日中に絶対捕まえなきゃって訳じゃないし、魔法少女や警察の捜査を躱すような奴を、簡単に捕まえられるって思っちゃ駄目よね。取り乱して、悪かったわ……」

「ええよ。怒った友恵ちゃんも可愛いかったし」

「かっ、かわっーーーー……‼︎」

 自身の謝罪に対してカリンカが何気ない調子で返した言葉。それを聞いた友恵は分かりやすく動揺し、頬を赤くしてカリンカがいる方とは反対側に顔を向ける。

「う、うるさいわね。揶揄からかってんじゃないわよ……」

「揶揄ってへんで。うちは本気で友恵ちゃんの事を可愛いって思てんで。笑うた顔も、怒った顔も、驚いた顔も、全部全部な。特に一番好きなのは、ホラー映画見て、恐がってる時の友恵ちゃんかな。その時の友恵ちゃん、子犬みたいでほんまに可愛」

「本当に、私の事可愛いって思ってる? 私の事、どう思ってる?」

 明るく、茶化すような口調で話すカリンカの言葉を遮り、友恵はカリンカの横顔を見つめながら、そう問いかける。
 その途端に口を閉ざしたカリンカは、ゆっくりと友恵に顔を向けると、困ったような笑みを浮かべる。

「えっと、どうって、どないな事?」

「そのままの意味よ。私の事、好きなの? 嫌いなの? 本気で、可愛いって思ってる? 答えなさいよ」

 核心をつくような問いを、友恵は躊躇う事なくカリンカに投げかける。
 それを受けたカリンカは、一瞬、眉を八の字にして、物悲しげな表情を浮かべたが、すぐに笑顔を作り直し、そして、答えた。

「……好きやで。うちは友恵ちゃんの事が好き。だって、友恵ちゃんは、好きに決まってんで」

「あぁ、そう……ありがとう……」

 望んだ答えに近いようで、最も遠い答え。
 それを聞かされた友恵は、気のない返事を返して、その表情をかげらせる。
 その後、二人の間で会話が途切れ、段々と人の波が落ち着き始めた時だった。


「ーー段取りが狂ったな。何故、ここにいる?」


 一度聞いただけの、しかし、何よりも心に深く刻まれている男の声と、群衆のざわめきが聞こえてきた。
 その瞬間、友恵とカリンカの視界に映ったのは、探していた鬼面の男の姿だった。

「あんた……‼︎」

 鬼面の男の姿を見た友恵は牙を剥いて青筋を立て、カリンカは虚空から真紅の刀身を持つ日本刀を召喚する。
 その途端に、ただならぬ空気を察知し、本能で危険を感じたのか、群衆達はざわめきながら、一斉に三者から距離を取る。

「……答えろ。あいつらは、ここにいるのか?」

「馬鹿じゃないの? 教える訳ないでしょ? それに、教えたってどうせ会えないわよ。あんたは、私達がここでぶっ倒すんだから」

 鬼面の男にそう啖呵を切った直後、友恵は全身から白銀色の輝きを放った。
 突き刺すような冷たい光が、辺り一帯を包み込み、気温を僅かに低下させる。
 そして、光が少しずつ弱まり、やがて完全に消えた時、友恵の姿は大きく変化していた。


 そこにいたのは、儚さと凛々しさを併せ持つ、白雪のような少女だった。

 くすんだ金の髪は、三つのロードライトガーネットの宝石で飾り付け、赤いリボンで一つにまとめた白い長髪に。
 桃色の瞳は鮮やかな苺色に。
 パンク風の衣装は、胸の中央にカランコエの花を模した氷の花が飾られた、白と赤を基調とした童話の姫のようなドレスに変わっていて、背も高くなっていた。

 幻想的で可憐な、思わず目を惹かれてしまうような美しさを放つ友恵だが、その左手には、それらの印象を否定するかのような、巨大で禍々しい刃を持つチェンソーが握られている。
 鋼色の棘を持つ、雪の花のような魔法少女となった友恵の名は――

「――私が、スノードロップが、何があってもあんたを許さない。今度こそ、凍て砕く」

 
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