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1、ナンパ男
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しおりを挟むその日は朝から運がなかった。
血の繋がらない母から嫌味を言われ、風邪を引いていて調子も悪かった。
まだ実家と縁を切っていなかった頃、私は誘拐されたことがある。
駅に行こうと歩いていると、突然口を何かで覆われ車に乗せられた。騒ぐと殴られ、大人しくするしかなかった。
私の親に復讐をするなんて言っていたけど、復讐なんかになるわけがない。むしろ喜んで放っておくだろう。
諦めにも似た気持ちで、暗いところに縛られていると、急に部屋の前が騒がしくなった。
もしかしてこの音って銃声?
身を隠したいが動けない。息を潜めていると目の前のドアが開いた。
急に明るくなったせいで入って来た人が見えない。目を細めながら見ていると、縛られている縄を解かれた。
「ターゲットの所に女がいたのは、さすがに予想外だわ。縄はほどいたから、後は自力で帰りな」
そのまま去ってしまった人にお礼を言いたかったが、その時は混乱していて何も言えなかった。
ふらふらとしながら交番に行き、事情を伝える。驚いた警察官にその場で保護され家に帰されたが、思い出すのは助けてくれた人だった。
あの日、私を逃してくれた人は誰だったのだろうか。
後日知ったが、あの人は暗殺者だったらしい。私を誘拐した人がたまたまターゲットだったようだ。ニュースで話題になっていたし、顔を見ていないか聞きに来た警察官の人が教えてくれた。
あのとき、顔は見えなかったけれど、それが私の遅い初恋だった。
ーーーーーーーーーー
2年後、私は行きつけのバーでお酒を飲んでいた。たまたま入った店だったけど店内の雰囲気と、マスターの人柄が好きで何度も通っている。
くだけた口調で話してくれて、客と店主というより知り合いのお兄さん感覚だ。優しい人柄だけど、見ている限り人たらしだ。
この日もバイト先の愚痴をマスターに話していると、隣の席に誰かが座った。
「お姉さん、綺麗な顔してるねー。ねえ、ちょっと俺とも話さない?」
「いえ、結構ですので」
「手厳しー! あ、マスター俺にも同じ酒ちょうだい」
馴れ馴れしく話してくるが、私は1人で飲みたいのだ。話し相手はマスターだけでいい。こんなにうるさい人は嫌だ。
「お名前は? 俺は久藤智也(くとう ともや)。よろしくね」
「長谷川夏美(はせがわ なつみ)です」
最低限に名前だけ返事をして、お酒を飲む。嫌なことがあった日にはどうしてもここへ来てしまうのだ。
「夏美ちゃんかー。好みの顔だから、ついつい声をかけちゃったよ。これから俺と遊ばない?」
「いえ、結構です」
断っているのに、今度は肩に腕を乗せようとして来た。さりげなく身をよじり手から離れる。
いい加減にして欲しくて横を見ると、整った顔つきの男がこっちを見ていた。ピアスをしていて服装も全体的にチャラい。けれど、それらをおしゃれに着こなしている。
「お、やっとこっちを向いてくれたね」
カウンターに肘をつき、頬杖をしながら私を見ている。いつもはしつこいナンパは助けてくれるマスターも、今日は見ているだけだ。
無視を決め込んで飲み続けるが、依然として視線を感じる。
ラチがあかないとため息をつき、グラスに残っているお酒を一気飲みした。
「マスター、これお勘定! 今日は帰る」
「もう帰るの? また来てね、夏美ちゃん」
「またねー」
マスターに続いてひらひらと手を振りながら私を見送る。一緒に帰るなんて言われたらどうしようかと思ったけど、さすがにその心配はなさそうだ。
「気に入っているお店だったのに」
しばらく行くのは控えよう。そう思って、去年越してきたばかりの家に戻った。
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